9-1 9-2
静かだった森に、邪気が広まる。
「な、なんだ。この感じ」
僕は身を起こして、空を見上げた。
気がつけば、北の空から、黒い雲が近づいていた。
「青山、気づいたか」
ドラムも、何かに感づいたようだ。
森の動物や獣達の様子がおかしい。
何かにおびえている感じがする。
「こ、これは……」
ずっと前に、この嫌な感覚を味わったことがある。
これは一年前の……。
「ドラム!」
「どうした?」
「この森には何がある?」
「……なんのことだ?」
「この森の奥に、なにか、恐ろしいような、禍々しいものを感じる……」
「なに……。よし、行ってみるか」
僕とドラムは森を駆けていく。
奥に進むごとに、邪気が強くなる。
なんだ……なんなんだ、一体、この感じは……。
胸騒ぎがする。
「青山! 止まれ!」
突如、ドラムが手を挙げた。
「ど、どうしたんだ?」
ドラムが目を細めて、辺りを見渡す。
「来るぞ……」
ドラムの予感は当たった。
ものすごい数の化け物達が、一斉に襲い掛かってきた。
僕とドラムは互いの背を合わせて構えた。
「いくぞ、青山」
「ああ」
あいにくだが、ドラムとの戦いで符などの武具を全て使いきってしまった。
身体から発する術もいくつか、あるが、危険を伴うものが多い……。
残るは己の体のみ。気術と武術だけだ。
一匹の化け物が僕に飛び掛かる。
拳をつくり、光らせた。
この光りは、気術の一つだ。
全身の気の流れをコントロールし、一点に集中させることによって生じる。
その光りは、鋼にも勝る硬さと力を備えている。
卓越した気術の達人ともなれば、全身を光らせる事も可能だと聞く。
「うおおおお!」
拳を化け物の顔面に直撃させた。骨が砕ける音がする。
休むも暇ななく、次は五匹も襲い掛かってきた。
今度は気を右脚に集中させる。
「ドラム、背中を借りるぞ!」
言われて、彼はキョトンとしていた。
僕はドラムの背中に左足を乗せて蹴り上げると、その反動で右足を伸ばし、空中で一回転した。
五匹の化け物は僕の空中回し蹴りをくらって、呆気なく倒れた。
ドラムは鼻で笑った。
「可笑しな戦い方だ」
そう言うドラムは、武具がなくても術を仕えるので、難なく化け物達を退けていく。
「青山、この魔族達、なにか、おかしいぞ……」
僕は戦いながら、叫んだ。
「どうして!」
「この森の生き物達と同様におびえている……」
「なんだって……」
気がつけば、化け物達は全て倒れていた。
僕は息を荒らして、ドラムに訊いた。
「この森全体が、何かにおびえているということか?」
「ああ……。確かに、この森の魔族は悪さばかりしていたが、ここまで凶暴な姿は見たことがない。この魔族達を操っているのは恐怖だ」
森の奥からは未だに、邪気が強く感じられる。
僕たちは先を急ぐ。
その後も、何回か、先ほどと同じように化け物達が襲ってきた。
いずれも、何かにおびえた目をしていた。
「ここか……」
そこには、どす黒い水が溜まっている堀で囲まれた古城があった。
「ドラム、なんだ……この城は」
横に目をやると、ドラムは額からたくさんの汗を流していた。
「そ、そんなバカな……なぜ、〝これ〟が、ここに……」
ドラムは首を振って、後退りした。
あの冷静沈着な彼をここまでおびえさせる、この古城の存在は一体、何だというのだ。
「ドラム、この城はなんなんだ」
だが口をパクパクと動かしただけで、声を発していない。
「しっかりしろ!」
僕がドラムの肩を揺さぶると、彼はハッとした顔で、答えた。
「こ、この城は……忘れもしない……その昔、マザー全土を滅亡までに及ぼした呪われた城……」
「呪われた城?」
震える指先で口に手をあてる。
「そうだ……通称、〝悪魔の蓄音機〟」
9-2
ドラムは全身の力がどっと抜けたように、その場に膝をついた。
「こ、これが……ここにあるということは〝ヤツ〟も復活したのか……」
一人合点するドラムを、訳も分からずに見ていた。
「なあ、この城の事を知っているのか?」
僕にきかれてドラムは力なく頷く。そしてぽつぽつと、語り始めた。
この地球、マザーをめぐって、戦った魔族のこと。
それらを統べた魔族の王、タイガのこと。
王が行方不明になったあとに、現れた魔王、ロンゼ・ブリード。
そして、魔王がつくった、史上最悪の兵器〝悪魔の蓄音機〟のこと……。
ドラムは語りだしてから、冷静さを取り戻してきた。
この地球に関することを全て語り終えると、立ち上がった。
「つまり、あれが全てを終わらせ、また、全てを創めたのだ」
話のスケールの大きさに、身を震わせた。
「あ、あんな古城が、この地球を……」
「そうだ……地獄はもう二度と見たくない」
ドラムは右手を開くと、古城に向けた。
「ど、どうする気だ?」
「壊す」
「どうやって?」
「月花陣をかける」
そう言うと、ドラムの手は桃色に光っていた。
「そんな! 月花陣は未完成だと、自分で言っていたじゃないか!」
「それは、お前が使っている術のことだ。私の術は完成している」
ドラムが「陰!」と印を結んだ。
城の周りに線が引かれていき、円が描かれる。
やがて円陣に、桃色の花が描かれ、光りだした。
「見ておけ……これが、完成した月花陣だ!」
僕が今まで使っていた術はこれで完成だった……。
しかし、ドラムのかけた月花陣はまだ終わっていない。円陣から薄い膜が球状に広がっていく。
円陣ではなく、球陣となったのだ。
大きな球が城を包んでいる。
「こ、これが……完成した月花陣……」
僕は思わず、息を呑んだ。
「そうだ、お前の使う月花陣には、隙がある。それは円陣だ。所詮、『円では中のものを閉じ込められない』それが、原因だ」
ドラムは人差し指を立てて、腕を上げた。
「忌まわしき城よ。これで、お前を見るのも最後だ!」
その時だった。城の真上に、大きな戦艦が現れた。
「ドラム、あの戦艦は!」
「あれは……」
彼が顔をしかめていると、戦艦から「ぼん!」という爆発音が聞こえた。
しばらくすると、戦艦が傾く。
船の上には、なんと城が浮かんでいる。
青い色の城。
それは戦艦めがけて突っ込んできた。
大きな音を立てて、戦艦と城は衝突する。
煙をあげると、その二つは森の奥へと落下していった。