俺は個性は—— 作:ぱらぱらどきしかる
敗北してしまった。
白方はどこかやりきれなさを感じていた。
それが悔しさというものをであることを、なんとなく実感してもいた。
空気を凝固させる個性持ちの凝固体に掴まって試合終了まで隠れる。
騎馬が今回勝利する道筋は、その作戦だった。
白方以外の三人も、作戦に賛同し、計画を練っていた。
ふいにしてしまった自分の情けなさが、このわずかばかりの感情を生んでいるのだ。
「まだ、やることがあるな」
昼食の時間となり、生徒用の学食へと向かう多くの雄英生。
生徒の波に逆らって、白方はギャラリーへと向かう。
前代のオリンピック会場よりも大きな試合会場は、ギャラリーへと向かうのにもかなりの労力を必要する。
「(監視カメラもついているのか、が、試合に使われていたものほど高性能ではないみたいだ)」
透明化を行使する。可視光線さえ誤魔化せば、監視カメラには映らない。
「関係者以外通過禁止」と書かれた看板を乗り越え、そこから続く長い湾曲した廊下を、ひたすらに走った。
特に急いでいるとかはないが、弁当を食べる時間はとっておきたい。
関係者のみ使用可能な廊下ということで、長い廊下には誰ひとりとしていない。
ただ静謐な白い回廊に、正午の日差しが差し込んでいる。
誰か黄昏ていそうな雰囲気だ。
実際、そこには、人が一人いた。
胡乱気な瞳をした、若い男。
何の個性なのか、見た目からは判別できないだろう。
彼は、白方がタルタロスから盗んだ二人目の囚人のうち一人。
本名、田中信三。異名、イノマアス。
――盗聴器はないはずだ。
なら会話しても問題ない。
「なぁ、」
「ひあああああ! 誰!? 誰だ!?」
「俺だが、何してるんだ?」
イノマアスは姿の見えない白方に対して、異常なまでの驚きを見せた。
その後、声から百面相であることを確認すると、少しだけ落ち着く。
「君かぁ……、びっくりしたよー。僕は仕事さ」
「仕事?」
「ああ、雄英のセキュリティをいろいろとね」
一瞬、白方はイノマアスに敵対心を抱く。
――?
白方は、自分が敵対心を抱いたことに疑問符を浮かべた。
まだ転校して数週間しか経っていないのに、雄英に肩入れしてしまっているのか?
なぜだ。
善に浸かっているのが心地いいから? クラスメイトに気のいい者しかいないから?
ただ、白方は戸惑っていた。
その透明な表情はイノアマスには読み取れない。
イノアマスは続ける。
「君こそどうしてここにいるの? あの牢獄から助けてもらってから音信不通だし。最近は何も盗んでないっぽいし」
いまここにいるが百面相だと断定できるような情報を漏らす。
それだけ雄英のシステムを熟知しているのか、それとも純粋に口が軽いのか。
捕まったら百面相の情報をすぐに漏らすかもしれないと、白方は警戒した。
「……仕事だな」
「そうか。同じだね。もしかしたら同じ雇い主なのかも」
世間話をするようなテンションで、朗らかにイノアマスは笑った。
「見つかったら、捕まるぞ。顔は隠さないのか?」
「自衛はしてるよ。殺す殺されるのレベルでね。昔はタルタロスの安全神話を信じていたけど、君が崩したから。自分の身は自分で守る」
「僕は――」とイノアマスは続ける。
「自分が弱いことを、自覚してるから。」
「そうか」
白方は追憶する。
タルタロスには、ただ潜入するだけのつもりだった。
中に手紙を置いて、自分が来たということを伝えることだけが、そのときの白方のミッションだった。
檻のなかで、死んだ顔をしている者たちを見るまでは。
海上の要塞「タルタロス」は、まともに生きていくことも、死んでいくこともできなかった者たちの、ゴミ箱だ。
ただ、真っ白な部屋で、自身の罪に潰されるだけ。
