俺は個性は—— 作:ぱらぱらどきしかる
その場所は慌ただしかった。
職員であろうと偉い幹部であろうと、現在は追われるよう走り回っている。
「どうなった! 商品は!?」
「警備の人間はどうなっている?」
「管理課につないでくれ!」
半ば叫ぶように喋っている人間を後目に、警察官、塚内直正は無線を入れていた。
「商品は本当に奪われたのか?」
『は、はい! 厳重に警戒されていたはずが、いつのまにかなくなっていて……』
「目撃者もいなければ、監視カメラにも怪しい人物は映っていなかったと……」
『その通りです。一応現場を探してみますか?』
「いや、現場は荒らさない方がいい。だが、人の出入りを確認してほしい。その場から誰ひとり逃すな。逃げようとするヤツは、『百面相』かもしれない」
――百面相――――
三年前から突如として現れた怪盗。
大手支店から、難攻不落とされる宝石専門店まで、多くの場所に現れ、毎回何かを盗んでいく。
仮面舞踏会を彷彿とさせるようなマスクを着用し、被っているシルクハットのなかには本人曰く多くのギミックが仕込まれているらしい。
百面相は、犯行予告を必ず行い、予告通りに必ず盗む。
彼が盗んだものはいまや数知れず。
明らかにヴィラン。ヒーローの敵、社会の悪ではあるものの。そのあまりにも華麗な登場と実績から、陰ながら応援しているファンも多い。
まるで大昔にその名を天下轟かせた『盗賊王』張間歐児のような偉業。
「とにかく、眼に見える人物すべてを疑うんだ。百面相の個性である可能性があるのは『人に化ける個性』だからな。頼んだぞ。」
そう言って塚内は無線を切った。
重い溜息をついて、彼は思案する。
そうだ。百面相はまだ顔が割れていない。正体は不明なのだ。
個性届のなかから「人に化ける個性」やそれに準ずる個性を持っている人間の情報を洗ってみても、本人が特定できたことはない。
怒号が聞こえる。
きっとこの会社の社長のものだろう。
今回百面相に狙われた商品を保有する会社の社長は、百面相から完全に防衛することにより会社の名を上げようとしていた。そしてどうやらその自信が大いにあったように思える。
こうも易々と盗まれてしまっては、彼の名も地に落ちてしまうだろう。
百面相は様々なものを雑多に盗んできた。
価値のあるものからないものまで。
果ては、人でさえも。
個人を特定できる一切の証拠を残さずに。
まさに物語のなかから出てきたような、稀代の盗賊だった。
雨が酷くなってきた。
騒動のなかでいつのまにか豪雨と呼べるそれに気づいたのは、外の状況を確認するために廊下の窓を覗いてのことだった。
どんよりとした雲が、午後二時の光を遮断している。
――この雨なら、外に出て逃げるのも一苦労だろう。
現に、この階にあるバルコニーにいた警備員が堪らずといって様子で室内へと避難している。
その光景に、何か焦燥のようなのものを感じた。
何かにとりつかれるかのように、塚内は動く。
向かう先は、このマンションの最上階。屋上だ。
エレベーターは停止されているので、階段を何階分も上る必要があった。
屋上前で待ち構えていた警備員は怪訝な顔をしたが、警察手帳とともに要件を話して許可を得た。
扉を開けると、篠突く雨が彼に襲い掛かる。
目も開けてられないようななかで、彼は確かに、その存在を認識した。
「あら? まさか私以外にもこの場所に来る人間がいるとは思いませんでした」
黒いマスク。マジシャンを彷彿とさせるシルクハット。
闇にまぎれるその姿は、今や多く者が知る、稀代の怪盗。
「百面相……」
「久しぶりです。塚内さん」
塚内は胸元から拳銃を取り出した。
雨に打たれても、その照準はしっかりと百面相に向いている。
「おおう、どうするんです? 私をこの場で射殺しますか?」
