モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
龍は疑問に思っていた。
何故この小さな生き物は逃げていくのだろうか。
別に取って食べようだとは思っていない。
この生き物達は肉付きも悪く、栄養にもならなそうな物を外装を身に纏っている。
本気で追えば、殺してしまうかもしれない。
だからゆっくり追うが、恐れられているのか追えば追うほど逃げてしまった。
取り分け雄の個体は雌を背負って走ってはいるが、身体が震える程に恐怖を覚えてしまっている。
これでは埒が明かない。
毒を使って弱らせてでも、この小さな生き物に大陸の現状を伝える必要があった。
もしそれで、この小さな生き物の一個体が死ぬ事があってもそれは大した事ではないだろう。
この世界の理を、この小さな生き物達が知る事が出来れば、或いは───
☆ ☆ ☆
手を伸ばした。
霞の中。
いつもの夢が掠れていく。
「どうして───」
この手はいつも届かない。
大切な物は、いつもこの手をすり抜けていった。
「───っ!!」
飛び上がる。
気を失っていたらしい。
直ぐに現状を思い出した。
突如、古代樹の森に現れたオオナズチ。
キリエラと逃げて、高いところに行こうと言われてそれから───
「高い所にって……俺をこうして突き落とす為か。こうして俺だけ逃す為だったのか」
頭を抱えて蹲る。
彼女にはいつもしてやられてばかりだ。
今思えば、揶揄われるのは別に嫌じゃなかったけれど嫌な予感はしていたのである。
いつかこういう事をされると、何処かで分かっていた。
「あぁ、そうだよ。俺は古龍が怖いお荷物だ。別にそれで良いとアイツは言ってくれた。だから俺もこのままで良いと思ったんだ。……だから、だから今こうして、こんな所で座ってる!!」
地面を叩く。
そんな事をしても意味はないと分かっていた。
けれど、どうしても足が動かない。古龍が怖い。この森には、古龍が居る。
「くそ!! くそくそくそ!!!」
まただ。
また失うのか。
大切だと思う人を。自分を救ってくれた人を。
なんでいつもこうなる。
「どうして……どうしてなんだ。いや、キリエラなら、なんとかアイツを撒いて逃げられるんじゃないか? 足手纏いの俺が居ない方が、キリエラは一人で上手くやれる。……だったら、俺はもう森を抜けて助けを呼びに行った方がいいんじゃないか」
立ち上がった。
キリエラは賢い。
きっと今頃、救難信号を上げてから何処かに隠れて仲間達の助けを待っているに違いない。
こんな所で一人で座り込んで、再びオオナズチに見付かれば今度こそ終わりだろう。
そうなればせっかくキリエラが助けてくれた意味がなくなってしまうのではないか。
ロウは自分に言い聞かせるようにそう考えながら、ふらつく足を前に出した。
「そうだ、逃げるんだ。俺なんかが、古龍に勝てるわけがない」
落下の衝撃で身体がボロボロだが、古龍に襲われるよりは遥かにマシだろう。
アステラに戻る為に、ゆっくりと足を上げた。
キリエラと共に何度も足を運んで、ようやく掴んだ地形。
初めの頃は地図があっても迷ったのに、今ならどっちに歩けば拠点に帰れるのかすぐ分かる。
「怖いんだ。仕方ないだろう」
そう自分に言い聞かせた。
「思い出すだけで、手が震える。今だって夢に見る。俺には無理なんだ。古龍が怖いんだ。きっと誰も笑わない。……そうだろ、キリエラ。だから、俺を逃してくれたんだろ」
キリエラにはちゃんと生き残る算段があって、自分は足手纏いで邪魔だったのだろう。
新大陸に辿り着いた時、犠牲になろうとした自分を怒った奴だ。そうに決まってる。
そうじゃなきゃ、許されない。
「キリエラ……」
怖い。
古龍が怖い。
──君は誰かと居なさい──
また失うのが怖い。
──キミは本当に可愛いな──
独りになるのが怖い。
「怖い」
怖い。
「……違うだろ」
そうだ。
「俺が本当に怖いのは───」
走る。
踵を返して、オオナズチを最初に見付けた場所に。
何度も歩いた森。
確かにキリエラと出会ってから、まだ大した時間は過ごしていない。
けれど、そんな事がどうでも良くなる程に、彼女の手は、身体は、こころは、暖かかった。
「キリエラ……!!」
古龍が怖い。
それは嘘じゃないし、まだ思い出しただけで吐き気がする。身体が震える。足元も覚束無い。
けれど、それ以上に───
「───俺は、お前を失うのが怖いんだ!!」
───やっと出会えた誰か。
誰かと居なさいと、呪いのように頭に反響する師匠の言葉。
やっと見付けたその誰かを失う方が、古龍という圧倒的な存在よりも遥かに怖い。
