モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
走る。
肉を掲げ悲鳴を上げながら、キリエラは全力で走っていた。
「いや、本当にこうなるとは! いや、本当に頑固だな! いや、本当に! 本当に僕は人の事を言えない!」
背後から迫ってくるのはジャグラスだけではない。
ドスジャグラス。
狙撃榴弾で頭の半分が吹き飛んでいようが、その眼光を光らせて血走った瞳を真っ直ぐにキリエラに向けている。
「怖過ぎる!!」
キリエラは怖過ぎて泣きながら命乞いをするのだった。
☆ ☆ ☆
時は数刻前に遡る。
「僕に良い作戦があるんだけど」
満面の笑みでそう口にするキリエラ。
ロウは「……嫌な予感しかしない」と目を細めた。彼の人生で
「もう一度、僕が囮になってドスジャグラスを引き付ける。そうしたらキミは狙撃榴弾をもう一度ドスジャグラスに叩き付けられる筈だ」
「はぁ?」
「キミが他人の事なんてどうでも良いのだというなら、こんな作戦でも問題ない筈だけど」
死神。
そう言われて、そう自称して、誰にも関わりたくない、他人の事なんてどうでも良い。
そんな事を言うロウが、本当は優しい人間だという事は彼を見ていれば分かる。
きっと彼はそんな作戦は受け入れない筈だ。
「───どう?」
「……分かった。それで行こう」
「ぇ」
しかし、ロウの返事にキリエラは目を丸くする。
「今なんて?」
「だから、それで行こうって言っただろ」
「ヮォ」
キリエラは泣いた。
「お前が立てた作戦だろ……」
「いや、でもね? え? 本当にやるの? 僕死なない?」
震えながらそう口にするキリエラ。そんな彼女を見て、ロウは溜め息を吐く。
「死なない。……死なせない」
そう言って、ロウはキリエラの肩を叩いた。彼の優しい表情を見て、キリエラは「やっぱり優しいじゃないか」と言葉を漏らす。
「よし。行け」
「やっぱり優しくないかもしれない」
満面の笑みでキリエラをドスジャグラス達の元に向かわせるロウ。そうしてキリエラは、ドスジャグラスの気を引いて走り出した。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」
振り向かなくてもドスジャグラスが真後ろに居る事が分かる。
キリエラは小さな斜面になっている道を登ろうとしていた。その先に、ヘビィボウガンを構えたロウが居る。
「ギリギリまで引き付ける。大丈夫だ。死なせない。俺はもう……誰も───ここだ!!」
スコープに映るドスジャグラスの巨体。
空気の流れ、気温、湿度、自らの呼吸。まるで一本の筋が通るように、頭の中で弾丸の軌道が描かれた。
引き金を引く。
空間を貫いて、その弾丸は音よりも早くドスジャグラスの左半身を抉った。
続いて風切り音。同時に、ドスジャグラスの身体を切り裂いた液体が空気に触れて炎上する。
狙撃竜弾。
竜を穿つ弾丸だ。
「うぉぉおおお!?」
爆風で身体が浮いて悲鳴を上げるキリエラ。その正面から、ヘビィボウガンを抱えたまま坂道を滑りながらロウがキリエラと入れ替わる。
二人の眼前で、狙撃竜弾の衝撃により左前脚を吹き飛ばされたドスジャグラスが血走った瞳をロウに向けた。
お前か、と。
そう言っているかのように、失った左前脚を庇う素振りも見せずに身体を持ち上げ鋭い牙の並ぶ大顎を開くドスジャグラス。
間髪入れずその大顎で眼前の小さな獣を噛み砕こうとするが、突然頭蓋に響く衝撃がドスジャグラスを襲う。
砕ける牙。噴き出る鮮血。
ヘビィボウガンから放たれた通常弾がドスジャグラスの顎を吹き飛ばした。
「ヮォ」
「下がってろ。……後は俺がやる」
キリエラを下がらせて、ロウは怯んだドスジャグラスに更に通常弾を叩き込む。
右腕、腹部、頭蓋、叩き付けられた弾丸はドスジャグラスの身体を抉り、命を削った。
反撃しようとしても、身体が言う事を聞かない。
動かそうとした部位が次々に削り取られていく。
左脚を踏み出そうとすれば左足が、右腕で踏み潰そうとすれば右腕が、噛みつこうとすれば顎と牙が。
普段から食料として襲っているアプトノスよりも遥かに小さい筈の獣の攻撃で、自らの命が削り取られていた。
ありえない。
