モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
その竜はこの荒地の主だった。
ねじ曲がった黒い二本の角。
他に追従を許さない強靭な肉体を武器に、この地で
そんな彼女にも繁殖期が訪れ、番と共に子を授かった。身体は黒く変色し、気性が荒くなるのは命を繋ぐ為である。
だから、彼女は戦った。
目の前で番を捻り潰した一匹の
彼女達と同じ二本の角。
黒い体色に一対の翼。似通った姿の中、そのモンスターには彼女達にはない物がある。
四本の脚。
翼とは別の前脚。彼女はそれを不思議に思った。そんな姿をした生き物を彼女は見た事がなかったから。
しかし、関係無い。
縄張りを犯す者は容赦無く潰す。
それが彼女が今考えるべきたった一つの事だからだ。
姿勢を低くし、砂の大地を蹴る。
鋭利な角に強靭な肉体。相手は得体の知れない生き物だが、体格だけならこちらが互角以上。
炎を出したり周りを凍らせたりする訳でも無い。単純な力比べなら、彼女は負ける気がしなかった。
───しかし、その予想は覆される。
そのモンスターは彼女の突進を、二本の前脚で受け止めたのだ。
そのまま捻るようにして、彼女の角は嫌な音を立てて根本から折られてしまう。
そこからは必死だった。
生きる為に、生き残る為に、体の全てを使って戦う。
相手にもそれ相応のダメージを与えた。彼女は強い。
しかし、その相手はまるでダメージなんてないかのように立ち回った。お互いに身体は傷だらけになり、満身創痍で一度睨み合う。
その時だ。
目の前のモンスターの傷が塞がっていくのを見たのは。
まるで傷口から棘が生えてくるように、彼女が着けた傷が消えていく。
そこでやっと、彼女は自分の負けを認めた。
生まれて初めて、彼女は勝てないという感情を知る。逃げなければいけない相手がいるという事を知った。
だからこそ、その後三つの小さな生き物にですら手こずり、彼女は生きる事を選んだのだろう。
逃げる彼女をそのモンスターは追い掛けない。
そのモンスターはただ荒地をゆっくりと進んだ。まるで、何かを探すように。
☆ ☆ ☆
ディアブロスは完全に撃退したようである。
縄張りを進む竜車に何かが襲い掛かる事もなく、物資班の竜車は荒地を堂々と直進していた。
「ロウ君の作戦が上手く行ったね! これなら、もう何周かも順調に物資を運ぶ事が出来そうだ!」
「だと良いがな」
楽観視は出来ない。
この地にいるモンスターはディアブロスだけではない筈である。護衛任務は危険が付き物だという事を、ロウは身をもって知っていた。
「……それにあのディアブロスをあそこまで痛め付けた奴が何処かにいるのかもしれない、か」
目を細めて考え込む。
角が二本共折れていたのもそうだが、ディアブロス亜種は確実に何かと戦って疲弊していた。
その相手がまだ近くに居るかもしれないと思うと、やはり油断は出来ない。
「あれ、何かしら」
途中、アンワが気になる物を見付けて物資班は一度竜車を止める。
彼女が見付けたのは、まるで地面から生えるように砂の大地に突き刺さった太い棘のような痕跡だった。
その痕跡を見付けた場所は、ロウ達がディアブロスと交戦した場所の近く───ポットがディアブロスと思われるモンスターを見付けた岩場である。
「これは何の痕跡だ?」
ランス使いが盾を構えながら、槍の先端でその痕跡を突いた。得体の知れない物体に、5期団のハンターと編纂者は首を傾げる。
「おいキリ、アレは……」
「どうしたの?」
しかし、5期団以外のメンバーの中には
4期団で物資班に所属している男は、その棘の痕跡を指差してキリエラに話し掛ける。
「キリは覚えてないか。確かアレは俺が新大陸に来た時だから、十年前くらいか。時折見付かるって言われてた棘の痕跡だ」
「棘の痕跡……。確か、リーダーや総司令も同じような事言ってた気がするね。ゾラ・マグダラオスの痕跡を探してる間に何かの棘みたいな痕跡が見つかり始めたって。……これが、その痕跡」
総司令曰く、その痕跡はある程度の周期毎に新大陸で見つかるようになる物らしい。
それが、ディアブロス亜種との交戦場所で見付かった。
「モンスターの痕跡なのか?」
「うーん、僕は分からないな。……先生が確か詳しかった筈だけど。でも、気を付けた方が良いかもね。総司令が先生に調査を依頼してたから、情報の少ない古龍かもしれない」
一同は痕跡の観察を止め、竜車を進める事にする。何も起きなければそれで良い。
しかし、少し進んだ先で突如砂嵐が物資班を襲った。
「厄介な」
「あの岩陰に一旦避難しよう! このまま進むのは少し危険だ!」
ポットの提案で、砂嵐が収まるまで物資班は岩陰に避難する。
現大陸の砂漠程広い砂地でもなく、砂嵐なんて珍しい現象がそうも長く続く事はない。しかし、先程見付けた棘の痕跡がロウ達の脳裏に過ぎった。
「……古龍なら、この砂嵐を作るくらいやってのけそうだが」
「古龍……なら、ね。確かに。そういえばあのディアブロス、かなり手負いだったわよね?」
ロウが漏らした言葉に、アンワは先程戦ったディアブロス亜種の姿を思い出す。
