黒歴史小説 トリプルエッジ   作:味噌村 幸太郎

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 マザーとは、わしらが生まれた母なる大地。即ち、地球のことを指す。

 わしは今の地球のより、四つ前の地球で生まれた。

 ああ、四つ前というのは、わしが知っているだけでも、地球は四回崩壊したということじゃ。

 

 地球と言うものは死なない〝生き物〟なんじゃ。

 何度壊れても、時間をかけて蘇る。

 蘇るたびに新しい生命が生まれた。

 

 で、地球が崩壊した理由というのは……今のおぬし達、人間がやっていることとそう大して変わらんことじゃ。

 それは愚かな戦い……戦争。

 身勝手な理由の戦争じゃよ。

 

 繰り返される戦争によって、地球は何度も崩壊した。

 じゃが、地球がそれで無くなることはなかった。

 

 わしが生まれた時にはもう、その戦いは始まっていた。

 戦いが始まったきっかけは、醜い勢力争い……。

 それは繰り返し、繰り返し、数え切れないほど続いた。

 

 そして、わしもその愚かな戦いに参戦する時がきた。

 この愚かな戦いにおいて、皆、それぞれの理由、野望、夢を抱いて戦場に出た。

 次第にそれは膨れ上がっていき、やがて、皆、同じ夢ができた。

 それはこの地球……マザーの支配。

 

 皆、それだけを望み、夢抱いて、己の拳を振り上げた。

 じゃが、わしの戦う理由は違った。

 わしには別の理由があったのじゃ……。

 

 それは大切な者を守るため、一族の存亡を賭けての大戦争じゃった。

 そう、これが〝マザーの戦い〟だ。

 

 この頃になると、強者の数も絞られてきた。

 百八の魔族の長が厳しい戦いに勝ち残り、いよいよ、長きに亘った戦いも終止符が打たれようとしていた。

 

 果てしない戦いじゃった……。

 わしも、大切な者を守るために、この戦いに身を投じた。

 やがてはその大切な者も失い、訳もわからず、ただ、ひたすらに戦い続けた。

 気がつけば、わしの走った道には無数の屍だけが残った……。

 

 そして、ちょうど、今の地球より、一つ前の地球。地球世紀、アース・0045にこの地球、マザーはある魔族の男が手にしたのじゃ。

 その男の名はタイガ……。

 タイガはどこから来たのかも分からない、得体の知れない男だった。

 噂によれば、異星から来た者だという。それに、彼は百八魔頭でもないのじゃ。

 

 それは本当に流れ星のように現れたのじゃ。

 泥沼化した戦いも、彼によって、やっと終わった。

 

 そして、マザーの王となったタイガは百八魔頭からわしを含め、五つの魔族から幹部を選んだ。

 名は五大魔神という。

 わしはそれらをまとめる者、魔神長になり、二度とあのような戦争を起こさないように努力した。

 

 タイガは謎が多い奴だったが、根は優しく、争いごともあまり好きな方ではなかった。

 その姿はたくましい大きな背に真っ白な翼、何か、虎のような金色の覆面兜を被っていた。

 今、思えば、変な格好じゃったな。じゃが、その時は神聖に見えた。

 まるで、神のように見えた。

 

 わしも彼が戦うところを見たことがないのじゃが、噂では剣を一振りするだけで、広大な大地がいとも簡単に割れ、火の海が溢れ出し、地球は地獄と化すという。

 だが、そんな恐ろしい噂もあれば、こんな噂もある。

 彼の歩いた足跡からは美しい花が咲き、様々な生き物に福音をもたらすという。まあ、これは噂と言うか、伝説じゃな。

 

 わし達、五大魔神も次第に、彼を信頼していき、また彼もわしらを好いた。

 そして長い間、いがみ合ってきた百八魔頭もお互い、助け合って生きていこうという考え方が広まっていた時、突然、タイガがいなくなった。

 その姿がまるごと、行方不明になってしまった。

 

 わしら、五大魔神は必死になって、タイガを探した。それこそ、地球を何回、回ったことか……。

 だが彼の姿は見つからなかった。

 

 そんなことがあった直後、自分こそが真のマザーの王と名乗る男が現れた。

 それが魔王、ロンゼ・ブリードじゃ。

 

 奴は元々、百八魔頭の一人じゃった。百八魔頭の中でも、それほど目立たず、タイガが現れる前の戦いで、大きな痛手を受け、次第にその勢力も衰えていき、一族の滅亡の危機にまで直面したのじゃ。

 

 しかし、奴は何かにとり憑かれた様に凶変した。

 その時から、隠されていたカリスマ性が露になったのじゃ。

 奴は旧タイガ派に反感を持つ残党を集めてその勢力を一気に伸ばし、わしらに立ち向かい、王座を狙った。

 その力は尋常ではなかった。

 

