【旧バージョン】QOLのさらし場所   作:QOL

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【旧バージョン】何時の間にか無限航路 第四十四章+第四十五章+番外編4+番外編5

さて、そんな訳でブルーバザールへとやってきました。

 感じとしては若干活気が無いホワイトバザールっぽいです。

 そんで、とりあえず目に付いた花を扱っている店を見つけたんだが――

 

 

「あ、あなたは!お久しぶりです!」

 

「・・・・・誰ッスか?」

 

 

 ―――いきなりその店の店主と思われる人物に話しかけられた。

 

 

「覚えていませんか?パリュン・マリエカです。カルバライヤで質の悪い連中に絡まれていた時にあなたさまがたに助けていただきました」

 

「・・・・あ!あー!!あの時の!!」

 

「思い出していただけましたか」

 

「あ、あのう艦長、この方は?」

 

「この人は以前カルバライヤのジゼルマイト鉱山で、俺らがバイトしてた時にネージリンス人なのに態々国境を越えて商売しようとしてカルバライヤ人に絡まれてた所を助けた商人さんッス」

 

 

 見た感じは何処にでもいる普通の青年さんと言った感じだろうか?

 ある意味近所に住む顔なじみのお兄さんと言っても通用するかも知れない。

 平凡中の平凡、まさにその言葉がふさわしい人物だと言えよう。

 

 

「いやー、ホントあの節はありがとうございました。商売人ではありますが荒事は苦手でして・・・所で今日は何か入り用ですか?助けていただいた分、勉強させていただきますよ」

 

「ウス、ソレはありがたいッス。実は―――」

 

 

 俺はパリュンさんに、これからお見舞いに行くので土産に花を買いたいと言う事を伝えた。

 

 

「成程、お見舞い用の花ですか。現在は人工花が主流ですが、運が良い事に天然の花を入荷してあったんですよ。ちなみにお値段は500G掛かる所を何と大特価の300Gで済みます」

 

 

 この時代、天然の花と言うのは非常に貴重らしく、店ではあまり取り扱っていない商品の一つだ。花と言うのは種類にもよるが、非常に環境に左右されやすく、宇宙に出た花は意外とすぐに枯れてしまう為、貿易商品としては適さないからか敬遠されており、天然モノは値段が高いのだ。

 

 高が花で300Gも掛かるとなると、普通買う人間はいない事だろう。

 

 

「(う~ん、経済的に考えるなら、人工花の方が良いんだろうけど・・・やっぱり天然の方がいいよね!)」

 

 

 気持ちを送りたいのなら、それ相応の敬意を見せるべきだろう。

 そう言った訳で俺はパリュンさんに300Gを支払い天然モノの花を購入した。

 

 

「はい、確かに。ではこちらをどうぞ。黄色のコスモコスモスです」

 

「うわぁ~!可愛いお花ですね」

 

「これならキャロ嬢も喜びそうッスね」

 

 

 パリュンさんが差し出してきたのは、3~4cmほどの花を咲かせる黄色いコスモスだった。

 キチンと手入れが行き届いているらしく、みずみずしく生き生きと花を咲かせている。

 この可愛らしい花なら、見舞いには丁度良いかもしれないな。

 

 

「それじゃパリュンさん、お花ありがとうさんッス」

 

「さようならパリュンさん」

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 目的のモノを購入した俺達はその場を去ろうとした所、パリュンさんに声を掛けられた。

 なんじゃろうかと思い彼の方に振り返る。

 

 

「なにか?」

 

「いや・・・ここで値引きした程度では、みなさんへの恩は返せないと思いまして・・・」

 

「そんな気にするこたぁねぇッスよ。困った時はお互いさまって言うじゃないッスか」

 

「いえいえ、『ネージの民は恩をわすれない』のです。是非!これからクルーとして協力させてください!!」

 

「は?いや、ええ!?」

 

 

 パリュンさんはそう言うと俺に頭を下げて来た。

 

 

「いや、しかしお店はどうするんスか?!」

 

「丁度、お二方がご購入された花が最後の商品でした。今ならあとくされなく旅立てます。どうかココは私めの顔を立てるという感じで、お願いできないでしょうか?」

 

「う~ん、困ったッス」

 

 

 正直人手は足りない。かと言って給料払えるかどうか・・・。

 ソレ位ウチの財政は厳しいのだ。

 

―――いや待てよ?

 

 

「パリュンさんは、事務とか主計とか得意ッスよね?」

 

「え?は、はい。これでも一端の商人ですから計算には強いですよ?」

 

「・・・・解った、パリュン・マリエカ。俺は貴方をクルーとして歓迎するッス」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

 俺がそう言うと、思いっきり頭を下げてくるパリュンさん。

 俺が良きかな良きかなと思っていると、隣に居たユピに腕を引かれた。

 パリュンさんに聞えない様に、彼女は俺に小声で話しかけてくる。

 

 

「(ちょっと艦長、みんなに相談せずに勝手に決めて良いんですか!?)」

 

「(いやいやユピよ?彼の特異な事は主計や事務、今まさに我がフネに足りない人員ッスよ)」

 

 

 今白鯨は分裂し、そう言った事務関連の人間は全て片方に移ってしまっている。

 そして主計や事務といった関連の仕事は、各部署の班長が分散して処理している訳だ。

 だが当然、必要な部署が無いから凄まじく処理が遅い。

 いやぁ、上手い事来てくれたモンだ。

 

 

「(な、なるほど・・・確かに今の艦長や副長の仕事量は殺人的でもありますよね)」

 

「(でしょ?だから最初の間は俺のポケットマネーでも良いから、彼を雇おうと思う。専門家が1人いるだけでも違うと思うし)」

 

 

 そう言うとユピは納得してくれた。

 仲間への説明も先に済ませておいてくれるらしい。流石はユピ、頼りになるね!

とりあえずパリュンさんには、一人用の小型宇宙船をチャーターして貰う事にし、後で軌道エレベーターで落ち合う約束をして別れた。

 

 そしてこの後、俺は海運病院へと向かい、キャロ嬢への見舞いを済ませ、一人用宇宙船に乗ったパリュンさんを連れてデメテールへと帰還するのだった。

 

 

 

 Sideユーリ

 

―――― チャッチャラ~!じむいんが なかまに なった~!! ――――

 

 なんていうテロップが脳内を流れていたとしても、俺は悪くない。

 いや、本当にプロフェッショナルが1人いるだけで違うって事を改めて認識したね。

 

 

 

 

 パリュンさんが俺達の仲間となり、ひと悶着あるかと思われたが、意外にもソレは起きなかった。

 俺がこう言った突発的な思い付きで行動を起す人間だってことは重々承知の上らしい。

 

 そんなわけで、我が艦に事務員が追加された訳だが、その手腕が凄かった。

 主計課に入ってから数日後、これまで主計課長をしていた人物が辞職すると言ってきた。

 理由は主計課に所属したパリュンさんの能力が、明らかに自分を超えていたと言う事。

 

 パリュンさん、入ってすぐ溜まっていた書類を片付けただけじゃなく、

再分化してファイルし、統計を取り、効率化を図る為に各員に分担処理をお願いしたり、

これまで放置されていたデータを順にナンバリングして集計したり、

この先同じような事例が出ても、即座に対応出来るようにシステムを構築したのだそうだ。

 

 

流石のこれには同じ主計課のクルー達も舌を巻いた。

自分たちが一生懸命にやっていた事をいとも簡単にやり遂げ、おまけに改良してしまったのだ。

もっとも今の主計課達は本来の主計課クルーでは無かったのだが、それでも事務能力が高めの人間で構成していたのにも関わらずである。

 

 そんな訳でデメテールに来たパリュンさんは、入って数日で主計課長に就任した。

 主計課で仕事していたクルー曰く、ネージリンスの商人はバケモノか!らしい。

 

 

 仕事量が普段の十分の一になるって、俺どんだけオーバーワークしてたんだろうか。

 とりあえず今の所体調に変化は出ていないけど、ヤバかったらサド先生とこ行くべ。

 

 

「艦長、間もなく惑星ゾフィが見えてきますが」

 

「スクリーンに投影ッス」

 

 

 さて、そんな事があってから少し経ち、俺達はまだ行って無かった惑星であるゾフィへと向かっていた。

 星の名前がウルトラ兄弟の一人と同じ星なのだが、生憎光の巨人がいる星では無い。

 だが、マゼラニックストリームにある星々の中でも、1,2を争うほど美しい星でもある。

 

 

「おお、スッゲェ。星全体が濃緑のいろッス」

 

「何でも星の構成物質にトルマリンが多く含まれているらしいぞ少年。それが活火山の影響で大気に噴出し、大気内で冷えたトルマリンが地上に降ってくるんだそうだ」

 

「ふへぇ、宇宙ってのは不思議なもんスねぇ」

 

 

 トルマリンが降るといっても、宝石が降ってくる訳じゃ無くて、粉末に近い微粒子らしいけどね。まぁ宝石振ってきたら、危なくて外に出られないだろうけど。

 ちなみにココはテラホーミングはされておらず、あるのはドーム環境のみである。

 でも外を見れる展望台は各所に設けられているから、後で見に行こうっと。

 

 

「しかしユーリ、あんた何時渡航許可貰ってたんだい?この星は確か渡航許可が無いといけない筈だろう?」

 

「いや、この間もう一回換金に行ったら貰えたッス」

 

 

 いやぁ、まさか金が出来た途端、マッド達が暴走するとは思わんかった。

 今まで資金足りなくて研究出来なかったからなぁ。

禁欲の影響ってヤツ?

 

 まさかソレで貯める予定だった至近を全部持ってかれるとはね。

 パリュンさん配属前の事だから、資金管理甘かったぜ。

 

 仕方ないから、俺の名声を今度は一度に買い取れる限界までうっぱらった。

 ゲームとは違い、一日開ければ幾らでも買い取っていただけるのがありがたい。

 お陰で0Gランキングで追い抜かれてたけど、金があるのとないのでは前者の方がいい。

 

 

「クー婆のところ?・・・・大丈夫だった?色んな意味で」

 

「ババァに食われる程、俺ぁ安かねぇッスよ。それにあの人も、客とそう言うのの区別は付く商売人だから大丈夫ッス」

 

 

 今度は一人で言ったから、普通に商売の相手として見られてた。

 やっぱりあれはからかう人間とそうでない人間をちゃんと分けて相手にしている。

 人を見る目は商売人としての基本だから、そう言った意味ではキチンとしてたぜ。

 

 

――――そんな訳で、今回は惑星ゾフィからお送りするZE☆

 

 

Sideout

 

***

 

Side三人称

 

 

 さて、惑星ゾフィに降りたユーリ達は、これまた各自自由行動をしていた。

 これまでずっとフネの修理に追われていたので、休養を兼ねている訳だ。

 

 そして、もう一つ訪れた理由がある。この星では交易会議が行われるのだ。

 交易会議は大マゼランからの要人が、このゾフィに集まるのである。

 

 

 その事を酒場で聞きつけたトスカはヤッハバッハを相手にするのだから、大マゼランの手も借りれるなら借りたいとユーリに申し出た。自分の故郷は何もできずに奴らに潰された。出来る手は打っておきたいと訴えたのである。なので、ユーリも内心しぶしぶと同意した。

彼にそれを断る理由も無いし、協力するとは言ってある。その交易会議とやらに行く事になった。

 

 だが、流石は要人が集まる会議、警備は警戒厳重、抜け道なんてありゃしない。

 ソレ以前に一介の0Gが交易会議なんていう場に出る事が出来る訳が無い。

 

 

「トスカさん。大マゼランの人間にヤッハバッハの事が通じるんですかね?」

 

「そいつはやってみなきゃわかんないね。でもあちらは小マゼランとは違って、常に強力な国がパワーゲームを繰り広げている、マキャベリズムの世界だ。唯一の大国の座にあぐらをかいて、平和ボケしちまったエルメッツァの連中よりはマシな判断が下せる筈さ」

 

 

―――とは、トスカの談であるが、ユーリにははそうは思えなかった。

 

 

 幾ら脅威だとしても、大マゼランにとっての小マゼランという立地は、マゼラニックストリームを突破しないと辿りつけない遠方の地だ。ユーリにとってみれば、前の世界で中東近辺の紛争のニュースを見ても、ふーん程度で済ませてた様な物である。

 

つまりは大マゼランの連中にとって、小マゼランがやられたとしても対岸の火事程度の認識だと彼は思っていた。やって見なければどうなるかは解らないとはいえ・・・流石に無茶な気もしないでも無い。

 

――――とりあえず、交易会議が開かれる場所に行ってみたのだった。

 

 

***

 

 

 結果だけ言うと、入ることは出来なかった。

 交易会議は結構長い期間開催さるが、要人が来るため、身分証明書がいる。

 しかし、そうなると0Gでは招かれない限り中には入れない。

 

 0Gは顧客ではあるが、商人とかの要人ではない。

 何かしらの事業を成し遂げたならともかく、只の0Gが入れる訳が無かった。

 おまけに礼服で入らないといけない為、空間服姿では浮くこと間違いなし。

 

 

「警備も厳重、こりゃ入れそうもないッスね」

 

「ああ、おまけにドレスコードも必須だろう。クソ、何か言い手はないかな?」

 

「ここは諦めて他の――「一度帰って出直すよ。作戦の立て直しさ」・・アイマム」

 

 

 どうやらトスカは諦める気は無いらしい。

ユーリは彼女にばれない様に内心で溜息を吐きつつも彼女に従った。

 協力すると言った以上、協力するのはポリシーだが・・・身分証ないのにどうするんだろう?

