モンスターハンターArriving in New world【完結】 作:皇我リキ
置いて行かないで。
自分勝手なその言葉で、大切な人を失った。
大好きで、離れたくなくて。
小さな子供だった彼女は、小さな子供にしては考えられない行動力だけがあって。
「───ついて来ちゃったの!? どうやって!?」
「お姉ちゃんと離れ離れなんて嫌だ!」
新大陸古龍調査団4期団。
置いて行かれたくなくて、乗り込んだ船。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。船に忍び込むなんて、中々の行動力ですよ。きっと、将来は立派な調査団の一員です」
「もぅ、しょうがないなぁ」
これで置いて行かれない。姉の役にも立てる自分は正しい事をしたのだと、そう思う。
けれど───
──ごめんね……。ごめんねキリエラ。一人にしてごめんね。もう大丈夫だから──
──私がコイツを食い止めて時間を稼ぐ──
姉は自分を置いて行ってしまった。
自分のせいだとは分かってる。
分かってるから、あえてそう思う事にした。
「───大丈夫だよ、お姉ちゃん。僕は、誰も置いてかない。……置いて行かせない」
もう誰も失いたくないから。
もう誰にも失う気持ちを感じさせたくないから。
───僕は絶対に、死なせないし、死なない。置いて行かせないし、置いて行かない。
☆ ☆ ☆
スリンガーをロウに向ける。
「何を───」
「ロウ、僕は絶対大丈夫だから。……ロウだけでも、先に逃げて」
「───言って」
刹那。
放たれたスリンガーはロウの足元で弾けた。
衝撃に足を浮かせたロウに、キリエラは渾身のタックルを決める。
「───は?」
バランスを崩したロウは、キリエラでも簡単に叩き落とす事が出来た。
「キリ───」
「逃げて」
かなり高い所まで登ったが、落ちても死ぬ程ではないだろう。かなり痛い目に遭うかもしれないが、それはそれで良い。
古龍が相手でなければ、ロウは凄腕のハンターだ。きっと多少の怪我があっても拠点のアステラに戻る事は出来る。
そして、後は自分がなんとかして生きて帰れば良い。
「───僕は死ぬ気なんてないよ。何考えてるか分からないけど、来るなら来い!」
言いながら、キリエラは救難信号を打ち上げた。
これで、アステラの仲間が異変に気が付いて迎えに来てくれる。
ロウの事も安心だ。後は、時間を稼いでなんとか仲間が来るまで生き残るだけ。
ロウは大丈夫。
それに、彼ならもしかしたら───
「───っぅ」
キリエラは左腕の義手を地面に叩き付け、フックの付いた棒を真ん中半分くらいから叩き折る。
その先端が向いた先に、間髪入れずに駆けると、オオナズチはやはりゆっくりと追いかけて来た。
「……やっぱ追いかけて来る。こっちが止まると様子見するように止まるくせに。本当! 何考えてるのか分からな───ゥッ」
走りながら、嘔吐いて転ぶ。地面を転がって、そのまま胃液を地面にばら撒いた。
「───毒、ヤバ。解毒……しないと、死ぬかも」
相手が何を考えているのか分からないが、立ち止まってしまえば死ぬのだけは分かる。
キリエラは自分の腹を押さえながらなんとか立ち上がって、何かが割れる音に振り向いた。
嫌な予感がして自分のポーチに手を向ける。しかし、そのポーチがそもそも視線の先にある事に気が付いて彼女は苦笑いを溢した。
解毒薬や回復薬の入ったポーチ。
それは、今追いかけて来たオオナズチの脚の下にある。
「うわ、最悪」
何も考えずに走った。真っ直ぐに。
幸い直ぐに死ぬような出血毒ではない。相手をジワジワ弱らせて捕まえる為の毒だろう。
「───とはいえ、攻撃してくる感じがないのはなんでだ。僕を生きたまま捕まえて子供の餌にするとか? いやー、だとしたら興味深い。なんて興味深い生態なんだろう! 身を持って知りたくはないけど!!」
独り言を言っていないと、意識が持って行かれそうだった。
単純に攻撃してこないのは何を考えているのか分からず不気味ではあるが、逃げるだけのキリエラにとってはかなり都合が良い。
しかし、そんな都合が良い事が続く訳もなく───
「ちょ───」
オオナズチは突然その頭を持ち上げたかと思うと、長い舌を伸ばしてまるで鞭のようにそれをキリエラに叩き付ける。
彼女の小さな身体は簡単に浮いて近くの木に打ち付けられた。肺の中の空気が押し出されるように全部外に出て、血の混じった胃液が腹の奥から喉を焼く。
視界が回って、上下左右が一瞬分からなくなった。
身体の何処かがおかしい気がするが、自分が理解出来る限度を超えたのか不思議と痛みをあまり感じない。ただ、それが逆にまずい事だという事は分かる。
「───ゥェ……ッ。ゲェッ、ゴフッ」
見通しが甘かった。
逃げるだけなら、出来る。そう思っていた自分を呪いながら、唇を噛んで飛びそうになる意識を繋げた。
血反吐を吐きながら頭を持ち上げる。
「……僕なんかいつでも殺せるって、そういう顔なの? それ」
目の前にはオオナズチ。
やはり何を考えているのか分からなかった。
