モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
手を伸ばす。
青年の伸ばした手は、霧を掴んで何も掴めなかった。
鮮血に顔を歪める。
そして、青年はその手を下ろした。
「どうして───」
絶望の表情を見せる青年の前で、その龍は───
☆ ☆ ☆
古代樹の森。
気の遠くなる巨大な樹木。
それは一つの生命という訳ではなく、数多の樹木が折り重なって出来た自然の塔である。
その古代樹から連なるように広がる森は、多種多様で豊かな生態系を形成していた。
「───と、いう訳で。この古代樹は色んなモンスターや生き物が住んでいるんだ。何が出てくるか分からないから、気を付けて行こう! ん! もう! ねぇ! 人の話聞いてる!?」
そんな古代樹の森を歩く人物が二人。
「聞いてない」
「わ! 素直! 良いところもあるんだね! 良くないよ!!」
目も合わせずに早足で歩くロウと、そんな彼にやや早足で着いて行くキリエラ。
少し息を切らすキリエラをわざと突き放すように歩く速度を上げたロウは、突然振り向くと眉間に皺を寄せてこう口を開く。
「着いてくるな。なんでここに居る。邪魔だ」
「いや、僕達
「今さっきあったばかりで相棒だと? お前が勝手に言ってるだけだろ」
キリエラの言葉を聞いて、ロウはそう言いながら再び歩き出した。
相棒。
そんな言葉を聞いて、ロウの脳裏に船の上での光景が過ぎる。
──僕達は相棒だろう!──
船の上でそう言ってきた男は、ロウの目の前で海に落ちた。
あの時、もう少し手を伸ばしていたら───
「俺は誰とも組む気はない。迷惑だ。お前みたいなお荷物のお守りをする為に新大陸まで来たんじゃない」
「お荷物……。ん、僕のこれが気に食わないのか」
キリエラは走ってロウの前に立つと、左腕の義手を持ち上げてそう言う。
小型のボウガンのような物こそ装着されているが、その義手は余りにも単純なただのフックが着いた棒だった。
「……そういう訳じゃない。……あー、くそ。気を悪くしたなら謝る。だけど、俺は誰かと組む気はない。俺にはそういうことは出来ない。帰ってくれ」
「僕が言えた義理じゃないけど、中々強情だなキミは」
「俺は他人と関わりたくないんだ。興味がない。悪いな」
そう言って、ロウはキリエラを押し退けて前に進む。
日が出て来た。
救助活動は時間との勝負である。あまり時間は無駄に出来ない。
「……その癖、キミは何故か救助活動には熱心だ。関わりたくない、はともかく……興味がないとは。おかしな話じゃないか?」
「……っ」
しかし、背後から聞こえてくるキリエラの言葉にロウは表情を歪ませた。
そして固まって動かなくなったロウに、キリエラはこう言葉を続ける。
「これは僕の勝手な憶測なんだけど、キミは多分優しい人間だ。けれど、敢えてそうやって他人に厳しく接している。……何故か。何かを怖がってる」
「黙れ」
短く言って、ロウは再び歩き出した。
「誰にも触れられたくない傷はあると思うからこれ以上は詮索しないけど、これは僕の編纂者としての癖だから許して欲しい。考えるのが好きなんだ。ところでキミ、その先───」
「良い加減にしろ!!」
「わ!?」
振り向いて、ロウはキリエラの胸倉を掴み上げる。
「待った待った待った! ねぇ! 本当に待った!!」
「なんだ。お前がしつこいからだろ。……そんなに怖がるなよ。別に俺はお前を───」
「違う違う違う違う違う!! 後ろ後ろ後ろ後ろ!!!」
「あ?」
音。
木々を薙ぎ倒しながら、地面を揺らす巨大な存在が近付いてくる音がした。
振り向くとそのには───竜の姿がある。
「嘘だろ」
「逃げろぉぉおおお!!!」
咆哮。
空気を震わせる程の衝撃が森に広がった。
それは人にあらず。
それは人の理から外れた存在。
それはモンスター。
それはこの世界の理。
小さく見積もって人の十倍。
種により様々であるが、大型モンスターと呼ばれる生き物の大半がそれ以上の巨体を有した生き物だ。
森に、険しい谷に、氷の大地に、空にも海にも、この世界の生態系の根幹。
「こんな拠点の近くに
───モンスター。
「キミ!」
「分かってる!」
走りながら、ロウは背後から迫ってくるモンスターの姿を横目で確認する。
強靭な後脚で支える巨大な身体。
鼻先から尻尾まで全体的にくすんだ桃色の鱗で覆われた発達した後脚を持つ獣竜種と呼ばれるモンスターで、特徴的なのは下顎を覆うように生え揃った大きな棘だ。
その大顎は開けば同種の胴体すら噛み砕けそうな程である。また、背中から尻尾の先までを覆う黒い体毛もそのモンスターの身体的特徴でもあった。
