俺は個性は—— 作:ぱらぱらどきしかる
「様子はどうだ?」
「順調のようだね。無事に生徒と打ち解けているようだ。楽しそうでなによりだよ」
「個人的には早く始末したほうがいいと思うんじゃがな」
暗いとある場所で、一人の老人と壮年の男が会話している。
常人ならば震えあがるような雰囲気を身にまとう壮年の男。その男には、顔がなかった。しいていえば、鼻や目を大いに損傷しており、もはやまともに機能できているとは思えない。
人間の根底における恐怖を引き出すような見た目の男と、そんな男に飄々と言葉を交わす老人。
オール・フォー・ワン。
個性を奪う個性の持ち主。諸悪の根源。
「
呼吸器をつけた状態で悪魔のような男は笑う。
「ヒーロー側についたらどうする」
「彼は裏切らないよ。仮に裏切ったとしても、それはもっと先の話だ」
白方道行はこの魔王のもとから逃げ出すことはできない。
その理由は二点あった。
まず一つは、人質がいること。
彼にとって現時点でもっとも大切と言える存在が、このAFOの一存で木端微塵にできる状況にある。
二つ目は、彼の力の源である背中のカプセルも、AFOとこの老人が作ったもので、起爆装置が埋め込まれている。
力がなければ、彼はヒーローから逃れて生きていくことなどできないだろう。
そもそもとして――
「死柄木に協力させれば、そのあとはどうだっていい。ヴィランを招き入れたことで天下の雄英およびオールマイトの信頼に傷がつく。なにより彼は使える。白方道行はヴィランだと発覚する、彼はこちら側につくしかなくなる。」
「生徒を殺せずに返り討ちに合うもよし。完全に戦力として役割を果たすならそれもよしということじゃな。」
「そう、僕はね、どっちに転んでもいいんだ。彼はどのみち、弔の失敗作だから」
弔の失敗作。
雄英高校を襲撃したヴィランにして、この男の後継である死柄木弔は、万が一AFOがヒーロー社会に完全敗北したときの特別措置た。
自分の意思を継いで、この社会の闇を大きくし、それを表の白い社会とまぜ合わせ、日本すべてを濁った色で染め上げる。
白方は、そんな死柄木の失敗作だった。
元はその精神をボロボロにして一旦破壊。そこからより理想に近しい精神状態へと変化させるつもりだった。
そんな計画に反するように、白方はまともであり続けた。
契約。仕事。助言。
洗脳にも近しいヴィランとしての生活のなかで、彼はなぜかまともだった。
まるで、元から人格が完成しているかのように。
「百面相は誰にも本当の顔を見せない。まったくすばらしい子だ」
謎多き自分の元後継者に思いを馳せて、AFOはのっぺらぼうのような顔に唯一といっていいほどのパーツである口を、ガスマスク越しに痛いほど歪ませた。
■
「コードネーム、ヒーローネームの考案だ」
襲撃事件の傷も多少癒えて包帯を外した相澤が、生徒の前でそう言い放つ。
今回の体育祭は職場体験のための布石。
ヒーロー事務所のなかから、この生徒をぜひ職場体験時に引き受けたいという希望をとり、そのなかから生徒は自分にあった事務所を選ぶ。
生徒側はプロの仕事から多くのことを学ぶため。
ヒーロー側は生徒を将来自らの事務所に引き込むためのコネづくりとして。
違った目的を持っている生徒やヒーローもいるが、おおまかにいえばそんな感じだ。
そういった利害の一致によって行われる職場体験には、活動するためのヒーロー名を必要とする。
多少の思案を経て、多くのA組生徒が自分のヒーローネームを決めていく。
なかには却下されるものもいたが、その多くがまともで個性的な名前を自らに与えた。
だがしかし。
「(決まらない)」
白方道行は、頭を悩ませていた。
自分の個性にあったヒーローネームにしたほうがいいのだろうが、なかなか自分にあったものが浮かばない。
百面相というのらりくらりとヒーローの目を躱して生きて来た彼には、自分らしさというもの、アイデンティティとその確率を望む欲が希薄だった。
他人に対する不信感は過去より根強く彼の根底にあるのだが。