これからの人生、死ぬまでこの部屋にいることを、ひっそりと覚悟しながら老いていくだけ。
多くのものが、自分の人生に起こった不条理に怒りを燃やしていた。
自分は悪くない。
他の奴が悪い。
いやこの社会が悪い。
この世界が悪い。
怒り渦巻く牢獄で、ただ、死を待つ顔を、すべてを諦めたような表情をしていたのが、このイノアマスと、レディ・ナガンであった。
なんて顔だ――
そのときの感情を、白方は鮮明に思い出せる。
脱獄したのち、イノアマスには、「しょうがない、生きるか」というやるせない笑いが見えた。
対して、レディ・ナガンは無言。ほっとけば死んでしまうような影の差した顔をしていた。
レディ・ナガンがヴィランとしてこれから生きていこうとも、それだけではこのヒーロー社会を変えることはできない。
自分は無力だ。脱獄すぐ、海の見える岸で、白方は彼女がそう言ったのを覚えている。
「そうか」とだけ、何も励ませなかった自分に対する後悔も、まだ記憶している。
もう、かなり昔の記憶となってしまった。
「死ぬなよ。」
それだけ言って、廊下を進む。
別に彼と会うことが白方の本懐ではなかった。
いまここにいる目的は、別にある。
自らの額を軽く叩く。
映画で見た真似ている、自分の性格のスイッチを変えるためのものだが、効果はない。
ただ、何か変わった気になる。それだけだ。
ただしいつもの闇夜に紛れる百面相状態と違って、昼間だからなかなか成りきれない。あまり多弁にはならないだろう。
透明化を解く。
どこから出したのか、いつ出したのか。
白方は黒いマントとハット。そして仮面全体をおおうマスクをしていた。
一見不審者のような恰好も、ヒーローという職種には容易く紛れることが可能だ
いまだ沸いているギャラリーに辿りつき、ちょうど空いていた席に座る。
「なんだにいちゃん、ここは多分別の姉ちゃんの席だぞ」
「どのみち昼食後にはみんな違う席に座ってるでしょう」
「まあそれもそうだな」
ゴーグルをかけた壮年のヒーローが納得した。
「可視化、ですか」
「……! よく知っているな。俺のような木端のヒーローを」
そのヒーローはゴーグル越しに驚きを浮かべた。
男の個性は「可視化」 人間を可視化できる個性。
人間限定なら誰がどこにいるのか視界に入る限り知ることができる。
世間話だと思った男は、そのゴーグルについて話始めた。
「これさ、デトラネット社経由で手に入れた米国産のゴーグル。イカしてるだろ?」
「よく買えましたね」
「そうだろそうだろ! コスチュームの開発は日本もすごいが、やっぱりヒーロー大国のアメリカ産じゃないとな!」
ゴーグルのこだわりをさらに続けた。
その話を聞きながら、白方は弁当箱を取り出す。
「おっ、お前も弁当勢かい? 俺の愛妻弁当も見るか? まぁもう食べちゃったんだけどなガハハ!」
「奥さんがいらっしゃるんですね」
「なりゆきで結婚した! ガハハハ!」
弁当箱を開ける。
そこには、両手をあげて威嚇している、デフォルメされたクマの絵を模した弁当が現れる。
言わゆるキャラ弁というものだ。
「今日はクマか……」
「優勝しろ」などという、雄英の生徒であることが露見するようなメッセージが記されている可能性を、開ける数秒前くらいから考えていたが、杞憂に終わった。
今日も今日とて、蒲鉾やチャーハン、ニンジンなどを駆使してよく作られている。
Aクラスでは、白方の母はキャラ弁を作る人という共通認識がある。
白方が一人暮らしだと思っている相澤が見れば怪訝な顔をするだろうが、彼が昼食中に白方の前に現れたことはない。
キャラクター弁当といっても、アニメや漫画を完全にモデルにしたようなものはさすがに作らず、だいたい何かの動物を模したものだ。
