モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
ドスジャグラス。
牙竜種に属するジャグラス達を統べる大型モンスターで、別名賊竜とも呼ばれている。
ジャグラスと比べ二回り以上も大きな体躯と、背中を覆うように生えた鬣が他のジャグラスと比べると特徴的なモンスターだ。
このドスジャグラスはアプトノス等の草食モンスターを仕留めると、なんとその死体を丸呑みにして運ぶという習性がある。
そして丸呑みにした獲物を縄張りに持ち込むと、口から消化されてバラバラになった肉をばら撒いて群れの仲間に分け与えるのだ。
ポットが隠れていた腐肉の塊こそ、そのドスジャグラスがばら撒いた獲物の死体である。
つまりそこは、彼等の縄張りであった。
☆ ☆ ☆
一瞬だけ三人は固まってからお互いに視線を合わせる。
「どうしよう」
「逃げるか?」
「すまない。足を挫いてしまっていてね」
ポットのそんな言葉にロウとキリエラは苦笑いを溢した。しかし、そうなると答えは単純である。
「よし、僕が囮になる。キミは彼を安全な所に!」
「は? お前、普通逆だろ……!」
「バカかキミは! 足挫いた男一人を僕にどうにか出来る訳ないだろ! それこそ他のモンスターが来たらおしまいだからね!」
言いながら、キリエラはポーチから何故か生肉を取り出した。
「お前それは……いや、そうだが……」
言い返せない。
それに、言い争っている場合でもないだろう。モンスターは待ってくれない。目が合ったドスジャグラスが、真っ直ぐその巨大を向けて走ってくる。
人よりも一回り大きなジャグラスよりも、さらに二回り以上大きなドスジャグラスを相手にすれば、踏まれただけでも人がその原型を留めていられるか分からない。
そんな相手を前に言い争いをしている暇は無かった。
「くそ……! おい、行くぞ!」
ロウはポットに肩を貸して、急いで樹木で出来た道を進む。
低い所より高い所の方が、一旦安全な場所を探すなら都合が良い。
背後ではキリエラが生肉を掲げながら走っていた。生肉に釣られているのか、ドスジャグラスもジャグラス達も彼女を追っていく。
「どうする気だい?」
「安全な場所まで登ってアイツを援護する」
「僕を安全な場所まで運んでくれるのは嬉しいけど、そこから戻ってる時間を彼女は稼げるのか?」
「戻る必要はない」
ポットを引っ張るように歩きながら、ロウは目を細めてそう言った。
振り返れば、遠目にキリエラがまだ見える。
「おいお前、この辺りで開けてて安全な場所は分かるか? そこまで案内しろ。そこからドスジャグラスを狙撃する」
「そこから? 狙撃? もしかして、この距離から攻撃するって事かい?」
「そう言ってるんだ。早く教えろ」
「え、えーと、少し待ってくれ!」
ロウの提案に困惑するポット。それもその筈だ。
今この場所ですらキリエラの姿はもう豆粒のようにも見える。いくら図体の大きなドスジャグラスだろうと、人の指程度の大きさにしか見えない。
そんな距離から攻撃をすると言われても、ポットには理解出来なかった。
しかし───
「ここだ。ここからなら彼女やドスジャグラスが見える。モンスターに気付かれていなければ、翼竜に乗ってアステラまで戻れるしね!」
───ポットは彼を信じて、言われた通りの場所へロウを案内する。
編纂者の仕事は狩人のサポートだ。
彼等にモンスターと戦う術はないし、戦術もない。
モンスターと戦うのはハンターの仕事。
その為の知恵と、勇気と、力が彼等にはある。
それを信じるのが、編纂者の仕事だ。
「……助かった。お前は先に帰れ」
「え?」
「発砲音でモンスターが寄って来たらお前を守れない。早く行け」
「わ、分かったよ。……必ず彼女を連れて帰って来てくれ!」
言いながらポットは翼竜を呼んで捕まり、空へと消える。
ポットの安全を確認すると、ロウは背負っていたヘビィボウガンを樹木の床に置いてポーチから取り出した瓶を大筒に嵌め込んだ。
そうして展開したヘビィボウガンを、彼は寝そべるようにして構える。
古代樹。
樹木の集まって出来たその自然の塔から下を見下ろすと、確かにキリエラとドスジャグラス達の姿が見えた。
豆粒にしか見えないそれも、スコープを覗けばいくらかマシになる。しかし、それも気休め程度だ。
「これで時間を稼いで、アイツを助ける」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、彼は引き金に指を掛ける。
身体は真っ直ぐに。呼吸は一定。レンズに映る
「───当たれ」
───引き金を引いた。
刹那。
音が空気を切る。
その音よりも早く、何かが空間を貫いた。
「お肉上げるから! ほら、お肉上げるから一旦落ち着こう! ねぇ、ほらとても美味しそ───ん? え?」
