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ユーネクテスとマドロックの会合から数日。二人は決闘の時を迎えていた。
ロドス艦内。荒野風の模擬戦専用のルーム。その中央でユーネクテスとマドロックは向かい合っていた。
「……まずはこの場を設けてくれたことに感謝を」
「私にとっても大事なことだからな。こうしてLancet-2姉様にいいところを見せるいい機会だ。Lancet-2姉様!Lancet-2姉様が私を応援している~~~!!」
ユーネクテスの言葉通り部屋の外では仕事中のエンジニア部門の代理としてLancet-2が応援に来ている。また、この場に来ているのは彼女だけでなく。
「勝ってくれマドロック隊長~!」
「負けたら承知しねぇぞズゥママ!」
事の発端の一つとなった元マドロック小隊の一部メンバーとこの決闘の立会人兼救護役のガヴィルだ。彼女たちは部屋の外からそれぞれ思い思いの言葉を戦士たちに投げかけている。ちなみにクロージャは購買の販売価格を不当に値上げしていたことがバレ。アーミヤとケルシーにこってり絞られているため不参加だ。
それぞれ期待を背負った二人は微塵も緩んだ気配を見せず互いに相手を見据える。
静かに対峙する二人であったがどちらも普段とは装備の様子が異なっていた。無手である。
今回の決闘は模擬戦であり、当然死者が出るようなことがあってはならない。そのためにルールが設けられていた。
まず第一に武器の使用禁止である。ユーネクテスはトマホークと大盾。マドロックは槌とそれぞれの武装が取り上げられた他。彼女たちの切り札であるアイアンハイドや巨大なゴーレムを製造することも禁じられていた。また致命的な結果をもたらしかねないということでアーツによる刃物状の物体の生成も制限されている。これが戦闘における大きな制限である。
第二に決着の方法だ。この戦いはギブアップもしくは意識を失って10秒以上復帰しないなどの戦闘不能と判断される状況に片方の闘技者が陥ることで決着とすることになっていた。
以上がこの戦いのルールである。二人はそれに従い。無手で相手を倒すべく構えを取る。
しばしの間。沈黙が流れる。緊張に包まれた永遠にも感じるような静寂は突如として破られる。
戦闘開始のブザーがなった。
両者は同時に動きだす。一人が勝利し、栄光を得。一人が敗北し、大地と辛酸を舐める。長きにわたる二人の戦いの、その始まりの幕が上がった。
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ユーネクテスは前進しつつも、羽のように軽やかなステップで左右に跳ね。仕掛ける位置を悟らせない。
幾度かのステップを繰り返した後、強く踏み込んだユーネクテスの剛脚は一気に彼女の身を前に、前に、弾き出す。目標はマドロックの懐。潜り込み、一気に攻める。そのつもりだった。
ユーネクテスの突撃は突如として大地から隆起した壁に阻まれた。彼女は咄嗟の判断で突撃の方向を転換し土壁との正面衝突を避けた。だが避けた先も安住の地とは言えなかった。
見れば右手側の地面が変形を始めている。ユーネクテスは左方向への退避を思考する。刹那。身を振るわせる怖気を感じ、動きを逆転させた。つまり安全圏への退避ではなく。まだ未成長の大地を膂力でもって叩き壊し無理矢理移動するということだ。全力を込め、そうした。
その判断は正しかった。彼女が本来回避をしようと考えていた左手側の空間から大質量の岩石を纏ったマドロックの拳が抉り込むように叩き込まれたからだ。もし危険を察知できず左手方向に逃れていたらその時点で大打撃を受けていただろう。
任務で戦った幻影は現象であるがゆえにこのようなフェイントを用いたりはしなかった。ユーネクテスは冷や汗を垂らし。内心で相手への評価を改めた。この相手は紛れもない強者だ。容易く勝てる相手ではない。
無策で攻め込めば容易に狩られると判断したユーネクテスは尻尾をバネに身を飛ばし。マドロックと大きく距離をとる。そして一定の距離を取りつつマドロックの周囲を旋回する。
ユーネクテスの移動を阻むように彼女の足場が変化する。だが隆起する土壁の上でもユーネクテスは尻尾を振り身体バランスをとることで自由自在に動き回る。
全方位からマドロックを観察することで気づいたことがあった。それは死角へと回り込んだ際の土壁の対応の遅れ。アーツとは使用者に多大な集中力を要求する技能である。それが死角に対するものであれば猶更だ。更に言えばマドロックの重装備は身体全体を。顔すらも覆うもの。通常よりも死角の量は増え、より対処が困難になる。
マドロックにしてもここまで素早く自在に動く存在と対峙したことは数えるほどしかなかった。また、このような事態に陥った際は仲間と連携を取って事に当たっていた。だが今は一人だ。単独では追いきれない。重装備の鎧を脱げばそれも可能かもしれないが戦闘中に悠長に脱いでいる暇など与えられるはずもなかった。
そのような敵の様子にユーネクテスは僅かに歯噛みする。ここでも幻影と本物の差だ。ユーネクテスがかつて対峙したマドロックの幻影は現象であった。それ故に死角というものを持たず全方位に絶えずアーツの攻撃が来ていた。幻影に出来て本物に出来ないことがある。理屈では理解できるものの先ほど感心したこともあって憤りの心を抑えることができない。
我慢ならない。仕掛けることにした。
ユーネクテスは速度を一段階引き上げて動く。追いすがろうとする土壁の数々を容易く振り切り、掻い潜り。術者であるマドロックの背後に取り付く。
捕まる直前。マドロックは咄嗟にアーツによる障壁を自身とユーネクテスの間に展開するが、ユーネクテスは障壁ごとマドロックを締め上げる。次々と障壁を破砕する。
マドロックの衝撃は大きな散発的な攻撃に対しては強いが継続的、または連続的な攻撃には脆弱だった。瞬く間に全ての障壁を突破され動揺を隠せないマドロック。その隙を逃さず、ユーネクテスは尻尾で地面を弾きその勢いでマドロックを地面に押し倒す。激震と共に状況の変化を告げる土の狼煙が上がる。
マドロックに対しユーネクテスは胸倉をつかむと。
「ッ!?何を」
「何もこうも……!」
渾身の力を籠め。白の防護服を勢いよく引き千切る。鎧と内部を満たすアーツの膜が剥がれ、豊満な胸部、よく鍛えられた上腕と腹筋、そして黒のインナーが露出する。
唖然とするマドロックの隙をつきそのまま被ったままになっていた頭部装甲も引き千切り。ユーネクテスは言い捨てる。
「闘っている相手に顔ぐらい見せたらどうだ?」
「~~~~~~~~~!!」
戦闘中とはいえ咄嗟に慣れぬ姿を晒したせいか、防護服の上からでは想像できないほど可憐な素顔を真っ赤に染め上げ、反射的に身体を抱く動きを見せたマドロック。眼前のユーネクテスを睨み付けるがその顔は直ぐに苦悶の表情に変わる。
その腹部にはユーネクテスの鋭い拳が突き刺さっていた。
「ぐっ……!」
マドロックはたまらずアーツを発動させ周囲に土壁を突き立て身を守る。それに対してユーネクテスは深追いせず距離を取る。そこからの流れは一方的だった。