砂漠では負け知らずのディアブロス亜種を手負いにしたモンスターが居る───と、なればソレは古龍かも知れないという考えにも納得が出来た。
古龍。
この世界の生態系の頂点を飛竜等の大型モンスターとするならば、ソレは生態系の蚊帳の外にある世界の理そのものだと考える者もいる。
未知のモンスター。
古より存在し、人とも竜とも獣とも違う存在。
時にソレは嵐を体現し、大地となり、超常の力を見せ、人々はソレ等に恐怖した。
───しかし、彼等とて生き物である。
古龍渡りと呼ばれる、
「───どう動く?」
彼等は龍に屈しない。
もしこの場に調査団以外の者が居れば、その者は怖気付いて丸まって何も出来なくなっていただろう。
しかし彼等は違った。
神経を尖らせ、何が最善か考える。
「……居るな。この嵐の中に」
それが彼等───新大陸古龍調査団だ。
「キリエラ、相手が何か分かるか?」
「さっきの痕跡の主なら、先生は確か
「ネルギガンテ……」
「ロウは知ってるの?」
目を細めるロウに、キリエラはそう問い掛ける。
「……いや、俺も名前だけだ。ドンドルマにゴグマジオスが来た時、近くに現れたって話を聞いてな」
ロウが現大陸に居た頃、ドンドルマという街に巨大な古龍が襲来した事があった。
彼はその時ゴグマジオスの誘導戦に参加していたのだが、ゴグマジオス以外にも古龍が現れたという事を風の噂で聞いている。
そして、その古龍の名前がネルギガンテだった。
「誰か他に知ってる奴は?」
小さな声でロウがそう聞くが、三人の狩人も首を横に振る。
「もし戦うなら慎重にいこう。俺が前で時間を稼ぐ」
「なら、こっちは出来るだけ走って相手を撹乱する」
「戦うなら、ね。コレ、出来るだけ戦わない方が良いパターンだ。相手から攻めてこない限りは刺激しない方が良い」
ランス使いと双剣使いに続いてキリエラがそう言うと、ハンター達は一斉に首を縦に振った。
物資班の者達も、息を細めて姿勢を低くする。
古龍を必要以上に恐れる者はいない。
しかし、それは古龍の恐ろしさを知っているからだ。
「───目の前に居る」
砂嵐の中。
ロウは黒い影を見て、そう声を漏らす。
一対の翼。
そして四肢。ロウの脳裏にある古龍の姿が過ぎった。
数種の古龍には、翼と四肢を持つという特徴がある。
ロウの出会った古龍二種、オオナズチとゴグマジオスもその特徴を有するモンスターだった。
そのどちらとも違うシルエットだが、目の前のモンスターが竜で無い事だけは確かだろう。
「……動くなよ」
「……う、うん」
冷や汗を流すキリエラの前に手を向けるロウ。
龍は何かを探るように、頭を振りながら砂嵐の中を歩いていた。
二本の角の影が見える。
ポットが見た黒くて二本の角があるというモンスターは、ディアブロスではなくこの龍の事だったのかもしれない。
「……何を探している」
確実に。
龍と調査団の者達は目が合っていた。
砂嵐の中。
しかし、完全に視界が閉ざされた訳ではない。そのシルエットだけでなく、身体中に生えた棘が砂の中で見え隠れする。
こちらから見えているということは、龍からも見えているという事だ。
襲ってこないのは、見定めているのか。何かを探しているように見える理由が、キリエラは気になる。
ふと。
砂の音がして、龍がピタリと止まった。
誰かが足を動かした音だろう。調査団達は息を呑み込んだ。
龍は少しの間、調査団に視線を向ける。
しかし、興味が失せたのか。それとも龍が何かを探していて、彼等がソレではないと判断されたのか。
龍は翼を広げ、その地を飛び立った。
その後直ぐ、砂嵐が止む。
ロウは砂の大地に倒れ込むようにして座り、頭を掻きながら大きな溜め息を吐いた。
古龍との邂逅。
理解はしていても、身体が耐えられる物ではない。
「皆、居ない人いない? 大丈夫? 点呼したら、直ぐに出発しよう。さっきの子、いつ戻ってくるか分からないよ」
キリエラが両手を叩いて物資班員を動かす。
彼女は座り込んでしまったロウに駆け寄って「ありがとう」と言って、手を差し伸べた。
「ありがとう? 何が」
「……ぶっちゃけ死ぬかと思った。ロウ達5期団のハンターが冷静だったから、僕達も冷静でいられたよ」
「……そうか。正直、俺も死んだかと思った」
「あはは、何それ」
「思い出さないなんて事はなかったな」
「ロウ……」
ロウは俯いて、キリエラの手を取れない。
必要以上に恐れる必要はないだろう。
ロウは誘導戦の後、たった四人のハンターが討伐したゴグマジオスの死体を見た事があった。
件のネルギガンテも、彼と同じ歳くらいの女性ハンターが討伐したと聞いている。
龍はモンスターだ。
そこに力の差はあれど、理の差はない。
生き物には平等に死がある。人は龍を狩る事が出来る。
けれど───
「やっぱり怖いもんだな、龍は」
「……だね。気を付けて進もう」
「あぁ。俺達の目標はさっきの奴じゃない。もっとデカい奴だからな」
立ち上がり、竜車を動かす準備を手伝うロウ。
そんな彼を見ながら、震える自分の身体を抱くキリエラの視界に映ったのは───
「流石ロウ君! 冷静だったね!」
「俺はお前が冷静に黙っていられたのが不思議でならんが?」
「もしかしてバカにされてる!?」
───震える手で強く拳を握るロウの姿だった。