 

 そんなこと考えている間にトスカは何時の間にか消えていた。

 あれっと辺りを見回しても姿は見えず、キョロキョロを探しまわる。

 だが、その所為で挙動不審に見えたのか、警備の人に職質をされかけた。

 

なんとか説明し、解放された時には既に夜になってしまっていた。

畜生、なんだかとってもド畜生!とか叫びたいのをぐっとこらえるユーリ。

とりあえず端末でユピに変えるのが遅れた原因だけメールした。

 

直接通信しなかったのは、怒られると思ったから・・・。

まるで飲み屋に行って遅くなる親父みたいな理由である。

マジでなさけねぇ男である。もはやそれがアイデンティティなのも悲しいが。

 

 

トスカさんの事だから、考えたら即行動で先に戻ったのだろうと考えたユーリ。

彼も変える為にドーム都市を繋ぐ大動脈と言える巨大なチューブレーンの中の道を歩く。

とはいえ、その歩調は非常にゆっくりとしたものだった。

 

 

 

 

 チューブの中にはいたるところに外を見れる窓が取り付けてあり、

ゾフィ特有の美しい緑に染まった景色をぼーっと見ながら足を動かしていたユーリは、

ふと、そういや――展望台に言って無いなぁということを思い出した。

 

ゾフィの目玉は何と言っても、この特殊な環境によって出来た絶景にある。

せっかく観光目玉がある土地に来たのに、ソレを見ないのはもったいない!

そう考えたユーリは、まぁ多少寄り道しても良いだろうと思い、この付近で一番近い展望台のある方へ向かった。

 

人生って寄り道で出来てるもんね。

 そんな爺むさいことを考えつつ、両手を思いっきり伸ばして走るユーリ。

イメージ的にはこんな感じだろう → ⊂二二二( ^ω^)二⊃

 ・・・・正直めーわく以外の何物でも無い。

 

 

 

 

 

「うー、展望台、展望台」

 

 

 そんなことはお構いなしに、展望台へとやってきたユーリ。

 広大な濃緑に光る大地を一望できる透明な壁に包まれた展望台ドームは・・・。

 

 

「ウホッ、誰もいねぇッス」

 

 

 人っ子一人いなかった。ベンチはあるが決してツナギを着た良いオトコはいないぜ。

 実の所、今は交易会議が開催されている所為で、観光客が制限されており人がいない。

 ソレ以前にゾフィに住む人間にとって、ドーム外の風景は日常で見慣れたモノ。

 つまり、一々展望台に足を運んで身に来る様な場所では無かったのだ。

 

 その所為で人気が全くと言っていいほど無い。

なんだかひゅるりら~という風の音を聞きそうなくらい閑古鳥であった。

 だがまぁ、展望台と言うのは景色を眺める為にあるので、騒がしいとソレはそれでウザいのであるが・・・。

 

 

「・・・・・絶景かな。ア、絶景かな!by石川五右衛門」

 

 

 そして展望台の一番よく景色が見える位置に移動したユーリは、思わずそうもらした。

 火山の影響からから、非常に暗いのであるが、地上に落ちたトルマリンの粒子がわずかな光を反射し、ある種の幻想的な風景を醸し出している。

 

 コレは確かに恋人たちに受け合いの景色だろうなぁ。

 ここにある案内掲示板にそんな内容が書いてあったことを思い出す。

 でも正直、そんなこと書いてあったらしらけると思うのは自分だけだろうか。

 

 とはいえ、誰ひとり展望台にはいないのだから、ロマンチックで甘~い空気は無い。

 本当に静かな景色が、ドームの向うに広がっているだけである。

 ユーリも最初はその景色に見入っていたが・・・。

 

 

「・・・・つまらん。これは予想以上につまらねぇッス!」

 

 

 俺には相手がいないってのに、恋人たちが見る風景見たってむなしいだけじゃい!

 そんなある意味周りを敵に回すかのような発言をするユーリ。

 コイツ、命は惜しくは無いのだろうか?鈍感は時に殺意をいだかせると言うのに・・・。

 

 ソレはさて置き、予想以上につまんない事に気が付いた彼はやっぱり帰ることにした。

 そりゃあね、イベントとか何か出店みたいな物があるならまだマシであっただろう。

 せめて展望台なのだから、望遠鏡(一回10G)が使えればまだ暇を潰せた事だろう。

 

 だが現実は誰もいない展望台・・・下手するとホラーゲームのタイトルになりそうな場所だ。

 だ~れもいないのに、微妙に薄暗くライトアップされている展望台に男が1人。

 ユーリはそれを想像して、ドンドン気分が鬱になっていくのを感じた。

 

 

「はぁ~あ、骨折り損のくたびれ儲けとくらぁ・・・おワッと!?」

 

 

 ツル、ステン、ビターン。まさにこの音が相応しい感じで彼は前のめりにこけた。

 何気に金属で出来た床に思いっきり顔面を強打する。

 ム○カさん張りに、鼻が~鼻がぁぁああ!と、叫ぶ姿は奇行以外の何物でも無い。

 

 もしここに他に人がいたらうわぁ・・となること必須であろう。

 そして一人でのたうちまわること数分。

一人で痛がるのにむなしさを感じた彼は立ち上がった。居た堪れなかったのだ。

 

 

「いたた・・・まったく、何でこけたんスか?」

 

 

 そう思って、立ち上がり自分がこけた所を見ると、何やら黒っぽい物が見えた。

 何だろうかと思い拾い上げると、どうやらカードの様なものであるらしい。

 そしてそれには、銀河公用語でこう書かれていた。

 

 

「―――ブ、ブラックパス・・・だと?」

 

 

 なん、だと?――妙に線が深くなった顔で驚くユーリ。

 とはいえ―――

 

 

「・・・・ブラックパスって・・・何スか?」

 

 

 ユーリは自分が拾ったそれが一帯何なのかが全く分からなかった。

でもまぁ貰っておこう程度に考え、それを懐にしまった。

 実はブラックパスは、正史において結構重要なキーアイテムである。

 

 だが、もう正史のあらすじ程度しか覚えていなかった彼は気がつかない。

 そして、転んでぶつけた所をさすりつつ、彼は展望台を後にしたのだった。

 

 

Sideout

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

 

――――そして、今俺は惑星ストレイにいる。

 

 

 

 礼服&ドレスを買いにきますた。とりあえず形だけでも取りそろえるそうな。

そして俺達はホワイトバザールでドレスを購入した。流石はバザール、何でもありだぜ。

 とはいえ、流石は専門の服飾が造っただけあり、お値段異常って感じだ。

 俺がいた地球で換算したら・・・0が6~7つ程つくんじゃないか?

 

 んで、バザールで礼服関連を買いそろえた後は、キャロ嬢の所に行きます。

もしかしたら彼女の身分証明書でイケるかも知んないから、貰って来いとのこと。

 ・・・・なんか俺パシらされてね?俺艦長だよね?扱い悪くね?

 

 

 まぁ文句言ったらお仕置きタイムが待っている気がするので、口を噤もう。

 そんな訳で、ストレイにある海運病院に序でにお見舞いに向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

―――海運病院・個室病棟

 

 

「やっほー、お見舞いに艦長自ら参上ッス~」

 

「あ、ユーリ、こんちゃ~」

 

 

 俺が病室に入ると、妙気とは思えない程元気に返事を返してくれるキャロ嬢。

 はは、もはや俺達に遠慮って言葉は無いのさ。

 必要なのはノリに乗れるアツイハート!そして魂さ!

 あ、ファルネリさん。コレお見舞いのお菓子ですぅ。後でどうぞ。

 

 

「どーよ体調?顔色は良さそうッスけど」

 

「平気よ平気。どうせ今も検査入院とかの名目なんだもん。薬さえ定期的に投与すれば問題無し!」

 

「・・・・聞き様に寄ってはヤバい台詞ッスね」

 

「それもそうね・・・で、今日はどうしたの?只のお見舞いって訳でも無さそうよね。あ、もしかして私を正式なクルーに加えてくれるのね!ありがとうユーリ!」

 

「それは自分の状態を見てから言うべきッスね」

 

「・・・もう、融通がきかない男ね」

 

「艦長には責任があるッスから」

 

 

 そう言って笑い合う俺ら。もはや彼女が俺のフネに乗りたいと言うことは、俺達の間で通用する挨拶みたくなりつつある。

だけど、セグウェンさんから許可貰わない限り、キャロ嬢を俺のフネに乗せる勇気は無いねぇ。

 罷り間違って死なれでもしたら、マジで殺されかねないからな。

 来る者は拒まずが基本姿勢だが、問題持ち込みはお断りです。

 

 

「まぁ、いいわ。ユーリのそう言うとこ、気に行ってるもの。で?今日は何か御用なのかしら?遺跡船の素敵な艦長さん」

 

「褒め言葉として受け取っておくッス。実はカクカクシカジカ―――」

 

 

 ユーリ説明中―――

 

 

「―――つーわけ何スよ」

 

「なるほど、まるまるウマウマね?」

 

「流石はキャロ嬢!ソレだけで理解してくれるとは!」

 

「当~然!あたしを誰だと思っているワケ!」

 

「「わははははは」」

 

 

―――さて、とりあえず冗談は抜きに本題に行こうか?

 

 

「さて、冗談はここまでにして」

 

「そうね。それで私の・・・ランバース家の身分証がどうかしたの?」

 

「いま、この宙域で交易会議と言うのが行われているッス。そこには大マゼランからの要人が沢山集まるって話しを聞いたッス」

 

「ふぅん・・・確かに、以前おじい様がそんな会議に出ていた気がするわ」

 

「はい、5年前の会議ですね。お嬢さま」

 

「そうそう――ってよく覚えてるわねファルネリ」

 

「私も参加しましたから。まぁ秘書としてですけどね」

 

「あー、とりあえず話を続けても?」

 

「あら、ゴメンなさい」

 

 

 ファルネリさんが参加していたとは驚きだ。

 いや、驚く事じゃない。彼女の本職は社長秘書である。

 会議とかに出ていても不思議じゃないって事か。

 

 

「んでまぁ、なんつーか。俺達その会議に顔を出したいンスよ」

 

「待って。私としては協力してあげたいし、確かにランバース家の身分証なら入れてくれると思うけど・・・」

 

「ああいった場所は正式な身分証出ないと、門前払いされますよ?艦長」

 

「あ、やっぱりッスか?そうだろうとは思ってたんスよ」

 

 

 キャロ嬢は確かに身分証を持っているのだが、それはあくまでコピーでしか無い。

 盗まれると困ると言う理由で、本物は自宅に置いて来てあるのだそうだ。

 彼女の場合身分が身分であるし、確かに身分証を悪用されたら洒落にならないだろう。

 

 しかし困ったなぁ、このままじゃ俺がトスカ姐さんに怒られる。

 う~ん、こうなったら伝説の傭兵さんが使っていた戦法で行くしかないのか?

 段ボールと言う秘密兵器を用いて・・・。

 

 

「あう~、どうすればいいッスか~トスカさんに怒られるぅ」

 

「・・・気を落とさないでユーリ。私が直接行けば入れてくれるかもしれないわ」

 

「へ?いやでも・・・体調は大丈夫なんスか?」

 

「あら、ワタクシの事を心配してくださいますの?」

 

「そりゃまぁ・・・大事な客分ッスから」

 

 

 コレで何度目かは知らんが、マジで危険な好意は自重してくれよ、おぜうさま。

 ちょっと困った様にファルネリさんを見ると、彼女は薄く微笑んでいた。

 

おお!このお嬢様を止めてくれるんですね!

ああ、今俺には貴女が救世主に見えるよファルネリさん。

 

 

「そうですわね・・・。一応数カ月分のアンプルも頂いておいたので、大丈夫かと」

 

 

 前言撤回、神は死んだ。もとい、そう言えばファルネリさんはキャロ嬢の味方なのよね。

 当然彼女が行くと強行すれば、彼女も薬片手についてきま~ッスって事なのね。

 そんな訳で、彼女たちがまた付いてくることになったのであった。

 

 

***

 

 

 さて、交易会議が開催されているゾフィへと戻った俺達。

一縷の望みをかけて、もう一度通商会館に行ってきたが、身分証が無いとダメだった。

 まぁ身分証も無しに顔パスで入れる程、警備は甘くないよね。

 ともあれコレで振り出しにまた戻ってしまったと言う訳だ。

 

 そうしようかと頭を悩ませた結果、トスカ姐さんはまたトンでも無いことを思い付いた。

 曰く、身分証が無いなら造ればいいじゃない――との事。

 

つまり、身分証を偽造してしまえばいいと言う事なのだ。

 公文書偽造ってのは、この時代においても結構重たい罪になる。

だけど、トスカ姐さん曰く、バレなければ犯罪では無いんだって。

 ・・・・良いのかそれで?

