モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
若かった───というよりは幼かった。
少女は多少、他人より考えるのが早くて。
行動力と好奇心が抑えられない。幼い少女だったのである。
「……っ、ぅ。ここ、どこ?」
気を失っていたらしい。
突然感じた事もない衝撃を受けて、霧に覆われた森で何かに引き摺られたような感覚がまだ残っていた。
立ち上がって
キリエラは両手足が満足に動くことを確認してから周りを見渡した。
「───誰?」
目の前に何か居る。
視界に映っているのは霧に包まれた木々だ。
しかし、そこに何かが居るという感覚が確かにある。
その何かは真っ直ぐに自分の事を見ている気がした。
「……キミが僕をここに連れて来たの?」
何も見えない。
しかし、そこにある確かな存在感。
キリエラの問い掛けにソレが答える事はなく、ソレはふとその気配を消してしまう。
「……居なくなった?」
圧倒的なまでの存在感。
霧の中で見た幻覚か、しかし確かにそこに何かが居た。
キリエラは一度両手で自分の顔を叩くと、もう一度しっかりと辺りを見渡す。気が付いたら霧が晴れていた。
「困ったな」
仲間達と逸れ、ここが何処か分からない。
「安全な場所を探して助けを待った方が良さそうだけど……」
ふと、先程とは違う気配を感じて振り向く。
「プケプケ?」
そこに居たのは、傷付いた一匹のモンスターだった。
「さっきの気配じゃない。……いつのまに」
プケプケ。
森に溶け込むような緑色の甲殻や鱗で全身を包み込んだ、一対の翼を持つ大型の鳥竜種の仲間である。
特徴的なのは柔軟な尻尾と飛び出し気味の眼球、そして遠くまで伸ばせる舌だ。
その舌を地面に垂れ流したまま、プケプケがキリエラの背後で倒れている。
霧のせいで見えなかったのか、さっきまでは見当たらなかったモンスターが突然現れてキリエラは目を擦った。
「瀕死だ……。この傷はハンターじゃなくて他のモンスターかな。なんでこんな所で倒れて───」
プケプケの身体は他の大型モンスターに襲われたのか傷付き、今にも命の灯火が消えようとしている。
警戒しながら近付こうとすると、倒れたプケプケの背後で動く何かの気配を感じた。
小さな桃色。
キリエラより少し大きい、アンジャナフの幼体が二匹。
「うわ……やば」
幼体といえどジャグラスよりも体格の良い巨体である。噛み付かれれば腕の一本くらい簡単に持っていかれてもおかしくはない。
勿論これが成体なら、キリエラくらい一口で飲み込めてしまうのがアンジャナフというモンスターだ。
「隠れよ……!」
反射的に木陰に身を隠す。アンジャナフの幼体はキリエラに気付かずに、倒れているプケプケへと視線を落とした。
「……そうか潰れた虫の死骸の痕跡、この辺りを縄張りにしていたプケプケの痕跡だったのかも。あの長い舌で握りつぶすように捕まえてるのかな。……それで、あのアンジャナフの幼体達の親が子育ての為にプケプケを狩った?」
幼体が居るということは、アンジャナフの親が近くにいるという事だろう。
元々プケプケの縄張りだったこの付近に、子育ての為に縄張りを広げようとするアンジャナフが現れた。
プケプケは抵抗虚しく敗北。今こうしてアンジャナフの子供達の糧になろうとしている。
「───なんて、ところかな」
キリエラの知的好奇心は現状への理解に釘付けだった。
アンジャナフの親が居る。
気付いてはいるのに、今はアンジャナフの幼体に興味が尽きない。
「これは研究所の皆も喜ぶかも!」
今この場所が危険な場所であるという事を忘れ、キリエラはアンジャナフの幼体の観察に夢中になっていた。
アンジャナフの幼体達は瀕死のプケプケを鼻先で突っついて、どうしたものかと二匹で顔を見合わせる。
プケプケは毒を持つモンスターでもあり、可食部も少なそうだが───なにより見た目が美味しそうではない。
親が仕留めたのだろうコレが食べて良いものなのか、吟味中といった所だろうか。
「プケプケは可哀想だと思うけど、僕が何をしても多分助からないしね。……それに、僕達調査団もやってる事はあのアンジャナフ達と同じ───縄張りを犯す侵略者だ」
遂にその大顎を開けてプケプケに牙を立てるアンジャナフの幼体達を見ながら、キリエラは目を背けずに一匹のモンスターの命の終わりを見届けた。
プケプケと目が合った気がするのは気のせいだろう。そうやって思う事にするくらいには、キリエラも非情という訳ではない。
しかし自分が調査団の一員だという事だけは、八歳の彼女なりに考えのある事だった。
「……そもそも食べて大丈夫なのかなプケプケ。むしろアンジャナフの幼体が心配に───」
観察中。
そんな事を考えていると、背後から木が撓る音がして振り向く。
「───あ」
巨大な桃色と目が合った。
アンジャナフの成体。
幼体達に夢中で、気配に気が付かなかったのである。幼体とは比べ物にならない程の巨体は歩くだけで大きな足跡を立てていた筈なのに。
「やば───」
立ち上がって逃げようとする前に、竜が吠えた。
「───ぇ?」
そして倒れる。
キリエラの目の前で足を挫いて横倒しになるアンジャナフ。
木を薙ぎ倒すような巨体には、何かに切り裂かれたような跡や打撲痕が多く刻まれていた。
「……ハンターだ」
プケプケとは違う。
