【旧バージョン】QOLのさらし場所   作:QOL

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ひゃっはー!データ見つけたぜー!


【旧バージョン】何時の間にか無限航路 囚人編1~4

Sideユーリ

 

「大人しく其処に入ってろっ!」

「人は投げるものじゃ――ぐえっ!?」

 

ズサーc⌒っ゚Д゚)っ

 

 あ、ありのままに今起こったことを話すぜ?

『兵隊に何故か捕まったかと思うと、気が付いたら監獄惑星に送られていた』

 なにを言ってるかわからねーと思うが俺もなにされたのかわからなかった。

頭がどうにかなりそうだった。裁判だとかなんてもんはなんにもねぇ。

 もっと恐ろしい官僚組織の片鱗を味わったぜ。

 

 軽くポルナレってみたけど、簡単にいうと牢屋にぶち込まれたってワケだ。しかもご丁寧に重犯罪者用の特殊合金製の檻である。やれやれ、俺としたことが・・・大マゼランは必ずしも味方では無いことをすっかり忘れていた何てな。

 

 バーゼルさんたちの人柄が良すぎて、敵になるかもという思考にならなかったというのもあるし、それ以上にあの時は半壊したフネを立て直すことに精いっぱいだったからなぁ・・・まぁ想定出来た筈の事態だったのに、間抜けにも引っ掛かったんだが。

 

 重力制御室で鍛え、俺は人間をやめるぞー!だとかハァァァッ!とかアタタタタタッ!とかいって常人以上の速度で動きまわれた俺でも、催涙ガスとかをまともに食らわせられて背後から殴られたら気絶もする。鍛えても人間は人間だったんだなぁ。

 

 それにしても、いきなり捕まえられて檻の中かぁ。原作のユーリもこんな感じだったんかねぇ?まぁ現在ヤッハバッハ関連は全部緘口令が轢かれているって証拠だな。クークーとか小マゼラン脱出した人間も捕らえられたのかね?

 

 しかし、デメテールは・・・みんな逃げ切れただろうか?あれだけ苦労したのにいきなり攻撃をされかけて内部で内乱とか起きてないよな?まぁ起きてもユピが鎮圧しちまうだろうけどな。内部機器は全部彼女の味方なのだ。

 

 俺は固いベッドの腰かけると、残ったみんなのことを思う。怖いのは義妹が黒化したり、ユピが暴走しないかどうかだろう。前者はもう結構知られていると思うが、単機で出撃しかねないし、後者に至ってはデメテールごと突っ込んできてしまう。

 

 正直な話し、デメテールが軍隊などに捕まるのは非常に困るのだ。あれはまさしくロストテクノロジーの塊であるし、それが大マゼラン銀河に所属する国家のどれに拿捕されてもパワーバランスを崩しかねないもろ刃の剣となりえる。

 

 ヤッハバッハ進行中ならいざ知らず、ボイドゲートを破壊したことで実質10年近くの封じ込めに結果として成功した今、大マゼランをこれ以上分裂させるのは死亡フラグであろう。第一、あれは俺のフネだ。他の野郎に使わせたくねぇ。

 

 なんだかんだで惚れこんでるからな。愛着もあるしデメテールこそ俺の死に場所と叫ぶ事すら出来る。それくらいに俺の居場所であるあのフネを誰かに奪われると考えただけで身の毛もよだつ程嫌な気分になってしまう。

 

―――まぁあれは賢いから、無駄に暴走はしない・・・と信じたい。

 

***

 

「・・・出ろ」

「釈放でもしてくれるのか?」

「・・・」

「まぁいいか。とりあえずこの薄いスープを飲んで――」

「良いから早く出ろっ」

 

 飯として出された如何にも囚人飯的な、いやむしろワザと薄くしてるだろう的な超減塩スープをちびちびやっていたら檻から出してもらえることになった。なんか警棒を持った監守さんがこっちを見ているぜ。

 

「何スか、飯は監獄だと唯一の楽しみ≪――ジャキ≫・・・いけずー」

「五月蠅いこの重罪人。生かされているだけありがたいと思いやがれ」

「丸腰の俺に銃を突き付ける・・・ハッ!この身体が目的なのね!」

≪ガツン!≫

「ふっざけんな!殴るぞ!」

「既に殴ってるッス~。ああ痛いなぁ。そして俺はこのまま密室に・・・いやぁぁぁ!!」

「ええい!其処から離れろ!俺は女の方が大好きだ!」

「おおう、ほかにも囚人がいる監獄で女性が大好きと叫べるなんてあなたは漢だ!・・・まぁ時と場所を考えた方がいいと思うッスけど」

≪バキン!≫

「殴るぞ――って何で貴様殴っても堪えない!?」

「あはは、鍛え方が違うッス~。というかまた殴った!おやじとお袋・・・はいないから、ロボットとか海賊とか女とかにしか殴られたことないのに!」

「両親いないのあたりでほろりと来た俺の感動を返せ!あと微妙にレパートリーが多いぞ!」

「0Gは伊達じゃない!」

「ああもう、判ったからとにかく来い!」

「いやー!けだものー!」

「だからry」

 

 無限ループってこわいぜよ。さすがにふざけ過ぎてノリの良い監守がメーザーブラスターのモードをパラライザーから殺傷に切り替えようとしたのを見てヤバいと感じた俺はとっとと手錠をはめてもらい檻からでることにした。他人をからかう時は注意しようね。お兄さんとの約束だ。

 

 そんなこんなで護送エアカーに詰め込まれた俺は、どこぞへと搬送された。何故か護送車は外がまったく見えず、何回も右左折を繰り返して移動している。まるでわざわざ遠回りをしているかの様で奇妙なことをしている気がした。第一外が見えないと何かつまらん。しょうがない、監守に話しかけてみよう。

 

「監守さん」

「だまれ喋るな息するな」

「ソイツは難しい注文ッスね・・・ところで、ちょっと良いッスか?」

「・・・なんだ犯罪者」

「袋ってあります?出来れば口を閉じられるヤツ」

「吐くのか!?止めろ!こんな密室で!」

「だめ、でちゃうのぉ」

「き、気色の悪いヤツ!」

「うう、早く着かないと大変なことに・・・で、何処に向かってるんスか?」

「宇宙港だ!貴様はそこから監獄星へ運ばれるんだ!判ったなら上向いて口を閉じてろ!絶対吐くなよ!」

 

 誰が吐くもんかい。こんな密室で吐いたら臭いで二次災害(貰いゲロ)が起きるわ。

 でもそうか・・・俺はいきなり監獄惑星に送られてしまうようだ。なるほど、情報を遮断するには隔離してしまうのが手っ取り早い。てっきり俺は形式的な裁判の一つでもあるかと思ったんだが、なるほど情報漏洩を防ぐために其処までしますか。

 

 よっぽど俺という存在を外に出したく無いらしい。まぁ俺は小マゼランで起こったことを知る唯一の一般0Gドックだもんなぁ。0Gドックには宇宙に居る限り法的な処理はそうそうできない。だから上陸する時を狙ってたんだろう。まさか辺境のステーションで其処まで見張られているとは思わなかった俺のミスだな。

 

 痛恨のミスを犯した事に落ち込んでいる内に、護送車は目的地であろう軌道エレベーターの基部に辿りついていた。てっきりそこで卸されてエレベーターに乗せられるのかと思いきや、そのまま護送車は基部の中に入って行ってしまう。そして護送車ごとエレベーターに乗せられて宇宙港へと向かった。