大げさに手を広げて怪盗が問う。その顔には笑みが浮かんでいた。
「いや。器物損害、誘拐、不法侵入、その他諸々で――
――――お前を逮捕する。」
銃火が光る。
それは、直前で少しずらし百面相の足に向けて調整されたものだった。
当たったのか、当たっていないのか。
その結果は後ろからの声が証明している。
「空砲じゃない、出てたんですね、実弾許可。」
彼は瞬時に振り向くがそれに合わせるようにして拳銃がはねのけられ、地面を滑る。
体術に持ち込もうとすぐさま接近する塚内に対し、百面相は後ろにステップして距離をとった。
「何の、個性だ……」
「そんなことより、私は話たがりなんですけど、あなたずっと私を追って決ますよね。正直かなり厄介なんですが、ヒーローでもない貴方がなぜ私をそうまでして追うんです?」
濡れたコンクリートを踊るように滑って、彼は笑う。
「ヒーローにとって代わられた悪人退治。もはやそういう古典的な刑事はヤクザと並んで風化して消え去った産物だと思うのですが、あなたはまるでそんな一昔前の刑事のように行動している。」
塚内は自身の胸元を探るが、どうやら無線機はこの雨で故障してしまっているようだった。
「形骸化した体系。ヒーローだけが光に照らされ、同じ正義感を以て行動しているはずのあなた方警察は貧乏くじを引いている。大変ですね。なんで刑事なんかになったんです? 探偵ごっこかしたいならヒーローの方がいいでしょう。売れそうじゃないですか、安楽椅子ヒーロー『ディテクティプ』なんつって。あー、駄目です? 普通に考えたらきっとヒーローからあぶれた人がなる職業だと思いますが、実際のところどうなんですか? 何かおてんとさまに誓った信念がおありで? て、ありゃ、誰か来ますね」
おそらく先ほどの銃声が原因だろう。
数々の足音を聞いて、百面相は仮面越しに表情をしかめた。
そして軽やかにその場でタップすると、その場から飛び降りる。
「おい! 待て――」
塚内が屋上の柵に手をかけ下を覗いたときには、彼の影は曇天の暗闇に消えていた。
□
とある新築の家を、誰かが訪ねる。
子気味よく鳴るインターホンの音を聞いて、その家にいた彼女は玄関へと向かう。
外は暗闇で、誰が訪ねてきたのかなどわからない。
しかし、ぼんやりと玄関のすりガラス越しに見えるシルエットから、ふふんとあたりを付けて勢いよく扉を開いた。
そこにいたのは白髪の少年。
しかし普通ではなく、そのまとっているマントはさきほど貿易大企業の商品を盗んだ怪盗だ。
「おかえり、百面相クン。」
「ただいま、ヒ――」
言い切る前に、彼は倒れる。
そしてそれを予期していた彼女によって、受け止められた。
「また、無茶したのかい。足、動かなくなってるよ。」
「……ああ、」
百面相と呼ばれている彼の腕を自分の肩に回すと、彼女はせっせと家のなかへ彼を運んだ。
「せ、なか……」
「ああはいはい、背中ね」
彼のマントをめくって、背中にある機械のような、カプセルのようなものを取り外して慎重に机に置いた。これを雑に扱って彼がいい顔をしないことは十分に承知している。
「あー、足、ボロボロじゃんか」
彼女は治療のため彼の体の様態を確かめ初めて、すぐに眉をしかめた。
彼の足は、なぜここまで歩いてくることができたのかわからないほどに深刻なダメージを受けていた。
骨はボロボロで、肉は崩れている。指などはいくつかがあらぬ方向へ曲がっていたり削れたりそもそも無くなっていたりしていた。さらに言えば
「高いところから飛び降りたね? 銃弾の痕もあるし。盗みに入るときもかなり無茶してる。何より傷をそのままにしてるのが酷い。取りあえず、今回ばかりは、如何ともしがたい。病院にいかないとな。」
「だい、じょうぶだ……。ほっとけば、治る。」
