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マドロックは暴風雨に晒されていた。意識を一瞬手放すといったことは一度や二度ではなかった。殴るのに必死で相手がそれに気づいてなかったことが幸いといったところだ。
腹部、胸部、顔面。既に上半身で打たれていないところはないといっていい。あばらは折れ、頭骨は砕け、血反吐を吐いた。全身は痛みで支配され、口の中は血と酸の味しかしない。もはや障壁はおろか防御もままならない状況だ。
ここから勝利するために賭けに出るしかない。戦士としてはみっともなく涙を零してしまっている。仲間にはバレているだろうか?隊の名誉の回復の為に戦ってコレだ。せめて勝利せねば何も残らない。マドロックは覚悟を決めた。
最後の切り札を発動する。
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ユーネクテスは一心不乱に打撃する。もはや相手がどういった状態であるかは関係ない。
彼女を動かすのは怒り、勝利への渇望、そして焦燥だ。
己の体力は最早限界に近い。この機を逃せば勝利はないだろう。拳を走らせる。肉を打つ音が響く。鮮血が辺りに飛散する。
倒しきれない。勝ちを確信できない。
時間と共に焦燥感と疲労、そして痛みは強さを増す。そしてソレらは猛毒のようにユーネクテスの思考を蝕み。結果として今にいたるまで彼女は違和感に気付くことができなかった。
(……なんだ。拳が、重い?それにコイツの感触も硬くなっていないか?)
彼女の打撃の速度は半減と言っていい程に落ち込んでいた。手数だけでなく威力もまた低下している。そのためか彼女の拳はユーネクテスの鍛えられた身体に弾かれることが増えていた。
(ここまで追い込まれていたのか……!?だが、力が入りづらくなっているというのならやり方を変えるまでだ!)
「—————!?」
意気込んだユーネクテスは左拳をほどくとマドロックの頭部に勢いよく手を伸ばす。掴み取ったのは彼女の後頭部から生えている硬角。その内の一本だ。
角を掴み上げてマドロックの体を引き起こしたユーネクテスは先刻以上に全身で振りかぶり弾丸の如く右拳をマドロックの顔面に叩きこむ。硬く鈍い音が響く。重撃が着弾点を中心に響く。あまりの衝撃に角から手が剥がれそうになる。それでも一層力を込め砕くように握りしめる。
力を込める。狙いを定める。発射する。命中、頭部を撃ち抜いた。震える手で次弾を込める。繰り返す。
打撃音が連打する。一撃ごとに大地が揺れ、空間が振動する。あまりにも破壊的な行為。それは止まない。にもかかわらず
勝負決さず。マドロックの意志はまだ折れない。切れた唇からは血が垂れ、目元には涙を貯めてはいるもののその瞳は真っすぐにユーネクテスを見据えている。
「こ……の……」
一向に討ち果たせぬこの敵に対しユーネクテスの心に沸きあがるのは畏怖そして恐怖だった。それを振り払うために彼女は覚悟を決める。
(どうあっても折れぬというのならば。まずはその角……へし折ってやる!!)
硬角を握りつぶすように力をかける。裂音と共に亀裂が走る。角片が剥離する。
ついにたまりかねたのかマドロックの右手が角を握り砕こうとするユーネクテスの左腕を掴む。だが力は微塵も緩まない。
ユーネクテスはこれまで以上の勢いで、全身を使い振りかぶると右こぶしに持てる全力の力を込める。烈震崩撃。ユーネクテスの持つ最高の打撃技だ。破滅的な威力の打撃と共に着弾点に伝う複雑な衝撃波が相手に一切の行動を不可能とする奥義。それを放つ。これで
「終わりだ!!」
終焉の一撃が振るわれる。
———直前。ミシリ、と鈍い音が響いた。
そしてその音を境に戦場は暫しの静寂を得る。
ユーネクテスは必殺の一撃を止めていた。突然の停止故、肘を伝う汗は慣性に従いその身から離れる。
「あ……な……!?」
ユーネクテスが拳を止めた理由は簡単だ。彼女は止めたのではない。止められたのだ。その身を襲った唐突な痛みによってだ。
マドロックの角を握りしめるその右腕をマドロックの右腕が。強く。強く握りしめていた。
一体いかな怪力によるものか。岩をも砕く殴打の応酬にも耐えた頑丈なユーネクテスの腕は握られた場所から血が噴出しており絶えずミシミシと軋むような音が鳴っている。
尋常ならざる圧力を腕にかけられユーネクテスは打ち震える。瞳孔は縮小し、涙は溢れ、痛みに開いた口は言葉を紡げずに粘ついた糸を晒すのみだった。
それを為すマドロックは地に組み伏せられた体勢であるとことになんら変わりはない。だが、ただ無言で、無感情にユーネクテスを見つめ続ける姿は先ほどとは比べ物にならない圧力を持っていた。
そして、ついに決壊の瞬間が訪れる。
ボキリ。こもった音が鳴る。
「う……わ……、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁあ!!?!?」
悲鳴を上げたのはユーネクテスだった。彼女は通常ではあり得ない場所から曲がった右腕抑えながら呻いている。そんな彼女を他所にマドロックは身を起こし拳を構えている。
無防備なユーネクテスの泣きっ面に拳が叩き込まれた。