 

 軌道エレベーターのエレベーターは実のところ大きな垂直に上る列車の様なもので、日々宇宙船への輸出品や輸入品を上げ下げしているのでペイロードは下手な宇宙船以上に大きいのだから、車一つくらい朝飯前なんだろうな。んでそのまま護送車は宇宙船に乗せられ、俺は結局ほぼ一度も降りることなく捕縛された形で宇宙に出た。

 

 トイレとかどうすんのとか思ったが、宇宙に出たところで護送車から降ろされ宇宙船の檻の中へどっぽーんされた。ご丁寧に両手に手錠掛かったままでな。監守さんをからかい過ぎちまったらしい。お陰で臭い飯を食べるのにも一苦労だった。手錠の所為で両手が同じ動きしか出来ないので食いにくかったのだ。

 

 んで、そのまま宇宙船内で過ごすこと5日。囚人として閉じ込められている俺にはこのフネが今どこを航行しているのか全く分からない。おまけにこれが一番の問題なんだが、非常にヒマだ。脱走を防ぐためフネの中心部に近い場所にあり、窓一つない独房なので暇をつぶせるものが何にもない。

 

 仕方ないので瞑想やこれまで培った格闘技の型、そして手足が鈍らないように部屋の隅の天井付近に張り付いての筋力トレーニングを行った。偶に様子を見に来た監守が天井に張り付く俺を見て『もうやだこの蜘蛛男』と叫んだのは余談である。毎日やってたらそりゃ呆れるよなー。

 

 そして気が付けば、俺は一人岩牢に繋げられていた。

 

 何てことはない、監獄惑星に到着してそのまま其処に預けられたってだけだ。しかし道中白鯨艦隊から救出の手が一切なかったところを見ると・・・見捨てられちまったかな?彼らも下手に大マゼランに出れば今の俺と同じ境遇を味わう事は目に見えているから裏切りはそうそうないと思ったが・・・はてさて。

 

 裏切られたならそれでもいい。ここから生きて出て、自前の船をまた作り、デメテールを返してもらいに行けばいい、ただそれだけのことだ。この世界に来てから随分と経つが、やられたらやり返すのはいい気分だしな・・・・おろろーん、やっぱり裏切られるなんてやだよー

 

***

 

「何時まで寝てんだ。おきろクソヤロウ」

≪バキン!≫

「イテッなんスかっ?石油戦争かΣ(゚Д゚;≡;゚д゚)」

「呑気なヤツだ・・・ほら腕出せ。手錠を外してやる」

「おお!いい加減かゆくてたまらなry」

「口を開くんじゃねぇ!」

≪ガスン≫

「おぶっ!?」

「仕事だ。とっとと逝って採掘してこい。但し手作業でな。クカカカ」

 

 いきなりそんなこと言われ、お前の荷物だと下着とかハブラシの入った袋だけ投げ渡されて外に放り出された。俺が今までいた房は囚人を入れておく施設の準備が整うまでの仮房だったんだそうな。そして働かざる者は死すべしの考えらしく、強制労働も兼ねて採掘に回された。

 

 なんで手作業なのかというと、重機を使わせると刑にならないし反乱が怖いというのもあるのだが、採掘されるのがジゼルマイト鉱石とよばれる特殊鉱石で機械での採掘が出来ず手作業という非効率な方法でしか採掘が出来ない。そして鉱山掘りは重労働であり手作業ともなると本当に死人が出る。

 

 だからこそ囚人に行わせるのにふさわしいのだろうが、飯くらいはちゃんと用意して貰えるのか不安だった。そんで他の新しく入った囚人たちと肩を並べて炭鉱へと向かわされた。他の囚人に聞くと、つるはしで岩盤を削り、ネコ車で掘り出したジゼルマイト現石をトロッコへと運び、精製所へと送るのが囚人の仕事なのだそうだ。

 

 超重労働と人はいうだろう。パワーショベルもドリルもなんも使えない中で、何時崩落するか判らない鉱山の中に入ってつるはしを振るうとかマジ勘弁、だが悲しいかな。俺はこのジゼルマイト鉱石の採掘の経験があった。小マゼランで金欠が酷かった時クルー総出で一般の鉱山でアルバイトしてたのだ。

 

 まさかその時の経験が今になって役立つことになろうとは思わなかった。何事も経験と言うが鉱山で美しい汗を掻いた経験がここで生きるとは誰が予想できただろうか?いや原作知ってたけどさ。放り込まれた初日で鉱山奥にとか予想外だったぜ。何故なら鉱山の奥は崩落しやすく、また毒ガスなどもあるので非常に危険な場所なのだ。

 

 だが幾度も修羅場を乗り越えた俺は動じない。メーザーの飛び交う白兵戦の中に比べれば、薄暗い鉱山の生易しさと言ったら・・・まぁ面倒臭いのは致し方無し。迎えが来るまで、もしくは自分で脱出するまではここで頑張るしかなさそうだ。せめて炭鉱で働くんだから、飯には少しは期待したいなぁ。

 

 

***

 

Side三人称

 

 さて艦長のユーリと白鯨艦隊のデメテール以外のフネが艦隊要員ごととっ捕まった現状の中で、トスカはデメテールをマゼラニックストリーム方面へ向かわせたように偽装した後、最初に上陸した惑星付近に漂う小惑星帯へと密かに戻って来ていた。追尾してきた艦隊は全て撒いたのでしばらく発見される心配は皆無である。

 

 そして静かに小惑星に偽装されて漂うデメテールの中では、白鯨を動かす首脳陣が会議室で頭を抱えていた。ユーリが逮捕されるという可能性は予想は出ていたが、まさか中立である筈の軌道エレベーターの中で大胆にもフネを拿捕する程の軍事行動を行える規模の戦力を常駐させるというのは予想外であった。

 

 デメテールの乗組員は艦隊要員も含めて総じてレベルは高い。人手不足時代にかなりの負担を強い多分、個人個人の技能は余所の0Gよりもずっと高いのだ。とくに白鯨艦隊発足時から白兵戦を支えてきた保安部の装甲宇宙服部隊は精強であり、下手な軍隊よりも強いと誰もが思っていた。

 

 だが、残念なことに今回は補給を兼ねた上陸であったため、陸戦部隊と呼べる保安部員は乗船しておらず、艦隊ごと拿捕されるという失態を犯してしまう。2年近く宇宙を漂流していたことで少なからず油断と慢心を招いた結果であるとトスカは思っていた。

 

「さて、ユーリの奴が囚われちまったんだが・・・ちょっとコイツを見てほしい」

 

 会議に招集した首脳陣の前で非常時故に臨時的に指揮権を得た艦長代理のトスカが司会進行を行いつつ、空間投影モニターを展開させる。そこには棒グラフが掲示されており、その棒グラフの上には何のグラフかを示す言葉が記載されていた。曰く『艦長のこと、どう思いますか?』である。

 

「コイツを見てもらえると判るんだが、今回のことでユーリが艦長に相応しいかということに疑問を感じる輩が増えたっていうグラフだ」

 

