モンスターハンターArriving in New world【完結】   作:皇我リキ

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悪夢

 またか、と内心では思う。

 

 

 夢を見ていた。

 何度も見た夢に飽き飽きする。けれど、この感情が消える事はない。

 

 狩場を進む竜車。

 隣で微笑む、師匠の顔。

 

 

 また、あの時の夢だ。

 

 

「───ロウ、聞いているんですか」

「聞いてます。翼を持つ鳥竜種と飛竜種の違いについてでしょ。その話は何度も聞いてます」

 森の中。

 ロウは竜車の上で師匠の話を聞き流しながら、小鳥の囀る音や風が木々を揺らす音に耳を傾けている。

 

 別に師匠の話や声が嫌いという訳ではなかった。

 むしろ優しくて安心する声だと思っている。心地良く昼寝には快適な子守唄だ。

 

 

「昔は飛竜種に属されていたイャンクック等の鳥竜種が、今のように鳥竜種に分類されるようになったのは研究が進んでいってるからだって。人類はこの世界の事をまだ何も知らなくて、調べれば調べる程この世界は楽しいって。……またいつもの話じゃないですか」

「流石ロウだね。分かってるじゃないか」

 何度も聞いた、師匠の言葉。

 

 書士隊に所属するロウの師匠は、この世界の神秘を知る事への興味は一生尽きないだろうと語る。

 ロウが新大陸古龍調査団の事を知ったのも、師匠が「こんな調査をしてる所もあるんだよ」と言っていたからだった。

 

 

「君も、知る事を楽しみなさい」

「分かってるよ、師匠。俺も、なんやかんや楽しんでる」

 書士隊の護衛ハンターを始めてから何年も経つ。

 

 師匠に拾われてから、ロウはハンターとしての腕を磨きつつ書士隊の仕事にも積極的に取り組んでいた。

 

 元々何かを知る事が好きだったのかもしれない。

 だから今も、新大陸での調査を彼は楽しいと思っている。

 

 

 

 ───けれど、このトラウマだけは拭えない。

 

 

 

「古龍、なのですか? 二人共、戦闘は避けましょう。まずは距離を取って───消えた?」

 書士隊の前に現れた一匹の古龍。

 

 霞龍───オオナズチ。

 四肢と翼、竜にはない身体とゼンマイのように巻かれた太い尾、そして飛び出して奇妙に視線を揺らす瞳が特徴的な龍。

 その龍の最も特異的な生態は、霧の中に姿を隠し、その体表の色すら変えて、姿を消してしまう能力だ。

 

 

 霞の中で。

 

「皆さん、落ち着いて。ロウ、ここは私が時間を稼ぎます」

 師匠は昔足の怪我で引退したが、ハンターをやっていた事がある。

 

 ロウにヘビィボウガンを教えたのは師匠とその一番弟子にあたる姉弟子だった。

 

 

「師匠、危険だ。時間稼ぎは俺がやる!」

 そう言って、ロウは竜車を降りてヘビィボウガンを構える。

 

 しかし、その姿は霧に紛れて目に映らない。

 

 

「くそ、何処に居る!? 何処に───」

「ロウ!!」

 文字通り。手も足も出なかった。

 

 戦いにすらならない。

 姿の見えない存在に適当に弾を撃って当たる訳もなく。

 

 隙を晒したロウを襲う龍から、師匠が庇ってくれなかったら彼はその時死んでいた。

 

 

 

「───師匠!? 嫌だ……待ってくれ!! 置いていかないでくれ!!」

 霞の中を走る。

 

 夢の中で。

 瞼の裏に焼き付いた、霧の中に引き摺り込まれる師匠の姿を追いかけて。

 

 

 いつも、いつもいつも、そんな夢を見た。

 

 

「嫌だ!! 独りにしないで!! 師匠、俺を置いていかないでくれ!! 嫌だ。頼む、いかないで、師匠……皆。ポット、アンワ……キリエラ───」

「置いていかないよ」

 ふと、そんな声が聞こえる。

 