 奴はたった、五日で地球の三分の一を支配下に入れた。

 当然、わしら、五大魔神も黙っておるわけはない。奴を倒すために力を合わせた。

 魔王ロンゼの出現により、それまで、穏和になっていた百八魔頭の連中にも再び、争いが生じ、旧タイガ派と魔王ロンゼ派に勢力は二分化し、第二の〝マザーの戦い〟が始まった。

 

 当初、わしらは苦戦していた。

 奴が自己開発した恐ろしい兵器、〝悪魔の蓄音機〟によって、地球は地獄の炎に呑み込まれていったからじゃ。

 じゃが、わしらも決して諦めなかった。いつの日か、タイガが帰ってくることを信じて……。

 そして、ロンゼの〝悪魔の蓄音機〟によって、地球はかつてない崩壊が始まった。

 

 

 わしが今までに見たことのない、とても恐ろしい光景じゃった。

 緑は枯れ、海は干からびて、大地はマグマに埋もれた。

 全てが最悪のシナリオになってしまったのじゃ……。

 

 これには、魔王ロンゼも驚いた。

 多分、計算外の出来事じゃったのだろう。

 自分が作った兵器の予想外の破壊力に怖気づいたのじゃ。

 そして、自ら王座への野望を捨て、逃げる事を選択した。

 

 当時、一番弱く勢力もなく、低知能だった種族。

 ロンゼは猿族を騙し、不思議な箱舟に彼らを乗せて、燃え上がる地球から奴は逃がした。

 

 そう、奴は逃がす事と引き換えに、猿族とある約束をしたのじゃ。

 それは奴の心臓を一匹の猿の体内に埋め込むこと……。

 つまり、奴は猿に成りすまして、〝マザーの戦い〟から離脱したのじゃ。

 

 

 わしらは業火の中、残された仲間達と一緒に死を覚悟した。

 その時だった。行方不明だったタイガが空から舞い降りたのじゃ。

 タイガは焼け野原に足を下ろすと、白い大きな翼をはばたかせた。

 強い大きな風が地球全体を駆け巡った。

 すると、驚いたことに、あっという間に炎という炎が消え去ったのじゃ。

 そして、タイガはわしらにこう言った。

 

「戦いほど、無益なものはないな……」

 

 そう言って、タイガは地に倒れた。

 やがて、彼の身体は荒れた大地に埋もれ、そこから小さな芽が生えた。

 その芽はすくすくと育ち、大きな樹となった。わしらはその樹を〝タイガの樹〟と名づけた。

 

 わしは、タイガが地球と……マザーと一体化したのだと思う。

 それから残された……いや、助けられたわしらは誓った。

 

 もう、この地球を傷つけるのはやめようと……。

 この地球が傷つけば、タイガが苦しむ。

 そして、彼が死んでしまう。

 救世主であるタイガにそんな酷い仕打ちはあんまりじゃ……。

 

 後に魔王派の者達も、わしら旧タイガ派によって、各地に封印された。

 やがて、地球が再生を始めた頃、猿族を乗せた箱舟が帰ってきた。

 

 じゃが、箱舟に、この事件を引き起こした張本人である魔王ロンゼは乗っていなかった。

 箱舟には、罪のない猿族達だけが乗っていた。

 戦い疲れたわしらは純朴な彼らに未来を託すことにした。

 そして、それがおぬしら、人間の始まりだ。

 

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「これが、わしの知っている〝マザーの戦い〟の全てじゃ」

 ハークは氷がとけて温くなったジュースを一気に飲みほした。

 

「な、なんか、私が今まで悩んできたこととか、生きてきたことが小さく感じます」

 私はかたくなったハンバーガーをテーブルの上に置いた。

 

「そりゃ、突然、ワシらのことを聞かされれば、誰でも驚くのう。じゃが、おぬしら人間も捨てたもんじゃない。確かに、わしらのように戦争も繰り返したし、まだ戦争をやめない国もある……じゃが、わしらが、おぬしらに感心したことがある。それは学ぶということじゃ。わしらなんぞ、戦争の無益さに気がつくまで、地球を四つも壊してしまった。人間の学習能力は半端ではないな」

「そう……かもしれませんね」

 私とハークは目を合わせ、お互いに笑みを浮かべた。

 

 ハークがまた、ご自慢の長髭に手を触れる。

 その時だった。

 廊下から「ドタドタ」と足音をたてて、猫人間が血相を変えて部屋に入ってきた。

 

「失礼します、ハーク様」

「なんじゃ、騒がしいのう」

「〝悪魔の蓄音機〟が見つかりました」

 それまで、優しい目をしていたハークが、恐ろしい獣の目をした魔族の顔になった。


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