 白鯨艦隊はすでに万人規模の人間を乗せている巨大な街の様なものだ。当然それだけの人間がいれば不平不満がでるし、意見の相違が出るのは仕方がないことだ。これが普通の艦隊なら意見の違いによる命令系統上の遅延を防ぐために退艦を許可するのであるが、今の白鯨ではちょっと無理なのである。

 

 理由はユーリが捕らえられたことと同じ。あの様な事態が発生してしまった以上、今の段階で退艦者を許すわけにもいかなかったのである。仮に退艦を許しても、ユーリの二の舞になってしまうのが容易に想像出来た。それゆえユーリに対して懐疑的な人間を降ろすことも出来ず、現状に至るという訳である。

 

 もっともクルー達が懐疑的になってしまうのも、ある意味仕方がないことであった。今の乗組員の多くは崩壊した惑星ナヴァラから救出した避難民からの公募によって集められた元一般人であり、新天地を求めて故郷から旅だった者たちだ。当初こそ救援してくれたユーリに対しても協力的だったが、時間は人を変える。

 

 小マゼランのヴァナージ宙域における死闘、そしてその後の2年にも及ぶ漂流生活は乗組員たちの心に影を植え付けるのに十分すぎる時間だった。ユーリとて努力はしたが、努力したからと言って全てが報われるのはおとぎ話の中だけ。現実的にはこうしてユーリに対して胡乱な眼を向ける者も出始めていた。

 

「トスカさん、なんで今これを?今必要なのは艦長の救出ですよ?」

 

 ユーリ救出の筈なのに別の問題を立ち上げたトスカに、少しばかりシステム上のストレス・・・すなわちイラ立ちを覚えたユピがトスカにそう言った。正直彼女は出来ることなら追跡してきた軍隊を蹴散らしてでもユーリの元に向かい彼を助け出したかった。

 

だがユーリが捕まる直前に送ってきた通信の中で告げた“逃げろ”のコマンドが今だ生きている状態でありAIの彼女にはまだソレを無視できるほどの自己を形成出来るほどの経験値を積んではいなかったのである。その為に艦長に次いで第二位の命令権を持つトスカの言う事を聞いていたというわけだった。

 

「ユピ、確かにユーリの救出は最優先事項だろう。だけど今のままじゃ近いうち反乱が起きてもおかしくないんだ。指針である艦長を信用できない輩が増えたみたいだからねぇ」

 

 トスカとしてはユーリを見捨てる気などある筈もない。彼は以前計略で監獄惑星に侵入した自分を心配してちゃんと迎えに来るようなことをしてくれた大事な仲間である。そんな彼を見限ることは既にトスカにはできないことだった。だが現実問題としてクルーの反乱の兆候が出始めている。

 

 これを放置するのは危険であると長年宇宙を旅した彼女の勘がそう告げていた。クルーはフネにとっての血であり、時に艦長をその座から引き摺り降ろすことも出来るのだ。力で無理矢理抑え込んでも意味はないため、どうすべきか頭を悩ませる。

 

「なら、放りだしちゃいましょう」

「・・・ユピ、それは短絡的過ぎるよ」

 

 あまりにもあっけなく、反乱するかもしれないクルーの放棄を明言するユピ。そんな彼女にトスカや他の主要クルーたちは苦々しい表情をした。純粋な彼女がもっとも慕っている人間。それがユーリなのだ。そしてユーリが奪われたことはユピの中では非常に悲しく辛い経験、トラウマに近い状態で保管されている。

 

 それ故に普段の思慮深い彼女とは異なり、些か配慮が欠けてしまった思考に至っているのが悲しいと会議室のクルーたちは感じていた。彼らとてデメテールを纏める首脳陣である。そしてユピはデメテールその物であり、その成長を見続けてきた主要クルーたちにとってユピがそのようなことを言う事は何よりも悲しく胸に刺さっていた。

 

「だって今必要なのは艦長です。そんな我が儘をいう人達はいりません」

 

 だがこの一言は言ってはいけないことだった。ユピがこの言葉を吐いた直後、トスカはたちあがるとつかつかと彼女の元へと向かい―――

 

≪バシン!≫

 

 ―――その顔を張り飛ばしていたのだから。

 

「――っ!?」

「アンタね。言って良いことと悪いことがあるよ。ユーリは確かにあたしらに必要さ。だけどね。アイツはそんなこと望んじゃいないんだよ!」

「な、なんで艦長が思うことがアナタに判るんですか!アナタは艦長じゃないのに!」

「ああそうさ。あたしはユーリじゃない。だけどアンタが生まれるよりも前からアイツの横で副官してたんだ。少なくてもユピよりは知っているよ。だけどアイツが望むのはそうじゃないだろう?嫌いだから排除して、嫌いだから放り出してったらクルーが全部居なくなっちまうよ。生温かい話だけどさ。アイツは皆と馬鹿騒ぎするのが好きなんだ。それなのに自分から出ていくならともかく、放り出す?ハッ!ばかも休み休みいいやがれ!」

 

 ものすごい剣幕でここまで言い切ったトスカと、頬を抑えたまま涙目でトスカを睨むユピ。お互いに大事な人が囚われているのだ。意見は平行線をたどるかに見えた。

 

「―――喝ッ!!!!」

「「!?!?」」

 

 だがその時、古参メンバーの一人であり、機関室を統括する御老体のトクガワが立ちあがり、睨みあうトスカとユピに喝を入れた。その迫力と破棄はトクガワが古参の老兵であることを感じさせないほど強く、熱くなっていた二人を鎮めて座らせるほどの力を発揮した。

 

「お二人とも、少しばかり熱くなりすぎですぞ?まるで熱暴走を起しかけた機関部のようじゃ」

「し、しかしだねトクガワ、ユピが言った暴言はいさめないと」

「だからこそ落ち着きなさい。あなたは今、艦長代理なのですぞ?一番落ち着いていなければならない人間がここで騒いでどうするのですか。それとユピや?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 トクガワの言葉がユピに向けられる。先程の喝はAIであるユピですら腰を抜かすほどだったらしく、この腰が抜けるという不可解な現象に困惑しつつ、イスからずり落ちないように必死だった。そんな彼女にトクガワは優しく語りかける。

 

「先程の言葉は、少しばかり考えが足りない言葉でしたな」

「・・・はい」

「このフネは確かにユーリ艦長のフネじゃ。じゃが同時にわしらのフネでもあり家でもある。お前さんは確かにこのフネの統括AIであるしこのフネそのものであると言ってもいい。じゃが、だからと言ってお主が一方的にフネの所有権を主張できるものじゃない」

 

 一応書類上の所持者はユーリである。だが元々遺跡だったフネをここまで修繕し、破壊されても動けるようにしてきたのはユーリだけでは無く白鯨に所属するクルー達でもある。トクガワはデメテールは一人が持つ物では無いとユピにそう諭していた。

 

「このフネを発見したのは艦長じゃ。だがここまで修理したのはユーリ艦長だけではなくわしらでもある。そんなわしらにお前さんは出ていけというのかね?」

「えぅ、えっと・・・いえない、です」

「ならば、先程言った言葉が間違っていることも、理解して貰えたかな?」

「―――はい、先程の言葉は失言でした。申し訳ありませんでした」

 

 ユピはそう言って頭を下げた。その様子に他のクルー達もほっとした表情を見せる。この場はまだ古参メンバーの主要クルーでまとめられていたからいい。だがもしもここでは無い外で同じことを言えば、必ず反乱の火の芽となりえたのだから。

