モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
鳥の鳴き声で目が覚めた。
暖かい。
揺れる視界に目を擦りながら、ロウは身体を持ち上げる。
今朝は良く眠れたらしい。
登り切った太陽から日差しが入り込む窓を見て、ロウはふとこんな事を思った。
「───ここは何処だ」
見覚えがない。
暖かい布団に、陽の光が差す窓。
実の所、5期団の到着でアステラは居住スペースが足りないという問題を抱えている。
よってロウ達5期団は小屋で雑魚寝をしたり食事場の机に突っ伏して寝るという日々を繰り返していた。
居住スペースは日々整えられて来ているが、ロウはまだ自分の部屋を手に入れてはいない。
申し訳程度に敷かれた藁の上で、むさ苦しい男達のいびきを聞いて起きるのがロウの習慣である。
ならば、この暖かい布団の敷かれた場所は何処だ。
「……っ、ん、ぅう」
「は?」
ふと、背後から聞こえて来たむさ苦しい男達のいびき声とは明らかに違う
華奢な身体。
青い髪。インナーだけの無防備な姿。握ったら折れてしまいそうな手足が見えて、その内左腕は肩から先が少しだけ残っているだけでその先が見当たらない。
「おま───キリエ……ラ? は? なんで!?」
昨日の事を少しだけ思い出した。
ポットを助け、ドスジャグラスを討伐して帰還した後。
助けてくれたお礼だとポットの奢りで酒を飲んで───それからが思い出せない。
ロウは酔っ払うと記憶を失うタイプの人間だったのである。
つまり、自分が何をしたのか───何をしてしまったのか分からない。
「ちょっと待ってちょっと待て本当に待ってくれ。俺は!? え!? もしかしてもしかしなくても!? 待て待て待て待て!! まだそうと決まった訳じゃない。いや、なんで何も覚えてないんだ……!!」
「───あ、おはよう」
「すまなかった!! 許してくれ……!!」
ロウは土下座した。
頼むから勘違いであって欲しい。
しかし、もし勘違いでなければロウには謝る事しか出来ないのである。
そして、キリエラは両手を伸ばして欠伸をしてから目を擦り───こう口を開いた。
「昨日は、凄かったね」
「本当にごめんなさい」
頭を床に叩き付ける。
そんな彼を見て、キリエラは口角を吊り上げながら笑うのであった。
☆ ☆ ☆
本が沢山置いてある。
窓から差し込む光は程良く暖かい。整えられた机の上にはいくつか資料が並べてあった。
「───つまり、ここは僕の部屋。そして今日からはキミの部屋でもあるって事だね」
「何がつまりなのかもう一度説明してくれ」
上着だけ羽織った姿のキリエラは、ベッドに座りながら頭を抱えるロウを見て「本当に何も覚えてないんだね」と目を細める。
酒を飲んで記憶が飛んで、気が付いたら十八の少女と同じベッドの上で寝ていた。
これがロウの状況である。
「昨日バディを組んだでしょ。ポット君の奢りで飲みながら」
「酒を飲んだ事は覚えてる。それ以降は何も覚えてないんだ……」
「……あー、キミ、本当に昨日は凄かったもんね」
「……そんな憐れむような顔で見ないでくれ。いや見ないで下さい。俺は一体何をしたんだ」
自分が酒に弱い事は知っていた。
しかし、新大陸に来る前はいつも姉弟子や書士隊の仲間としか飲まなかったので自分が記憶を失う程酔っ払っても問題を起こした事はなかったのである。
故にロウはそもそも自分が酔っ払うと何をするか分からないという事を失念していたのだ。
「ま、でもとりあえずそういうことで。僕とキミは今日から相棒。オッケー?」
「良くない。俺は誰とも組む気なんて───」
「……へぇ、ここまできてそんな事言えるんだ」
目を細めてそう言うキリエラ。
ロウはゾッとして表情を歪ませる。
「……あそこまでしておいて、僕を捨てるんだね」
「……待って。俺は……何をしたんだ?」