個人的にはクラスの皆に哲家の存在がバレる可能性があったのだが、彼女の無言の圧と、作ってもらったものは食べなければならないという白方のポリシーが尾を引いて、いまだ学食には一度しか行ったことがないという状態だ。
「おーすごいねこれは、誰に作ってもらったんだ? 嫁さん? 娘さん? 一口貰っていい?」
クラスの皆には誰が作ったのだと聞かれたことはない。
改まって質問されれば、なんと答えればいいのかわからなかった。
「……同棲中の女性です。そして、全部私が食べる。」
「そうかい。アツアツだねぇ」
男が茶化すように口笛を吹く。
整備されているグラウンドを見ながら、弁当を食べる。
――美味い。
収入は自分の百面相としての報酬から出されているが、ヒナには家事という面倒なことを任せてしまっている。もっと手伝ったほうがいいだろうかと、箸を動かしながら白方はぼんやりと考える。
本人に聞くかと決断して、白方は完食し、箸を納めた。
「可視化、便利でしょう」
「そうかい? 戦闘には向かんさ」
「いや、金稼ぎに。」
「……どういうことだぁ?」
男が気配を変える。
緊張か警戒か、ゴーグルの下の表情を推し量ることは、少し不器用な白方にはできなかった。
「そのゴーグルには、おそらく製作者の個性による視覚情報保存の機能が含まれている。開発者の個性を応用した超機能」
「…………」
「元はヴィラン犯罪の証拠として用いるために作られた。しかしあなたの可視化を使えば別のことができる」
見えないものを見る個性。
見たものを記憶する媒体。
「Aクラスの透明人間。美人でしたか?」
「…………」
その場から立ち上がろうとする彼を、手で押し、座らせる。
「あなたは透明で全裸の彼女を可視化で見て、それをそのゴーグルで保存しようとした」
「どんな証拠があって――」
「貴方の可視化の個性は、人間に対する透視の能力をも包含する。日頃から多くの写真や動画を闇で売りさばいているのでは?」
「…………どうやった知った……」
ヴィラン側にいると、そういった情報はよく聞こえてくる。
そして、騎馬戦が始まる前の作戦会議にて、ギャラリーの一番前に座っていた男の姿を偶然見た。個性が半ば自動的に確認される。
可視化は個性。一度闇市の人間から聞いたことがあった。
男の存在に気づいたからこそ、葉隠に敵の個性によるダメージの軽減と称して服を着させたのだ。
男は自分の悪事がバレていると知るや否や悪態をつき始める。
「クソがよぉ、あの女ツラはいいのに第一種目はカメラ映像だし、第二種目はずっと服着てるし。なんのための個性だよ~」
世界は広い。
男以外にも、探せば可視化のような人間は、少なくとも赤外線などの個性を持っている人間は、ギャラリーにいるかもしれない。
そのなかでも、この男はタチが悪かった。
「私は実はヒーローありません。規範に乗っ取る必要も無い。証拠がなかろうと、貴方の目玉を潰すことはできるのですよ」
「おいおいこの場でか? ここぁヒーローの満員電車だぞ?」
「可能です」
「…………。お前、その見た目、まさか――」
黒いマント。シルクハット。
「ガハハハハハ! ガハハハハハハハハハ!」
いきなり男は高笑いを始めた。
「ガハハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハ!!」
ホラーのように笑い続けている。
少しだけ白方は緊張感を強める。
周りにいたヒーローも注目し始めた。
白方の肩を誰かが掴む。
「ダイジョーブ、それ私の個性だ!」
バンダナを捲いてガスマスクをしたヒーロー。
そのヒーローはミス・ジョークといった。
その個性は「近くにいる他人を笑わせる」というもの。