 

「さて、話を中断させてすまなかった。老人の説教はいらんお世話だっただろうが、少しは頭を冷やせただろうか?」

「・・・ああ、ありがとうトクガワ」

「ありがとうございますトクガワさん」

 

 美女二人の礼にふぉっふぉっふぉっと笑いながら、トクガワは何時もの柔和な笑みを浮かべつつ自分の席に深く腰掛けた。こうしてもう一度頭を冷やし仕切り直しとなった会議は滞りなく進み、再び会議の内容はユーリの奪還の話となる。クルー達の不満の有無はともかく、奪還は決定事項と決まったのでユピは少し機嫌が良くなった。

 

 だが問題もあった。あの時艦隊に追われて脱出した為、今現在のユーリの居場所が全く分からない。木を隠すなら森の中とはよく言ったもので、毎日恐ろしいほど人の流入がある空間通商管理局の軌道エレベーターに来る人間の特定はほぼ不可能と言ってもいい。

 

 特に自分たちの置かれた状況では、絶対にユーリのことを隠して護送するのでそうなると余計に特定が困難だろうことは目をつぶってもわかる。見つけ出すには幾多ある監獄惑星をしらみつぶしに探すくらいしかできない。幸い捕まえたということからいきなり殺していたりはしないだろうが、時の情勢によっては変わることもある。

 

―――素早い対応が必要だと言えた。

 

「少数精鋭で情報を探すしかないか」

「しかし現在白鯨に搭載されていた艦艇は全部拿捕されていますよ?副長」

「・・・作るしかないだろう。幸いあたしらは今、材料の真っただ中にいるよ」

「小惑星帯のことですな艦長代理?たしかに小さなフネくらいなら製造も可能ですな」

 

 デメテールが身を隠しているのは小惑星。デメテールの艦内工廠の能力とボールズ達の生産力を考えれば、その気になれば小さなフネくらい幾らでも作れる場所である。

 

「その通りさ。だけどその言い方はよしとくれ、何か背筋がかゆいよ。あと情報収集は・・・そうだな。シュベイン」

「はい、トスカ様」

「情報屋をやっていたお前に探してもらう。出来るか?」

「はい、やらせていただきます。艦長殿はトスカ様に必要でしょうからね」

 

 そして情報を集めるのはシュベインに決定した。彼の情報を集める技能は確かであり、また白兵戦においてもかなりの技量を持つが故の判断であった。こうして情報収集隊の結成が決定し行動を開始することになる。材料はボールズ達を射出し小惑星をインゴットなどに変えてデメテールに持ちかえることで決定したのだった。

 

なお余談であるが懸念されていたような反乱の芽は結果だけを言うとコレ以上育つことはなかった。不平不満はあるが今のところデメテールから放り出されれば、結局ユーリと同じ運命を辿ることをクルーも理解していたし、彼らとて一応は募集の際にちゃんと篩いにかけられて選抜された人材である。

 

デメテールを第二の故郷と定めている彼らが時期尚早にことを荒立てる様なことをする輩など、実はトスカが考えていた程いなかったのである。これも募集の際に有象無象で選ばなかった白鯨の人事課の努力のたまものであると言えた。もっとも反乱の芽は育つことはなかったが、無くなってはいないので注意はいるのであるが・・・。

 

 

―――ともかく、少しずつだがユーリ救出を目指すトスカ達だった。

 

***

 

 

Sideユーリ

 

 ギュインギュインという錆びた金属がこすれあう様な不快な音を立てて落下するエレベーターに詰め込まれた俺は、他の囚人と一緒にジゼルマイト鉱山最奥へと送られていた。

このジゼルマイト鉱石の影響で鉱山の中では高度な電子機器が一切使えないため、旧時代由来の単純なモーター式のボロボロのエレベーターが使用されていた。

 

 

ところで今エレベーターが落下とか述べたが、これはホントにフリーフォール並のすごい速さで下に降りているからである。

あまりの速さにこれ実はワイヤーでも切れてるんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどだ。操作は全て上の階にある制御室でスイッチの強弱により行われているらしい。

 

つまりは手動操作。ある意味俺達の命は上の制御室にいる人間の手にゆだねられていと思うとすこし背筋がゾッとしたが、エレベーターには監督を兼ねた監守が乗りこんでいるので、そいつが制御室の人間とケンカでもしてない限り意図的に落下が止まりませーンという事態にはならないだろう。

 

もっともこのエレベーターは何十年も修理しながら使っているらしく、所々ガタが来ていて壊れているみたいなので、この状況で何かが起こっても意図的だとか無意図だとかはあまり関係なさそうな気もするが。

 

「こんな深いところまで降りるのか・・・」

「このエレベーター大丈夫なのか?」

 

 まわりの囚人も自分と同じことを考えているらしく、時折異常な振動を起すこの昇降機に不安の表情を隠せないようだ。大抵の人間はこの鉱山でなにをするのかはまだよくわかっていないらしい。それがまた怖いのだろう。

俺?俺はもう一度剣件あるし腹もくくってるからそれほど怖がったりはしてねぇよ?

 

 やがて終点に近づいたのか、エレベーターがもうこの世の終わりだーと叫んでいるかのごとく凄まじい音を立てて徐々にスピードを落とし始めた。

しかしフリーフォールばりの落下が急激に減速したため踏ん張っていない囚人の何人かがその場で転んだりしている。何人かギャーとかおかーちゃーんとか叫んでたが、スルーしておこう。

 

 そして凄まじい恐怖を囚人たちに塗りこんだあと、ギギギとこれまた金属がこすれる鈍い音と共に網で出来たエレベーターの戸が開いた。監督が全員に降りろと叫んでいることから、どうやらこの場所が目的地の採掘場らしい。

濁った空気に饐えた臭いに最低限の光源となるランプ・・・ブラック企業で働かされたらこんな感じか?

 

「さて、囚人共。これからお前らがすることを簡単に説明してやる。一回しか言わねぇから耳かっ穿ってよく聞いておけ。説明聞かないで死んでも知らねぇぞ?」

 

 若干やる気のない監督監守がこの鉱山におけるルールを簡単に説明した。

 

――曰く、時計は肌身離さず持つこと。

 

 支給された物に腕時計があるが、酸素計と気圧計とガスや放射能測定などの機能が搭載されているらしい。また常にエレベーターの方を指すコンパス機能もある。これは死なれると後処理が面倒であるための処置であるらしい。

まぁ万一死んだ場合はほりつくした坑道に集めて発破しちゃうらしいが。

 

――曰く、時間はきっちり守れ。

 

エレベーターが動くのは朝と夕の二階のみ、これを逃すと次の日まで坑道の中に閉じ込められる。一応水分補給用の水タンクやトイレ付き簡易休憩室などがあるが、どんな時崩落するか判らないこんな場所で寝泊まりする猛者はそういないだろう。

俺は絶対無理だネ。ノシイカになりたくないし。

 

――曰く、自分の身は自分で守れ

 

 監守は囚人同士のイザコザに基本的に関与しない。大乱闘で被害が及びかけそうなときは制圧するがそれ以外は基本傍観であるそうだ。

また自分の身を守れというのはなにも暴力だけの話ではない。遠回しの言い方なので簡単にさせてもらうが自分のケツの処女は自分で守れとのこと―――怖っ!?