 悪夢が晴れるような、優しい声だった。

 

 

「ロウ、大丈夫だよ」

「俺、は……」

 大丈夫。

 

 

 ──ロウ、君は誰かと居なさい──

 

 

 優しい声が、彼の悪夢を晴らしていく。

 

 もう大丈夫。

 誰も、ロウを一人にはしない筈だ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 狩場のテントで寝たにしては、心地良く寝れた気がする。

 

 

「───寝過ぎたか? キリエラ?」

 またいつもの嫌な夢を見た気がするが、珍しく嫌な気分ではなかった。

 

 キリエラと組んでから、こんな事が良くある。

 師匠を失ってから永遠と続く悪夢。ロウにとってそれは、寝るのが怖いと思う事もある程の事だった。

 しかしキリエラと組んでからその数は減りつつある。その夢を見ても、前程辛くなくなる事も増えた。

 

 

 寂しかったんだろうな、なんてロウは自虐的に笑う。

 

 

「キリエラ? おい、何処だ」

 テントの中に相棒の姿はない。

 

 古代樹の森の見回りの為、夜の仮眠を取っていたロウはキリエラとテントの寝床を交代しようと思ったのだが、テントを出ても彼女の姿は見当たらなかった。

 

 

「お、おい。キリエラ。キリエラ! 何処だ? キリエラ!!」

 気持ちが焦る。

 

 嫌な感じが、ロウの頭の中で渦巻いた。

 

 

「キリエ───」

「そんな大きな声出さないの!」

 背後から、義手の棒で叩かれる。

 

 振り向くと、頬を膨らませるキリエラの姿が見えた。

 

 

「キリエラ……。よ、良かった。何処にいたんだ?」

「ちょっとお花摘み」

「トイレか、なんだ」

「デリカシー」

「痛」

 安心して溜息を吐くロウの頭をもう一度義手で叩くキリエラ。

 口を尖らせて目を細める彼女に、ロウは「交代しよう」と提案する。

 

 

「そうだね、僕も流石に少し眠いかもしれない。ロウは良く寝れた?」

「あぁ」

「そっか。良かった」

 そう言うと、キリエラは長い欠伸をしながらテントの中に向かい「何かあったら直ぐに起こしてね」と片手を上げた。

 

 どうやらロウが寝ている間も何もなかったようで、依然として森は静かなままである。

 

 

「───さて」

 消えかかっていた焚き火に木の枝を放り投げながら、ロウはヘビィボウガンを椅子に置いてメンテナンスをし始めた。

 

 このまま何も起きなければそれで良い。

 

 

 ゾラ・マグダラオスの誘導作戦が成功すれば、また別の調査が始まっていくだろう。

 

 

「……楽しいよ、調査団は。師匠」

 古龍渡りの謎は解明されていない。

 きっとこれからも、こうやって、キリエラや仲間達と、ずっと一緒に───

 

 

 

「───なんだ?」

 夜の森。

 

 星の光だけが世界を照らし、夜行性の生き物ですら眠りに着く時間。

 

 

 竜の叫び声のような、悲鳴のような鳴き声が何処からか沢山聞こえてきた。

 

 

「キリ───」

「ロウ! 今の!」

 テントから飛び出してきたキリエラに続くように、ロウはヘビィボウガンを一瞬で片付けてベースキャンプを出る。

 

 

「森を歩いても全く見かけなかったモンスター達の鳴き声がやっと聞けたと思ったら、なんか凄い悲鳴みたいな感じだったって状況。あまり良い感じがしないね……!」

「隠れていた何かが動き出した?」

「一旦撤退でも良いけど」

「何が起きたかだけは確かめる」

「そうだね」

 鳴き声が聞こえた方角に走りながら、二人はそうやって打ち合わせをした。

 

 森の異様な静けさはゾラ・マグダラオスの影響の可能性が高い。

 しかしこの静けさに隠れていた何かが動き出したのなら、ゾラ・マグダラオスの誘導作戦が上手くいっているのか、それとも───

 