「あった……!」
オオナズチと遭遇してから一度逃げて、消えた龍が再び現れた場所。
投げつけたヘビィボウガンは無造作に転がっていて、それを拾おうとして頭が重くなるのを感じた。
「……毒、か?」
オオナズチの毒。
それは特異な性質を持ち、プケプケのように生活環境によって様々に毒素が変化する。
ロウはこの毒を長い間滞留する事に加えて、体力をじわじわと削るタイプの毒だろうと頭の中で整理しながらヘビィボウガンを背負った。
キリエラはこの毒を大量に貰っている可能性が高い。
即死するような激毒ではなさそうだが、長い間治療もせずに動き回るのはあまりにも危険だろう。
持ち合わせの解毒薬を飲みながら、ロウは記憶を辿ってキリエラとオオナズチを追い掛けた。
もう道には迷わない。
幸いオオナズチの足跡も残っている。ロウが思い出したように導蟲の入った虫籠を開けると、導蟲達は青い光を放ちながらロウを導くようにオオナズチの痕跡を辿った。
「導きの青い星、か」
頼むぞ、と口には出さずに着いていく。ある程度予測は付いていたから。
「───やはり、か」
キリエラがロウを突き落とした場所。
導蟲はそこから動かない。青い光を発しながら、左右に揺れるだけだ。
「キリエラの事だから、俺が登ってくる事まで考えて痕跡を上手く消しながら逃げたって所だろうな」
彼女が自分を逃したのは、ロウが古龍に恐怖を感じている事を分かっているからというのは確かだろう。
けれど、それだけじゃない。
「俺を助けるつもり、なんだ」
大切な人を失った。
それがキリエラとロウの共通点だろう。
守られた、守れなかった。
その差異は微々たる物だと思っていたが、きっと違う。
ロウが守れなかった事を悔いているのと、キリエラの感情は逆だ。
「……自分のせいで、姉が死んだとか思ってるのか。アイツは!!」
木の床を殴る。
きっとそれは間違いではない。
けれど、きっとキリエラの姉も───ロウも、そんな事は思わない。
「誰だって、大切な人には居なくならないで欲しいんだよ。それを、守る守らないで区切って良いものじゃない。お前が俺を守るつもりなら、それはそれで良い。……けれど、俺にもお前を守らせろよ!! くそ!!」
キリエラは言った。
──僕に出来ない事をロウがやって、ロウに出来ない事を僕がする。それが
だから、ロウはキリエラを守ると決めたし、キリエラの事を頼りにしている。
それなのに───
「───俺と、居てくれよ。キリエラ」
一緒に居たい。
ただそれだけなんだ。
「キリエ───」
蹲りそうになって、ロウの視界に見慣れた物が見える。
「……嘘だろ」
棒だ。
簡単なフックが付いた棒。
根本から折れたようなその棒が、地面に転がっている。
「嘘だろ……おい、嘘だろ……。キリエラ!!」
その棒に飛び付いた。
間違いない。
地面に転がっていたのは、彼女の左腕の義手。それが根本から折れて、横たわっている。
「間に合わなかった……。そもそも、あの時点で。……嫌だ。行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ」
なんでもない、ただの棒に縋るように地面に這いつくばった。
冷たい。何も感じない。
それはただの棒なのだから、当たり前だろう。
「───ぁ?」
ふと、ロウはその棒に違和感を感じた。
その理由は、いつか師匠の左腕を見つけた時の事を思い出したからである。
亡くなった師匠の身体で唯一見付かった左腕。
しかしその左腕も、何かに潰されたのか殆ど原型を留めていなかった。
しかしこの棒はどうだろうか。
まるで人間が頑張って折ったかのように、根元だけが折れて転がっている。
いや、無造作に見えて、まるで自ら置いたかのように、あまりにも状態が良い。
──ロウ、僕は絶対大丈夫だから──
キリエラはそう言っていた。
「そうだ、アイツが自分を犠牲にする訳がない。大切な人を失う気持ちを知ってるアイツが、そんな事をする筈がない!!」
ロウはその意味を考える。
──ロウ! 高い所まで行こう──
考えろ。
アイツが───キリエラが、どういう思いで行動したのかを。
「───そこに居るんだな!! キリエラ!!」
───棒の折れた先端。その先に視線を向けた。
見晴らしのいい高い場所。キリエラが置いていった義手の先端。逃げてというキリエラの言葉。
答えは一つしかない。
背中のヘビィボウガンを構える。
外す訳にはいかない。外さない。
どれだけ遠くても、どれだけ離れていても、どれだけ届かなくても、もう二度とその手を離さない為に。
「───今、助ける」
───銃弾が空気を貫いた。