 

 

 

 

 そんなこんなで最低限のルールだけを教えられた新人の囚人の集まり、この場合は新囚人とでも言えばいいだろう。その新囚人たちと共にエレベーターからでてすぐの部屋に通された。そこは簡単に言えば道具小屋であった。

 

 つるはし、スコップ、その他もろもろの如何にも鉱山員キットのようなツール達が所せましと置かれていた。ただどれについても言えるのが、めちゃくちゃ年期が入ってるってことだった。つるはしの幾つかは柄が折れたのを直した形跡もある。

 

「ルールは簡単、ノルマ分の鉱石を集めて来い。そこにおかれた探査機でノルマ分をクリアしたらヤツから今日の仕事は終わり報酬が貰える。またノルマ以上持ってくるとボーナスがでる」

「報酬がでるのか!」

「・・・勘違いしない様に言っておくが、報酬というのはここでの生活費だ」

 

 報酬という監守の言い回しに思わず反応するヤツが出たが、どうも意味合い的には報酬では無いらしい。どちらかというとこの監獄惑星では自分の食い扶持は自分で作れということらしく、生活費という意味はそこから来るのだろう。

 

ここではシャバと同じく飯も食うには金がいるらしい。地獄の沙汰も何とやらで、稼がないことには飯は買えないし食えない。一応死なれると困るから栄養補給の丸薬はタダで支給されるのだが、そんなモンでここで動けるヤツは見たことはないとのこと。

 

 説明聞きながら内心はうへぇ、面倒クセェと辟易する。ここで生きるには自前で稼げってことか。こりゃ下手に怪我したらそれだけでヤバいかもしれないな。

そんなことを考えつつ、ぞろぞろとつるはしやスコップやネコ車を手に取っていく囚人たちと同じく、俺もとりあえず基本である3つの道具を選ぶことにする。

 

 

ツールナンバー1 つるはし

 

 いわずと知れた鉱山といえばコレと言える採掘ツールである。先端を尖らせ左右に長く張り出した頭部をハンドル部分に直結した道具であり、尖らせた先端部分を振り降ろすことでかたい岩盤を砕くことが出来る。

大きさは大中小と揃っており、ここでの使用率の高さを思わせるツールだ。

 

ツールナンバー2 スコップ

 

 つるはしで砕いた岩石を集めたり出来るツールで、掘って良し、叩いて良し、突き刺してぶった切って良しの塹壕における最強武器・・・じゃなくて工具である。

砕いた岩盤からでた鉱石とごみくずであるボタを素手で運ぶことは難しいのでスコップの出番だ。これもまた年季が入っているのが多いので使用率は高いだろう。

 

ツールナンバー3 ネコ車

 

 名前から聞くとときめきを感じるが実際は工事現場でよく見かける一輪車が付いた土砂を運ぶための手押し車のことである。基本的に複雑な機械が使われないこの鉱山で大量の鉱石を運ぶために重宝するツールであろう。

というかコレがないと他のツールも運び辛いし。

 

 

 これら三つは基本的なツールであり、他の囚人もある程度知識があるヤツは皆似たりよったりであった。中にはスコップだけとかつるはしだけの奴もいたが、どうやってここまでジゼルマイト鉱石を持ち運ぶつもりなのだろうか?

両手で持てる数なんてたかが知れているというのに・・・。

 

「ん?こいつは・・・」

 

 他にも工具はないかと探していたら、隅っこの方に大槌、スレッジハンマーが置かれているのが目についた。見たところあまり使われていないらしく埃を被っていたが、使われていない分他の道具に比べると新品みたいだ。

まぁ重たい大槌を坑道の中でぶん回す体力があるヤツはあんまりいないということだろう。

 

 何と無くであるが俺はコイツを持って行くことにした。序でに杭と比較的新しい小型ピックもネコ車に乗せる。上手く使えば硬い岩盤でも壊せると踏んだからだ。

回りの連中が既に奥に向かったのを追って、俺もネコ車を押して最奥へと向かったのだった。

 

 

***

 

 

 奥には来たが、どうやら囚人たちはノルマ達成に必死らしく、少しで遅れた俺が入って出来るスペースはなかった。飯抜きになるかもしれないと聞かされたのだから、ある意味仕方がないのだろう。

元よりここにいるのは囚人、他人より自分の方が大事な人間が殆どなのだ。

 

 仕方ないので同じくあぶれてしまった他の囚人に混ざり掘れそうな場所を探す。

だが良いポイント、といえばいいのか?掘りやすそうな所は大抵先に来た囚人が陣取り、他の者が採掘出来る場所はなかった。

ここが通常鉱山なら他の連中と混ざり採掘作業を行うのだが―――

 

「てめぇ!ここは俺の場所だっ」

「うるせぇ!こっちの方が掘りやすいんだよ!」

「掘りやすいのはてめえのケツだろうが!」

「んだこの○○○ヤロ―が!潰すぞゥオラァ」

「ヒャッハー!新鮮な肉だー!」

「ピッケルふりまわすんじゃねーっ!!」

 

―――とてもではないが混ざれる環境じゃない。むしろ後ろ見せたら殺されそうだ。

 

 場所はないのに無理に入ろうとした奴らが先客とケンカを起している。そして恐ろしいのは監守がそれを止めようとしないことだ。鉱山内でケンカで死亡した場合、殺したヤツが始末をつけることとなっているので止める必要がないのだろう。

怪我をしたくない賢しいヤツや臆病者はこのケンカを遠目から眺めるしかできない。

 

 しかしこうしている間にも時間は過ぎていく、朝と夕しかエレベーターが出ない上、衣食住は金次第というここでは、生きる為には時間を金で買うしかない。

乱闘を起し始めた囚人たちを余所に、俺やほかの賢しい奴らはさらに奥の坑道へと進むことになった。ここじゃ安全に作業なんて出来やしない。

 

 

 

 すこし奥に進むと自然の空洞とぶつかったと思わしき坑道を見つけた。どうやら適当に掘っていたら掘りあてた系らしく、整然と整理された坑道とは違い自然物特有のごつごつとした岩盤がむき出しとなっている。

でもそのお陰であまり囚人が入って来ないらしくほぼ手つかずで残されていた。

 

 たしかにネコ車が通れないほどごつごつしていれば奥まで進む奴はいないだろう。地盤の補強もしていないのだから、もし崩れたら完全に埋まることになる。

だが俺はあえてそちらに入ることを選択した。たぶんだけどこう言うところの方が一杯ある。そんな気がしてならなかったからだ。

 

 回りには他の囚人はいないことを確認した俺は、ネコ車は坑道と自然洞との境目において他のツールを担いだ。ありがたいことにこれまで鍛えた結果、見た目は最初とそれほど変わらないが体力はあったらしく重たいスレッジハンマーですら今の俺には綿の様に軽い。鍛えておいてホント正解だったぜ。

 

 安全第一と書かれたランプ付きの黄色いヘルメットの被り具合を確認し、しっかりと固定されているのを確認した俺は自然の坑道のなかへと足を踏み入れた。本当は迷う危険性があったので誰も入らなかっただけなのだが、ここにきて間もない俺がそんなことを知る筈はない。

 

