モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
循環点
身を刺すような冷気が頬を掠めた。
風に乗って空を揺蕩う環境生物達。陸生の珊瑚が形成するその空間には、まるで地上に居ながら海底に居るかのような光景が広がっている。
その陸の海で、翼を翻し───外敵を排除しようと一匹の竜が苛立ちを乗せた咆哮を上げた。
「───レイギエナ、厄介な相手ね!」
銀髪を揺らしながら、アンワは身の丈程の刃の腹で竜の攻撃を逸らす。
風漂竜レイギエナ。
風を捉える為の特徴的な翼幕を持つ飛竜であり、体内の氷結袋により身体から冷気を放つ攻撃が厄介なモンスターだ。
ゾラ・マグダラオスの進行により、調査団は大峡谷のその先───陸珊瑚の台地へと容易に足を踏み入れられるようになった。
かの龍の追跡の為に陸珊瑚の台地の調査を開始する調査団だが、陸珊瑚の台地の主にその行手を阻まれる事になる。
主───ことレイギエナの討伐。
それが現在、ゾラ・マグダラオスを追跡する調査団の任務だった。
「地面を凍らされるのが厄介だ! そもそも飛ばれると俺達は何も出来ない!」
風を捉えて空を舞い、その鋭い爪を太刀使いのハンターに向けるレイギエナ。
太刀使いのハンターは絶妙な太刀裁きで攻撃をいなすが、いくら長身の刃でも空を飛ぶ竜を捉える事は出来ない。
「凄まじいバランス感覚だな」
太刀使いの後方から通常弾を叩き込むロウは、その威力に怯むも落下する事がないレイギエナ相手に目を細める。
ロウとアンワ、太刀使いに───そしてもう一人。
そのハンターはロウに狙撃竜弾の使用を提案した。
確かに狙撃竜弾は強力だが、撃つ前も撃った後も膨大な隙が生まれる。
その隙を潰す為に仲間三人が立ち回らなければならず、狙撃竜弾を外してしまえば戦況はさらに一気に不利になりかねない。
「やるのか?」
それでも、そのもう一人のハンターはロウの肩を叩いて強く頷いた。
ハンターの強い返事にロウは短く「任せた。任せろ」とだけ返事をして、レイギエナから距離を取る。
本来狙撃竜弾はその名の通り遠距離からの狙撃に適した弾丸だ。
しかし、距離を取ったと言ってもロウとレイギエナの距離はかの竜が二、三度翼を羽ばたかせれば届く距離でもある。
狙撃竜弾を放つには、三人のハンターがレイギエナの足止めを完璧にこなす必要があった。
「ロウ、やるんだね。そんじゃひと頑張りしようかな!」
アンワはスラッシュアックスを斧モードにし、その大斧を振り上げてレイギエナの尻尾を切り付ける。
斧モードは剣モードと違い刃の腹で攻撃を防ぐ事が出来ない。しかしその分長くなったリーチで空を舞うレイギエナを攻撃出来る為、ヘイトを買うなら危険だが有効な手だった。
そしてアンワが怯ませたレイギエナに、太刀使いが坂を滑りながらのジャンプ攻撃を仕掛ける。
さらに怯んだレイギエナが二人のハンターにその眼光を向けた時、その視線に一筋の青い閃光が走った。
「お、やるじゃん。流石───」
青い星。
調査団は御伽噺にある導きの星に重ね、そのハンターを5期団の青い星と呼ぶ。
「───流石、青い星!」
かのハンターは空を舞うレイギエナの前で、ロウから視線を逸らすように綺麗に立ち回った。
レイギエナはロウから見て背後を向き、三人のハンターを睨み付ける。そして───
「───当たれ」
風が、空気を切った。
放たれた狙撃竜弾はレイギエナの後頭部に直撃し、その巨体は吹っ飛んで地面を転がる。
何が起きたか分からない。
空を飛んでいた筈の身体が、何かに弾かれるように地面を転がった。
頭蓋が割れ、激痛が走る。
それでも立ち上がらなければいけない。この世界は、倒れた物から奪われていくのだから。
そう思いながら必死に視線を上げようとするレイギエナの眼前に、青い星のハンターが立った。
狩人は睨み合う。
お互いの命を賭けた戦いは、無慈悲に終わりを迎えた。
☆ ☆ ☆
絶景を眺める。
陸珊瑚の台地は標高の高い地形が多く見晴らしも良い。
それはこの地を形成する陸珊瑚が長い年月を掛けて下から上に成長を重ねている為だ。
そんな景色を眺めながら、ロウと歩くキリエラはこう口を開く。
「そういや初めてだったんじゃない? 青い星との狩り」
「そうだな」
レイギエナの狩猟。
ゾラ・マグダラオス追跡の為に討伐する事になったレイギエナだが、5期団の青い星の力もあって誰一人大きな怪我をする事なく狩猟は達成された。
青い星との狩りは初めてだったが、かなり
「周りが見えてるハンターだった。初めての相手でも、相手が何を出来るのかや得意な事と苦手な事を意識したオーダーが出来るのは本人がどうこうよりも心強い」
「至近距離で狙撃竜弾使ったんだって? アンワが言ってたよ」
「あの距離で使ったのは初めてだったな。青い星とだけ呼ばれるだけあって、本人の力量も相当な物だった。俺も安心して狙えたしな」
「ま、青い星も凄いけどロウも凄いって事だね。流石僕の相棒だ」
「どうしてそうなる」
少し顔を赤くしてキリエラから視線を逸らすロウ。
ゾラ・マグダラオス捕獲作戦失敗後、ロウは古龍への恐怖で一時期動けなくなってしまっていた。
しかし、今ではこうして強敵の狩猟も成し遂げている。
