黒歴史小説 トリプルエッジ   作:味噌村 幸太郎

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第十一章 幻想交響曲
11-1


 敵艦から脱出した俺は、古城に向かった。

 向かうと言っても、ただ落下していくだけだ。

「そろそろか……」

 飛び降りる前に、空を見上げる。

「来たか」

 この敵艦よりも遥か上空から、もの凄いスピードで突っ込んでくる海呪城が見えた。

 ミノ……あとは、頼んだぜ。

 

 

 地上に着くと、深い森を抜け、更に泥沼を飛び越えた。

 門の前には、さっき俺が敵艦に向かって投げた槍が、地面に刺さっていた。

 地面から、槍を抜くと背後から声がした。

 

「黒王、もう着いておったか」

 婦子羅姫が、ダチョウのような不細工な顔をした大きな鳥に乗って来た。

「ああ」

 彼女の顔を見て安堵した俺は、鉄仮面を脱いだ。

 俺たちは、大きな門の前に立ち、門とにらめっこをした。

 

「なあ、これ、どうやって開けるんだ」

 婦子羅姫は、難しい顔をしていた。

「わからぬ……。とりあえず、押してみるか」

 「う~ん」と言って、巨大な門を手で押す。

 彼女の細い腕が微かに強張る。

 普段、力仕事などしないはずだ。

 そんな健気な姿を見て、愛らしく思えた。

 

「なにを、ボーッと見ておる? そなたも手伝わぬか」

「あ、ああ。わりぃ……」

 俺が門に軽く触れると、門の中央に紋章が浮んだ。

「なんだこりゃ……」

「これは……多分、そなたと共鳴しておる」

「共鳴?」

「うむ、元々、この城は魔王の所有物じゃ。主が帰ってきたと、認識したのじゃろう」

「ふ~ん……」

 門がひとりでに、開き始めた。

 

「入るか」

「うむ」

 俺と婦子羅姫は、城の中へと入っていった。

「きたねぇな……」

 城の中は、凄まじかった。

 壁の所々に、皹が入っていたし、ネズミはうじゃうじゃ現れる。

 それに、腐ったような悪臭が漂っている。死体だ……。

 普通の人間が、この場に十分もいりゃ、吐くだろう。

 

 婦子羅姫も、服の袖で鼻を押さえている。

「すごいのう……」

「足元に気をつけろよ」

 改めて城の中を、見渡す。

 中は塔のように、螺旋階段が上に長く続いている。

 

 やっぱり、登らないとダメなのか……。

「姫、どうする?」

「決まっておろう」

「でも、あんたの体力じゃ、無理だよ」

 俺がそう言うと、婦子羅姫は頬を膨らませた。

「バ、バカにするな! 妾はこれでも、日本妖怪の長じゃ。これぐらい、どうということはない!」

 そう言って、婦子羅姫は螺旋階段を登っていく。

 俺はその後ろ姿を見て笑みを浮かべると、後に続いた。

 

 しばらく、登っていくと……。

 案の定、婦子羅姫はぜいぜいと息を荒らしていた。足もフラフラしている。

 このままじゃ、足を崩して、下に落ちてしまう。

 俺は彼女を呼び止めた。

 

「だ、大丈夫じゃ、黒王。わ、妾はまだ大丈夫じゃ……」

 俺は笑って、彼女に背を向け、腰を落とした。

「な、なんじゃ?」

「乗れよ」

 彼女は顔を紅潮させた。

「何を言っておる。妾は子供ではない」

 俺はため息をついて、振り返った。

「そうかい……。んじゃ、大人として扱うよ」

 わざと、彼女の足を軽く蹴って、転ばせた。

「な、なにをする!」

 俺は彼女の腕と膝の下に手を入れて、持ち上げた。

 彼女を抱きかかえたまま、階段を登り出す。

 

「や、やめぬか! 恥ずかしい!」

 俺は鼻で笑った。

「恥ずかしいって、誰も見てないぜ」

「妾が恥ずかしいのじゃ! 下ろせ!」

 婦子羅姫は俺の胸をポカポカと叩いたが、俺は気にせず、登り続けた。

「ほら、ご到着だぜ」

 婦子羅姫を床に下ろした。

 彼女は、顔を赤くして言った。

「も、もう、あんなことはするなよ」

「はいはい」

 最上階には、大きな壁画と、教会にあるような大きな蓄音機があった。

 蓄音機からはいくつものパイプが天井につながっている。

「な、なんだありゃ……」

 俺は思わず、息を呑んだ。

 婦子羅姫は壁画に書いてある文字をなぞるように、読んでいった。

 

 

 この城、我のものなり。

 この蓄音機、我のものなり。

 この力、我のものなり。

 その力、マザーを手に入れることにあり。

 その力、我の命と共にあり。

 我、死す時、共に滅す。

 我、求めん時、その姿、現れん。

 我、魔王なり。

 

 

 壁画を読み終えた婦子羅姫の顔は、なぜか、寂しそうだった。


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