 無意識に危険地帯の中に突入したことに気が付かないまま、ずんずんと奥へと歩を進めた。自然に出来た坑道らしく通常の坑道では小さな物しかない鍾乳石が途轍もなく大きい。

しかもそれが普通に周囲に散らばっている。俺は地質学とかは知らねぇが、まるで滝がそのまま石になったかのような大きな鍾乳石は結構見ごたえはあった。

 

 だが今はそれに感動を覚える時間はない。時計を見ると既にここに来てから1時間経過している。たしか夕方のその日最後のエレベーターが動くのが後4時間後。

ここまでの移動時間を考えると残り3時間しかない。金を稼がないと飯抜きとなるのでそれだけは勘弁と探索を続ける。

 

 さらに奥に進むとそれなりに大きな広間の様な空間に出た。完全に前人未到らしくここまで繋がっていた道もここで終わっており、あとは掘るしかない。

だがそれなりに広いので大型つるはしとスレッジハンマーが普通に振り回せるのはありがたい。他の場所じゃ囚人がひしめき合っていて下手に振るうと絶対誰かが大けがしてしまう。

 

「よっしゃーーーーっ!やるッスよぉーーーーー!」

 

 大声あげて気合一発。つるはし抱えてどっこいしょー!

 

「とりゃぁぁぁぁぁあああっ!」

 

 飯の為に、記念すべき第一破砕、突貫しまーーーすっ 

つるはしを思いっきり振りかぶり、岩盤へ叩きつける。だがその途端至近距離でミサイルでも炸裂したかのような音が響き、視界が煙で覆われてしまう。

 

「・・・はぁっ?」

 

 思わずそんな声が漏れる。そしてどうやら俺の身体能力は天元突破をしていたらしく、つるはしで岩盤を殴りつけたところ軽くクレーターが出来あがっていた。煙は土煙だったらしい。

というか俺は今どんな筋力してるんだ?ずっと重力が何倍の部屋に閉じこもってただけだぞオイ?と、とりあえずここいらの岩盤は簡単に壊せるのは判った。

 

「おや?(力加減を)間違えたかな?」

 

 おもわずアミバってみたが、それよりも新たなる問題発生。つるはし壊れますた。 あまりにも力強いスイングでハンドル部分がぼっきりとへしおれてしまった。木製だったし古かったってこともあるけど、やっぱり俺の力は結構あるようだ。

しかしつるはしがなぁ・・・不良品持って来ちまったか?

 

 しかたねぇのでもう一つのツールであるスレッジハンマーを用意する。タダのハンマーだがないよりかはマシ。まずは小さなピッケルで穴をあけてそこに杭をセットする。あとは振り下ろすのみ。ね?簡単でしょう?

 

「せーのっ」

 

 今度は軽くやってみた。打ち降ろしたスレッジハンマーはほぼ自重の力のみで杭にあたる。杭はごっすんと良い音を立てて大地にヒビをいれながら食い込んだ。意外と簡単じゃねぇの。

 

「よいしょっ」

 

 あとはこれを繰り返すのみ。ごっすんごっすんと杭を打ち込んでいき、ひび割れが広がったらその中心に最後に大きく一回突貫!今度はスレッジハンマーの着地地点がクレーターとなり、そこから打ちこんだ杭に沿って大きくひび割れが広がっていく。

 

「あ、あはは・・・俺は人間発破ッスか?」

 

 なぜか出来あがったクレーターを横目に砕けた岩石を持ちあげ、つたない鑑定眼を使い目的の鉱石なのかを確かめてみる。ジゼルマイト鉱石自体は依然見たことがあるし、ミユさんに一度ジゼルマイト鉱石の特性について習ったこともあるので見分けるのは簡単だった。

この鉱石は実は暗闇でうっすら光るのだ。あ、飛行石の原石とかそういうのじゃねぇぞ?もっとこう、人魂みたいにぼんやりしてんだ。

 

俺が躊躇なくこの奥に進んだ理由はそれだ。人工の明かりがない自然洞なのに、うっすらとした感じで足元が見えていたのである。思った通りこの自然洞はやはり全体が鉱脈といってもいいのだろう。

ちゃんとした開発計画とかはなく、殆ど無計画にしか掘り進んでないから未発掘だったお陰で今はまだこんなに含有量が豊富である。ぐふふ、儲け儲け。

 

―――囚人生活がバラ色になりそうだと脳天気に考えながら俺は採掘を続けた。

 

 

***

 

 

 掘れば掘るほどガンガン出てくる。場所的には当たりを引いたので満足した俺はここまで来るのにかかった時間である一時間を残して採掘に専念した。

なにせこれだけの量だ。ボーナスもたんまり付くに違いない。ふひひと変な笑みを浮かべつつ、俺はスコップで鉱石を持ちあげ―――

 

「・・・そういやネコ車は?」

 

―――いざ運ぼうと思ったところで、大事なことに気が付いた。

 

 自然洞でボコボコしていたのでネコ車が通せず、ここの入口においてきたことをすっかり忘れていたのである。つまり、ここに出来たジゼルマイト鉱石の山を持って行くには、自然洞の入口にまで手で運ばないといけないのだよ!

 

ΩΩΩ<ナry

 

 なんてこったい、いやホント。調子に乗ってかなりの山を築いてしまった。その量は半端無くネコ車にも乗せきれないほどである。勿論日を分けて何度か往復するのは覚悟していたが、ここから運び出すのにも往復する羽目になろうとは!このユーリが不覚を取ったわ!

 

「あー、いま何時ッスかね?」

 

 慌てるな。慌てたらダメだ。とりあえず残り時間を確認しないと・・・えーと、あの入口に戻ってさらにエレベーターのあるところまで戻る時間を引いて、最後の便が出るまでは・・・あと十数分しかない。これじゃ往復して鉱石を回収するのはムリだ。

 

 仕方がないと俺は溜息を吐いて諦めることにする。幸いここに入ったことは見られていないのだから、回収は後日に行えばいいだろう。とりあえず両手持てるサイズの一番大きな原石を持ってこの場を後にした。

 

 

 

 

 ネコ車のところに戻るのは簡単だった。自然洞とはいえ基本低に一本道であったし、支道も無くはなかったが基本的には匍匐じゃないと入れないような穴しかない。だから迷うことなく坑道まで戻ってきた俺は原石とツールをネコ車に乗せてすぐにその場を後にした。

 

 時間は結構ギリギリ。ほかの全くとれなかったらしい囚人たちを横目に元気にネコ車を押して行く。もちろんそんな目立つことしてればガラの悪いヤツに目をつけられる。案の定眼つきのわるーいお兄さん方が行く手を阻もうと前に出てきたのだが、彼らには特別にこの言葉を送ろう。車は急には止まれない。

 

「ちょっ!とまっ」

「どーん」

 

 俺はノンブレーキで立ちふさがる輩の一人を遠慮なく轢いた。時間が押していたし、一々相手にするのも面倒臭かったのだ。シャバならともかくここは監獄、一々ケンカしてたらみが持たないのよ。良い子は走っているネコ車の前に飛びだしたらダメだぞ?おにーさんとのやくそくだ。

 

「はっはっは、さらばだ明智クーン!」

「ま、まてー!鉱石おいてけー!」

「もってて良かった三角形の妙に尖った石!」

「うわぁぁぁぁっ!!!」

 

