モンスターハンターArriving in New world【完結】   作:皇我リキ

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相棒

 視界が反転した。

 

 

 何が起きたか分からない。

 

 これまでその龍が感じた事のない衝撃。

 

 

 起き上がる。

 あの小さな生き物に逃げられた。

 

 身体が重い。

 

 

 

 生意気な───

 

 

 

 龍はその瞳を不規則に回して周囲を見渡す。

 

 小さな生き物の足跡。

 まるで戻っていくかのような足取り。

 

 

 手古摺らせられた。

 あの個体は面倒な個体らしい。

 

 多く、小さな生き物は絶対的な力を前に平伏すしかない。

 

 しかし、稀にこうして歯向かい、牙を剥く物もいる。

 

 

 それがその個体の選択ならば、それも仕方がない。

 

 

 龍の目的にとって、その小さな生き物の一個体等、取るに足らないものなのだから。

 

 

 

 ───しかし、生意気な態度を許せる程、龍も寛大ではなかった。

 

 

 面白い。少し、遊んでやろう。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 息が切れても走った。

 

 

 とにかく前に。相棒の元に。

 

 心臓の鼓動が速くなる。全身が痛くて、潰れそうに感じた。

 

 

「ロウ……ロウ……!!」

「キリエラ!!」

 森の中。

 

 二人は目を合わせて、一瞬気が緩む。

 

 

 また会えた。生きて会えた。

 

 そんな喜びを噛み締める余裕もなく、キリエラは首を横に振る。

 彼が戻って来てくれるかもしれないとは思っていた。けれど、どこかで本当は、彼には逃げて欲しいと思っていたのだろう。

 

 守ってあげたかった。けれど、守られてしまった。

 彼をいつかの姉にしてしまう事だけはどうしても避けたいから。

 

 

「……どう、して。戻って、来たのさ」

「……迷子になってな」

「はぁ?」

 ロウの言葉にキリエラは目を丸くする。

 

「そ、そんな馬鹿な事ある!? もう何度も来た場所じゃん!!」

「うるさいな!! 俺は地図が読めないんだよ。方向音痴なんだよ。誰かと居ないと、お前と居ないと……家にすら帰れない!」

 そう言いながら、ロウはキリエラに抱き着いた。

 

 ボロボロの身体。

 こんな小さな身体でオオナズチを惹きつけて、一人で逃げていたのだろう。随分と待たせてしまったに違いない。

 

 

「……不甲斐ない相棒で悪かった。でも、一つだけ言わせてくれ。俺は……古龍なんて怖くない。俺は、古龍でもなんでも……大切な人を奪われるのだけが、怖いんだ」

「ロウ……」

 ロウの胸の中で、キリエラは自らの過ちに気が付いた。

 

 彼は本当に不甲斐ない所もある。

 地図は読めないし、子供みたいで、酒に酔った時なんて手が付けられなかった。

 

 

 でも、彼が本当は強い男なのをキリエラは知っている。

 

 

「……そうだね、ロウは地図もろくに読めなかったよね。そんなロウが、一人で帰れる訳もないもんね。この方向音痴。地図も読めないお子様。可愛い奴め」

「……そ、そこまで言うなよ」

 知っている。

 

 ロウは地図は読めなくても、もう一人で古代樹の森を歩き回れる事を。

 

 

 知っている。

 

 ロウが本当は、古龍とだって戦える強い狩人だという事を。

 

 

 

 だから───

 

 

「───ロウ、助けて」

「───分かった」

 ───きっと彼は、姉にはなってくれない。

 

 彼は、相棒だから。

 

 

「来るよ、ロウ」

「キリエラ、解毒薬と秘薬だ。とりあえず体力を回復しろ。少しだけ時間を稼ぐ。……格好付けておいてなんだが、俺一人でオオナズチを撃退するのは無理だ。逃げて、仲間が来るのを待つぞ」

 少し前にキリエラが使った救難信号で、アステラの仲間が直ぐに助けに来てくれる筈だ。

 

 調査団の優秀なハンター達が揃えば、状況はいくらかマシになる。

 少なくとも今からオオナズチと本気でやり合うよりはマシだ。

 

 

 考えながら、ロウは背負っていたヘビィボウガンを展開して構える。

 狙撃竜弾は連発出来ない。

 

 一撃の威力に期待出来る徹甲榴弾を装填して、彼はその時を待った。

 

 

 霧が森を包む。

 

 

「……来るのか」

 不思議と怖くはなかった。

 

 

「ロウ、右!!」

 キリエラの声を疑う事なく、ロウは確認もせずにヘビィボウガンの銃口を右に向けて引き金を引く。

 

 そこには何もいないように見えた。

 否───居る。不自然に軋んだ木々の隙間。空中に突き刺さった徹甲榴弾が透明な何かを焼いた。

 

 

 苛ついたような、そんな鳴き声が森に響く。

 

 

 空間が歪むような光景。

 夜の森を割くようにして現れたそれは、飛び出した両目をギョロリとロウに向けて上半身を起こした。

 

 