ふと、他の皆はどうやって決めているのだろうと、斜め後ろを見てみる。そこには緑谷出久が何かを書いている途中だった。
ちなみに白方の左側には爆豪が、爆豪の前の席には緑谷がおり、二人とも白方と同じくネームが決まっていなかった。
「えっ? あっ、白方くん?」
「すまない覗くつもりは」
「いやいいよいいよ! それより残るの僕たちくらいだけど、決まった?」
「候補すら出てこない」
「まだ自分の個性の使い方とかスタンスを決めるには、機会が少なかったからね。しょうがないよ」
「あああああ喋んなクソども!!」
緑谷はヒーロー基礎学や実習をまだあまり積んでいない白方がヒーローネームを決められないのは仕方がないことだと断じた。
「名前、デクにするのか?」
「ああうん、やっぱり、僕が来たって感じ奴がよくて……」
「そうか。よくわからないが、辞書に載ってるデクの意味を変えられるよう頑張れ。」
「うん、そうだね! 行ってくるよ!」
辞書の意味を変えるか……。
白方は緑谷が教壇で自身の「デク」というヒーロー名の宣言を見ながら、自分のヒーローネームにも生かせないか考える。
自分らしく、そして自分にしかできないようなものを、名前として表出させる。
とりあえず、書こう……
なんでもいい。
百面相以外の名前を。
とりあえず自分の脳裏に浮かんだヒーロー名や異名をつなぎ合わせる。
席を立って、白方は今回の授業担当であるミッドナイトにフリップボードを渡す。
「先生、遅れてすいません」
「あら、どんなができたのかしら?」
「怪人カオナシ」
「却下!」
渋々引き下がり、すぐに次の案をもってくる。爆豪もそんな白方を見て数を打てばあたると考えた。
「ぬらりひょん。」
「却下!」
「インビジブルボーイ。」
「葉隠さんのパクリ!」
「爆殺卿!!」
「爆豪くんあなたはさっきから物騒なのよ!」
「透明卿。」
「すぐパクる!」
「爆殺卿、大いなるサーモバリック!!」
「白い笛! 著作権! 不謹慎!」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!?」
「透明卿、映らざる――」
「却下!!」
■
――結局、決まらないままだった。
帰宅後、リビングで、缶コーヒーに口をつけながら白方は悩んでいた。
合理的な担任教師は時間になるときっちりと授業を終了させ、その後、白方と爆豪というヒーローネームが決まらなかった二人は、家で考えてくるように言われた。
「適当につければいいじゃないか」
白方が買ってきた自分の分の缶コーヒーを片手に、哲家ヒナはそう言った。
「それはそうなんだが、なんというかな」
「罪悪感から、ヒーローとして振舞うようなことに無意識のうちにブレーキがかかっているんじゃ?」
「……そうかもしれない」
正直、白方は舐めていた。
人を裏切るという行為、人を騙し続ける行為がこんなにも辛いということを。
ときおり、自分が誰かわからなくなる。
鏡を見ると、たまに自分が誰なのかわからなくなるのだ。
しかしそれは、哲家も同じだと白方は考えていた。
彼女も戸籍を偽り、レディ・ナガンとしての来歴を隠しながら生きている。
白方と異なり、彼女は顔を出して町を歩けない。
外出時には包帯を顔全体に巻いている。
クールビューティーな凄腕ヒーローとして活動してきた彼女にとって、いや、そもそも女性全般にとって、顔を出さずに町を歩くというのは辛いものがあるのだろうと、白方は心配していた。
彼女は表情が読めない。
だからこそ、白方がより気を配る必要がある。
いつか彼女が普通に町を歩けるような機会を作りたいと思っていた。
「別にヒーロー名を決めなくても、職場体験には支障がないだろうさ。仮免を持っていない奴にあからさまな戦闘行為はよほどのことじゃない限りさせないだろうし、それらの責任は事務所側が負担するからな」
「そうなのか?」
だとしたら楽だが、結局はいつか決めなければならないだろう。
白方はどこか憂鬱な気持ちになった。