 

 

「───ジャグラス?」

 そうして走った先で、二人は森の中で大量に倒れているジャグラスの群れの姿を見付ける。

 

「なんだこれ」

「おかしいな」

 小型モンスターの大量死。

 

 しかも倒れている亡骸には外傷が全く見られなかった。

 

 

「……毒、だ。多分、毒で死んでる」

 倒れているジャグラスの亡骸を観察しようとしゃがむと、キリエラは死体の異様な匂いに目を細める。それに、どうも気分が悪い。

 

 ジャグラスを死に至らしめた毒素がまだ空気中に微妙に残っていたようだ。

 若干ではあるがジャグラスに近付いた瞬間目眩がして、全身が痺れる感覚がキリエラを襲う。

 

 

 こんな事は初めてだった。

 

 

「大丈夫か?」

「……ん、ぅん。大丈夫。……少しここを離れた方が良いかも。凄い強力な毒だよコレ。なんか身体が痺れる」

 言いながら、キリエラはロウを押すようにジャグラス達の亡骸を離れるように歩く。

 

 彼女が新大陸で過ごした十年間、こんな事が起きた事はなかった。

 

 ゾラ・マグダラオスと何か関係があるのかもしれないが、何が起きているのか全く分からない。

 

 

 

「……毒、か。毒といえばプケプケだな。古代樹の森なら」

「そうだね、火竜の毒じゃない。プケプケの毒は食べた植物で変化するから、何か変なもの食べたプケプケの毒が凄い事になってるって感じなのかな?」

 古代樹の森に生息し、毒を持つモンスターの数は限られている。

 その中でこの状態を作る可能性が高いのはプケプケだ。

 

 

「でもジャグラスが大量死するような毒、か。僕達の知らない未知のモンスターが出没したって線もあるけどね。例えばネルギガンテなんかは、僕達は全く生態を知らないから毒を使えるモンスターだったとしてもおかしくないし」

「ただ毒だとしたら、可能性はいくらか消えるな。新大陸で確認された古龍の中にはクシャルダオラやテオ・テスカトル、キリンなんかもいた筈だが。少なくともネルギガンテじゃないなら古龍ではない。……これなら俺一人でも何とかなるか」

 新大陸にはまだ謎も多いが、そこに生息するモンスターの種類はある程度調査が進んでいる。

 

 未知のモンスターという予測も出来ない相手の事を考えるよりも、現在生息が確認されているモンスターの中から可能性を探る方が現実的な話が出来る筈だ。

 

 

「やっぱりプケプケかな? なんでこんな事になってるのかまだ分からないけど」

「……オオナズチ」

 しかし、ふとロウの脳裏に一匹の古龍の名前が浮かぶ。

 

 

 毒を扱う古龍。

 

 あの夢を見た直後だからだろうか。

 

 

 新大陸では確認されていない筈の、そんな龍の名前が浮かんでしまった。

 

 

「ロウ……」

「いや。まさか、な。古龍だぞ。そうそうポンポンと出て来てたまるか」

「……そう思いたいね」

 新大陸でオオナズチの発見報告はない。

 

 そもそもオオナズチはその姿を消す能力を持っていて、神出鬼没で人前に滅多に姿を現さないモンスターである。

 

 しかし、以前ロウにオオナズチの事を教えてもらった時、キリエラは妙な既視感を感じていたのだ。

 

 

 

 霧の中。

 

 

 

「───なんだ?」

「───霧……。まさか」

 ジャグラス達から離れて少しすると、辺りが霧に包まれていく。

 

 悪寒が走った。

 

 

「ロウ!!」

 キリエラがロウを押し倒す。

 

 

「な……そんな、なんで……お前が───」

 キリエラと共に起き上がりながら視線を上げるロウの瞳に映る紫。

 四肢と翼。巨大な頭部と瞳。

 

 

「───なんで……お前が、ここに居るんだ」

「……これが、オオナズチ」

 霞龍オオナズチ。

 

 その悪夢が降り立った。

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