 

 しかし問題はどうやって偽造するかって事。

 ウチのマッド達に任せても良いんだけど、生憎と偽造用機材を取り揃えるのは時間が掛る。

 早くても交易会議が終了した後くらいにしか手に入らないのだ。

 

 そんな訳でまたもや壁にぶつかったのであるが、ふとブラックパスの事思いだした。

 考えてみれば俺達がそんなグレーゾーンを渡る必要はないのだ。

 餅は餅屋と言う言葉がある様に、適材適所と言う言葉がある様に専門家に任せれば良い。

 

 

 ―――そう、このブラックパスは、裏の市場に入れるパスだったのだ!

 

 

・・・・・ごつごうしゅぎばんじゃい。

 

 

あ、今デムパ入った気がする。

 まぁソレはさて置き、拾っておいたブラックパスを用いて、俺達は見事偽造する事に成功。

 名目としてはランバース家分家、セグェン・グラスチ星間渉外部門所属と言う事になる。

 

 つまり俺達は偽造とはいえランバース家に所属と言う事になったのだ。

 バレたらエライ事になりそうな気もするが、トスカ姐さんがやる気なのだから仕方が無い。

 そんな訳で、偽造身分証明書片手にゾフィにまた戻ってきた俺達。

 

 まったく、大分手間が掛ったぜ。

 そう思い、俺は自室で休もうと思っていたのだが――――

 

 

「ほれ、ユーリも準備しな」

 

「え?準備って何を?」

 

「決まってんだろ?あんたも来るんだよ」

 

「・・・・拒否権は?」

 

「ない」

 

「へぇあ」

 

 

 思わず情けない声を出しちゃうのは仕方が無いと思うんだ。

 そう、俺としてはああいった場は嫌いなので、大人しく自分のフネで待つつもりだった。

 しかし、トスカ姐さんは俺を連れていく気満々だったらしく、普通に首根っこ掴まれた。

 

 

「いや、だけどホラ!オレってばああいった場所は苦手なんスよ!」

 

「なぁ~に言ってんだい。エルメッツァの腹黒共と腹芸咬ます様な面の皮が厚いヤツが」

 

「それとこれとは関係ないッス~!やぁ~なのぉ~!!」

 

「エエいうるさい!とっとと着替えるんだよ!」

 

「いや!止めて!け、けだものぉぉぉ!!!」

 

 

 そして俺は礼服に着替えさせられた。

 どうでもいいがミドリさん、脱がされてるとこ勝手に撮影しないでください。

 

 流石の俺もそれ売ったりしたら怒りますよ?

え?観賞用だから問題無し?いやそれもちょっと・・・。

 

 そんなこんなで、嫌がる俺をクルー達は無理矢理着替えさせて連行した。

 お前ら、後で覚えてろよ・・・。

 

 

***

 

 

―――惑星ゾフィ・通商会館前

 

 

「ようやく来たね」

 

「そーッスね」

 

「ココで強力を仰げれば、ヤッハバッハとも良い戦いが出来る筈さ」

 

「そーッスね」

 

「さぁ、気合入れていくよ!」

 

「そーッスね」

 

「・・・・ところでユーリ。あんたは何でこっちを向いてくれないんだい?」

 

 

 いや、ンなこと言ったって・・・・。

 

 

「ふふ、ユーリったら。副長さんのその姿見ててれてるのよ」

 

「あ!バカ!キャロ嬢!ばらすなよ!」

 

「あらぁ~?図星なのね?艦長さ~ん?」

 

 

 く、そのお前の内心良い当ててやったぜというドヤ顔が恨めしいぞ!

 だってトスカ姐さんの代わりっぷりが凄まじすぎるんだよ。

 彼女今でこそ0Gに身を窶してるが、元がやんごとなきご身分の方なのだ。

 当然、ドレスアップした姿には、何処となく気品が漂ってるんだよ!

 

 美しい白い髪にはソレと合わせた白いティアラ。

褐色の肌を包むのは桜色をした胸元が大きく開いた貴族風ドレス。

腕には入れ墨を隠すために、肘まである白い手袋を付けている。

胸元には白バラのアクセサリーがつけられ、ソレがアクセントになっていてよく似合う。

 

ドレスは肩や胸元が見える設計なのに、持ち合わせる雰囲気からか下品な物は感じない。

逆にすれ違う異性が10人は10人とも“美しい”もしくは“綺麗”と応えることだろう。

 普段の姿に馴れてしまっている俺としては、なんか目を向け辛いのである。

 

 

「ふ~ん、そうか・・・」

 

≪――ふわり≫

 

「あ・・」

 

 

 彼女はキャロ嬢の言葉に微笑を浮かべ、その場でスカートのすそを掴みクルリと回った。

 

 

「どう?これならばっちりだろう?」

 

「・・・・・」

 

「どうした?見とれちまったか?」

 

「ええ、そりゃあ・・・もう」

 

 

 思わずそう声が出てしまった。普段の彼女の格好も嫌いでは無い。

 だが、こう言った雅な趣向を照らした格好と言うのも、また絵になる美しさを持つ。

 俺が言うのもなんだが、コレはまるで綺麗な華だと心から言えるのだ。

 

 

「・・・・」

 

「え、えーと。そう見つめられると、ちょっとばっかし恥ずかしいねぇ」

 

「あっ・・・すみません」

 

「「・・・・」」

 

「むー(なによ。私だっているのに・・・・ユーリと副長さんってまさか?)」

 

 

 恥ずかしい話しだが、マジで見とれてしまった俺は悪くないと思う。

 元々綺麗な人が、普段とはまた違う姿になると、グッてくるよな。

 

 ともかく、俺とトスカ姐さん、ソレとキャロ嬢とファルネリさんが行く事になった。

 さて、ここには大マゼランの要人たちが来ているのだ。

 俺がする事は只一つ!―――――邪魔しない様に壁の花でもしていよう。うん。

 

 

―――そんな情けないことを考えつつ、身分証片手に通商会館に入る俺であった。

 

***

 

 

Side三人称

 

 交易会議の会場として選ばれた通商会館は、様々な美術品やシャンデリアの様な古風な照明、荘厳で伝統にのっとった内装で固められていた。

ソレは祖先たちが紡ぎあげた権力の象徴を表しているとされている。

 

その通商会館のホールでは、大マゼランから招いた要人たちとの親睦パーティーが行われていた。

会議と言うのは、なにも円卓に座って書類を眺め、あれこれを言いあうことだけを指すのでは無い。

こうした親睦パーティーという場所で、お互いの腹を探りあい、自分たちに有利なコネを作り上げるのが目的だ。

 

只でさえアンバランスな星間情勢の中で、グラリと揺れる天秤の様なパワーゲームを水面下で繰り広げているのである。

この場に居る人間は全てが敵であり、また味方である。

二律背反の裏表を含む、利益だけで動く人間が多く集まっていた。

 

 

「いやはや、コレはコレは、どれもこれも目移りする物ばかりですな」

 

「いやぁ、どれもこれも目移りする一品ばかり、立食形式というのも中々新鮮です。好きな物を選んで回るには最適ですな」

 

「成程、見た所その仔パンモロのステーキを大変気に行っていらっしゃるようす。いやぁ光栄ですな我が星系のパンモロを気にいっていただけて。この日の為に特別なパンモロを選んで良かったですなぁ。なにせパンモロの輸出量は“我が星系が一番”ですから」

 

「ほうほう、ソレにしては大使殿は魚ばかり頂いていますなぁ。ウチの星系では“ありきたり”の魚を気に行っていただけて何よりです。ハハ」

 

 

 ホール各所で水面下での競い合いが起こっている。

敵対はしたくは無いが、舐められてはいけない。

このあたりの引き際や線引きが上手い人間と言うのが、社交界では求められる人材と言えよう。

そんな何処か薄暗い感情渦巻く会場に、ユーリ達はやって来ていた。

 

 

「・・・ん?ほう、これはまた」

 

「コレはまたお美しい。流石はランバース家のご令嬢たちですなぁ」

 

 

 そして、入って来るや否や、さっそく会場の人間はキャロ達を見止め、静かに観察を開始した。

キャロは企業としても名家としても名高いランバースの名をもつご令嬢である。

当然彼女のバックにはセグェン・グラスチ社がある訳だ。

 

彼女たちの周りには、各星系でかなりの権力を持つ商売人や領主の関係者と言った人間達が、次々と集まってくる。

セグェン社は小マゼランでも有数の企業として名高い為、そのセグェン社とのパイプを造りたい人間が集まってくるのだ。

 

 

「アラアラ、そう言っていただけるとは光栄ですわ」

 

「おお、ミス・キャロ!お久しぶりですな」

 

「お久しゅうございます。その節は大変良くして頂き―――」

 

 

 そして始まる社交辞令とも言える挨拶の応酬。

 相手をほめつつも、何処か観察するかのような視線が飛び交う。

 

 

「―――処でそちらのお美しい方は?」

 

「申し遅れましたわ。私(わたくし)はセグェン・グラスチ星間渉外部門所属のトスカと申します。お見知り置きを」

 

「おお、これはこれは。ランバース家からはご令嬢が2人も参加とは華やかですなぁ」

 

「よろしければ、後ほど私のフネでクルーズなどいかがですかな?」

 

 

 ホールの一角に小さな人だかりが出来る。

妙齢の令嬢という風にふるまうトスカに興味を持った男たちが群がり、コネを作る為か本気かは知らないがデートの申し込みまでしてくる程だった。

事実トスカは会場に来ている本物の令嬢と同格、否それ以上の美しさを持っている。

ある意味パーティーの華だ。男どもが群がるのも当然と言えよう。

 

 

(あちゃあ、一応護衛役って肩書きッスけど、あれじゃあ迂闊に近寄れないッスね。まぁどちらにしても、あの様子だとしばらく身動きとれ無さそうッスけど・・・)

 

 

 ユーリは会場の壁際に寄りかかり、沢山の男性に言い寄られても見事に華麗にさばいていくトスカの姿を視界の端に見つつ、女性って言うのは目的の為ならこうも変われるんだなぁ、としみじみ思っていた。

 

 ちなみに今回のこの“大マゼランの要人を味方につけちまおうZE☆作戦”を実行するにあたり、ユーリとしては壁の花に徹することにしていた。

正直こう言った社交会における礼儀なんてモノは、ユーリにも、ユーリになる前の自分の記憶にも入ってはいない。

 

 下手なボロを出すよりかは、トスカが成果を上げられるかを見届ける方が良いだろうと彼は考えていた。

どちらにしろ、周りの人間は、本来なら会う筈も無い高官や事業主の様な人間ばかりである。

何が元で弱みを握られるかわかったモノでは無い為、なるべく目立たない位置に移動し、ワイン片手に料理に舌鼓をうっていた。

 

 

(ちょっ、流石は要人が出るパーティー。このパンモロ5等級以上の肉質じゃね?うわ、しかも酸味のきいたソースとマッチして絶品だね。ジュースもウメェ・・・)

 

 

 流石は要人が集まる交易会議、出ている料理は素材からしてランクが違う。

食品を提供している企業関連が見栄を張る為に頑張ったのだろう。

まさかシェフがその場で調理してくれるとは、どこの一流ホテルだヨと内心突っ込みを入れるユーリ。

 

ちなみに飲んでいるのが酒では無くジュースなのは、一応己の身分は護衛であるからだし、下手に呑んでいたことがばれると、後でトスカにヘッドロックをかけられると思ったからである――閑話休題。

 

 

 

とはいえ、ユーリはこの会場に溢れる独特の雰囲気に、少し辟易としていた。

一般庶民の感覚を持つ己には、あまりにもかけ離れていて遠い世界過ぎる為ついていけない。

よくこんな場所で平然としていられるなぁと、今だ男どもに囲まれているトスカやキャロを眺めつつ、ユーリはそう思った。

 

 首根っこひっつかまれて、この会場に居るが正直詰らなくて息がつまりそうだ。

自分はやはり宇宙で好き勝手飛びまわる方が性にあっているなぁと、ユーリはしみじみとした溜息を吐く。

早く終わらんだろうかと、ベランダに続く窓から外を眺めていた。

 

 

「・・・貴公」

 

「(ん?なんだ?)あ、はい。なんでしょう?」

 

 

 突然背後から話しかけられたユーリは気配を全く感じなかったことに若干驚きつつも、その声に応えた。

振り返るとそこには杖を突き、青い服を纏った老人がそこにいた。何処か冷たい視線が混じる眼が、己を上から下まで観察してくるそれに、若干の気持ち悪さを感じる。

 

 

「貴公、ランバース家の者ではあるまい?」

 

「・・・」

 

 

 そして突然の宣告。目の前の老人から事実を突き付けられた事に驚いたユーリは固まった。

ドクンと心臓がはねて、眉が上がる・・・そして次の瞬間にはしまったと後悔した。

そんな態度をとれば、自分で肯定しているのも同然。

 

 

「ふむ、図星か・・・」

 

「・・・なぜ、解りましたか?」

 

 

 恐る恐る目の前の老人に訪ねるユーリ。

すると目の前の老人は、ユーリの眼をジッと見つめながら口を開いた。

対するユーリは、彼の出す冷たい気配に怯まない様に己を律するのに全力を注いだ。

内心冷や汗だらだらである。

ココでランバース家じゃないと叫ばれでもしたら、下手すりゃ詐欺とかでタイーホの運命が待っているからであった。

 

 