古龍への恐怖がなくなった訳ではないが、ロウが優秀なハンターだというのは変わらなかった。
「しかしやっぱり見付からないね、ゾラ・マグダラオスの痕跡」
「この先に進んだとなると陸珊瑚の台地の下にあるっていう瘴気の谷に向かった可能性があるのか」
「瘴気の谷。……師匠が調べたいって言ってた気がするけど。どんな場所なのか僕もそんなに知らないんだよね」
「ポット達が今日行ってみると言っていたが、俺達は俺達の調査を進めるしかないだろ」
総力を上げて陸珊瑚の台地を調査したが、ゾラ・マグダラオスは見付かっていない。
そこで、陸珊瑚の台地の底にある瘴気の谷を調べる為にレイギエナと戦いになったのである。
「それもそうだね」
「ただ、俺はキリエラが瘴気の谷に行こうと言うと思っていたから意外だった」
「あー、いや。僕は話に聞いただけなんだけど、瘴気の谷はあまり安全な感じがしないというか。凄く、危険な感じがするんだよね」
元々危険な調査をするのが調査団の任務だが、キリエラの危険と言う言葉は命の保障が出来ないというレベルの話をする時に使う言葉だった。
自分を囮にしてアンジャナフをアステラから遠避ける、なんてのが彼女の思う危険な行為のレベルである。
「……確かに、名前の通り瘴気まみれの場所らしいが」
聞く話によれば、瘴気の谷はその名の通り瘴気が発生し続けていて人の健康に害をなす環境である可能性が高いらしい。
そんな場所に行きたがるのは、それはそれで問題ではあるが───キリエラが危険だというには些か問題が少ない気もした。
「いや、これは憶測なんだけどね」
そう言って、キリエラは下から吹いてくる風に舞い上げられる環境生物に視線を向ける。
その風は瘴気の谷から来る風らしい。
陸珊瑚はその風に卵を乗せて、その勢力を拡大しているのだとか。
「瘴気の谷には沢山のスカベンジャー、分解者達がいてね。陸珊瑚の台地で死んだ生き物達はそこで自然に還るんだ」
「そうしてこんな生態系が出来上がったのか」
「うん。……ところで、ゾラ・マグダラオスはこんな綺麗な景色の陸珊瑚の台地には目も向けず真っ直ぐに瘴気の谷へと姿を消した。なんでだろう?」
ゾラ・マグダラオスが景色を楽しむかどうかはともかく───かの龍が通過した古代樹の森や大蟻塚の荒地には大小様々な痕跡が残されていた。
しかし陸珊瑚の台地にゾラ・マグダラオスの痕跡はほとんど残されていない。
かの龍は真っ直ぐ、悩みもせずに陸珊瑚の台地の底───瘴気の谷へと向かったのだろう。
「この新大陸の生態系は、陸珊瑚の台地と瘴気の谷みたいに綺麗に循環してる。ゾラ・マグダラオスは───いや、古龍渡りの古龍はその循環の一部なんじゃないかなって、僕は思うんだ」
「どういうことだ?」
「古代樹の森の木々なんだけどね、ある程度の周期───いや勿体振っても仕方がないね。十年単位の周期で急速的に成長してる事が年輪なんかを見て分かってるんだ」
「十年……」
十年。
それは、近年の古龍渡りの周期と全く同じ周期だ。
「あんな巨大な森の木々が急成長するようなエネルギーが十年に一度現れる。その正体は何か」
「……古龍渡り」
「そう、自然そのものと同等のエネルギーを持つ古龍なら、この新大陸の大地の生態系そのものを循環させる力がある」
言いながら、キリエラは辺りを見渡す。
陸珊瑚の台地の一番高いところまで歩いてきた。そこから見る景色は、やはり絶景である。
「……まさか、古龍渡りは───」
「
そうでなければ、この豊かな生態系は続かない。
龍がこの地に骨を埋めると決めていたか、この大地が龍を呼び寄せているのか、それそのものが世界の理なのか、それらはともかく───古龍がこの地で死ぬ為に渡りを行うと仮定するとして。
「───そうなると、ゾラ・マグダラオスや龍が目指す地はやっぱり新大陸の生態系の循環点である瘴気の谷なんだと思う。だから、もしかしたら瘴気の谷には古龍が居るかもしれない」
「……俺の事を気遣ってくれたのか」
古龍への恐怖。
ロウの中でそれは消える物ではなかった。
ただ、二人はそれで良いと思っているし、自分達に出来る事があるとも思っている。
けれどロウはこう思った。
「……そこまで考えられるお前が、古龍の調査に加わらないのはやはり調査団としてマイナスなんじゃないか?」
彼女は賢い。
きっと古龍渡りの謎を解明するのに必要な人材の筈である。
けれど、自分と組んだせいで彼女は古龍と関わる事が出来なくなった。
それは、調査団にとって良い事ではないだろう。
「僕より賢い人は沢山いるよ。ロウが青い星と狩りをしてる時、青い星の相棒と話をしてたんだ。あの人もとても頭の回る人だったし、僕が居なくて何か調査団が損を被る事はない。それに───」
「それに?」
「僕はロウの相棒だからね。ロウの調査を手伝うのが僕の仕事で、僕の調査を手伝うのが、ロウの仕事だから」
得意げな表情でそう語るキリエラ。
彼女の青い髪を、底から噴き上げる風が舞い上げた。
話し込んでいる間に、気が付けば陽が落ちて星の光が瞬き出している。
「青い星、か。そうだな」
「青い星? 今関係なくない?」
「いや、なんでも」
「変なの」
導きの青い星。
ロウはアステラで聞いたそんな御伽噺を思い出して笑うのだった。