こんな小さな生き物に、群れを統べる
ありえない。
「……ジャグラス」
ロウを囲うようにしてジャグラス達が前に出る。しかし、そのジャグラス達をロウは一匹ずつ確実に仕留めていった。
ヘビィボウガンは持ち歩ける大砲と呼ばれている。
竜の甲殻すら抉る砲撃に対して小型モンスターの命はあまりにも容易かった。
「群れの長を守るか。良い連携だ。心地良い関係の群れなんだろうな。……だから、縄張りを保てたんだろう」
「キミ!」
「分かってる」
このドスジャグラスは群れをずっと守ってきていて、群れの仲間に慕われているのは見ていれば分かる。
それでも、彼は狩人だ。
「悪いな。俺達も引けないんだ───」
ドスジャグラスの咆哮が森に響く。
ジャグラス達の捨て身の特攻で、ドスジャグラスが体勢を立て直す時間を稼がれていた。
かの竜は血みどろの身体を持ち上げると、赤く染まる視界に映った仲間の亡骸に目を細める。
繁殖期だった。
群れを大きくする為、沢山の卵を守る事になる。
糧も沢山集めなければならない。その為の力を付けた。縄張りを守る為に巨大な獣とも戦った。
あと少しで卵が孵る。
負ける訳にはいかない───
「───お前を狩る」
こんな小さな獣に全てを奪われてたまるか、と。
竜は咆哮をあげ、失った左前脚以外の全身を使いロウに向けてその巨体をぶつけようと走った。
血走った眼光と目が合う。
怖くはない。
「もう少し下がれ!」
「あ、うん!」
キリエラに向けて声を上げると、ロウはヘビィボウガンを構えたまま地面を転がってドスジャグラスの突進を避けた。
すれ違いざまにドスジャグラスの鱗が頬を掠める。
もし一瞬でも判断が遅れていれば、彼の体はバラバラになっていた。
竜と人にはそれほどまでの差がある。
「こっちだ」
自らを通り過ぎたドスジャグラスの背中に通常弾を叩き込むロウ。ドスジャグラスは逃げていくキリエラには目もくらず、振り向いてロウに牙を向けた。
「こい……!」
更に弾丸を放つ。
今度はドスジャグラスの頭部に突き刺さった弾丸が爆発し、その頭蓋を抉った。
血みどろの頭をロウに向け、全身から血を噴き出しながらもドスジャグラスはその瞳を真っ直ぐ一直線に向ける。
数発。
全身に突き刺さり爆発する徹甲榴弾を物ともせず、ドスジャグラスはその巨体を怒りの矛先へと突き進めた。
お前だけは絶対に殺してやる。
そんな怒りが、誇りが、命の灯火が見えた気がした。
「それでも俺は───」
「キミ!!」
ドスジャグラスがロウの眼前に迫る。
その牙が小さな獣の頭部を捉えようとしたその瞬間。
「───負けない。二度と、負けられない」
ロウの足元で、ドスジャグラスの頭部の真下から爆炎が広がった。
地面に突き刺さしておいた徹甲榴弾が爆発したのである。
身体を大きく仰け反らせるドスジャグラス。
血走った瞳はそれでも、ロウを強く睨んでいた。
その視線の先で。
「俺の勝ちだ」
ヘビィボウガンの銃口を、ドスジャグラスの顎に向けるロウ。
至近距離。
銃弾の威力は距離が離れれば離れる程落ちる。勿論、逆はまた然り。
引き金を引いて、放たれた弾丸はドスジャグラスの顎を貫通して頭蓋を吹き飛ばした。
何が起きたか分からない。
頭が上手く回らない。
まだ戦える。戦える筈だ。
こんなのは痛くない。群れを守って、それから───
「悪いな」
───それから。
視界が反転する。
衝撃のまま、仰向けにひっくり返るように倒れたドスジャグラスは絶叫を上げた。何かを訴えかけるような、悲痛な叫びを。
痙攣して動かなくなるドスジャグラスに、ロウはヘビィボウガンを向ける。
キリエラはそんな彼の前に立って、片手で彼を制した。
「もう死んでるよ」
「……分かってる」
そう返して、ロウはドスジャグラスの瞳に手を掛ける。
死んだ生き物は二度と動くことはない。土に還るか、何かの糧になるだけだ。
ハンターは倒したモンスターの素材を剥ぎ取って、生きる糧にする。ロウもまた、いつものようにドスジャグラスの身体にハンターナイフを突き立てた。
「クエストクリアだな」
ドスジャグラスの素材を手に取りながら、ロウは短い溜息を吐く。
いつのまにか日は傾き、木々の隙間から漏れる茜色の光がたおれたドスジャグラスを照らしていた。