「このザバス、ランバース家の者なら分家に渡るまで把握しておるのでな。あの家に貴様の様な・・・・何と言うか芯から能天気な匂いを纏わせた者はおらんよ」

 

「の、能天気って・・・しかも全部把握してるんですか?」

 

「うむ、全部な」

 

 

 芯から能天気って、俺ってそんなに能天気に見えるのかと、自らのアイデンティティに憤りを感じて内心orzになるユーリ。

ザバスはその様子を歯牙にもかけず、言葉を続けた。

 

 

「何をたくらんでおるのかは知らぬが、我々の商談の邪魔だけはせぬようにな」

 

 

 そう言うと、ザバスは杖を突きつつクルリと背を向けユーリの元から音も無く去っていった。

言い回しから察するに、アレは大企業かなにかの指導者だと考えられる。

そんな大物がわざわざ出向いてくるあたり、やはりこの交易会議と言う場は重要なイベントであるらしい。

 

アレは恐らく釘を刺しに来たのであろう。だが、逆に見れば商談の邪魔さえしなければ問題無いし、むしろ商談となりえること、例えばフネや武器の事等に関する事を提示すれば、こちらの味方をしてくれる可能性もある。

とはいえ、不利益となると分かれば即座に掌を返すことだろうが。

 

 

(・・・・ま、見逃してくれただけでも感謝ッスね)

 

 

 何処かで見た様な気がしたが、ユーリは特に気に思う事も無く、会場の様子を眺めていた。

相変わらずキャロやトスカの周りには男が群がっている。

偶にトスカの手にキスをする男がいた。

挨拶なのであろうが、見ているユーリには何だか面白くは無かった。

 

 嫉妬、しているのかな?俺がトスカ姐さんに?――と、自分でそう考えて頭を振る。

いやいや、確かにトスカ姐さんは仲間だし身内だが、俺にそんな感情は持っていない筈さ、と自分の中で否定して見るモノの、やっぱりもやもやが消えない。

 

 仕方ないのでユーリはトスカ達から目を背け、ジュースを煽ることにした。

人、ソレを現実逃避と言う。

だが手元のジュースが空になっている事に気が付き、ウェイターを探そうとして歩きだした。

 

その時であった―――

 

 

≪ドン≫

 

「あた、すいません」

 

「いや、こちらこそよそ見をしていてすまない」

 

 

 ―――誰かにぶつかってしまった。

 

 慌ててユーリはその人の方に向き、頭を下げて謝罪した。

高官や要人が集まる会場であるし、一応今の自分の身分はキャロ達の護衛である。

自分が何か粗相をすれば、その責はトスカやキャロたちに及んでしまうのだ。

謝り続けたお陰か、ワザとでは無いと言う事が伝わったのか、相手も自分が悪かったと謝罪した為、事なきを得た。

 

 兎に角謝った事をお互いに許したので、ユーリは顔を上げる。

そこには、己よりかは10は年上だろうか?

華やかな会場ではいささか地味である黒地の服を身にまとい、むしろその所為で目立っている青年が立っていた。

 

 

「ぶつかって申し訳なかったね。私はアイルラーゼン共和国近衛艦隊所属、バーゼル・シュナイザー大佐だ」

 

 

 アイルラーゼン、その言葉を聞いた瞬間、ユーリは固まった。

アイルラーゼンと言えば小マゼランにまで噂が入る程の大マゼランの大国である。

入ってくる噂の大半をまとめると、曰く「お人よしの国」。

 

銀河連邦に求められ、地勢や政治的立場から軍備拡張を連邦政府に求められ、苦しい国勢にもかかわらず増やしちゃった星間国家である。

もともと国民の性情がややお人よしであり、おまけに国内で教育指針として教えられている『ラーゼンの指針』という騎士道精神的な概念を持つ。

 

そのお陰で、損得勘定抜きで他社の為に行動しようとする傾向が強い。

騎士道精神と書いたが、実を言えば武士道的な部分もあり、「武士は食わねど高楊枝」を地で行える気位の高さも併せ持つ義の国であると言われている。

 

 その国からの軍人が交易会議に出席している。

恐らくは交易航路の警護に関する事で来たと言ったところであろう。

 

 

「自分はキャロ様の護衛役をしているユーリと言います。ユーリと呼び捨てで結構です」

 

「では、私もバーゼルと呼んでくれ、若干この空気に当てられて辟易していた所だから、少し話でもしないかな?」

 

「願っても無い事ですよ。バーゼルさん」

 

 

 なんとなく、この人とはウマが合いそうな気がしたとユーリは思った。

何せこの会場で浮いている者同士なのである。

親近感の様な物が芽生えたのであろう。

またお互いにフネを持つ者同士であると直感で感じたと言うのもある。

船乗りはお互いに一目見れば感じられるのだ。

 

 このあと、また再び壁の花になるユーリ、今度はバーゼルも一緒である。話し相手がいるだけで、随分と気が楽になるモノだと考えつつも、他愛のない雑談に興じた。己が普段はフネの艦長である事も教え、艦隊の運用法等で盛り上がった。

 

 こういった場で、共通の話題が話せる人間がいるのはホントありがたいと心底感謝するユーリ。

そしてしばらく話していると、ユーリはピキーンという感じを受けて思いだした。

この男、物語のキーパーソンじゃないか・・・と。

 

 確かアイルラーゼンの軍隊を率いて来てくれる人間であった筈。

今の自分たちは強力なフネを持っているが、それでもヤッハバッハ相手では勝てそうもない。

この人になら、内情を話せばお国柄というか気質というか、まぁ兎に角参戦してくれることは想像に難くない。

 

 その為、ユーリはそれまで話していた時の呑気な顔を潜め、真面目な顔に切り替えた。

 

 

「―――あの、バーゼルさん。あって欲しい人がいるんですが、ついて来てくれませんか?」

 

「ん?・・・解った。つき合おう」

 

 

 バーゼルもユーリから出される気配が真面目なモノに変わった事を感じ、彼の誘いに了承し手付いて行く。

彼らが向かったのは現在パーティーの華となりつつあるキャロ達の所であった。

 

 

トスカはユーリが近づいてくるとこを見ると、周りの取り巻きの男どもをやんわりと引き離し、ユーリの元にやってくる。

ふとユーリの背後に居るバーゼルに視線を向け、その服装からバーゼルが何者なのかを判断した彼女も、顔をご令嬢のトスカから0Gのトスカのモノへと変えた。

 

 

「ユーリさん、そちらの方は?」

 

「はい、トスカ様。彼は――」

 

「お初にお目にかかります。アイルラーゼン共和国近衛艦隊所属のバーゼル・シュナイザー大佐です」

 

「アイルラーゼン・・・」

 

 

 バーゼルの言ったアイルラーゼンと言う言葉を聞いただけで、トスカはユーリが何を考えて彼を連れて来たのかを理解した。

 ユーリはなんとなくバーゼルをこの場に連れて来ただけだ。

 理由としては、己が説明するのがメンドイ為、全部トスカにお任せして、あわよくば軍事国家であるアイルラーゼンに協力をお願いしてしまおうと考えたからだ。

 

 だが、トスカはユーリが考えていることを深読みし、バーゼルに協力を仰げと言っていると考えた為、真摯になってバーゼルに説明を開始した。

 途中から令嬢の仮面をかなぐり捨てたくらい本気で説明を行った。

 ある種の勘違いから生まれたソレは、波紋のように広がっていく。

 

 

「―――って訳なんだ」

 

「ふむ、しかし証拠はあるのかね?」

 

 

 トスカが真摯に説明したとはいえ、バーゼルにとっては鵜呑みにする訳にはいかなかった。

 彼も軍を率いる人間である為、誤情報に踊らされない様にしなければならない。

 本音を言えば、目の前の美しい女性の言っていることを信じたかった。

 バーゼルは口では言わなかったが、トスカを見る目が言いたいことを物語っていた。

 それを見てトスカは薄く口角を上げる。

 

 

「そう言うと思った。で、コイツが、その回収データのコピー」

 

「むぅ」

 

 

 バーゼルはトスカから手渡されたマイクロチップを見て、もう一度トスカを見る。

 それを何度か繰り返すと、思案するように腕を組んで考え始めた。

 ココに来ている人間は腹芸が得意な人間であるということをバーゼルは理解している。

 それこそ自分の利益の為ならば、他人を追いこみ罠に陥れることをいとわない。

 ソレは身内であっても適応されるある種のルールであった。

 この目の前の女性は、アイルラーゼン軍を嵌めようとしているのかもしれないという考えが過る。

 

 だが、バーゼルは更に考える。

 トスカがバーゼルにデータチップを渡したと言う事は、データチップの中には偽か真かは知らぬが何らかのデータが含まれていると言う事である。

 仮に彼女がアイルラーゼンを嵌めようとしているとして、彼女が得るであろうメリットは何か?

 商人や企業を嵌めて没落させるなら、彼女にも何らかの利益があると思われる。

 しかしバーゼルはアイルラーゼンの職業軍人である。

 彼を嵌めたところでアイルラーゼンの一艦隊が消えるだけで、こう言っては何だがアイルラーゼン共和国自体には何の影響もでない。

 むしろ交易会議でそのようなことをすれば、下手すれば大マゼランを敵に回すことになる。

 彼女の本質が狂気であるならば、小マゼランと大マゼランを貶めたいのならそう言う可能性もあるだろう。

 だがバーゼルは長年培った軍人としての、人を見る目と勘で彼女を見た時、彼女にそう言った狂人の気配と言うものを感じなかった。

 むしろ、芯からこの銀河の行く末を案じている様に感じたのだ。

 

 バーゼルが感じたコレはある意味あっているし、間違いでもある。

 トスカは確かに狂人では無いが、芯から銀河を案じていると言われれば違うのだ。

 彼女は色々と言ってはいるが、実質自分の為に動いている。

 ヤッハバッハと戦うのは、ある意味彼女が持つ恨みによるところが大きい。

 だが、ユーリと言う存在のお陰で、彼女はヤッハバッハとの事を真摯になってバーゼルに訴えた。

 それがバーゼルには、心から故郷を心配している健気な女性に見えたと言う事なのだ。

 

 そして、騎士道精神と武士道的価値観を併せ持つアイルラーゼン人であるバーゼルにとって、困っている女性、もとい人間を放置する事は出来なかった。

 

 

「・・・・エルメッツァ政府は動いているんだね?」

 

「動いてはいるけどね・・・まぁどうなるか・・・」

 

 

 バーゼルの問いにそう応えたトスカであったが、傍から見れば彼女はエルメッツァ政府には何の期待していないも同然の態度であった。

 それを見て更に思案顔になるバーゼル。少ししてまた口を開いた。

 

 

「確かに、君の言う事が本当なら、敵を見くびり過ぎているのは気になるところだが・・・」

 

 

 ここで、バーゼルは今まで説明された内容を聞いた際に感じた疑問を、トスカにぶつけてみた。

 

 

「そのヤッハバッハという連中を、何故君が知っているのか、ソレは教えては貰えないのかい?」

 

 

 バーゼルが感じた疑問はまさにこれであった。

 あまりにも情報が多い、ある種の国家機密に相当するモノが含まれていることに気が付いていたのだ。

 要人とはいえ一般人の彼女(バーゼルはまだトスカが0Gであることを知らない)が、何故政府の眼を掻い潜り、コレだけの情報を持っているのかが不自然に感じられたのである。

 故に、少し興味を持った為、彼は彼女に聞いて見たのだ。

 応えてくれるならよし、応えられなくても独自の情報網でもあるのだろう。

 それを曝す様な事はしないであろうから、別に気にはしない。

 

 だが、トスカとしては、己の忌まわしき過去の記憶でもある。

 その為、バーゼルの説明に彼女が出来た事と言えば―――

 

 

「・・・・」

 

 

 沈黙であった。時として沈黙は言葉よりも多くを語る。

 

 

「そう、か・・・まぁいい。レディに無用の詮索はしない程度のマナーはアイルラーゼン軍人でも心得ているつもりさ」

 

 

 そう言うとバーゼルは矛を降ろした。

 恐らく彼女の態度から察するに、問い詰めてもこの場では吐けないか、吐かない事であろう。

 もとより興味本位の質問であった為、この態度もある程度は予想していたからであった。

 

 

「なら、信じてくれるかい?」

 

「信じると言う言葉は不正解だな。どんな情報でも人から伝わる限り願望が入り込むモノ。我々はそのデータを検証して、客観的な事実を知りたいだけだよ」

 

「ま、疑うのはそっちの勝手さ。ただ言えるのは、私は真実を喋った。ソレだけさ。そのデータは持って行ってくれて良い。母国でキッチリ、検証してくれればいいさ」

 

「・・・・解った。受取ろう」

 

 

 ある種の潔さを漂わせたトスカをジッと見て、バーゼルはチップを懐にしまった。

 後は自国に戻ってから検証すればいい、少なくても小マゼランの技術よりも数段進歩している大マゼランでなら、このデータが真実か嘘かは立ちどころに解る筈だ。

 そう考えた彼はふと、トスカから聞いたヤッハバッハについて口を開いた。

 

 

「しかし、もし君たちの言っていることが本当なら、ヤッハバッハは我が大マゼランにとっても脅威となるだろうな」

 

「・・・その予想、気の毒だけど、気の毒だけど恐らくビンゴだよ」

 

