モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
黒。
ドスジャグラスすらも比にならない巨体。
「───突進くるわよ!」
アンワが叫び、前線で大盾を構えていたランス使いの男が姿勢を低くした。
一対の翼を持つ飛竜。
それにしては強靭な両脚が、砂の大地を蹴り上げて駆ける。
轟音。
ランス使いの男は竜の突進を盾で受け流すようにして交わし、表情を歪ませた。
いくら大きな盾を持っていてもマトモに受けようとは微塵も思えない。痺れた腕を振りながら、ランス使いの男は息を吐いて槍を構える。
二つの瘤が着いたハンマーのような尻尾を振り回しながら、竜は砂が舞い上がる程の咆哮を上げた。
それこそ、ドスジャグラスのそれとは比べ物にならない。大地が振動し、狩人達は武器を落とさないように耳を押さえるので精一杯になる。
「こっちだ!」
接近していた狩人達から少し離れた所で、ロウの大筒が火を吹いた。放たれた弾丸がこめかみに直撃した竜は、衝撃に歪んだ頭を彼に向けてその眼光を光らせる。
荒い息を漏らしながら、見る者全てを恐怖で支配するその姿はまさに黒い悪魔そのものだった。
「……やはりディアブロス、そう簡単にはいかないか」
ロウは冷や汗を垂らしながら、竜が姿勢を低くするのと同時に身を投げる勢いで大地を蹴る。
次の瞬間。今さっき彼が居た空間は、竜が駆けて切り裂かれた。もしそこに何かが残っていれば、跡形もなくバラバラにされていただろう。
ディアブロス亜種。別名───黒角竜。
物資の輸送中。
道を阻む竜と、新大陸調査団の三人のハンターが交戦していた。
☆ ☆ ☆
時は少し遡る。
「───ディアブロスを先に叩く」
物資班の行手を阻む竜を見つけ、その対策の為にロウが出した提案は意外な答えだった。
「こっちから仕掛けるって事?」
「ディアブロスを撃退、ないし討伐してしまえば少なくともゾラ・マグダラオス捕獲作戦まではこの道の安全が確保される。多少リスクがあってもやる価値はあるんじゃないか?」
キリエラの問い掛けにそう答えるロウ。
意外だったのは、かつて護衛対象を護り切れず死神と呼ばれる事を
そういう経験をして、自分を責めてしまう人間は弱気な態度になりやすい。
しかし彼は違った。芯の強い言葉に、キリエラは「そうだね」と静かに頷く。
「僕は賛成。皆は?」
「私は構わないわ」
「異議無し!」
キリエラが仕切ると、アンワとポットを皮切りに満場一致でディアブロスと戦う作戦を決行する事になった。
護衛のハンターはロウとアンワ、そしてランス使いのハンターと双剣使いのハンターの四人である。
ロウは竜車を出来るだけ安全な場所に退避させると、双剣使いのハンターに護衛を一任。残りの三人でディアブロスとの戦いに挑む事になったのだった。
そしてポットの報告通り。
荒地にはディアブロス亜種の姿があり、三人は交戦する事になる。
ディアブロスは発見時から気を立てて怒っていたが、黒角竜とも呼ばれるディアブロス亜種は繁殖期であり気が荒い。
だからそれだけなら想定内なのだが、三人はディアブロスの姿を見てその不自然な光景に一時首を傾げた。
「角が二本共折れているが、相手が人間ならそう大した問題でもないんだろうな」
なんとかディアブロスの突進を避けたロウは、振り向いて様子を伺ってくる竜の頭部を尻目に愚痴を漏らす。
本来、角竜と呼ばれる所以であるディアブロスの角は頭部に二本。
まるで槍のように前方へ捻れた角を持つのがディアブロス最大の特徴だ。
しかしロウ達が見付けたディアブロス亜種は、その角が二本共折れている傷付いた個体だったのである。
身体中に傷を負っているのは、外敵を蹴散らして回っているからか。何にせよ、角が折れていようが脅威であるその図体は今ロウ達に向けられていた。
「ポットは二本角と言ってたが……」
「アイツの事だから適当言ってたのよきっと! それよりまた来るわよ!」
ディアブロス亜種が傷付いているのはともかく、角が二本共折れている事がロウは気になる。
ポットがバカなのはロウも認めているが、それでも何か引っ掛かる所が彼にはあった。しかし、自分自身でも何に引っ掛かっているのかは分からない。
「そっち狙ってる!」
「またか!」
ディアブロスの目標はランス使い。
姿勢を低くし、その図体からは信じられない速度で砂の大地を掛ける。
「援護する。接近出来るか?」
「任せて」
ランス使いがヘイトを買っている間に、アンワはその図体を背後から追った。
ディアブロスは砂漠では負け知らずの飛竜だが、其の実攻撃方法は肉弾戦のみという単純なモンスターである。
炎や水を吐いてくる事もなく、巨体故に飛ぶ事も出来ない。
かの竜の脅威は強靭な肉体そのものだ。
逆に言ってしまえば近付く事そのものは容易なのである。その後の対応が問題なのであり、しかし───調査団のハンターは伊達ではない。
「待たせた!」
ディアブロス亜種の尻尾をなんとか盾で防いでいたランス使いの隣を銃弾と共に横切るようにして、アンワは砂の大地を蹴り背中の獲物に手を伸ばした。
