黒歴史小説 トリプルエッジ   作:味噌村 幸太郎

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第九章 月花陣
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 静かだった森に、邪気が広まる。

 

「な、なんだ。この感じ」

 僕は身を起こして、空を見上げた。

 気がつけば、北の空から、黒い雲が近づいていた。

 

「青山、気づいたか」

 ドラムも、何かに感づいたようだ。

 森の動物や獣達の様子がおかしい。

 何かにおびえている感じがする。

 

「こ、これは……」

 ずっと前に、この嫌な感覚を味わったことがある。

 これは一年前の……。

 

「ドラム!」

「どうした?」

「この森には何がある?」

「……なんのことだ?」

「この森の奥に、なにか、恐ろしいような、禍々しいものを感じる……」

「なに……。よし、行ってみるか」

 

 僕とドラムは森を駆けていく。

 奥に進むごとに、邪気が強くなる。

 

 なんだ……なんなんだ、一体、この感じは……。

 胸騒ぎがする。

 

「青山! 止まれ!」

 突如、ドラムが手を挙げた。

「ど、どうしたんだ?」

 ドラムが目を細めて、辺りを見渡す。

 

「来るぞ……」

 ドラムの予感は当たった。

 ものすごい数の化け物達が、一斉に襲い掛かってきた。

 

 僕とドラムは互いの背を合わせて構えた。

 

「いくぞ、青山」

「ああ」

 

 あいにくだが、ドラムとの戦いで符などの武具を全て使いきってしまった。

 身体から発する術もいくつか、あるが、危険を伴うものが多い……。

 残るは己の体のみ。気術と武術だけだ。

 

 一匹の化け物が僕に飛び掛かる。

 拳をつくり、光らせた。

 この光りは、気術の一つだ。

 全身の気の流れをコントロールし、一点に集中させることによって生じる。

 その光りは、鋼にも勝る硬さと力を備えている。

 卓越した気術の達人ともなれば、全身を光らせる事も可能だと聞く。

 

「うおおおお!」

 拳を化け物の顔面に直撃させた。骨が砕ける音がする。

 

 休むも暇ななく、次は五匹も襲い掛かってきた。

 今度は気を右脚に集中させる。

 

「ドラム、背中を借りるぞ!」

 言われて、彼はキョトンとしていた。

 僕はドラムの背中に左足を乗せて蹴り上げると、その反動で右足を伸ばし、空中で一回転した。

 

 五匹の化け物は僕の空中回し蹴りをくらって、呆気なく倒れた。

 ドラムは鼻で笑った。

「可笑しな戦い方だ」

 そう言うドラムは、武具がなくても術を仕えるので、難なく化け物達を退けていく。

 

「青山、この魔族達、なにか、おかしいぞ……」

 僕は戦いながら、叫んだ。

「どうして!」

「この森の生き物達と同様におびえている……」

「なんだって……」

 気がつけば、化け物達は全て倒れていた。

 

 僕は息を荒らして、ドラムに訊いた。

「この森全体が、何かにおびえているということか?」

「ああ……。確かに、この森の魔族は悪さばかりしていたが、ここまで凶暴な姿は見たことがない。この魔族達を操っているのは恐怖だ」

 森の奥からは未だに、邪気が強く感じられる。

 僕たちは先を急ぐ。

 

 その後も、何回か、先ほどと同じように化け物達が襲ってきた。

 いずれも、何かにおびえた目をしていた。

 

「ここか……」

 そこには、どす黒い水が溜まっている堀で囲まれた古城があった。

「ドラム、なんだ……この城は」

 横に目をやると、ドラムは額からたくさんの汗を流していた。

「そ、そんなバカな……なぜ、〝これ〟が、ここに……」

 ドラムは首を振って、後退りした。

 あの冷静沈着な彼をここまでおびえさせる、この古城の存在は一体、何だというのだ。

 

「ドラム、この城はなんなんだ」

 だが口をパクパクと動かしただけで、声を発していない。

「しっかりしろ!」

 僕がドラムの肩を揺さぶると、彼はハッとした顔で、答えた。

「こ、この城は……忘れもしない……その昔、マザー全土を滅亡までに及ぼした呪われた城……」

「呪われた城?」

 

 震える指先で口に手をあてる。

「そうだ……通称、〝悪魔の蓄音機〟」

 

9-2

 

 ドラムは全身の力がどっと抜けたように、その場に膝をついた。

 

「こ、これが……ここにあるということは〝ヤツ〟も復活したのか……」

 一人合点するドラムを、訳も分からずに見ていた。

 

「なあ、この城の事を知っているのか?」

 

 僕にきかれてドラムは力なく頷く。そしてぽつぽつと、語り始めた。

 

 この地球、マザーをめぐって、戦った魔族のこと。

 それらを統べた魔族の王、タイガのこと。

 王が行方不明になったあとに、現れた魔王、ロンゼ・ブリード。

 そして、魔王がつくった、史上最悪の兵器〝悪魔の蓄音機〟のこと……。

 

 ドラムは語りだしてから、冷静さを取り戻してきた。

 この地球に関することを全て語り終えると、立ち上がった。

 

「つまり、あれが全てを終わらせ、また、全てを創めたのだ」

 話のスケールの大きさに、身を震わせた。

「あ、あんな古城が、この地球を……」

「そうだ……地獄はもう二度と見たくない」

 ドラムは右手を開くと、古城に向けた。

 

「ど、どうする気だ?」

「壊す」

「どうやって?」

「月花陣をかける」

 そう言うと、ドラムの手は桃色に光っていた。

 

「そんな! 月花陣は未完成だと、自分で言っていたじゃないか!」

「それは、お前が使っている術のことだ。私の術は完成している」

 

 ドラムが「陰!」と印を結んだ。

 城の周りに線が引かれていき、円が描かれる。

 やがて円陣に、桃色の花が描かれ、光りだした。

 

「見ておけ……これが、完成した月花陣だ!」

 

 僕が今まで使っていた術はこれで完成だった……。

 

 しかし、ドラムのかけた月花陣はまだ終わっていない。円陣から薄い膜が球状に広がっていく。

 円陣ではなく、球陣となったのだ。

 大きな球が城を包んでいる。

 

「こ、これが……完成した月花陣……」

 僕は思わず、息を呑んだ。

 

「そうだ、お前の使う月花陣には、隙がある。それは円陣だ。所詮、『円では中のものを閉じ込められない』それが、原因だ」

 ドラムは人差し指を立てて、腕を上げた。

 

「忌まわしき城よ。これで、お前を見るのも最後だ!」

 その時だった。城の真上に、大きな戦艦が現れた。

 

「ドラム、あの戦艦は!」

「あれは……」

 彼が顔をしかめていると、戦艦から「ぼん!」という爆発音が聞こえた。

 

 しばらくすると、戦艦が傾く。

 船の上には、なんと城が浮かんでいる。

 青い色の城。

 それは戦艦めがけて突っ込んできた。

 

 大きな音を立てて、戦艦と城は衝突する。

 煙をあげると、その二つは森の奥へと落下していった。

 

 


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