「・・・・・預かったデータは、帰国次第、厳重に解析を行うつもりだ。安心してくれ」

 

 

 バーゼルはそう言い残すと、トスカ達から別れたのであった。

 こうして対ヤッハバッハへ向けての要人たちへの種は仕込まれたのであった。

 

 

***

 

 

 さて、その後もしばらくバーゼルの様な信用出来そうな人間を探すが、結局のところ見つけられなかった。

 と言うか、親睦パーティーであり、尚且つ時間が経過していた為、大部分の人間にお酒が入っている状態であった。

 これではヤッハバッハの事を話したところで、酒の席の冗句と捉えられてしまう可能性が高い。

 そう考えた彼らは、コレ以上は無理と判断し、会場を後にした。

 

 

「どうだった?上手くいったの?」

 

 

 結局、要人には囲まれたが、トスカが抜けた所為でそいつらを一人で相手にしなければならなかったキャロは、やや疲れた声だったが、ユーリ達に戦果を訪ねた。

 

 

「出来るだけの事はやったッス。種もまいたッス。俺達が出来ることは殆どやったッス」

 

「ま、上出来さね。後はキャロを、セグェンの元に返してやらなきゃね」

 

 

 実質ユーリは今回空気であったのだが、そこら辺はスルーする事にする。

 彼らは出来るだけの事はした、後は結果をご覧じろと言ったところだ。

 彼らの答えにふ~んと返しつつも、キャロは少し呟くように口を開いた。

 

 

「・・・まだ、一緒に居たいなぁ」

 

「お嬢様、それは――」

 

「うん、ファルネリ、解ってる。解ってはいるの・・・言ってみただけ」

 

 

 すこし物哀しそうにするキャロであったが、流石にコレ以上引き延ばすのは不味いと彼女自身が感じていた。

 だから、我がままなお嬢様の本当に小さな冒険はコレで終わり。

 戻ったら、ランバース家の令嬢という鳥かごが待つ世界に戻る。ただそれだけ。

 ユーリ達とはもっと居たいし、別れたくはないが、現実的に彼女の肉体は宇宙を旅するのには向いていないのだ。

 我が儘したくても、限界って言うのあるのよねー。そう内心理解したのであった。

 

 

「・・・ねぇ、トスカさん」

 

「うん、解ってる。任せときな」

 

 

 キャロの様子を見ていたユーリは、隣に居るトスカに何やら耳打ちした。

 トスカはユーリが言いたいことを即座に理解すると、携帯端末でどこぞに連絡を入れる。

 そしてしばらくして、トスカはユーリにサムズアップで合図した。

 

 

「キャロ嬢、実はウチのクルー達を呼んで、キャロ嬢のお別れパーティーを開きたいんスけど」

 

「お別れパーィー?私の?」

 

「そうッス。ちなみに会場は―――」

 

 

 お別れ、か・・・。まぁ仕方ないわよねぇ。

 そう考えていたキャロだったが、次のユーリの言葉に噴き出した。

 

 

「―――酒場一店舗貸し切りの第69回朝まで飲み放題コースって所どうスか?」

 

「ブハっ!なにその中途半端な回数!というか、酒場貸し切りって」

 

「そんくらいしなきゃ、ウチの連中は収まりきらないッスからねぇ・・・いや、2次会3次会も絶対遣るだろうから、案外数日間はお祭りかな」

 

 

 クルー全員が見送ってくれる。我がままで勝手についてきただけの私に。

 キャロはユーリ達の提案を聞き、胸が、心が厚くなるのを感じていた。

 嬉しかったのだ、理由も何も分からず、ただただ嬉しかったのだ。

 キャロは客分であった。だが、仲間でもあると言われた様な気がしたからだった。

 

 

「え?な、何で泣くッスか?」

 

「え?―――あれ?」

 

「あれ~?ユーリぃ?女の子を泣かせたのかい?」

 

「ならば、艦長にはお別れ会の際には、是非ともお嬢様をエスコートして貰わないといけませんね」

 

「ちょ!ファルネリさんにトスカさん何を!?」

 

 

 キャロがうれし泣きをし、ソレを見たユーリはあわあわと慌て、トスカとファルネリは彼らを見てニヤニヤと笑いながらユーリを弄る。

 普段となんら変わらない、白鯨艦隊で繰り広げられる日常の風景。

 

 

(ありがとう。ユーリ)

 

 

 今だ眼頭が熱くて、まともに見られないが、目の前で女性二人から弄られているユーリに、少女は誰にも聞こえない声で礼を述べたのであった。

 こうして、キャロ嬢を送ることになり、白鯨艦隊の次の目的地は決定したのである。

 

次の目的地は―――ネージリンスであった。

 

***

 

Sideユーリ

 

 さて、マゼランックストリームにアルカシュケントから、俺達は一路ネージリンスまで戻ることになった。

 俺やトスカ姐さんがヤッハバッハとの戦争に備えて暗躍している間に、デメテールの修理・改修はなんとか終了していた。

 とはいえ、なんとか長期航海を視野に入れた実用的な修理が完了しただけである。

 装甲についてはもろくなっている部分を艦内工廠で製造し交換できた。

 しかし、確かにエネルギー系に強い装甲だが、実弾相手ではそれ程では無い。

 本来なら装甲自身がエネルギーによる皮膜を纏い、実弾すら防げるらしい。

 だが、その制御装置の使い方が今だよく分かっていないのが現状だ。

 ライブラリにも記載はあったが、詳しい制御法のデータが壊れている。

 その為、操作方法は現在模索中であり、少なくても数年は使えない機能との事だ。

 また改修と言っても、規格が合わない通信設備を増設したり、機能していなかったバイオプラントを復活させて、予備としてオキシジェン・ジェネレーターを増設した程度である。 

 規模がでかい為、修理も改装もそこまでしか完了できなかったという感じだろうか。

 とはいえ、現状でも小マゼランのフネなら軽く凌駕している事に変わりは無い。

 そんな訳でなんとか運用目途が立った辺りで、修理改修プロジェクトを一度凍結した。

 本当にバカにならない程の金食い虫であったからである。

 確かにカシュケントで、あの業突く婆さまから金をせしめはした。

 だがそれでも足りないくらいであったのだ。

 また流石に一度に何回も功績データは売れない為、あれ以上は自粛するしか無かった

主計長パリュエンさんがいなければ破産してたかもしれない。

 早い所ウチの財源の一つである海賊狩りを行わないと不味いだろう。

 また、今はまだ無理であるが、科学班達より艦隊構想の草案も提出されている。

 単艦では確かに非常に強力な部類に入るデメテール。

だが、遠距離砲戦は兎も角、近距離対空には今だ若干の不安がある。

拡散HLの増産と増設を急がせてはいるが、全長が36kmもあるのだ。

対空兵装として設置するにしても、全てをカバーしきれない。

一応以前俺の失敗により造ってしまったネビュラス級は、デメテール改装の際の余りモノや自作装置によって改装を行い、稼働状態にまで漕ぎ付けることに成功した。

だが、やはり戦艦と超ド級要塞戦艦の二隻だけでは、対空能力に掛けてしまう。

対空戦闘能力が高い巡洋艦を数隻、近距離での防衛用に駆逐艦も欲しいところだ。

そんな訳で、出された草案には現在俺が持つあの穴だらけ設計図を見直し、駆逐艦、巡洋艦等の艦船のバリエーションを増やす案が提出されている。

人員不足な為相変わらず無人艦となる予定だが、草案によれば戦艦クラスにはユピから株分けした準電子知性妖精が操艦する事になる為、無人でも問題無いらしい。

出来ればネージリンスの無人艦制御ソフトウェアがあればもうチョイ楽になるらしいが、軍が扱っている技術らしいので、一介の0Gには手に入れることは難しいだろう。

だが、どちらにしてもネックなのは、やはりキャピタル、資本と言ったところか。

ウチのマッド達が提案した草案はなかなかのものである。

だけど、それを実現するのには膨大な資金が必要であることが想像に難くない。

 しかし現状では、今のウチの台所は火の車である。

早い所、海賊でも資源アステロイドでも見つけんと不味い。

 意外と金になるデブリ回収も行っているが、まだまだ草案に手を付けるには早い様だ。

 ま、今の段階では単艦でデメテールに勝てるフネはいない。

 ヤッハバッハとの戦闘までに揃えればいい、まだ時間はあるのだ。

 あせらずじっくり地盤と整えることが先決だろう。

 

 

『艦長、定時報告です。予定通りの航路を進んでいます。進路に問題無し』

 

「うす、了解ッス。ミドリさんもそろそろ休憩していいッスよ」

 

『では後ほど交代要員とシフトさせてもらいます』

 

 

 艦長室でプライベートな時間を満喫していると、ミドリさんからの定時報告が来た。

 航路には異常は無いし、艦内にも異常は発生していない。

 実に快適な航海と言えるだろう。

 だが俺がそう思った瞬間―――

 

 

≪ズドォーーーーーーーン!!!!≫

 

「うわっ!?何スか!!?」

 

『警報が鳴らなかった所を見ると、艦内で何か起きた――原因特定、ケセイヤがまたやりました』

 

「・・・・今度は何したッス?」

 

『本人曰く“スーパー・修復ドロイドをつくるぜい!”だそうです。起動実験に失敗して機体が暴走し爆発、奇跡的に人的にも物理的にも損害は無し』

 

「うう~、でも多分実験に既存のドロイドを使った筈ッス・・・修復ドロイドもタダじゃないッスよ~」

 

『ご愁傷様です。艦長』

 

 

 こうして平和な航海が続く――ケセイヤ、テメェは後で減報だ。

 

 

***

 

 

 さて、順調にネージリンスに続くだろうボイドゲートへと向かって航海は続く。

 んで今日は当直なので、ブリッジの艦長席に座っていたのだが―――

 

 

「艦長、微弱なガイドビーコンを感知しました」

 

「ガイドビーコン?付近にステーションでもあるッスか?」

 

「宙図には何も書かれていないぞ?ミドリ、本当にガイドビーコンだったのか?」

 

「弱いけど、確かに通商管理局のビーコンでした」

 

 

 航海班なので、航路の確認も担当するリーフがミドリにそう声をかけた。

 ミドリさんはいつも通り、淡々と返事を返している。

 彼女は職務に忠実だから、嘘や冗談の類は勤務中言わないだろうから本当だろう。

 

 

「ふぅん・・・ミドリ、ちょっと古いほうのチャートデータを検索してみな。大体200年前くらいの奴で」

 

「了解」

 

 

 その時、今まで黙っていたトスカ姐さんが口を挟んだ。

 ミドリさんは言われた通り、同一宙域の古いチャートを今の航路に重ね合わせて検索する。

 

 

「・・・出ました。ビーコンが出ている星はコレです」

 

「開拓星L33376、データによれば伝染病エンパラスの爆発的発生により120年前に放棄されている」

 

「ステーションはAIだから、今だ港は稼働してるってワケッスね」

 

「まぁココはマゼラニックストリームだ。自分の眼で確かめたモノが本物さ。で、どうするユーリ?」

 

 

 伝染病ねぇ?とっても120年も前だしな。

キャリーとなる生物がいなければ感染しようが無い。

 ―――じゃあ降りても問題無いか。

 

 

「場所の特定は終わってるッスか?」

 

「本艦を中心にZ224の方角です」

 

「丁度良いッス。休息がてらその星に向かうッス。このままネージリンスまで直行する事も出来るッスけど、無理してもしょうがないッスからね」

 

「アイアイサー、航路設定を変更するぜ。ミドリ、航路上の環境データも送ってくれ」

 

「了解リーフ」

 

 

 船首を90度反転させ、今まで進んでいた航路から外れるデメテール。

 しばらくして廃棄されたみすぼらしい赤い惑星が有視界に入る。

 デメテールは赤道の衛星軌道上に停泊し、改装を終えたネビュラス/DC級リシテアでステーションに向かった。

 ステーションは人が消えてもAIによって自動で動いていた。

だが、人が居なくなった所為か何処か寒気を感じる。

 工廠はちゃんと稼働しているし、いまだに補給物資を作れるようである。

 適当にフネで使えそうなモンを貰って行こうと思い、ステーションを散策した。

 調べて解ったが、軌道エレベーターは稼働していなかった。

 まぁどうせ眼下の惑星には人っ子一人いやしない。

 ゴーストタウンが入った廃棄された環境ドームしか無いのだから、降りてもしょうがない。

 と言うか治療法が確立されているとはいえ、伝染病で人が消えた星に降りたい酔狂なヤツは少ない事だろう。

 

 

「あ、でも案外残されたモンで色々と――」

 

「やめときな。ステーションは兎も角、下の街は120年も経ってんだ。風化が酷くて危ないよ」

 

 

 リサイクルの精神を発揮しようとしたら、トスカ姐さんに怒られた。

 まぁよくよく考えたらその通りだし、死者の墓穴掘り返す趣味は無い。

 遺跡は普通に掘り返すけどな!まさに外道!何ちって!