その竜の名は───
「こいつは確か……」
「───アンジャナフ! この森の暴れん坊だよ!」
───アンジャナフ。
走りながらそう言うキリエラの言葉に、ロウは新大陸に渡る途中で読んだ資料を思い出す。
別名
獲物を見付けると執拗なまでに追いかけて来る獰猛なモンスターだ。
ロウは背中に背負う物に手を掛けてるが、思い止まって止める。
「逃げろ逃げろ逃げろぉぉ!!」
今は走って逃げる事が先決だ。
しかし、モンスターはそう甘くはない。ことアンジャナフはその強靭な後脚故に脚力は人のそれを大きく上回っている。
前を走るキリエラがわざと細い道を選び小回りの有利で距離を保っているが、追い付かれるのは時間の問題だった。
「おい! どうする気だ!」
「僕に考えがある! 着いてきて!」
木々の間を抜けて行く。
枝を掻き分けながら二人が進んだ道を、アンジャナフは木々を薙ぎ倒しながら追いかけてきていた。時期に追い付かれる。
「おい!」
「もう少し───アレだ!」
息が切れる程に走って、二人は古代樹の森の中心───聳え立つ古代樹の真下まで辿り着いた。
この辺りは森の中でも木々が多く視界も悪い上に、生い茂る樹木で足場も悪ければ狭い。
人にとって最悪の環境だが、モンスターにとっては大して関係無く、アンジャナフとの距離はさらに縮んでいる。
こんな場所に来てしまったのは悪手だったのではないかと、ロウは今更ながらにキリエラに着いてきた事を後悔していた。
しかし後悔していても仕方がない。こうなればやるしかないか───ロウがそう決意を決めた瞬間。
「キミ! こっちに!」
突然、キリエラは義手をロウに引っ掛けて彼を茂みの中に突き飛ばす。
抗議の声を上げようとするロウの口を押さえながら、キリエラはその茂みの中で自分の義手をブンブンと何度か振り回した。
「なんだ?」
すると、その茂みを中心に視界を覆い尽くすような煙が上がっていく。ロウの視界は一瞬で真っ白になってしまった。
キリエラが居る場所に少し影が出来るだけで、殆ど何も見えなくなってしまう。そんな中で、キリエラは抗議の声を我慢するロウに小さな声でこう口にした。
「綿胞子草って奴。刺激を与えるとこうして胞子をばら撒くんだ。凄い鼻の効く子じゃなきゃ、これで身を隠せる」
「こんな物があるなんてな……」
「静かに。多分そこら辺に居るよ」
彼女の言う通り、視界は悪いがアンジャナフの足音だけは聞こえて来る。
どうやらアンジャナフはロウ達を見失ったようで、苛立っているような鳴き声を上げてからその場を去っていった。
「───た、助かったぁ」
「……そうだな。助かった」
「お! 素直だね! 可愛い所もあるじゃないか後輩君!」
そう言いながらロウの頭を撫でるキリエラ。ロウは目を細めて彼女の手を振り解くと、立ち上がって「さて、どうするか」と辺りを見渡す。
「……まだ一人で行くつもりなの?」
「さっきのは不可抗力だ。確かにお前には助けられたが、何度も言ってる通り俺は誰かと組む気はない。放っておいてくれ」
そう言いながら歩き出すロウ。日差しが登り始めてはいるが、森の中という事もありまだ暗い道をゆっくりと歩いた。
「強情だな。何処行くんだ?」
「一度アステラに戻って捜索範囲を絞る。俺達以外の救助隊がもう捜索を終わらせてるかもしれないし、このまま闇雲に森を歩いても仕方がないだろ」
この古代樹の森は新大陸調査団が船でやってきた海岸沿いから続く土地である。
故に海から上陸してきた5期団の仲間が森で遭難している可能性が高く、森の捜索は重要な任務だった。
しかしそれなりの時間が経っている以上、闇雲に探してもただ時間が過ぎるだけである。
ある程度捜索を進めたら拠点に一度帰るというのは合理的な判断だった。
「なるほど。しかしだね、キミ」
「あ? なんだ。まだ着いて来るのか。それとも今度は文句か」
「いや、言いにくいんだけどね」
「なんだ」
機嫌を悪くして強い口調で聞き返すロウ。
そんな彼に、キリエラは若干気不味い表情でこう口を開く。
「アステラはあっち。そっちは逆方向」
「……っ」
キリエラの言葉に、ロウは顔を真っ赤にして踵を返した。
「ふっふーん。で、一人で行くの?」
「……案内」
「何?」
ニヤニヤと、ロウの顔を覗くキリエラ。
ロウは若干泣きそうになりながら「……案内してくれ」と小さな声で呟く。
「しょうがないなぁ! もう! ほら、こっちだぞ相棒!」
「今だけだ。今だけお前の力を借りる。今だけだからな!」
今だけだと。
ロウは心の中でも自分に言い聞かせて、目の前を歩く少女に着いて行くのだった。