モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
立ち上がる巨体。
調査団の攻撃によるダメージで疲労していた事に加え、拘束弾による拘束で一時はゾラ・マグダラオスの捕獲に成功したと思った者も少なくはない。
しかし、突然ゾラ・マグダラオスに取り付いた古龍により状況は一変する。
龍の名は───ネルギガンテ。
調査団の調査で度々その目撃情報や痕跡が見つかりはしていたが、まだ謎の多い古龍だ。
ネルギガンテはゾラ・マグダラオスの背中の上で暴れ回り、その余波で拘束弾が外れ───捕獲作戦は失敗に終わる。
かの巨龍が立ち上がり、第二障壁を踏み潰す姿を調査団は見ている事しか出来なかった。
☆ ☆ ☆
ゾラ・マグダラオス捕獲作戦から数日。
「───で、ゾラ・マグダラオスの移動で大峡谷にヒビが入ったらしくてね。もしかしたら、峡谷の反対側に行けるかもしれないって話が上がってるんだよ」
「なるほど」
キリエラからの報告を聞いて、ロウはベッドの上で塞ぎ込んだままそう返事だけをする。
部屋に戻ってから、ロウはずっとそんな調子だった。
話こそ聞くが、興味を示してくれない。
長い期間ではないがロウと行動を共にしてキリエラが知り得たのは、彼が元書士隊の護衛ハンターという肩書きに恥じない程には調査という未知への挑戦に前向きだったという事である。
しかし捕獲作戦が失敗してから、彼はこうしてベッドの上で塞ぎ込んだままだった。
キリエラが何をしても起きようとしないその姿はまるで不貞腐れた子供のようでもある。
「……そろそろ元気を出して欲しいな。別に、捕獲作戦が失敗したのはロウのせいじゃないってずっと言ってるじゃないか」
あの日───
ゾラ・マグダラオスに取り付いたネルギガンテをロウは攻撃する事が出来なかった。
古龍への恐怖。
ロウの中にあったそれは、彼を縛り付けて動けなくする。かの龍が去った後も、それは続いていた。
「ロウなら確かに狙撃竜弾をあの龍に───ネルギガンテに当てられたかもしれない。でもそれで、ネルギガンテを撃退出来たかは分からないでしょ?」
「でも俺は、何も出来なかった」
「ロウはバルノスをいち早く見つけて撃退したし、充分作戦に貢献したよ。誰もロウの事を笑ったりしない。だから、また一緒に調査をしよう」
手を伸ばす。
彼と過ごした時間は長くはない。
ドスジャグラスの討伐の後に組んでから、古代樹の森の調査にクルルヤックの狩猟、プケプケの大連続狩猟、荒地の調査、ジュラトドスの狩猟、物資班の護衛。
それだけの時間だが、それだけの時間がキリエラにとって新鮮で大切な物だった。
姉を失い、十年間ほとんど独りで調査をしていた彼女に十年ぶりに出来た大切な
「俺の事は放っておいてくれって言っただろ。一人にしてくれ。……俺なんて居ても、何も出来ないんだ」
そんな彼を放っておける訳がない。
「……僕を、独りにしないで欲しい」
「……そういう言い方は狡いだろ」
「僕はこの通り一人じゃ何も出来ない。何も出来ないのは、何もしなかったのは僕なんだ。ロウには出来る事がある。僕に出来ない事が、ロウには出来るんだよ」
義手をベッドに叩き付けて、キリエラはソレを強く握りながらそう声を上げる。
スリンガーの付いた棒。
普通の義手とは違い間接もなく、非常に扱い辛い不便な物。
十年前彼女が左腕を失った時、調査団の仲間達は彼女がハンターになるなんて言い出さないように態と不便な義手を作って彼女に渡したのだ。
「僕はハンターになりたかった。お姉ちゃんみたいなハンターに。……でも、僕にはなれない。僕は左腕と一緒に調査団の皆から信頼も失ったから、こういう事になってる」
「それはお前……違うだろ。お前は皆の役に立ってる」
「そうかもね。そうだよ。僕はこれでも役に立とうとしてるし、多分役に立ってる。そのつもりだ。信頼を失ったとか言ったけど、逆。調査団の皆は僕に向いてる事も出来ない事も分かってくるから、僕が変な事考えないようにしてくれた。それで良いじゃないか!!」
ロウに顔を近付けて、キリエラは涙ぐんだ瞳を真っ直ぐに彼の目に向ける。
「出来ない事って誰にでもあるんだよ! 別にロウは古龍と戦えなくても良いじゃないか。古龍が怖くても良いじゃないか。僕なんか戦う事すら出来ない。ハンターにすらなれなかった。……でも、ロウはモンスターと戦える! ドスジャグラスやプケプケを凄く遠くから狙撃出来たし、正面からジュラトドスとかディアブロスとも戦える凄いハンターだ! 古龍と戦えなくてもロウは凄いハンターでしょ? 地図を持ってても道に迷うくせに、凄いハンターでしょ!!」
「ひ、一言余計だろ」
「良いんだよ。別に、それで。ロウが地図も読めない方向音痴のへっぽこ人間でも! 僕はちゃんと地図が読めるから!」
「喧嘩売ってるのか!?」
「喧嘩してるんだよ!!」
ロウを押し倒して、キリエラはその細い腕と義手でロウの胸元をポコポコと叩いた。
何も見えていなかったロウの目に、やっと彼女の顔が映る。
「僕に出来ない事をロウがやって、ロウに出来ない事を僕がする。それが
「キリエラ……」
また、師匠の言葉を思い出した。
──君は誰かと居なさい──
「……俺は」
「なんだよ」