ハンターとの戦いで着いた傷だ。
おそらく、自分の姉達。キリエラは何かに捕まって三人とはぐれてしまったが、その間に姉達はこのアンジャナフと遭遇してしまったのだろう。
アンジャナフはとても危険なモンスターだが、優秀な三人はアンジャナフが相手でも互角以上に戦えるハンターだった。
「これは、なんというか……」
振り向くと、アンジャナフの幼体達が倒れ込んだアンジャナフの成体を見て固まっている。
二匹の親なのだろうか。
アンジャナフの幼体達はキリエラには見向きもしないで倒れたアンジャナフへと駆け寄ってきた。
「僕達は、侵略者だ」
分かっている。
けれど、八歳の少女には理解は出来ても納得のいかない事もあった。
当たり前だろう。彼女は多少大人より頭が回るだけの優しい女の子なのだから。
「でも、これは……」
ゆっくりとアンジャナフに近付いた。
手を伸ばす。
「ぁ」
もう一匹。
母親か父親か。
倒れているアンジャナフとは別の、成体のアンジャナフが目の前に居た。
分からない。
大好きな姉と別れたくなくて、多少周りの大人より回る頭を駆使して船に乗る。
難しい事じゃなかった。
新大陸の調査。
それを手伝えば姉と居られる。
そこに大義とか、使命とか、そういうのはなくて。
ただ、姉と一緒に居たかっただけ。
それがキリエラという小さな少女の行動理念で。
鮮血が散った。
「どうして───」
腕一本。
アンジャナフの牙に引き裂かれ、キリエラの左腕が食いちぎられる。
「───僕をここに連れてきたの?」
そこに、
アンジャナフでもプケプケでもない。
霧の中、彼女を捕まえてここまで連れてきた何かが。
激痛に表情を眺めながら、キリエラは失った腕を伸ばす。見えない。けど、確かにそこに居る気がした。
アンジャナフの幼体と、プケプケと、ハンターの攻撃に倒れたアンジャナフ、そしてもう一匹のアンジャナフ。
なぜ自分はこの場所にいる。なぜこの場所に連れて来られた。
キリエラの腕を食い千切ったアンジャナフが咆哮を上げる。途端、意識がハッキリした。
このままだと死ぬ。
八歳の少女でもそれは分かった。けれど、どうしようもない。
そして、血飛沫で鼻先を濡らすアンジャナフがもう一度その大顎を開いたその時。
「───キリエラ!!」
大好きな姉の声。
「……お姉ちゃん」
何も分からなくて。
ただ、怖いという感情。腕を一本失ったのに、痛みを感じない程に恐怖に飲み込まれそうになっていた彼女の意識を姉が引っ張る。
「ごめんね……!! ごめんねキリエラ。一人にしてごめんね。もう大丈夫だから。もう───」
「おい!! アンジャナフがもう一匹居るぞ!!」
「幼体も居る!! 家族だったんですよ!!」
遅れて来るハンター二人。
倒れたアンジャナフと戦っていた三人は、アンジャナフを追った先でキリエラを見付けた。
痛々しいキリエラの姿に彼女の姉は泣き崩れる。
「よくも私の可愛いキリエラを……!!」
彼女達三人も、アンジャナフと戦って無傷という訳ではない。
疲弊しているキリエラの姉は、キリエラを抱きながらアンジャナフを睨み付けた。
三人にもう一頭アンジャナフを相手にする余裕はない。
「二人共、キリエラをお願い!」
「どうする気ですか!」
「私がコイツを食い止めて時間を稼ぐ!」
言いながら、的が増えて訝しんでいたアンジャナフに己の得物を叩き付けるキリエラの姉。
彼女は二人にキリエラを任せると、早く行けと片手で諭すように三人に背中を向ける。
「お姉ちゃん……!!」
「大丈夫、私は強いからね。キリエラ、早く先生に腕を見せてもらって! 私も直ぐ行くから!」
彼女は強い。
それは4期団の仲間達も知っていた。
「よし分かった! 無理するなよ!」
「キリエラを無事にアステラに連れて行ったら直ぐに仲間を連れて戻りますから!」
「大丈夫よ。アンジャナフ一匹くらい!」
「お姉ちゃん……」
姉なら大丈夫。この人は強い。
そう信じて───
「ーおい……嘘だろ。さっきのアンジャナフじゃねーか! アイツは!?」
「───二匹……。力尽きてなかったのですか!?」
───彼女は亡骸も残る事なくこの世を去る。
倒れていた筈のアンジャナフ。
キリエラの姉と戦っていたアンジャナフ。
激闘だった。
最早どっちがどっちなのか分からない程に傷付いたアンジャナフ二匹が、キリエラ達の前に立ち塞がる。
「お姉ちゃん……は?」
「キリエラ! お前だけでも逃げろ!」
「なんで……」
「君は新大陸に必要な人材なんですよ。大丈夫、死にません」
嘘を言われた。
二人もその後アステラに帰っては来なかったし、キリエラは多少周りの大人より頭が回るだけの八歳の少女である。
キリエラが居なくても新大陸の調査は進む筈だ。彼女より賢い編纂者は沢山居る。
それでも、キリエラは独り───生き残ったのだ。
☆ ☆ ☆
十年後。
「───お前の姉の話を聞いた」
「そっか」
古代樹に向かうキリエラとロウ。
あの日、思い知った事がある。
人は簡単に死ぬ事。死んだ人にはもう二度と会えないという事。
だから、キリエラは誰かを失うのが怖かった。
そしてロウに出会う。
同じ悩みを持つ青年が、キリエラは放っておかなかった。
「それでも、僕と組んでくれるんだね」
「同じだからな。お前と俺は」
「そっか」
違う。
この人なら、誰かを失う恐怖から自分を救ってくれるかもしれない。