この男の突発的な抱腹絶倒も、この女性の個性によるものだ。
「今の話本当か?」
間髪入れずに聞いて来たそのミス・ジョークは、どうやらこの話を聞いていたようだ。
白方がいる場所に元々座っていたのは彼女だった。席に戻ろうとしたところ、白方たちの会話が聞こえてきたというわけだ。
「はい、もしこの人をあなたに引き渡せば、証拠を見つけて法で裁けますか?」
「私は無理だ! 教職を兼任しているから! でも警察は多分お前が思っている以上に有能だ!」
ワハハハハと笑う彼女。
白方は塚内の顔を思い出す。
あの刑事が本腰を入れてくれれば、確かに、この男の罪を明かしてくれるかもしれない。
「じゃあ、頼みますね」
それだけ言って席を立とうとする。
「待て。」
「なんです」
「『百面相』だろ、お前もいっしょだ」
彼女は雄英と並ぶ士傑高校、そのヒーロー科の教師をやっていた。
実績を持つ彼女の慧眼は、目の前にいる謎の男のヴィラン名をすばやく導き出す。
「ミス・ジョークの個性は、笑わせること。笑わせている相手に手元のギミックから噴射するガスを吸わせて昏倒させるのがいつものやり方」
「よく調べてるな」
「人がいるここでガスをばらまけますか?」
「最小出力なら被害も出さない」
「個性を発動させた瞬間にあなたをここから突き落とす」
「お前は注目の的になるぞ」
「逃げおおせてみせます」
「ほんとか?」
「私はタルタロスから人を盗んだ男ですよ」
「気づかれなかったからだろ?」
「人にまぎれればすぐに同じように気づかれなくなる」
「この個性豊かな人混みのなかに?」
「私の個性は人に化ける」
「果たして本当にそんな万能な個性なのかな?」
やれるもんならやってみろという意思を込めて、彼は立ち上がった。
予想と異なり、彼女は個性を使わない。
百面相を追ってゴーグル男を逃がす可能性があったからだ。
彼女の個性範囲外から抜け出して、一度振り向いて言った。
「その男、頼みましたよ」
追ってくる、ミス・ジョーク以外の勘のいいヒーロー。彼らをまいて、曲がり角で透明化する。
そして引き返し逆方向にある生徒用の棟へと戻った。
雄英高校に百面相が現れた。
これからこの高校の防衛設備はさらに見直されるかもしれない。
そして、生徒に疑いの目が向く確率も――。
しかし白方にたどり着くには、さらなる情報が必要だった。
白方は百面相として現れる前、顔を自分だと判断できない程度に変え、肩幅から身長に至るまでいつもの自分と差異を作った。
声色も変えていたし、あの場に声紋を読み取ったりその他個人判別が可能なヒーローはいなかった。
結局、雄英体育祭もまた、百面相が忍び込んだという実績の一つになってしまうだろう。
そのことに、白方はまた罪悪感を覚える。
可視化の個性を持っていたあの男は、実のところとても有能だった。
可視化はかなり万能な個性であり、索敵や諜報ではヒーローのなかでも上位だろう。
そしてなにより、本人の手腕は悪くなかった。武闘派としても、それなりに活躍できるほどの経験と鍛錬を積んでいた。
可視化で知った弱点を突くスタイルならヴィランもやりづらいだろう。
彼は性格さえ曲がっていなければ、しかるべき立場となっていたはずだ。
それがかなわなかったのは、幼少期からの苦悩だ。
見えなくていいものも見える。
見たものを信じてもらえない
可視化という個性の弊害。
そんななかで正義感は擦り切れ、可視化を共有できる道具を手に入れても、それを悪用することを考えるような男になってしまった。
そんな男に、白方は無知かつ無意識ながらも若干の憐れみを抱いていたのだ。
そして、その憐れみは明日になれば忘れているだろう。
白方は、このような自分は、やはりヒーローには向いていないのだと、今日も実感した。