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第十三章 白い翼
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私は傷ついたハークのもとへと駆け寄った。
「ハークさん、しっかりして!」
彼はうめきながらも、笑顔で私に言った。
「そうか、真帆。お前はあのタイガの子供だったのか」
私もにっこり笑って答えた。
「はい、そうみたいです」
だが、ハークにはまだやるべきことがあった。
そうだ。〝悪魔の蓄音機〟を破壊せねばならない。
「真帆、頼みがある」
ハークが獣の目に変わった。
「〝悪魔の蓄音機〟を破壊してきてほしい」
「えっ? 私が?」
「そうだ、お前の父、タイガの力を持ってすれば魔王の力など及ばぬわい」
「む、無理ですよ!」
ハークは鼻で笑う。
「真帆、お前の背中をよく見てみろ」
「え?」
ふと後ろに首をひねると、背中に真っ白な翼が生えていた。
「これって、私のお父さんの力なんですか?」
「うむ、そうじゃろうな」
「じゃあ私、魔王を倒しにいってきます!」
そういって、私はにっこりとハークに笑顔を見せた。
「頼むぞ」
「はい!」
私は翼を大きく広げて飛びたった。
さすが、お父さんの翼、ものすごいスピード。
そのせいか、肌寒かった。
そして、とうとう魔王の城に着くと、螺旋階段をぐるぐる飛びながら昇っていく。。
最上階につくと私はびっくりして、口を大きくあけた。
「先輩…?」
そこには真っ黒な鎧を着た先輩がいた。
そして、先輩は怖い顔をしたまま、全身真っ黒なスーツを着た男の人と睨みあっていた。
隣りには、大きな紫色の怪物が経っていた。
その人は鬼のような怖い顔で先輩に叫ぶと、右手をまっすぐ構え、何か術のような言葉を唱える。
すると手先から紫色の大きなボールが出現した。
どんどん大きくなっていく。
私は瞬時に危険を感じた。
あれが先輩に当たったら死んじゃう。
「やめてぇ!」
咄嗟に先輩の前に割り込んで、仁王立ちした。
すると、ぼこっと私の胸に大きな穴があく。
私は口から真っ赤な血を吐きだして、倒れた。
「真帆ぉ!」
薄れていく意識のなか、先輩が駆け寄る足音が耳に響く。
「なんで、なんで、お前がここにいるんだ!」
私は気を失いながらも答えた。
「やっと…先輩に出会えた」
先輩はずっと子供のように泣きじゃくっていた。
それでも私は嬉しかった。
最終章 ルージュ
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俺はただ泣くだけだった…。
「なんで俺は二人も大事な人を同時に……」
涙をぬぐって、紫色の化け物と、真帆に大穴をあけた野郎を睨みつけた。
「ちょっと待てぇ! てめぇ!」
真帆に穴をあけた張本人は振りかえることもなく、代わりに紫色の化け物が黙ってこっちをみている。
「なんとか言えよ!」
悲しそうな顔で化け物は言った。
「そうか…お前も元は人間なんだったな…。お前のせいでこの青山という人間も大事な妹を亡くしたんだ。だが、お前もずっと一人だったんだな…」
俺は首をひねった。
「あ? なに言ってんだ!」
「どうだ? 〝悪魔の蓄音機〟を壊してくれれば、私もお前を殺さない。それで、どうだ?」
「ふざけやがって! 俺だって、こちとら好きで魔王になったんじゃない! それなのに、どいつこいつも……それに大事なものをなくしちまう…てめぇらも同罪じゃねぇか! ぶっ殺してやる!」
どくん…どくん…どくん…どくん…。
また魔王の鼓動が聞こえてきた。
俺の身体全身が金色に光る。
「もう……てめぇらもこれで終わりだ」
俺はもうどうでもよくなっていた。
守るべき姫もミノもみんな俺の前から消えていった。
一番大事だった真帆も……。
こんな世界、ブッ壊れちまえ。
その時だった。誰かが俺の肩をひきとめるような感じがした。
『ダメだ! 俊介!』
「誰だ?」
その声は俺の胸の中から発していた。
『僕だよ、ショーンだよ!』
「ショーンだって!?」
『そうさ、今まで魔王の力が強すぎて僕は縛り付けられていたけど、今やっと君に話しかけられるようになったんだよ』
久しぶりの彼の声はとても優しく感じた。
『今までのことは僕も全部見てきたよ。辛かったんだね…。』
「ショーン。俺、真帆を守るはずが逆に守られたんだ。もう、どうでもよくなったよ」
『何を言ってるんだ、俊介! 彼女はまだ生きている!』
俺は耳を疑った。
「ほ、本当か!?」
『ああ、わずかだが、まだ息はある。それにどうやら彼女にも魔族の血をひいているらしい。』
「なんだって!? でも、どうやったら助けられる?」
『君の魔王の力は破壊する力だけじゃない、彼女を助けられる力も持っているんだ』
「でも、どうやって?」
『簡単さ、人口呼吸と同じだよ。眠れるお姫様にキスをすればいいだけさ』
「そんなことで……。ありがとう、ショーン!」
俺はショーンに言われたとおりに、真帆に身を寄せ、かすかに残っているルージュのかかった唇にキスをした。
すると、真帆の背中に生えていた白い翼がバサッと広がる。
大きく開いた胸の穴もみるみるうちに塞がっていく。
そして、瞼をゆっくり開いた。
「せ、先輩…?」
「真帆!」
俺は嬉しさのあまり、真帆を抱きしめた。
こちらを見ていた化け物も驚いていた。
「奇跡だ。そうか、あの娘、魔族の子か!?」
俺に背を向けていた野郎も振り返った。
「な、なんだって!?」
「青山、お前の復讐も分かるが、あの二人も不運で生き抜いてきたんだ。ここは私たちのいる場所ではない。私たちの月花の道はお前の代で終わらせよう。帰ろう、故郷へ」
「ああ、そうだな」
そういうと、二人は俺たちに背を向け飛びたった。
真帆が俺の胸に顔を埋めて、匂いをかぐ。
「久しぶりの先輩だぁ」
嬉しそうに微笑む。
俺もつられて笑みがこぼれた。
「そうだなぁ、久しぶりだよな」
もう離れたくないと、強く抱きしめ合う。
互いの体温を感じることで、俺と真帆は安心できた。
すると真帆はなにかを思い出したかのように、ハッと顔をあげる。
「先輩、私たちにはまだやり残してる事がありますよ!」
「え?」
「これを壊さないと!」
「そうだったな……この城ごと〝悪魔の蓄音機〟をこなごなにぶっ壊そうぜ!」
3年後
関門海峡に新しくかけ直されたその大きな橋は真っ白で、橋の下はたくさんの船が行き交っている。
そして、その日、私は真っ白なウェディングドレスを纏って手にはブーケを持っている。
隣には白い燕尾服を着た大好きな先輩がいる。
その日、大きな橋には遠く遠く、長く続いているレッドカーペットを私たちは歩いている。
一生忘れない日、この日が私たちのスタートラインとなった。
了