 とりあえずステーションに残されていた物品で使えそうなモノ、艦内工廠で材料に出来るモノを出来るだけ運びだした。

 流石に120年も放置されていただけあり、ステーションの小さな工廠に付属していた倉庫の中は、部品や精密機械やその他で溢れかえっていた。

 当然ありがたく頂いて行く、どうせこんな辺境だしな。

俺ら以外にもう来ることも無いだろう。

 量だけは多かったので、ペイロードが余りまくっているリシテアにつめるだけ積み、ピストン輸送でデメテールとステーション間を往復させる。

 この作業だけで一日掛かりそうであったが、まさかそのお陰で彼らと再会するとは思わなかったのであった。

 

 

***

 

 

「救難信号ッスか?」

 

 

 ソレはデメテールに戻った俺が、作業の進行状態を聞いている時だった。

 本艦の総括AIであるユピが、救難信号を受信したと俺に言ってきたのである。

 

 

「はい艦長、先程微弱ながら救難信号を受信しました。位置の特定を行ったところ、ココからそれほど離れてはいない場所から発信されています」

 

 

 ユピの報告を聞き、何処かのフネが海賊に襲われたのかな?

う~ん、作業を中断するほどの事でも無いか? 

 そう思ったのだが、次の瞬間には驚きで言葉を失う羽目になる。

 

 

「その、発信してきたフネのコードも解析出来ました。救難信号を送ったのは、バウンゼィ。ギリアスさんのフネからです。信号も非常に弱く、本艦の設備でようやく探知出来た程度です」

 

 

 バウンゼィ、ゼーペンスト自治領で一旦修理の為に離脱し、そのまま合流することなく別れてしまった若き0Gドッグであるギリアスの乗艦である。

 負けん気が強い彼は強者との戦闘を好み、自分から強者に突っ込んでいくバトルモンキーな性格をしているのだが、危機的状況に陥っても救難信号を出すヤツでは無い。

 そのギリアスのフネからの救難信号である、余程の事が起こったとしか考えられなかった。

 ユピの報告を聞き、反射的に出港と言いかけたのだが、理性で待ったをかけた。

 考えてみれば、ヤツとは今は協力関係では無い。

 今デメテールはネージリンスへと向かう途中であり、大事な客分を乗せているのだ。

 確かにギリアスが大変な目にあっているのだろうが、助けに行っていいモノなのだろうか? 

 ヤツの事だから、また口悪く「余計なことしやがって」と言う事だろう。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「艦長・・・」

 

 

 

 

 ・・・・・・だが、やっぱりアレだな。

 

 

 

 

「ユピ、艦内放送をかけてブリッジ要員を全員集合させるッス。本艦はバウンゼィの救援の為に、本宙域を離脱するッス」

 

「りょ、了解!!」

 

 

 袖触れ合うも何かの縁、ココで見捨てたら男じゃない。

 あのバカは文句を言うかも知れん、罵倒するかも知れん。

 それこそ素直じゃないあの男の事だ、むしろこっちに突っかかって来るかもしれん。

だが俺は、救援を求めているのを見て見ぬふり出来る様な“優秀な艦長”じゃない。

 赴くままに、思ったように、後悔が無い様に・・・。

 進んで進んで、それでも結局ダメなら笑って死のう。

 それすら出来ないなら、宇宙る出る資格何ぞ無い。

 船乗りを名乗る資格何ぞ無い!

 ―――――こうして、艦内放送で主要メンバーを集めた後、俺は全員に命令を下しデメテールを発進準備を急がせた。ある意味友人とも呼べるギリアス救援の為に・・・・。

 

 

 

***

 

 

 

 ブリッジ要員達から反対意見が出るかと思ったのだが、ソレは無かった。

 ギリアスが救援を求めた。この一言だけで察してくれたのだ。

 内心ありがたいと感じつつ、発進準備を進めていく。

 本当ならRVF-0(A)を先行させたいところであったのだが、RVFを送るには若干距離があり過ぎた為、デメテールの発進準備を優先させたのである。

 デメテールの機関出力なら、救難信号を発信したポイントまで1時間もかからない。

 デメテールは発進準備を終えて、航路に復帰した直後、シフトサイクルエンジンをフルパワーで稼働させて一気に加速し、信号が発信されたポイントへと急行したのだ。

 

 

「艦長、本艦前方に艦隊の反応を感知しました。艦種は不明、データベースにありません」

 

「大型艦に対峙する形でバウンゼィも確認しました!かなりの損傷を受けています!」

 

 

 ミドリさんは淡々と、ユピは若干動揺した声で報告を続ける。

空間ウィンドウに映し出されたのは、所々が破壊され、武装も何もかもが吹き飛び、今にも沈みそうなバウンゼィの無残な姿であった。

 非常に信号が弱かったのは、通信設備に損傷を追っていたからであろう。

 

 

「チッ!遅かったッス!全艦戦闘配――」

 

「待て艦長!アレは砲撃による破壊痕じゃない!」

 

 

 全速力で救援に向かえと指示を出そうとする直前、サナダさんに大声で遮られた。

 彼はコンソールを操作し、何やら観測機を使って調べている。

 

 

「・・・思った通りだ。艦長、この宙域には大量の機雷がばら撒かれている。幾ら本艦の装甲でも機雷の群の中に飛び込めばタダでは済まんぞ」

 

「ゲッ!?マジっスか!?」

 

「ああ、吸着式の機動機雷だ。インフラトンエネルギーに反応して自動で迫ってくる厄介なタイプだ。デメテールには近接対空防御兵装が無いから、むやみに突っ込んだらかなりの損傷を負うことになっただろう」

 

 

 吸着式機動機雷、ソレは文字通りフネの外壁に取りつき、モンロー効果を利用したプラズマ流をフネの内部に叩きこむ厭味な機雷である。

 2重3重の防御隔壁を持つ戦闘艦であるなら、ダメコンによりそれ程被害は無い。

 だが問題はその数である、サナダさんから提示されたレーダー画面には無数のグリッドが、バウンゼィを取り囲み宙域を埋めるかのように設置されている。

 この無数のグリッドこそ、この宙域にばら撒かれた機動機雷なのである。

 範囲的には200kmに渡りばら撒かれており、迂闊に突っ込めば爆発の洗礼を浴びるところであった。

 200kmの範囲と言うのは広い様に思われるが、実は宇宙の距離で換算すると非常に狭い。

 だが、たかが200kmとはいえ、されど200kmでもある。

 事実、バウンゼィは機雷群に囲まれて、もはや動く事も出来ないのである。

 デメテールなんてデカすぎるから、無理矢理突っ込んでも航行不能にはなるまい。

 しかし重力防御場を形成出来るデフレクターで弾けるかと言うと難しい。

ココまで大量にあるとデフレクターにかかる負荷がデカすぎるのである。

艤装の幾つかが使用不能になることは確実であり、ソレを考慮に入れなければ突入できる。

だが向うには敵艦隊が控えており、データベースに存在しない艦である。

機雷を散布できることから特殊作戦艦であることは容易に想像できる。

どんな機能を持つのか解らない以上、突っ込めないのだ。

あれで今度は機雷の代わりに大型量子魚雷でも使われたらマジでヤバいのだ。

しかしふと思ったんだが、コレ凄まじくコスト掛かりまくる兵器だよな。

 一度起動したら流石に回収できないからデブリになっちゃうし。

 ・・・・・敵は金持ちのブルジョワか、畜生め。

 

 

「・・・・なら、全砲門開け!一斉射撃開始ッス!機雷を薙ぎ払うッス!」

 

「ムリだ艦長。いくらホールドキャノンが強力でもデメテールが通れるほどのスキマは作れん」

 

 

サナダさんから待ったが掛った。確かにデメテールはデカすぎるだろう。

だが、それならデメテール以外のフネならばどうだ?

 

 

「デメテールは無理でも、ホールドキャノン掃射で、リシテアみたいな大型戦艦程度なら通れるいのスキマなら作れる筈ッス」

 

「!そうか!なら散布界パターンを広めに設定調整するから1分、いや30秒くれ!」

 

「頼むッスよサナダさん!ストールは照準合わせ急げ!射撃諸元はバウンゼィの周辺ッス!」

 

「「了解」」

 

 

 俺がそう指示を出すと、隣に居る副長のトスカ姐さんも他の部署に指示を回していた。

 こういう時、俺だけでは手が回らないから本当に助かる。

 阿吽の呼吸で指示を出せる副長っていうのは本当にありがたいぜ。

 こういうことが出来るから、安心して女房役を任せられるんだよなぁ。

 

 

「それと各艦第一級戦闘配備!一定以上機雷を破壊したらリシテア発進させるから準備しな。急げよ!敵にこっちが補足されたらすぐ攻撃が始まるよ!時間との勝負だ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 

 いまだに機雷を吐き続けている敵の旗艦・・・何処に仕込んでんだろうか? 

 高々1000mクラスの戦艦のようだが、まぁ横もほぼ同じくらいの大きさだ。

 ペイロードだけは有り余っているのかもしれない。

 とりあえずそいつは無視し、まずはバウンゼィの乗員の救助を優先する事にした。

 さらに俺は艦長席のコンソールを操作し、艦内病院へと通信をつなぐ。

 

 

「サド先生!」

 

『ん?なんじゃ艦長、急病人か?』

 

 

 つながった画面の向こうでは、医者であるサド先生が酒瓶片手に酒を飲んでいた。

 いやまぁ、サド先生は超酒好きだから別に咎めやしないですがね。

 酔っぱらって仕事が出来ないとかは無しですよ?サド先生。

 

 

「サド先生、悪いけど医療班を率いてリシテアに乗って欲しいッス」

 

『ングング、プハァ~。あ~、バウンゼィの救援じゃな。よっし、すぐに用意する』

 

 

 どうやら外の情勢は艦内に伝わっていたらしい。

 サド先生はすくっと立ちあがると、他の医務官に指示を出して行った。

 当然酒瓶は手放さないのがサド先生クオリティである。

 

 

「お願いするッス。がんばってくれたら後でお酒進呈ッス」

 

『大吟醸で頼むよ艦長。それじゃワシは準備があるからな』

 

 

 よし、これでサド先生がリシテアに乗り込むから、向うですぐに応急処置が出来る。

 バウンゼィがもうヤバそうだが、とりあえずコレでなんとかなるだろう。

 そう思っていた。コレでなんとかなったと・・・だが―――

 

 

「艦長!敵艦隊から高エネルギー反応!砲撃準備だと思われます!」

 

「なっ!敵艦の標的は!?」

 

「射線予想―――敵艦の標的は―――バウンゼィです」

 

 

 こちらはまだステルスモードで敵艦隊には見つかっていない。

 だが、敵の艦隊はバウンゼィに止めを刺そうとしているのだろう。

 

 

「ストール!射撃諸元変更ッス!目標敵艦隊!撃たせないようけん制するッス!急げ!」

 

「ムリだ艦長!バウンゼィが射線に入っちまってる!コレで撃ったらバウンゼィが――」

 

「敵艦隊、射撃シークエンスに移行しました。エネルギーの収束を確認」

 

 

 俺達が来るのが遅すぎた。気がつくのが遅かった。

 良い訳は色々と出来るだろう。だが、そんなことは後でも出来る。

 今しなければいけないのは、ギリアスを助けると言う事だ。

 だが無情にも敵艦隊の砲艦と旗艦が、一斉に対艦レーザーを発射した。

 

 

「バウンゼィに直撃弾・・・完全に沈黙しました」

 

 

 爆散こそしなかったモノの、レーザーに貫かれたバウンゼィが沈むのを見て。

 俺は思わず、コンソールに拳を打ち降ろしていた。

 

***

 

Side三人称

 

 

救難信号を発する少し前のバウンゼィ。

バトルブリッジでは、ギリアスと副官が次の目的地について話し合っていた。

 

 

「――ですから若ぁ、本艦の巡航能力にだって限度ってものが」

 

「だぁーかぁーらぁー、カシュケントで高い金払って改修したんじゃねぇか。もう一度小マゼランに戻っぞ。今度こそヴァランタインを仕留めて―――」

 

「でも改修したって言っても、居住性じゃなくてレーザー増幅器だとかスラスター制御設備じゃないですか。このフネに合うモジュールを態々見つくろって貰って。だけど居住性は前より悪化しちゃってますから、航続距離は延びるどころか逆に落ちてるんですよ?」

 

 

ギリアスが全ての方針を決めるワンマンシップを地で行くバウンゼィは、カシュケントで修理がてらかなりの改修を受けていた。とはいえ、ソレはギリアスの趣味で戦闘方面に特化した改修であった。

その為、モジュールで組み込まれていた筈の居住エリアをかなり圧迫したので、あろう事かギリアスは新モジュールの為に居住エリアの住居ブロックを削ったのである。タダでさえタコ部屋状態だった居住区は更に狭くなり乗組員の居住性は悪化した。食堂も正直胃に入れば何でも良いというギリアスの思考の元、簡易的な物しか無い。医務室も更にランクの下がる小型のモジュールに変換され、必要最低限の稼働しかしない。

 

武装面では大マゼランでも通用する程の戦闘力を手に入れる事に成功したバウンゼィは継戦能力や長期航海を捨て去った、ある意味太く短くと言う言葉がぴったりのフネとなっていた。その為、航海の際にはたびたびステーションによって補給と休息を受けなければならず、長期航海には全くの不向きなフネとなってしまったのである。

 

彼が艦隊を率いて、福祉厚生特化艦を用意していればもうチョイマシだったのだが・・・。

 

 