「でも、皆怒ってないか? 俺はあの大切な局面で、動けなくなって。……絶対、誰かに何か言われてるだろ」
「ぇ……は? そんな事心配してたの?」
キリエラは驚いた顔で口を開けたまま固まってしまう。
そんな唖然とした態度のキリエラに、ロウは不安を隠しきれない子供のような表情を見せた。
「……だって、嫌だろ。そういう事言われるの」
「……君は───」
「な」
そんなロウを見て、キリエラは少し笑顔を溢す。
そうしてそのまま倒れるようにロウに抱き着きながら、こう口を開いた。
「───君は本当に可愛いな」
「はぁ!?」
抱きつかれて意味の分からない事を言われたロウは、顔を真っ赤にして起き上がる。
軽いキリエラの身体は持ち上げられた身体に着いてきた。彼女はそのままロウの頭を撫でて「よしよーし」と子供を宥めるようにロウの頭を撫でる。
「や、辞めろ……」
「ふふ、いやいや。ごめんごめん。いやー、アレだね。妹とか弟ってこんな感じで可愛いんだな。なるほど、お姉ちゃんはさぞ僕の事が愛おしかったんだと今理解した」
「なんでそうなる」
「ロウがあまりにも可愛いからつい」
ロウは片手の指以上年下の女の子に可愛いと言われて喜べる人間ではない。
しかし表情を引き攣らせて、キリエラを睨むロウを見て彼女はまた「本当に可愛いな」と揶揄うような表情を見せた。
「ほら、行くよ。着いてきて」
キリエラは困惑したままのロウの手を引っ張って、彼を部屋の外に連れ出す。
久し振りの外の空気。
アステラはゾラ・マグダラオスの捕獲に失敗した事が嘘かのように活気付いた喧騒に包み込まれていた。
ずっと部屋に引きこもっていたロウは陽の光に目を細めながら、キリエラに連れられるがままにアステラを歩く。
そんな彼を見て、名前も知らないハンターが片手を上げて挨拶をしてきた。
「よう! アンタ、捕獲作戦で───」
そんな言葉を聞いてロウは反射的に肩を跳ねさせる。
古龍から逃げた臆病者だろ。
そういう事を言われるに違いない。
護衛対象を死に追いやる死神ハンター。
そう言われ続けたロウの耳には、信じられない言葉が続いた。
「───アンタ、捕獲作戦でバルノスを最初に見付けてくれたハンターだろ! アンタのおかげで助かったぜ。ほらこの傷見てくれよ。ゾラ・マグダラオスから落っこちた時にバルノスに襲われたんだ。もしアレがもっと多かったらと思ったらゾッとしたぜ!」
「───ぇ?」
男の話は想像していた物と全く違う。
だから、何を言われたのか少しの間分からなかった。
「あ!! 狙撃が上手いハンターさんだ!! 私です私!! ヘビィボウガン貸したハンターです。ねぇねぇ、今度狙撃技術教えて下さいよ!!」
「お、アンタが噂のヘビィガンナーか。今度狩りに付き合ってくれよ」
「よー、ロウじゃん。なんかここ最近見なかったけど何してたのよ。ポットが心配してたわ」
「僕は心配等していないがね! いや、うん! 本当に! ただまた一緒にキリエラ君達とパーティで調査がしたいと思っていただけさ!!」
「ぇ、は……? な、なんだ?」
数人に詰め寄られたロウは目を丸くして固まってしまう。
「俺は……」
「言ったじゃん。誰もそんな事気にしてないって。そもそも、巷ではいい意味で話題になってたんだよ、ロウの狙撃」
バルノス達の接近をいち早く発見し、その迎撃に一役勝ったハンターが居た。
そのハンターは信じられない程距離が離れた小型モンスターに狙撃竜弾を当てていたという噂。
ネルギガンテと対峙した5期団の青い星やソードマスターとまではいかないが、他のハンター達と同じく───ロウもゾラ・マグダラオス捕獲作戦で活躍したハンターの一人という認識をされていたのである。
「いやー、ネルギガンテはおっかなかったな」
「俺は奴の目の前に居たんだが、ソードマスターが太刀で切った部分から再生するように棘が生えてきた時はマジでチビったぜ! 今日履いてるパンツもあの時のパンツだ!」
「汚ねぇよ」
ネルギガンテの話題が出ても、ロウは特に何も言われない。
新大陸古龍調査団は確かに腕の立つ者達の集まりだ。
古龍との対峙経験や、その討伐を成した物も少なくはない。
だから古龍を恐れる者は少ないし、立ち向かう力を持つ者は多い。
───しかし、それは逆に古龍の脅威を知っているという事でもある。
彼等は確かに生き物だ。
しかし、その力は生態系という枠組みからはみ出していると言っても過言ではないだろう。
古龍を知る者達に古龍が怖いと言って、それを理解出来ない者は一人たりとも存在しないのだ。
「……俺は、ここに居て良いのか?」
「むしろ、ここにはロウが必要なんだよ。分かった? 分かったら、とっとと今日の調査に行くよ。調査団は忙しいんだからね」
得意げな表情でそう言って、キリエラは彼の手を掴む。
そんな彼女の背中を見ながら、ロウは小さく「ありがとう」と言葉を漏らした。
この
心の中で彼はその喜びを噛み締める。
大切な人も、信頼も無くして。
独りで朽ちる為に新大陸に来たつもりだったロウには、ここの空気がとても暖かく感じるのだった。
第二章完。
次回からの第三章が最終章になります。実はもう全て書き終わっているので、作者としては毎週投稿するだけになりますが、お付き合い頂けると幸いです。
読了ありがとうございました。