「オオナズチ……!!」

 続けて引き金を引く。

 

 しかし、同時に姿を消したオオナズチに弾丸が直撃する事はなかった。

 

 

 姿を消す龍。

 以前かの龍に襲われた時、その特異性に何も出来ずに敗北した記憶が蘇る。

 

 

「……どこだ!!」

 分からない。

 

 三百六十度辺りを見渡しても、龍の姿は見えなかった。

 

 見えないのは分かっている。

 しかし、その影も、不自然な光景も、かの龍の痕跡が何処にも見当たらない。

 

 

 姿を消していても、その場に居れば何処かに異変を感じる筈だ。しかし、それが全くない。

 

 

「くそ!!」

「ロウ、上!! 変な風!!」

 キリエラは言いながら、飛び出してロウを巻き込むように地面を転がる。

 

 刹那。

 ついさっきロウが居た場所に、毒々しい紫色の煙が沈澱していた。

 

 

「毒ブレス!? 上からだと……!!」

 見上げる。

 

 姿を見せるオオナズチ。

 龍は静かに翼を翻し、ロウが立っていた場所の真上で滞空していた。

 

 オオナズチが羽ばたくのを止めると、その身体は地面に降り立ち、沈澱していた毒が周囲に拡散される。

 

 それを吸い掛けたロウの口を押さえながら、キリエラはスリンガーをオオナズチに向けた。

 

 

「その毒をロウに盛らせる訳にはいかない!」

 気が変わったのか、さっきまでとオオナズチの殺意が違う。この毒はかの龍が相手を殺す為の毒に違いない。

 

 一度その毒を盛られたからこそ、キリエラはロウを毒から守った。今、彼の動きが鈍るだけでも生還の可能性は減少する。

 

 

 放たれたスリンガー。

 射出されたのは今さっき飲み干した解毒薬が入っていたガラス瓶だ。

 

 ガラス瓶はオオナズチに直撃して、中に入っていた赤い液体をオオナズチに付着させる。

 

 

「キリエラ、毒は……?」

「大丈夫。回復したから、一旦逃げよう!」

 言いながら、キリエラはロウの背中を引っ張った。

 

「また消える……」

「でも見て、ほら」

 キリエラが指差す空間には、飛び散ったガラス片と瓶の中に入っていた赤黒い液体が不自然に浮いている。

 

 オオナズチは自分の身体を消す事は出来ても周りの空間にまでその力を及ぼす事はない。

 こうなればもはやオオナズチの姿を消す力は半減したも同じだ。

 

 

「何を着けたんだ?」

「僕の血」

「……大丈夫なのか?」

「ちょっとフラフラする。でも、ロウが居るから大丈夫」

 走りながら、キリエラは少し青褪めた顔を上げる。

 

 オオナズチからの攻撃で身体は限界に近いが、解毒には成功したし秘薬というハンターが使う劇薬でなんとか身体が動く状態にはなった。

 今は生きて帰る。それだけを考えれば良い。

 

 

「作戦は」

「アステラから離れるのは不味いけど、近付き過ぎるのも不味い。こっちが隠れちゃうのが一番だけど、多分許してくれない」

 かの龍はキリエラが全速力で逃げても、平然と余裕を持って追いかけてきた。

 

 普通にやっていたのなら逃げるだけでも難しいだろう。

 

 

「罠とか使いながら、助けが来るまで森の中を走り続ける。多分、途中何度かは交戦しないといけない。……ロウ、僕は本当はキミに逃げて欲しかった」

「……そうか」

「けど、自分が死ぬかもしれないって思った時に助けられて、やっと分かったよ。僕は、誰かを守るなんて出来ないんだって」

 姉に守られ、その仲間に守られて、調査団の仲間に守られて。

 

 そうして生きてきたキリエラは、いつか誰かを守れるようになりたい。そう思っていた。

 

 けれど彼女にそんな力はない。

 小さくて非力な身体。多少物覚えが良くて考えるのが早いだけの彼女に、モンスターと戦う力なんてない。

 

 

「そんな事は───」

「だから、僕は誰かと一緒に戦う。僕が出来ない事は、他の人が出来る。だから他の人に出来ない事を、僕がする。……それが、誰かと一緒に居るって事でしょ?」

 いつか、誰かがそう言っていたのを思い出す。

 

 誰かと居なさい、と。

 その意味が、本当の意味で、やっと分かった気がした。

 

 

「正面の木陰、居るぞ」

「流石ロウ、目が良いね。……ねぇ、ありがとう」

「は?」

「ううん。お礼が言いたかっただけ。さて、やろうか!」

 ロウの言った通り、正面の木陰から透明になっていたオオナズチが姿を表す。

 

 しかし、居場所が分かっていれば急に出てこようが対処は幾分か楽だ。

 キリエラが付けてくれたマーキングを暗闇の中で見付けるのは、遥か彼方を飛行する翼竜すら見分けるロウにとって容易い。

 

 

「生き残るぞ」

「うん」

 龍の咆哮が轟く。

 

 逃がしはしない。ここからが、本番だ。

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