「絶対戻る!もどるかんな!」

 

「ハァ・・・まぁどちらにしろ、このフネの艦長は若ですからねぇ・・・しょうがないですハイ」

 

 

どこか子供のように頑固な面があるギリアスのその態度に副官は溜息を吐くと、半ばあきらめた顔になった。ギリアスがこういう性格なのは、この航海に出てからずっと泣かされてきた為、もう慣れたと言っても良い。白鯨艦隊から貰った補給品リストにおまけで入っていた胃薬があって本当に良かったと思う今日このごろであった。

 

 

「おい、なんだその微笑ましいもんを見る目は?」

 

「いやぁ、私の胃薬の消費量が増えるなぁって思って」

 

「あん?体調が悪いんだったら寝てこいよ。俺だって鬼じゃねぇぞ?」

 

「・・・・」

 

 

本当、鈍感と言うか何と言うか。そんな事をすればタダでさえ大変なフネの運航が出来なくなってしまう。ギリアスは戦闘センスにおいては天才的であるし、フネの運航の仕事も頑張ってはいるが、やはり補佐官である自分が居ないとあまり上手く回せないのだ。乗組員をフネの一部と言う風な認識を持っており、道具扱いに近いところもある。

 

コレが意図的なら見限りたいところなのだが、“彼の国”の気質による無意識に寄るものであるから見限りたくても見限れない。見限ったところで自分には行くあても無いと言うのもあるのだが、兎に角この手のかかる艦長の副官をすることが自分の使命だと、副官は考えていた。

 

 

「・・・・鬼じゃないなら、もうチョイ考えましょうよ。色々と」

 

「あんか言ったか?」

 

「いいえ、何でも無いですよ若・・・・それよりも大丈夫なんですか?それ」

 

 

副官は察しの悪いギリアスに(といっても、この気質は彼の国ではありふれたモノだが)愛想笑いで応えると、彼にまかれた包帯を指さして問うた。ギリアスの両手には包帯が巻かれ、来ている空間服も何時ものでは無く、ラフなモノを着ていた。何故なら彼の胸から腹辺りに掛けて包帯が巻かれていたからである。

 

 

「大体『傷は男の勲章だ。正面から受けた傷を消せるか!』とか言ってその傷の再生治療も受けないで古代の縫合治療法で済ませるなんてあり得ませんよ普通」

 

「はん、どうせ薄皮一枚しか斬られてねぇんだ。こん程度で弱音を吐くことなんかしねぇ」

 

「そんなこと言って、ハリと糸で傷口を縫合するって言われて、医者に止められたのに麻酔無しで縫合して気絶した人は誰ですか?」

 

「うぐ、だが男ってのはなぁ。どんな時でも強くなきゃいけねぇんだよ」

 

 

流石に鬱憤が溜まっていたのか、若干いつもよりも強気な副官に少したじろぐギリアス。

だが、それに対し普段から虐げられている副官の反撃が始まった。

心なしかブリッジ要員達の目から副官に向けて朔望の光が宿る。

普段とは違い、今の副官はギリアスに意見出来ている。

このフネではそれはとても凄い事なのだ。

 

 

「それ、痛み止め飲みつつも冷や汗流している若が言っても説得力無いですよ」

 

「うがっ!」

 

 

ギリアスの精神に1000のダメージ、彼はよろめいた。

副官は少しは普段の鬱憤が張らせたようで満足そうな表情をしている。

ブリッジ要員は“なんてことを・・・いいぞ、もっとやれ”という顔だ。

 

まぁ結構な頻度で、この猪突猛進艦長には苦労させられてきた。

多少イジワルしたって、罰は当たらないだろう・・・たぶん。

もっとも、うぐぐと拳を握って悔しそうにしているギリアスを見ると、後でどんな無理難題をフッかけられるかとビクビクしてしまうのであるが。

 

 

「・・・――ふん!わぁったよ!とりあえず直せばいいんだろうが!」

 

「先に言っておきますが、本艦の医務室はこの間の改装で入れ替えた為、今は最低レベルの治療しかできません。リジェネレーション治療は次の星に行ってからになりますよ?若」

 

「ソレ位我慢できら」

 

 

フン!と鼻息を荒くしてそう応えるギリアス。だが腕を組んだ瞬間、傷口を刺激したのか、プルプルと身体を震わせている。普通なら痛みで叫びたくなる筈なのだが、彼の強靭な精神力が意地でも叫ばないと抑え込んでいるのだろう。だがこれでは、正直見ている此方の方が痛くなってくるのだが、どうせそう言ったところで彼は余計に頑なになるのが想像に難くないので副官はコレ以上言う気は無かった。

 

 

「ン?若ぁ、ロングレンジレーダーに反応あり、大型艦が接近してきますぜ?」

 

 

その時、ブリッジのレーダー班の男がそう声を発した瞬間、突然激震がバウンゼィを襲った。ドガン!という音が艦内に響き渡り、地震の様に揺れた為、立っている人間は悉く床に叩きつけられた。ダメージを受けたという警告音が鳴り響き、非常システムが作動し自動で艦内の隔壁が降ろされていった。

 

 

「いつつ、どうした!?何があった!」

 

「攻撃を受けやした。射撃諸元はさっきの大型艦、損傷個所にはダメコン班が向かってやす」

 

 

いきなりの攻撃を受けたが、クルー達は動じることなくもくもくと仕事をこなして行く。基本的に戦いづめで有った彼らにとって、この程度の事態はよくある事だった。その為いきなりの攻撃であっても取り乱すことなく冷静に対処する事が出来たのであった。

ある意味普段から敵と見れば突っ込んでいく猪武者な艦長のお陰であると言えるだろう。

 

 

「艦影確認、通種管理局のデータベースに存在しない新造艦と思われます!」

 

「光学映像は?―――パネルチェンジ!」

 

 

副官の指示でブリッジの大型パネルにいきなり攻撃を加えて来たフネが映し出される。どうやら艦隊らしく、旗艦と思わしき艦以外は同じフネで構成されているらしい。

 

旗艦の半分の大きさしか無い艦艇はブリッジが表面上見受けられないうえ兵装も見た感じ小型砲が2門だけしかないため貧弱に見えた。だがUの字を縦にした様な形の船体中央には船体の4分の一程の大きさもある装置がつけられ、モノコックに近い船体構造はそのフネの耐久性がかなり高いことを表していた。

 

そしてその旗艦は正面から見るとUFOの様に全長と全幅の幅がほぼ同じという形をしていた。色はワインレッド系で統一され、船底両舷に取り付けられた細長い鋏に見える構造体がある所為か、イメージ的にカニを彷彿とさせるフネであった。

 

 

「あんだぁ?あのタランチュラ星系産のカニみてぇなヤツは?」

 

「若ぁ、向うからなんか通信来てるんスが?」

 

「繋げ、こんなことしたヤツのつらぁ見てみてぇ」

 

 

ギリアスの指示により、先程から敵艦を映していたパネルの隣にあるサブパネルに通信映像が映し出された。そこに映し出されたのは艶やかな薄い紅色の長髪を紫のバレッタでまとめ、その先を薄緑のリボンで可愛らしく整えた髪型をし、紫色のスカーフとそれと同色のマントをはおり、首飾りを付け、薄くファンデーションとルージュを付けた――――

 

 

『んっふっふ。見つけたわよぉ、ギリアスちゃん』

 

「あ!このオカマやろう!?また性懲りも無く!!」

 

 

―――オカマであった。

 

 

『この間はよくも私の美しい顔に傷をくれたわねぇ?そのお返しに微塵も残さず粒子に返してあげるわぁ!』

 

「じゃかましぃぃ!!テメェがいきなり襲って来たんだろうが!!大体オメェの顔に傷なんてついてねぇじゃねぇか!!」

 

『あら、あんなものリジェネレーションポッドで直したわよ。私の美しさを損なう傷なんて一分一秒でも付けて痛くないモノ』

 

「男の癖になんてナンパな野郎だ。このオカマやろう」

 

『オカマじゃないわ!オライアよ!――でもあんた随分と傷だらけネ。何?ポッドに行くお金も無いの?』

 

 

そう、このオカマことオライアはギリアスに怪我を負わせた張本人であった。ギリアスがフネの修理と改装の為カシュケントにバウンゼィを預けた後、ゾフィに来た時に問答無用で襲われたのである。尚、襲ったと言ってもスークリフブレードで斬り掛けられたと言う意味であり、決してアッ―な意味では無い。

 

 

『ま、私にはどうでもいいことだけどねぇ。アンタ追いかけてくるのも大変だったし、高いお金かけて手似れたブラックパスは無くすし・・・ねぇとっとと死んでくれない?』

 

「さっきから黙ってきいてりゃごちゃごちゃと――やれるもんならやってみな!変態め!!」

 

『むきぃぃぃ!!だから野蛮なのよあんたは!』

 

 

何故オライアはギリアスを付け狙うのか、その事は周りの人間はよくは知らない。その理由を知るのはギリアス達とギリアスについてきた副官ダケである。ともあれ、この両者が何やら因縁を持つ間柄と言う事は理解出来た。

 

そんなこんなでギリアスはオライアを言いあいをしていたが、背後の副官にオライアに見えない様にサインを送った。それを理解した副官は生来の影の薄さを用いてカメラの範囲から外れると密かに各部署に戦闘配置を完了させるように指示を出す。

ギリアスのこう言った戦闘に関する能力は本当にずば抜けており、だからこそこれまで付いてきたというのもあるのだ。

 

そして罵詈雑言の言いあいをしている間に、バウンゼィの戦闘準備は完了し、先程いきなり受けた攻撃も応急処置が終わった。しかし、何で言いあいの最中に向うは攻撃して来ないのだろうかと副官は疑問に思ったが、実際の所向うのフネはオライア以外は人の居ない無人艦であり、オライアが指示を出さないと攻撃出来ないという欠点があったのだ。

 

つまるところ、オカマは一人ぼっちなのである。一瞬ギリアスに突っかかるのは寂しさの裏返しかという考えが浮かび、胃痛と吐き気が強くなったので副官は慌てて考えを打ちけした。流石にその考えは即死性が高すぎると体が拒絶したからでもあった。

 

兎に角準備が完了した事をオライアに見つからない位置からギリアスにサインを送り知らせる。ギリアスは準備が出来たことを知ると、ニヤァと口角を歪ませた。

 

 

「行くぞオカマやろう。フネの機能は万全か?」

 

 

『はん、そうやって強気でいられるのも今の内・・・いいわ、遊んであげる!』

 

 

こうして戦いの火ぶたは切って落とされたのであった。

 

 

***

 

 

そして、数時間後――

バチバチと火花が散るブリッジでギリアスは意識を取り戻した。身体が重たく感じられる。どうやら敵の攻撃を受けた際のフィードバックで身体をしこたま打ちつけたようだ。まだ怪我が治っていない本調子じゃない彼の肉体には辛いことだろう。

 

 

―――オライアとの戦いは熾烈を極めた。

フネの性能に関して言うならば、純粋な戦闘力はギリアスの方が上であった。砲戦においてなら例え同型のフネが3隻来ようとも勝利出来るほど、彼のフネは戦闘に・・・こと砲雷撃戦においてはかなりの強さを持っていた。

 

だが、今回は相手の方が1枚どころか3枚もうわ手と言っても良かった。

まず、敵のフネであるオーラゼオンはバウンゼィの居る方面に向けて、船底両舷に装備されたカニのはさみの様な構造体から大型ミサイルをマスドライバーで加速し連続射出した。マスドライバーで加速されたミサイルは通常のミサイルと違い段違いの速度でバウンゼィのすぐ近くにまで飛来する。

 

だが、当然光学兵器のそれと比べれば非常に遅い為、ギリアスは搭載された艦砲でミサイルの迎撃を命じた。だがミサイルはバウンゼィの精密砲撃の射程ギリギリのところで突如弾頭を分離して更に加速した為、砲撃のタイミングがずれてしまい撃ち落とすことが出来なかった。

 

発射されたミサイルは多弾頭弾であった事に気がついたバウンゼィは対空用パルスレーザー砲を展開しミサイルを迎撃しようとした。だが更に予想外な事態が発生する。バウンゼィに向けて飛来していた弾頭がいきなり爆発したのである。正確には“何か”を周辺宙域に向けてばら撒きながら自壊してしまったのだ。光学映像でばら撒かれた何かを確認した彼らは驚愕した。

 

オーラゼオンが射出したミサイルは対艦大型ミサイルでも、多弾頭ミサイルでも無かった。あれは大型機動機雷設置キャリアーであったのだ。連続で発射された機雷キャリアーは次々と周辺に機雷をばら撒き、行く手どころか退路すら塞がれてしまい、バウンゼィはコレを迎撃せしめんとするが、機雷のサイズが小さすぎる為に対艦兵装では対処しきれなかった。

 

このままではじわじわとなぶり殺しとなると判断したギリアスは、全火砲を前方の最大射程内を悠々と航行するオーラゼオンを仕留め、コレ以上機雷が増えるという事態だけでも止めようとした。幸い機雷は小型なため、余程機雷の散布密度が高い所に入りこまなければダメージは少ない。今の所対空兵装で近寄らせない様に撃ち落としているが、コレ以上増えたら不味いという判断からの命令であった。

 

 

 

―――だが、やはり彼は運が悪かった。

 