 取り巻きが追いかけてこようともした。掘り出した鉱石をよこせと彼らは叫ぶ。鉱石は残念ながら俺の夕飯が掛っているので渡せないが、紳士な俺はわざわざ追いかけてくれる彼らに別の物をプレゼントしてやることにした。採掘した際に偶然出来た尖った石をお土産に落しておいたのである。

 

 え?マキビシ?なんのことですか?別に本当は投げつけようとか思ってた訳じゃないんだからネ。ホントなんだからネ!―――自分で言って吐き気催したわ。

 

 とにかく人の物を盗ろうとする不埒な輩を振り切り、急いで原石を探査機にかけた。結果は大きいけど含有量が微妙でノルマギリギリ。だけどこれで一食分は稼げたことになる。探査機が発行したマネーカードを手に取り、周りが唖然としてみる中、俺はそのままエレベーターに飛び乗った。

 

「ぐっ、間に合わなかった・・・」

「やろー!てめーの顔は覚えたからな!後で覚えてろっ!」

 

 エレベーターが上昇を開始した直後、そんな声が聞こえたが―――用心しておくことにしよう。ありがとう親切な誰かさん。わざわざ襲撃フラグ教えてくれてさ。

この時は採掘の疲れで若干興奮状態であり、何と無く強気なことを考えていたが、後に冷静になって考えてヤバいことに気が付き、怖々と夜に震えて枕を涙で濡らしたのは余談である。

 

***

 

 さて久しぶりに地上に出た時に感じたのは、結局坑道内とあんま変わらねぇ空気ってことだった。要するに淀んだどこか饐えた臭いってヤツ。それに加えて乾燥してて埃っぽい風が吹き荒れてくるので、荒れ地というか岩山の砂漠って感じ。とにかく普通に外で過ごすことは難しいということは判った。

 

 空は空で分厚い積乱雲の真下で雷が鳴っているかの様な光景が広がっている。とはいえ雷のようなあのどでかい音は聞こえず、断続的なゴゴゴゴという地鳴りのような音が響いていた。何故なら空の発光現象は正確には雷ではなくプラズマエネルギーの流れなのだ。常に帯電して流れているのだから雷の様に一瞬じゃないってこと。

 

 この監獄惑星のことを知らない人間がこの惑星のことを監守に質問していて何と無く聞こえていたことによると、この星は惑星全体をプラズマの層に覆われてしまっている惑星らしい。一説ではマゼラニックストリームというガス雲のジェットが発生した時に発生したプラズマをこの惑星が偶然に虜にしてしまったから、らしい。

 

 まぁそんなことはどうでもいい。問題はその話が本当であるならこの監獄惑星ラーラウスにフネが近づける可能性は非常に低いということだ。なぜなら普通のフネならプラズマ層なんて危険なところは通過出来ない。プラズマとは電気ではなく粒子が電離した高エネルギー体の総称なのだ。

 

 普通のフネからしてみればプラズマ層と突破せよというのは、言わばビームの川の中に飛び込めと言われるようなものであり、当然そんなことをしたらよほど特殊な処理でもしていない限りフネが持たない。そんな風な説明も監守から受けた囚人はがっくりと肩を落としていた。

 

 妙に監守が説明に慣れていたのは、この手の質問が沢山来るからであろう。なるほど、確かにプラズマ層という天然の攻性バリアーがあったなら誰もが諦めたくもなるだろう。だが冷静に考えれば実はかなり矛盾点があるのだ。バリアーに守られているならどうやって俺達はここに来た?つまりはそれである。

 

 それにプラズマ層が本当にあったなら、惑星の表面温度は太陽と似たりよったりとなる上、惑星規模のサイズがあればエネルギーが宇宙に放出される割合も大きいのですぐにエネルギーが無くなり、プラズマは消失している筈である。ようするにこんな所で鉱山員まがいのことをすることは本来不可能なのである。

 

「おやじやってるー?」

「あぁん?マスターとよべクソガキ。客でないなら帰れ」

「なんだい。ノリ悪いッスね。まぁいいや、俺今日ここに来た新人ッス。よろしく」

「店こわさねぇならよろしくしてやるよ」

 

 まぁ俺は原作知ってるのでその理由は大体知っているから別に気にしない。そんなことより今は飯だ。脱出するにしても救出されるにしてもヘロヘロに痩せてしまっていては締まらない。今日はかなり運動したから正直腹が減ってしょうがない。何か胃に溜まる物が欲しいぜ。

 

 てな訳で色々考えるのは後まわしにして、囚人用のバーに来ていた。何で監獄惑星なのにバーがあるのかは甚だ疑問だと思うだろうが、鉱山で働かされる囚人をこれ以上虐めたら軽く暴動が起きるからその為の処置なんだろうよ。飴と鞭の使い分けってヤツさね。

 

 ガス抜きできることを一つでもおいとけば、他はなんとかなるもんだ。

 

 

 

――――ガヤガヤ

 

 

 

 さて、無愛想なバーのマスターに飯を注文してカウンターで待つ。先払い方式でマネーカードを渡したらマスターは無言で調理を始めやがった。採掘のノルマを達成した時に貰ったマネーカードには、それなりに入っていたと思っていたが、どうやらここでの一食分の金しか入って無くて全部持ってかれた。

 

 暴利もいいところだとも思ったが、監獄惑星で金さえあれば飯も酒も飲めると来ればこの値段も納得できる。袖の下はずまないと輸入できないもんな。回りにもいた囚人から洩れた話を聞いた感じじゃマスターから食材を買った方が半分以上安くなるとのこと。いいことを聞いた。今度から食材買って手弁当にしよう。

 

 てな訳で監獄惑星最初の夜を堪能していた。このバーは監獄惑星唯一の娯楽施設を兼ねている場所なので結構人が一杯いた。そりゃ監獄惑星には何千という囚人がいるのだし、繁盛するのも仕方ないのだろう。もっとも窓の外に少し視線をやれば、羨ましそうに飯を頬張るこっちをジッと見つめる複数の目。

 

 ノルマを稼ぐことの出来無かった囚人たちだ。ちなみに鉱山にいた他の新囚人の多くがこの視線の中に紛れている。お気の毒だとは思うが、周囲に流されて殆ど採掘が終わった掘りやすい場所で掘っていたお前らが悪い。知り合いでも無ければ顔見知りでも無いので此方に助ける義理は一切ない。

 

 餓死しそうなヤツもいたが、だからどうしたってヤツだ。下手したら次にああなるのは自分であるし、ここで誰か一人でも飯をおごったりしたらカンダタの蜘蛛の糸の話の如く次々と他の目敏い囚人がやって来て何かを要求するだろう。余計なリスクを背負い込むのにはまだ時期早々。いまはまだ潜伏の時。

 

「ほらよ」

「ありゃ?酒は頼んでないスけど?」

「酒も料金の内だ。飲めねぇなら小便でも飲んでな」

「へいへい、ありがたく貰っときますッス」

 

 そうこうしている内に飯は来た・・・序でに酒も。ふははは、流石は大マゼランの監獄惑星、フリーダムだぜ。何せ監守塔は完全に武装化された要塞みたいだったし、採掘の時以外に外で監守を見かけたことはない。監視カメラこそあったがそれに派死角もある。見張るヤツがいないなら自由が跋扈するのも道理だな。

 

