10-3
私は暗くて冷たい、何も無い部屋にいた。
「ここは……また? なの……」
真っ暗な闇に、スポットライトが当てられた。
光りが当てられた場所には、石で出来た大きな王座があった。
「一年ぶり……か」
そこには金色の覆面兜を被った男が一人座っていた。
よく見ると、たくましい背には大きな白い翼。
とてもヘンテコな格好をしているのに、妙に似合っているというか、様になっている。
「久しぶりだな」
私は首を傾げた。
「どこかで、お会いしました?」
「なんだ、忘れたのか? ほら、海峡で会っただろう」
「え、海峡で……」
このおじさん、何なのかな……。
「まあ、いい。母は元気か?」
私は俯いて、答えた。
「母は五年前に死にました」
「そうか……すまない」
「いいんです。私、お母さんが死んでも、周りにいい人がたくさんいたから、寂しくありませんでした……あ、あれ……何でだろう。涙が……」
涙が止まらない。止められない。
なぜだろう……この人の前では、嘘がつけない。
「すまなかったな……」
私は涙を拭いて、おじさんの方を向いた。
「何で謝るんですか?」
その人は立ち上ると、私の頭を撫でてくれた。
「辛い思いをさせた……全て、私のせいだ……」
おじさんの手は、とても大きかった。
私の頭がすっぽり入るぐらい。
頭を撫でてもらうと、なぜか落ち着いた。
暖かい手がとても心地よい。
まるで、母さんの膝枕のよう。
「真帆……」
私は目を丸くした。
「え? どうして、私の名前を知っているんです?」
おじさんは答えず、私の手に何かを握らせた。
「せめてもの罪滅ぼしだ……。どんなことがあっても、生きてくれ……」
渡された物は、私の手におさまるぐらいの小さな短剣だった。
「それから、お前の大事に想う人間が近くにいる。その人間は破滅に近づこうとしている。早く……早く、助けねばならない。それは、真帆、お前しか出来ないことだ」
おじさんはそう言うと、王座に戻る。
「あ、待ってください!」
スポッライトが消えた。
また、耳元で、プツンという音が鳴った。
10-4
気がつくと、私はピエロの前に立っていた。
「そ、そんな……あの人は私を見捨てるというのか!」
私を見て、ピエロが叫ぶ。
手には夢でおじさんがくれた短剣が握られていた。
「ピエロさん……あなた、嫌い」
「な、何をおっしゃるのですか……お嬢様……」
「私、お嬢様なんかじゃない……。倉石 真帆だもん!」
短剣を強く握る。剣先をピエロに向けた。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
ピエロはおびえて、私に背を向けると、空に飛び上がった。
私と少し、距離をおくと振り返る。
「わ、私に立ち向かうとは、愚かな! いいでしょう。殺して差し上げます!」
ピエロが拳をにぎって、私に向けた。
拳を開くと、手のひらから、無数の光線が放たれた。
私は思わず「えいっ!」と言って、剣を振った。
振ったと言っても、何も考えずに空間を斬っただけだ。攻撃というには程遠い。
だけど、私が剣を振ると、呼応したように剣が赤く光り、剣の先から灼熱の炎が放たれた。
炎は光線を掻き消し、勢いを緩めずにピエロを襲った。
「ぐわあああああ! そ、そんなバカなことがあってたまるか! 私は……私は、百八魔頭の一人だ! こんなところでぇ!」
私がもう一度、剣を振ると、今度は剣が黒く光り、剣から無数の獣が飛び出て、空へ駆け上っていった。
その獣達の姿は皆、皮膚がただれていたり、骨が体から突き出ていたり、首がなかったり……と、五体満足ではない。
まるで、地獄から送られてきたようだ。
獣達は一斉に、ピエロへ飛び掛った。
逃げる事も出来ず、獣達が彼の肉体を貪る。
ピエロは恐怖と痛みから、半狂乱の状態に陥っていた。
息も絶え絶えに呟く。
「こ、これは……タイガの剣」
やがて一匹の獣が空に向かって、咆哮をあげる。
すると、何も無かった空間に黒い切れ目が生じ、徐々に開いて楕円の穴ができた。
その穴は底無しの闇で、中からは黒い腕が何本も蠢いてた。
獣達は引き千切られたピエロの体を引っ張って、穴の中に入っていく。
「い、嫌だ! 嫌だぁ!」
ピエロは心底、恐怖を味わっているようで、残った身体をじたばたとさせて、抵抗し続けている。
だが、獣達は容赦なく、彼を闇の穴へと引き連れていった。
そして、穴が塞がれると、私の手に握られていた短剣が灰となって、風に流された。
気がつけば、氷塊の雨は止んでいた。
ハークは、未だに気を失ってはいたが、息はある。
「よ、よかった……」
私は、地面にへなへなと腰を下ろした。
ふと、北の空を見た。。
「あれって……」
そこには、大きな古城が宙に浮んでいた。