 

バウンゼィに主に装備されていた艦砲は、その殆どが光学兵装であった。広い宇宙空間において光の速度で飛来するビームやレーザー砲は非常に有効な攻撃手段である。APFSの普及に伴い、実弾がまた再び脚光を帯びてきたが、当たりやすさという点に関して言えばレーザー等の信頼性は非常に高いモノであった。

 

当然ある程度はAPFSで減衰されてしまうが、バウンゼィの兵装はマゼラニックストリームにて改修し、更なる威力を誇る新式砲塔へと換装してあったのだ。機動性が高いオライアのフネはどうやら防御力はそれほど高くないという判断を下していた為、ギリアスは全砲発射を命じた。

 

バウンゼィから放たれたビームは相手のT.A.C.マニューバを解析した未来予測位置へと一直線に伸び、オーラゼオンに全弾直撃となる筈だった。だが、放たれたエネルギーブレッドは突如その機動をグググと曲げると、オーラゼオンの寮艦へと命中したのである。

 

信じられない光景に目を疑うギリアス達であったが、攻撃の手を緩める訳にはいかず、連続で砲撃を行った。しかしそのすべてがオーラゼオンの寮艦へと流れ、オーラゼオンには全く命中しなかったのである。その後もなんとか寮艦の一隻を撃破したが、その時にはバウンゼィのコンデンサーにエネルギーは残されていなかった。

 

このオーラゼオンは機動性と高性能火器管制によるミサイル制御能力により火力は高めに設定されているが、その分耐久性が通常のフネよりも低めであった。それを補う為に造られたのが寮艦であるゴブリン級無人艦であった。

 

この無人艦は火力は低いのだが、非常に高い防御性能を持つ艦であり、装甲や耐久性が低いオーラゼオンを護衛する護衛艦の役目を持つフネであった。しかし特出すべきは艦体に備え付けられたとある特殊装置にあった。

 

その装置の名前はビームリフレクターといい、一定宙域内で放出されたビームを自艦に集中させることが出来る装置であった。この装置により光学兵器は全てゴブリン級に集中する為、結果的にオーラゼオンが一切のダメージを負わないという状況を作り出すことが出来た。先程からバウンゼィのビームが捻じ曲げられたのも、全てこのビームリフレクタ―によるモノであった。

 

さらにこのゴブリン級は攻撃力が低い代わりに耐久性が非常に高い為、破壊するのに時間が掛る。その間に旗艦であるオーラゼオンが機動機雷と大砲を用いて敵を落すのだ。ギリアスはこの単純ながらも非常に効果的な戦法にまんまと引っかかってしまったのである。

 

エネルギーも枯渇してエンジンも限界、機動機雷で身動きを封じられたバウンゼィはオーラゼオンが発射した大型レーザーの直撃をくらい、現在に至るという訳であった。

 

 

「イテェなクソが・・・。おい!お前ら!反撃―――」

 

 

ギリアスは自分の上に覆いかぶさっていた物体を払いのけて、指示を出そうとするが、既にブリッジで動く人間は自分だけである事に気がついた。

所々火花が散り轟々と炎まで噴き出している状況であり、殆どのブリッジクルーはコンソールに突っ伏して動いていない。先程まで口を聞いていた人間が一瞬で動かなくなるという事態にギリアスは一応慣れてはいたが、あまり気分のいいモノでは無かった。

 

 

「――わ、若ぁ・・」

 

「あん?副官の野郎か!?オイ何処に居る!?」

 

 

ギリアスは声が聞えた為辺りを見回した。その時に気がつく。

 

自分は先の攻撃で何で余り怪我をしていないのか?

 

そして攻撃された瞬間、誰かに覆いかぶさられた記憶があるのは何故だ?

 

そして――――どうして自分の副官が、血の海に沈んでいるのか?

 

 

「お、おい!テメェしっかりしろ!」

 

「若、無事で、よかったです」

 

「喋んな!今応急処置してやっから!」

 

 

ギリアスはブリッジに備え付けられた緊急用の救急箱を開き、中から応急パックを取り出した。その応急パックに入っていたスプレー缶の様な物を副官の傷口に吹きつける。

 

 

「うッ!!」

 

「がまんしろ!すぐに終わる!」

 

 

スプレーからはムースの様な泡が噴き出し、副官の傷口を覆った。その泡は副官の血液と反応し、人造たんぱくによる膜を形成して傷口を塞ぎ、出血を抑えていく。更にギリアスは応急パックにセットでは言っていた簡易無痛注射器を副官に撃ち込んだ。

これには細胞活性剤、血液増強剤、医療用ナノマシン等が含まれており、失血による死亡を防ぐことが出来る一般的なファーストエイドキッドであった。

 

 

「わ、若ぁ、脱出なさってください。バウンゼィは、もう持ちません」

 

「バカ野郎!お前ら見捨てて逃げられっか!」

 

「はぁはぁ、救援信号も、間に合わず・・か」

 

「おい!救援信号ってどういうことだ!オイ!目ぇ開けろ!寝るな!オイィィィ!!!」

 

 

応急処置をしているギリアスを血が足りない所為か何処か虚ろな目で見ながら、脱出するように促す副官。やがてガクっと力が抜けて、副官は意識を手放してしまった。

オーラゼオンの攻撃を受けた時、ブリッジに被害が及ぶ瞬間、副官はギリアスを庇い全身に爆炎と金属片を浴びたのだ。死ななかったのが奇跡である。

 

ギリアスは副官が気絶してしまったことを確認した後、応急処置を黙々と終えて医務室に連絡を取ろうとした。だが医務室からの応答は無かった。既に船体各所に穴が空き、自動で居住区画の隔壁は閉鎖され、ブリッジ要員以外の五体満足な雇われ船員たちはこのフネを見限り脱出ポッドに乗り込んで離脱を計っていたのである。

 

その為医務室には怪我人とそれを見ている一人の医者以外、誰ひとりとして残ってはいなかった。その医者も大量の怪我人を自分の娘であり看護師である少女と共に治療室で処置するのが手いっぱいで、ギリアスの連絡に気が付いていなかったのである。

 

そしてギリアスが副官の応急処置をしている間オーラゼオンから攻撃が来なかった理由であるが、我先にと逃げだそうとした雇われクルー達の脱出ポッドを撃ち落とすことを頑張っていたからであった。オライアはバウンゼィに所属する人間を逃がす気は毛頭なかったのだ。

 

 

「ド畜生が・・・」

 

 

副官の応急処置を終えたギリアスは艦長席にある統括システムを立ち上げる。この時代のどのフネでも言えることだが、大抵のフネは艦長席にあるコンソールによって一括操作が可能となっている。勿論部署を決めて人員を配置した方が効率が良いし、何より何百メートルもあるフネをたった一人で動かすことなんて不可能だ。

 

ギリアスに出来る事と言えば、フネのT.A.C.M.コントロールをオートに設定し、コンソールと接続した主砲の遠隔操作を行う程度である。敵は自分たちを逃がす気も無く、救難艇も全て撃ち落とす様な下衆野郎があいてである。戦わなければどうにもならない。

 

しかし、既にバウンゼィは限界であった。各所の損傷個所からエア漏れが発生し、インフラトン機関は何時火が落ちてもおかしくは無い。わずかにコンデンサーにエネルギーが蓄えられていたが、これを使い果たせばAPFSもデフレクターも稼働出来なくなってしまう。

 

 

「・・・とりあえず宇宙服くらいつけとくか」

 

 

だが、ギリアスはこんな状況になっても諦めようとはしなかった。彼の気質がそうであるし、何より踏みにじられたままでいるのは性に合わない。彼は自分とブリッジで唯一生き残っていた副官に傷口にはなるべく触れないように宇宙服を着せ、一人黙々と砲撃準備を進めていった。

 

オーラゼオンは相変わらずこのフネから逃げだした乗組員を救難艇ごと粒子に返している。勝手に逃げだした連中なため同情はしなかったが、かと言って目の前で今まで部下であった人間がなぶり殺しに合う姿を見せつけられて良い気分と言う訳では無かった。

 

そして半壊し出力を半減させつつもエネルギーを絞り出したインフラトンエネルギーをほぼすべて主砲の出力へと回す。砲身限界を考えると実質最後の一発であり、これを撃てばもはやフネは動かなくなることは確実であった。

 

 

「くそ、これなら魚雷発射管を無理にでも付けとくんだったぜ」

 

 

改装の時にケチったのが裏目に出たなと考えつつも、手動照準で比較的損傷が少ない主砲をオーラゼ慧遠に向けていく。副砲及び損傷でもはや稼働していない幾つかの対空兵装へのエネルギー供給をカット、代わりにそのエネルギーを比較的無事であった主砲へとバイパスしリミッターを解除したハイバースト状態で発射する準備を進める。

 

主砲を冷却する4機の冷却機が通常を超える出力を出そうとする主砲を冷却する為、異常振動が発生し警告ウィンドウが表示されているが手を止める訳にはいかない。今は救難艇破壊に夢中のオライアだが、どう考えてもその後バウンゼィを攻撃する事は明白。どうせやられるくらいなら最後の一発くらい決めてやるのが男だと考えた彼は痛む身体を引き摺る様にコンソールにへばり付き操作を続行した。

 

既に痛み止めが切れた肉体は先の攻撃の衝撃をもろに受けた影響もあり、凄まじい激痛へと変わっていた。彼の国特有の肉体の強靭さが無ければ気絶していてもおかしくは無い程だった。痛みで歯を食いしばったからか彼の口からは血が溢れて来ている。彼はジッとコンソールを操作していた為気が付いていないが、既に彼の胴の包帯は傷口が開き赤く染まっていた。

 

 

「へっ!救難艇を襲うなんて、やっぱり下衆なヤロウだぜ」

 

 

ピピピピと電子音がコンソールから響き、ゆっくりと照準がオーラゼオンへと向けられ、主砲へのエネルギーが加速度的に増えて主砲の通常のエネルギーゲインを軽く突破する。

そして経った今バウンゼィを脱出した6隻目の救難艇を破壊した瞬間―――

 

 

「落ちろやァァァァアアァ!!!!!!!!!!」

 

 

インフラトンの光に彩られた蒼いエネルギーブレッドが機雷漂う空間を引き裂いてオーラゼオンへと真っ直ぐ突き進んでいった。そしてバウンゼィの主砲は宇宙空間で音も無く溶けて消えた。過剰出力によって完全に砲塔が溶け落ちたのである。救難艇を落そうとした際にゴブリン級が動き、光弾の進む道を阻むモノは無い。主砲を贄にして発射された超大型レーザー砲に匹敵する蒼き極光はオーラゼオンに損傷を与える筈であった。

 

 

「・・・・チッ、もう一隻居たのかよ」

 

 

だが、その目論見は終えた。オーラゼオンにはもう一隻ゴブリン級が付随していたのである。そいつはオーラゼオンの向う側からオーラゼオンと位置を入れ替えるとビームリフレクターを使い、バウンゼィの最後の咆哮と言える蒼き極光を吸収して爆散した。

そしてその宙域には無傷のオーラゼオンと、もはやわずかな対空兵装しか稼働していない満身創痍のバウンゼィが居るのみであった。コレでバウンゼィの全ての攻撃手段は尽きた。

 

 

『――どうギリアス?もう手も足も出ない上、逃がした部下を全員撃ち落とされた気分は?』

 

「・・・ああ、最悪だ。特にテメェの顔を見なきゃならねぇ事がな。通信回線をハッキングするんじゃねぇ」

 

 

唐突にメインパネルにオライアの顔が映し出された。機雷の群をなんとか突破出来た最後の救難艇を破壊したオーラゼオンから強引に通信回線を開かれたのである。バウンゼィのブリッジ内の様子を見て嘲笑が浮かぶオライアだが、ギリアスの方に目を向けて今度は一転してつまらなそうな顔になった。

 

ギリアスはいまだに目から光りを失ってはいなかった。否、失っていなかったというよりかは、獣の様にギラギラとした光を湛え、もしオライアが目の前に居るのなら咽元を食いちぎるという程の気迫である。それこそ、オライアが正直嫌っていた“彼らの国”の血の現れ、戦いの最後までその血が覚めることは無い彼の血族が持つ特徴でもあった。

 

 

『ふふふ、詰らないわねぇ、もっと苦しんで欲しいんだけど―――さぁお遊びはおしまいよギリアス』

 

「はん!最後に見なきゃならん顔がテメェだなんて吐き気がするぜ!」

 

『言ってなさい。そうやってアンタは叫ぶ事しかできない。なんの力も無いタダのガキよ』

 

 

もう勝てる筈も無い、戦う力も無い。それなのに闘志を湛えて終わらないその瞳を見つつ、オーラゼオンの大型レーザー砲にエネルギーが収束していった。

 

 

『さようなら――――バカな弟よ』

 

「ああ、地獄で待ってるぜ」

 

 

そしてバウンゼィに今まで以上の振動が襲い掛かり、艦長席からギリアスは投げ出されると金属で出来た床に思いっきり叩きつけられた。それによって走った激痛を感じる間もなく、ギリアスは意識を手放した。

 

そしてバウンゼィがオライアによって撃たれる直前、彼らのフネのレーダーが急激に揺らいだというその現象に気付くことは無かったのであった。

 

 


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