「ふーん、そっかぁ。へぇ……。キミって責任も取れないのにあんな事出来ちゃうんだ」
「待ってくれ!! 本当に!! 本当に待ってくれ!!」
目を細めるキリエラに頭を下げるロウ。
記憶がないので本当にどうしようもない。ここで彼女が嘘で何が起きたのかを言ってもロウには否定材料すらないのだから。
「……責任、取ってくれるよね?」
右手で自分の身体を抱きながらロウから目を逸らすキリエラ。最早ロウに断るという選択肢はなかった。
「……はい」
「ま、何もなかったけど」
「おい!!」
「え? 本当に何もなかったって思うの?」
「待って!!」
青ざめるロウを見てケラケラと笑うキリエラは、ひとしきりロウを揶揄った後椅子に座る。
そうして机に向かって紙にペンを走らせると、封をしてソレをロウの前に突き出した。
「これは?」
「リーダーと総司令に、僕とキミが組んだって事を伝えておこうと思って。僕は今日の調査の予定を組むから、キミはこの書類をリーダー達に渡して来てほしい。初めての共同作業だね!」
「最悪だな」
断ろうとしたが、断ったら何を言われるか分からない。
彼女の言葉一つで、明日からロウの渾名は死神から変態に早変わりである。
現大陸で死神と指を刺される事は耐えられたが、この新大陸で変態と罵られるのだけはどう考えても耐えられなかった。
「それじゃ、ちゃんとお昼前には戻って来てね。僕も着替えて仕事をしたら準備を済ませるから! あ、迷子になったらちゃんと人に道を聞くんだよ!」
「母ちゃんかお前は」
頭を抱えながらキリエラの部屋を出る。
彼女の部屋は居住区でも比較的新しい綺麗な住居が並ぶ地区にあり、小屋で雑魚寝していたロウにとっては未開の地だ。
少し歩くとここが何処だか分からなくなり、帰りは誰かに聞かないとキリエラの部屋に辿り着けそうにない。
それでまた頭を抱えるロウは「どうしてこうなったんだ」と自分の行いを呪いながら歩く。
大切な人が居た。
自らをハンターとしても、人としても導いてくれた大切な人。
小さな頃。
彼には特に夢も何も無く、ただ漠然とハンターになれば生活には困らないだろうと思って進んだ道である。
当たり前だがそんな簡単な物でもない。
他人より多少力が強かった、足が早かった、頭も良かった。
しかしモンスターはもっと力が強い、足も速い、空まで飛ぶ、狡猾さもある。
簡単な仕事じゃない。
少なくない者がそうであるように、ロウはその圧倒的な力の差に挫折仕掛けていた。
そんな時、彼に手を差し伸べたのが彼の師である。
人は一人では前に進めない時がどうしてもあって、彼の師匠はそんな状態のロウを引っ張ってくれた人物だった。
元々片手剣使いだったロウに、自分の力以上の力を出せるヘビィボウガンという武器を教えたのも。
考えるのが少し得意だったロウに書士隊での仕事を与えてくれたのも。
彼を一人前のハンターにした大切な人。
そんな師匠をロウは失っている。
もう誰も失いたくない。
「誰とも組まずに、一人で朽ち果てたかっただけなんだがな……」
キリエラの事は嫌いじゃなかった。
若干苦手な部分もあるが、状況判断能力も高く正しい事を冷静に行える聡明な部分は師匠の事を思い出す。
年相応ではあるかもしれないが、子供っぽい反応をしながらも頭が良いせいでこちらが揶揄われるのは普通に不快だが。
それでも別に、彼女の事は嫌いではない。
ポットの事もそうだ。
別にロウは独りで孤独になりたい訳ではないのである。
孤独になるのが、怖いのだ。
──君は誰かと居なさい──
そんな師匠の言葉を思い出す。
「俺はまた、守れないかもしれない。それでも、誰かと居ろって言うんですか? 先生……」
調査班リーダーを見付けて、キリエラから預かった手紙を持ち上げると陽の光に透けて中の文字が浮かび上がった。
自分の名前と彼女の名前。
並んだ二つの名前を見て、ロウは目を瞑る。
脳裏に浮かぶのは大切な人が居なくなる光景、それだけだった。