「……そうかい、なら、内部にある弾丸を除去して、骨を継ごう」
包帯と布を探すため、彼女は立ち上がろうとする。
その瞬間に、携帯電話がけたたましく鳴り始めた。
重い体を持ち上げて応答ボタンを押すと、通信ごしでも悪寒が走るような声が発せられた。
《やぁ、百面相こと白方道行くん。元気かい? いまニュースは君の話題で持ちきりだよ》
「……」
電話の向こうにいるのは、巨悪。
All for Oneと呼ばれている男。
個性黎明期以前から日本の実権の握らんとしていた魔王だ。
その個性は、他人の個性を奪い与えることができるという、ゲームバランスを根底から覆すようなもの。
実際の年齢はおおよそ人間とは思えないほど積み重ねているだろうが、その狡猾な思考は健在だった。
もっとも、その肉体は現在のナンバーワンヒーローによってある程度実力は減衰しているようだが、それでもその尋常ではない実力はいまだこの魔王のなかに在る。
《少し元気がないようだね。もしよければ君にいい個性を渡そうと思っているだが》
「……ラッピングされた、爆弾は、いらない。」
《つれないじゃないか。なら僕は君にもっと自分の個性を使い方を考えた方がいい。君はもっと輝ける》
「要件を言わないなら、切る。」
《じゃあ早速、頼みごとがしたいんだ》
百面相もとい
「なぁ、AFOさんよ。あまり調子に乗るなよ。白方は顔もバレてないし、戸籍もある。お前の言うことを聞いているのは、人質をとられているから。心変わりすれば、すぐにお前とはおさらばだ」
《この声は、ナガンじゃないか。元気にしているようで助けた甲斐があるよ》
「助けたのはお前じゃあない。白方だ。」
ナガン。
ヒーロー名は、レディ・ナガン。
右手の肘から発生するスナイパーライフルの銃身に自身の髪で作った弾丸を装填して撃つ、遠距離戦闘においては最強ともいえるヒーロー
少し前までは殺人罪で牢獄に幽閉されていた。
そんな彼女を救った、というより、盗んだのは、白方道行だった。
ケータイが、悪意をはらんだ笑い声によって振動する。
《実際、白方は僕に協力してくれているじゃないか、そんな傷を負ってまで、健気に、完璧に。》
「……月夜ばかりと思うなよ」
「ヒナ、やめろ。」
レディ・ナガンが現在生活する上で使っている名前だが、厳密に言えば世間に脱獄犯だとばれないための偽名である。
白方が呻くようにナガンを制止した。
《うん。それで白方。君には、雄英高校に入学してほしいんだ》
「スパイか?」
《そうだよスパイさ。おそらくヒーロー側もスパイなどを用意してくる可能性があるからね。こっちも同じようにいくつか手をうっとかなきゃいけない》
AFOはこう考える。
ヒーローは御しやすい。ヒーローとして、世間体や信念という縛りの多い彼らは、少し道筋を用意すれば容易に手玉にとれる。
それと比べて問題なのは、限りなく黒に近い白。理想のために手段を択ばない人間だ。
現在のヒーロー社会が悪に染まらない理由は、まだ彼の計画途上にあるということも一つ。そして影で活躍するヒーローやその他組織が存在している。
彼らの行動は、稀にだがこの魔王の策略をも、超越することがある。
その不安要素動向をより知っておくためにも、敵の情報を共有することができるスパイがAFOにも、後継者という名目で自身が育てている者にも必要になる。
それゆえのものだった。
《方法は追って知らせる。まずは身の回りを整えるといい》
ぷつりと通話が切られる。
静寂だけが後に残った。
白方は、痛みに疼く体から力を抜いて、ぼんやりと思考を回した。
自分の年齢は確かに未だ義務教育課程にある。不登校に近い状態だが、一般的には中学三年生だ。しかし、この時期から難関高校の受験勉強はかなり答えるものだった。
たとえ、