彼女達に背中を向けて、ハンマーの様な尻尾を振り回していたディアブロスは接近していたアンワの姿に気が付いて居なかったのだろう。
懐に潜られ、気付いた時にはもう遅い。
「貰った!!」
身の丈程の大剣をディアブロスの足に叩き付けるアンワ。そのまま切り上げ、振り回し、ディアブロスの硬い甲殻を削り飛ばした。
遂に足の筋肉に届いた刃が血飛沫を散らす。
連撃に怯んだディアブロスの股下で、彼女は己の得物を一度引き戻し、持ち手のグリップを捻りながら刃を引いた。
彼女の得物は同時に
両刃の大剣だった刃が二つに割れ、重心を上に集約させた斧へと変貌したその武器。
スラッシュアックス。
連撃に特化した剣と一撃の重みに特化した斧。その二つの特徴を持つハンターの武器だ。
「そこだぁ!!」
アンワは剣モードで切り裂いた傷に、一寸の狂いもなく斧の刃を横から叩き付ける。
元より連撃で体勢の崩れていたディアブロスは、その一撃で悲鳴と共に身体を横倒しにした。
「っしゃぁ!」
「流石だな!」
後ろからランス使いが位置を入れ替え、その鋭利な槍で倒れたディアブロスの尻尾を突き刺す。
巨体のバランスを保つ為に太く進化したディアブロスの尻尾は血管が集まっていて弱点の一つでもあった。
そこを着実に突いてくるランス使いに苛立ちを見せながら、ディアブロスは起き上がって再び咆哮を放つ。
空気の振動。
これをすれば小さな生き物は大抵萎縮して動きを止めるという事を、この竜は知っているのだ。
ディアブロスは正面
その巨体が砂の中に消えるまで、数秒と掛からなかった。
「逃げた?」
「違うな。下から来るぞ! 俺の後ろに───」
ディアブロスは砂中でも自由に動き回る事が出来る。そこからの奇襲を警戒し、ランス使いがアンワの援護をしようとしたその時───
「───当たれ」
───ロウが放った弾丸が地面を抉った。燃え上がる砂の大地。徹甲榴弾の爆発音が周りの砂を吹き飛ばす。
同時に、砂の中に潜っていたディアブロスが暴れるようにして砂上に姿を表した。
ディアブロスは砂の中に潜っていても敵を感知できる程の聴覚を持っている。
逆に大きな音を立てるとこうして驚いて砂の中から飛び出す程に過剰な聴覚は、こうしてハンター達の間では弱点としても有名な話だ。
「よくディアブロスが狙ってる場所が分かったな……!」
ランスを構え、砂の上で暴れ回るディアブロスに向け突進しながらそんな言葉を漏らすハンター。
それに追従するアンワは、少し前のディアブロスの咆哮を思い出す。
咆哮の後、離れていたロウだけが動けた事をディアブロスが学習したのなら───ディアブロスがロウを狙う可能性は確かに高い。
戦い慣れた個体なのだろうか。身体中の傷を見ればそれは分かるが、そのディアブロスの角が二本共折れている事がまたロウは気になった。
「ここで決めたいな……」
言いながら、ロウは狙撃竜弾をヘビィボウガンに装填する。
5期団のハンターは皆優秀である。
アンワは着実な手数と火力があり、ランス使いの男は仲間が安心出来る気配りのある立ち回りが出来るハンターだった。
ロウも状況判断能力が高く、周りを良く見て自分の立ち位置や援護射撃をこなしている。
確かにディアブロス亜種は強敵だ。
しかし、新大陸調査団は古龍をも相手にする度胸でこの地にやって来た者達である。
この世界は単純で、狩るか狩られるか。
強い者が勝つ単純な世界。
───そして彼等は間違いなく、強者だ。
「ここを狙え!」
「分かったわ!」
ランス使いが突進と刺突で切り裂いたディアブロス亜種の左足に、大斧を振り下ろすアンワ。
先程のアンワの攻撃もあって、甲殻は剥がれ、肉の露出する左足に叩き付けられた大斧が嫌な音と共に鮮血で砂を塗りたくる。
しかし、尻尾で周りを振り払うようにして起き上がったディアブロスにはまだ戦意が残っていた。
その眼光を光らせて、血みどろの脚で地面を蹴って息を荒げる。
「し、しぶと……」
そしてディアブロス亜種が翼を広げ、姿勢を低くしたその時───
ディアブロス亜種が吹き飛んだ。
風を切る音。
続いて、頭から地面に叩きつけられる様に何度も回転した身体を爆炎が襲う。
狙撃竜弾。
折れた角の生え際に直撃した弾丸は、その威力でディアブロスの身体を竜二頭分程吹き飛ばした。
頭に穴を開ける事こそ叶わなかったが、その威力は絶大である。
強烈な脳震盪を起こしたディアブロス亜種はその生存本能に従い身体を持ち上げるが、目の前の敵に抗おうという意志を失っていた。
今は逃げなければ、死ぬ。それだけは分かった。
己の一番の武器である二本の角を奪われた相手と戦った時ですら、そうは思わなかったのに。
ディアブロス亜種は足を引き摺りながら、ハンター達に背中を向ける。
「逃げるわよ?」
「どうする?」
「追い掛ける理由はない、と思う。あそこまで弱ればしばらくは安全だろ。今は物資を運ぶ時間の方が大切だ」
三人はディアブロス亜種を追い掛ける事なく、竜車の元に戻る事にした。
無事ディアブロス亜種の撃墜に成功し、物資班は砂の大地をさらに進む。
ディアブロス亜種との交戦地。
その場に残された何かの棘の様な痕跡に、導蟲が青い光を纏いながら集まっていた。