今この瞬間、オオナズチが彼女を殺そうとすれば彼女は何も出来ずに命を落とすに違いない。
しかしそうならないのは、何か理由がある筈である。普通の生き物はこんな無駄な事はしないだろうが、相手は古龍だ。
「───考えろ」
───自分が死なない方法を。
オオナズチには何か目的がある。その為に目の前のいつでも殺せる弱小な生物を生かしている筈だ。
ただ、オオナズチにとってその目的か───それともキリエラという個体はそこまで大したものではない。
今の攻撃は辺りどころが悪ければ死んでいてもおかしくなかっただろう。
つまりオオナズチにとって、キリエラは別に死んでも良い存在という事だ。
「殺さないで、ってお願いしたら聞いてくれる?」
両手を上げてそう言うが、オオナズチは首を傾げてキリエラに視線を向ける。人間の言葉が通じる訳がない。
「───うわ、待って!! 待って待って待って!!」
動きを止めたキリエラに、オオナズチはその口から毒の霧を吐き出した。
これ以上貰うのは不味い。
キリエラは遅れてやって来た激痛に表情を歪ませながら走る。オオナズチは舌を伸ばして彼女の足を捕まえた。
「───ギャッ」
オオナズチの舌が巻き付いた右足首が変な音を立てる。そのまま倒れたキリエラは、引き摺られるようにしてオオナズチの足元に運ばれた。
「ぃ、痛───ッェ」
視界が回る。身体中を地面に叩き付けられて激痛が走った。
そんな中なのに、この感覚に何処か見覚えがある。そんな事が頭に浮かんで。
「……っ」
舌に引き摺られて、オオナズチの足元に放り出された。舌から解放され、立ちあがろうとした彼女の身体をオオナズチは踏み付ける。
「───っ!!!!」
声にならない絶叫が森に響き渡った。
オオナズチはやはりキリエラを殺す気はないらしい。しかし、殺さないつもりもないのだろう。
かの龍が少しでも加減を間違えれば、人間の身体は簡単に肉塊になる程に脆弱だ。
キリエラの小さな身体は指の間から頭が出ているだけで、胴体はオオナズチの脚の下。
そうして身動きが取れない彼女に向けて、オオナズチは毒の霧を吐き出す。
未だにもがいて逃げようとしているキリエラの動きを止める為に。
それで彼女が死のうが、オオナズチにとって問題はなかった。
ただ、この小さな生き物を大人しくする。
それが、今のオオナズチの目的だから。
「───っ、死んで……たまるか」
しかしキリエラにとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際なのは変わらない。
オオナズチには分からないのだ。その小さな命は、簡単にその命の灯火が消えてしまう存在だと言う事を。
キリエラは毒を吸わない為に、息を止める。
しかしそれを察してか、オオナズチはキリエラを踏む脚に少し力を込めた。
森に絶叫が響く。
血反吐を吐いて、反射的に吸い込んだ毒でキリエラは全身の穴から血を垂れ流した。
「……死に、たくない。……死なせたくない、だ。……僕、は……死なない。絶対───に、ぁが」
ここまでしても、まだ動く。
オオナズチは人間を知らなかった。
同じような体躯のジャグラスは、ここまですると意識を失って動かなくなる。
この小さな生き物の身体はもう滅茶苦茶になっている筈なのに、どうしてまだ逃げようとするのか。
「絶対に……生きて、帰るんだ。ロウを、僕のお姉ちゃんにしない為に……!」
理由があった。
人間は考える事が出来る生き物である。
自分がしている事がなんなのか、生き物が生きる為だけには必要のない事を考える事が出来るのが人間という生き物だ。
だから、キリエラは考える。
今死んだら行けない理由を。今どうしたら生き残れるのかを。
「だから、僕は! 絶対に死なない! ロウを守るって決めたんだ! だから! 僕は───」
吠えるような小さな生き物の鳴き声は、龍が少し力を加えれば絶叫に変わった。
この生き物は意味もなく叫ぶし、無駄だと分かっていても抗おうとする。
オオナズチにとってソレは取るに足らない存在だ。しかし、こうも時間を無駄にされるのも許し難い。
「───っ、は……や、辞め」
キリエラは感じる。
龍が自分に興味を失った事を。
そうなれば、龍が自分を生かしている理由はない。
「嫌、だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない!! 嫌だ!! 殺さないで!! お願い、お願いだから!! 嫌だ!! 嫌だよ!! まだ僕はロウに……あの時のお礼を言ってない。まだ、お姉ちゃんに───嫌だ。嫌だ……!! 嫌───」
オオナズチは一度キリエラを踏んでいた脚を持ち上げた。
ソレを、なんの迷いもなく下に下ろす。
キリエラはソレを避けられる訳もなかった。
「───嫌、だ」
───刹那。
弾丸が空気を抉る。
オオナズチの───古龍の身体が、貫かれ、燃えて、吹き飛んだ。
「……ロウ」
キリエラは走る。
まだ、死なない。絶対に、死なないから。
銃声がした方角に、必死に、彼女はボロボロの身体を引き摺るように走った。