黒歴史小説 トリプルエッジ   作:味噌村 幸太郎

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第一章 真帆
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 その日、私はおろしたての浴衣を着て、慣れないルージュを友だちに塗ってもらい、花火大会の会場である海峡へと向かった。

 だが、その日、花火は打ち上げられなかった。

 

 その日、私を待っているひとはいなかった。代わりに、真っ黒で入道雲のみたいな巨人が海峡の前に立っていた。

 とても、とても、こわい顔をしていた。

 でも、なんだか寂しそうな目をしていた。

 

 そして、花火の代わりに、一筋の大きな光りが空へと昇っていった。

 とても、きれいだった。

 でも、その光りは大勢の人々をまきこんで、空に消えた。私はそれを見るのがとても、くるしかった。

 

 その日……その日……その日、先輩は来なかった。

 

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 暗くて冷たいベッド……。

 ここはとても暗い部屋、誰もいない部屋、ベッドが一つしかない部屋。

 たまに、外から人の声がする。でも、私は話せない。外の声は近いようで遠い。だから、私は話せない。

 

『人と話したい……』

 

 部屋に響くのは、私の声だけ。

 ふと、冷たい壁に耳をあててみる。

 何にもない……。

 人が一人もいない、誰もいない、先輩もいない。

 時間の感覚もない。私はただ、ボーっととするだけ……。

 

 

 ぴーひゃららら! どんどんどん! 

 

 

 静かな部屋に、大きな音が響いた。

 いつもは人の声だけなのに、今回は何か音楽のような、サーカスとか大道芸で使われるような音が聞こえた。

 

『眠りにつくのは早いですね。お嬢様』

 

 暗い部屋の、ある一点にスポットライトがあてられた。

 そこにはピエロの格好をしている小さな人形が立っていた。

 頭の上には、二つに別れたとんがり帽子があって、顔は白いマスクで隠されている。

 

「だれ?」

 ピエロは軽いおじぎをして、私の手のひらに飛び乗った。

「失礼、お嬢様。私はご覧のとおり、ピエロでございます」

 

「ピエロさんが何か用?」

 ピエロは私の手のひらの上で陽気に踊りながら、答えた。

「ええ、大ありです。お嬢様」

「なぜ、私の事を『お嬢様』って呼ぶの?」

「それは言わなくとも、お分かりでしょう」

「分からないよ」

「……そうですか。まあ、いいでしょう。とにかく、あなたはこのような所で眠られる御方ではありません」

「どうして?」

 ピエロは「ふう」とため息をついて、困った様子で言った。

 

「あなたはこのような所で死ぬような御方ではないと言っているのです。あなたは偉大なるお父上の血を受け継ぐ人なのです」

「私のおとうさん……?」

「そうです、私はあなたのお父上に仕える者です。さあ、そろそろ、お目覚めの時間ですよ……」

 ピエロはパンパンと手を叩いた。

 

 

 気がつくと、そこはもう暗い部屋ではなくて、白い部屋だった。

 明かりもちゃんとあったし、ベッドも真っ白で、やわらかくて気持ちがよかった。

 ただ、私の身体中に、何本もの管がさし込まれていた。

 ベッドの周りにはたくさんの電子機器が並んでいた。ピッ、ピッ、と音を立てている。

 

「どこだろう……ここ」

 

 私は自分の身体を縛っている管を無理矢理、引き抜いて立ち上がった。

 すると、ブザーが忙しく鳴り始めた。やがて、白衣を着た複数の人間が現れて、私をベッドに戻した。

 一人の医者らしき男が、私の胸に聴診器をあてた。

 

「まだ、安静にしていて」

「はあ……あの……ここ、どこですか?」

「こ、ここかい? し、心配しないで。病院だよ」

「そうですか……」

 

 病院と答えるだけなのに、なぜか、その男はうろたえている。

 そして、ベッドの向こう側では、この聴診器を持った男と、一緒に部屋に入ってきた医者達が、激しく口論していた。

 

「これはどういうことだ! 軍上層部の連中は目を覚まさないと言っていたはずだぞ!」

「落ち着いてください、部長! あの……一年前に起こった海峡爆破事件……唯一の生存者とはいえ、相手は普通の女子高生ですよ。危険には値しませんよ」

「君は、あの事件を知らんから呑気でいられるのだ! ちっ、長官はあんな危険人物を我々に押し付けてどうするつもりなんだ……私達はただの医者だぞ! もし、何かあったら……」

「部長! 聞こえますよ……」

 しばらく、口論したあと、医者達は部屋から出て行った。

 

 入れ替わりに、看護婦が入ってきて、私を白いツナギのようなものに着替えさせた。

 着てみると分かったけど、なんか拘束具にも見える。

 

「これから、検査をしますからね」

「あの、ご飯、食べちゃダメですか?」

「あ、ごめんね……。検査、終わってからね」

 私はぐうぐう鳴るお腹を抑えて、看護婦について行った。

 眠っていた病院らしき建物はとても、大きかった。

 廊下の窓からは中庭が見えて、警備員のような人達がライフルを持って、庭の見回りをしていた。

 

 なにやら、この建物はとても厳重に守られているというか、中から人が逃げ出さないように警備員が目を光らせている。

 私は警備員を指差して、看護婦に訊いてみた。

 

「あの人達が持っているのは、本物ですか?」

 

 看護婦は顔を引きつらせて笑っただけで、何も言わなかった。

 私が連れてこられた部屋は、窓一つない密室だった。あるのは机と椅子が二つ。

 なんか、刑事ドラマとかで見る取調室みたい。

 

「もう少ししたら、先生、来ますから」

 そう言って、看護婦は逃げ去るように部屋を出て行った。

 看護婦は出て行く時、ドアの鍵を閉めた。

 

 私は一人そこに閉じ込められた。

「ふう」とため息をついて、椅子に座った。

 

「私、どうなるのかな……」

 気がつくと、涙を流していた。

 先輩……。私、一人だよ……。負けちゃうよ。生きていけないよ。

 

 助けて、先輩!

 

「いけませんねぇ、泣いてばかりでは……」

 目の前を見た。そこには夢の中の〝暗い部屋〟で見たピエロが部屋の壁にもたれかかっていた。

 ただ、〝暗い部屋〟で会った時とは違って、私を遥かに越える二メートルもの背丈だった。

 

「せっかく、眠りから起こしてあげたというのに……これでは、バカな人間どもの言いなりですよ」

 ピエロは肩をすくめた。

「なんで、あなたがここにいるの?」

「……そんなことはどうでもいいのです。あなたは現状をよく理解していらっしゃらない」

「じゃあ、ピエロさんは知ってるのね? ここはどこなの?」

 ピエロは椅子ではなく、机の上に座り、答えた。

 

「ここは東京……日本政府お抱えの軍事施設ですね……そして、あなた。お嬢様は囚われのお姫様ということです」

 東京と聞いて、私は驚いた。

「東京! ここは九州じゃないの?」

「ええ、残念ながら……。あなたは知らない。あの日から、一年経ったのですよ。憶えていますか? あの、暑い夏の日を」

 突如、私の頭の中にフラッシュバックのように、記憶が散り散りになって降ってきた。

 

 


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