悲鳴を上げながらドスジャグラス達から逃げていたキリエラは、一瞬の風切り音に目を丸くする。
その音の後。
自分を追っていた筈のドスジャグラス達の足音が突然ピタリと止まったからだ。
何事だと、彼女が振り向いた刹那。
「───何?」
一瞬の爆発音と同時にドスジャグラスは声にならない悲鳴を上げながら横倒しになる。
その頭部は半分抉られていて、頭から背中に掛けて
「何が起きたの……? 爆発? 徹甲榴弾じゃない。もう戻ってこれた? 僕の知らないモンスターの攻撃? でも、何も見当たらないぞ」
辺りを見渡しても、
突然の風切り音。
ドスジャグラスを一直線に貫いたような爆発。
その爆発に巻き込まれて、ジャグラス達も吹き飛ばされている。
何が起きたのか、全く分からなかった。
「……と、とりあえず今の内に逃げよう」
考えても答えは出ない。それに今はこのチャンスを逃す理由はないだろう。彼女はドスジャグラスに背中を向ける。
混乱するジャグラスの群れ達は彼女を追おうとはしなかったが、ドスジャグラスは起き上がりながら血走った片目で一点を睨んだ。
自らの体を切り刻んだ一撃が放たれた、その一点を。
「無事か」
「さっきのはキミがやったの?」
「あぁ」
キリエラと合流したロウは、彼女が走って来た道に視線を向ける。
ドスジャグラス達が追って来ていない事を確認して、彼は「さっきの奴はアステラに戻した」と短く呟いた。
「彼を安全な場所に連れて行ってから僕を助けに戻って来てくれたのかと思うと、キミは凄く足が速いのかと思ったけど……合流までは結構掛かったよね。狙撃竜弾、だっけ?」
狙撃竜弾。
自然発火性の液体を高速で撃ち出す、ヘビィボウガンだけが使える弾丸の事である。
弾丸とは言ってもその物自体は瓶に入った液体だ。
常温で空気に触れると発火する液体を瓶ごと高速で叩き付け、弾け飛んだ瓶の欠片と液体が身体を貫き、後に液体が発火───爆発するという仕組みである。
ヘビィボウガン本体への負担も大きく連続での使用は出来ないが、その分威力は絶大だ。
現にドスジャグラスはキリエラの見た通り、直ぐには追ってこれない程のダメージを受けている。
「よく知ってるな」
「編纂者だから。ところで問題は、キミがどれだけ遠くからドスジャグラスを
「古代樹の上から撃った」
「上」
「上」
上に指を向けてそう言うロウ。キリエラは絶句した。
翼竜に連れて行ってもらってアステラに戻れる程に安全な場所まで古代樹の木を登って、その高度からドスジャグラスを狙撃したとすると、その距離は人が目で物を見れる殆どギリギリの距離だろう。
「……キミは、やっぱり優秀だね」
「これでも新大陸調査団を任されたハンターだからな。ところでお前、以前俺に言った言葉を覚えてるか?」
「はて、どれの事だか」
視線を逸らして口笛を吹き出すキリエラ。どうやら分かっているらしい。
「自分一人が居なくなったせいで、その後何人が死ぬ事になるのか分かってるのか? お前は俺にそう言った」
「う……」
「勝手な行動をするな。人間は簡単に死ぬんだ。今回は偶々上手くいった、けれどそれは偶々で───」
「キミは、優しいな」
自分に掴みかかってくるロウの目を真っ直ぐに見てそう言うキリエラ。ロウは何を言われたのか分からなくて、逆に冷静になってキリエラを離した。
「俺は……。違う、俺は死神なんだよ……この手から何人も命がこぼれ落ちて行った……。もう失いたくないと思っていても、皆死んでいく。俺は他人の事なんてどうでも良いんだ。だから守れない! 守れなかった!」
「他人をそんな風に怒れるのは、優しいからだよ。……キミは、死神なんかじゃない。他人の事なんてどうでも良いなんて、嘘だ」
キリエラはそう言って、崩れ落ちたロウの頭を撫でる。
死神。
人を守れなかったのは事実だろうし、守れなかった人の遺族が彼を恨む気持ちが分からない訳じゃない。
だけど、彼はきっと必死に守ろうとした筈だ。
今こうしている彼を見れば、誰でも分かる。
「それでも俺は……」
「とにかく、キミは優秀だ。本当に凄いと思う。だからこのままドスジャグラスを討伐しちゃうのも出来ると思うんだけど、どうする?」
そう言われて、ロウは元々の目的を思い出した。
ポットの救助が終わった今、特に狩りの制約はない。
そしてロウの実力ならドスジャグラスの討伐を一人でこなそうとしても苦労する事もないだろう。
「……そういえば、クエストはドスジャグラスの討伐だったな。勿論クエストは続行する」
「そうだ! 僕に良い作戦があるんだけど」
そう言って、キリエラは満面の笑みを見せた。
「……嫌な予感しかしない」
どう考えてもまともな提案を出そうとしている人間の顔ではないように見える。
しかし、その後ロウはキリエラの提案を断る事が出来なかったのだった。