つーか檻すらない・・・いや、この星全体が檻なのだから、一々監視はしないんだろう。ホント監獄惑星の癖して中は無法地帯ってのはスゲェなと考えていると、急に回りが騒がしくなる。なんだと思い騒ぎの方を見ると―――

 

「――で?命乞いはするか?」

「ヒィっ!金はちゃんと用意しますから!時間をくださいドドゥンゴさまっ!殴らないで!」

 

―――妙に筋骨隆々な刺青をした大男が囚人をカツアゲしていた。

 

「ドドゥンゴだ。西囚人獄舎のリーダーだ」

「アイツも可哀そうにな。密輸で下手に稼ぐから目を付けられちまったんだ」

 

 周囲の囚人がそう漏らしているのを聞いた。ふへぇ、あんな筋肉だるまがここいらの元締めに幹部してんのか。こりゃあんまり変なことしない方がよさそうだぜ。周囲がざわざわ見ている中、筋肉だるまの恫喝は続いていた。

 

「ほぉ、時間があると金が用意出来るのか。なら殴る必要はねぇな」

「あ、ありがとうござい」

「でも足は出ちまうなぁ」

 

 バキンという棒で地面を殴った様な音が響く。ドドゥンゴというこの筋肉だるま、なんと近くにあった酒入りの樽を蹴っただけで十数mも飛ばしやがった。驚くべき筋力である。数バレルは入るであろう酒樽なのだから、その重さは数百kgはくだらない。例え半分近く飲まれた酒樽でも、100kgはゆうにあるだろう。

 

蹴り飛ばした酒樽を見て酒が泡立つだろうがとマスターが怒鳴ったり、明後日に飛んでいった樽に巻き込まれてボーリングのピンみたく吹き飛ぶ囚人たちがいたが俺は気にしないことにした。

 

「ひ、ひぃ!」

「あと二日、まってやるが、それ以上はわかるよな?」

「は、はいーーー!!!」

 

 一目散で逃げ出す男を尻目にどっかりと椅子に座る筋肉だるま。取り巻きが色々とゴマをすっているので相当な実力があるのだろう。主に腕っ節的な意味で。こりゃしばらくは大人しくノルマ分だけを採掘していた方がよさそうだ。目を付けられたらたまったもんじゃね。

 

 あん?腰ぬけ?ぬかせ。余計なリスクを背負いたく無いだけだってば。べ、べつにあの男の腕を見て、コイツをどう思う?すごく、太いです。とか思っただけなんだからね!腰が引けただけなんだからネ!・・・考えて鬱になった。死のう。

 

「お、おい。なんだいきなり湿気た顔しやがって」

「自分の矮小さに気が付いて自己嫌悪真っ最中ってだけッス。あはは死のう」

「ここで死ぬな。死ぬなら鉱山か外で死ね」

「マスター、こういうときはスッと酒を差し出すもんじゃないんスか?」

「スッと金を差し出したら出してやるよ」

 

 姉さん、ここでの生活は厳しそうです。姉さんって誰やねんという突っ込みはなしで。タダのノリだから。

 

***

 

Side三人称

 

 何時もと同じように自分の部屋で目が覚めた彼女は顔を洗い何時もの服に着替えると、トテトテとおぼつかない足取りで自分の家の周りの掃除をしに外に出た。何時も同じように掃いているいるのでゴミ一つ落ちていない玄関におかれた愛用の箒と散りとりを持ってドアをあけると、早朝の時間帯独特のひんやりとした空気が頬にあたる。

 

 気象群団の気象予定では今月から秋の天気を再現すると言っていたので、彼女はそれほど驚いていない。秋という季節のことを知っていたし、自分がいる家があるフネはトップに立つ人間が四季という季節が好きで、船内の大居住区の気温や日の入り日の出天気を管理する気象群団に日々に変化を付けるよう指示しているのを知っていた。

 

 本当は熱すぎず寒すぎずという天気の方が快適なのに、なんでそんな無駄なことをしているんだろうと疑問に思った時、それをさっしてくれたあの人はわびさびがどうとか言っていた気がするが、わびさびというのがよくわからない彼女は思考を切り変えて家の前を箒で掃いて行った。

 

彼女の小さな身体にあった箒は彼女がここに住み、こういう仕事を始めてからの相棒であり、彼女自身気にいっている。とはいえ普段から掃いていた上、道路サイドは相似ドロイドが掃除してしまうため、今日の彼女の箒はあまり出番がない。精々が気温が下がったことで紅葉を迎えた落ち葉を回収するだけの出番しかない。

 

それになんだか彼女の箒は普段の掃除の時と違いあまり冴えが見られず、彼女もある程度落ち葉を掻き集めたところでそうそうに引き上げる。正直秋空の早朝はとても寒い。人よりも小さな身体の彼女は寒さにあまり強くないらしく。ぷるぷると身体を震わせて家に戻っていった。

 

 寒いからポタージュでも作ろうと自分用に調整された台がおかれたキッチンで食材を探した。ポタージュについては朝だし一から作るのはちょっと大変だったので缶詰を代用する。食パンを“ふた切れ”とりだし、トースターに放り込みつつ、パンが焼き上がるまでにサラダと目玉焼きを“二つ”流れるように準備していった。

 

 もともとがお手伝いさんなのでこれくらいで来て当たり前といった感じに、次々と食卓に並べられる朝食は決して豪華ではないとはいえ、十分に一日の活力を与えてくれるものだった。並べられた二つのスープ皿から温めたポタージュの美味しそうな湯気が上がっているのを見て、彼女は良しと頷き自分の席へと上る。

 

 だが、ここでふと気が付いた。

 

 何時もなら出来あがった頃に起きて来てうまそーと脳天気に言いつつ、朝はコーヒーだぜと言いながらミルクたっぷりのコーヒーを飲むあの人がいない。どうやら何時もの癖で二人分のご飯を作ってしまったようであり、それがどこか言いようもない寂しさを彼女に与えていた。

 

 放っておいても冷めてしまうし片付けようかと皿に手を伸ばそうとするが、その手は途中で止まる。なんだか片付けたらもうあの人のことを忘れてしまうような、そんな根拠のない不安感に襲われたからだ。あり得ないと首を振りつつも再び自分の椅子に座りなおし朝食を睨みつける。

 

 あれだけ美味しそうに見えた朝食も今は何処か色あせて見えた。そして何故か視界もかすんで見え始めた。スンスンというしゃくりあげるのを我慢したような声がキッチンに響いていく。その音は自身が発していることに彼女はすぐ気が付いた。何故だかわからないが胸が締め付けられる。これが寂しいというものなのか。

 

 ぽろぽろと目から流れ出る涙が止められない。服の袖で拭っても拭っても、服に水の滲みを広げるばかりで一向に止まらない。タダの眼球の潤滑油の役割しかない筈の涙が何で溢れ出るのか彼女は理解できなかった。まるで自分が如雨露にでもなってしまったかのように止まらない。

 

そして本当はうっうと声をだして泣いてしまいたいのと何故か堪えてしまう。大声で泣けば楽になるのに彼女はそのことを知らなかった。どうして自分が突然こんな変な気分になり、目から水をだしているのかも良く解らない。だが少なくてもあんの脳天気男が原因であることをうっすらと思い、少し怒りがわいた。

 

すこしすればきっと収まるとおもい、ハンカチを取り出そうとしたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。だれだか知らないが朝時間にこの家いおしかけてくる人間はそれ程いない筈と知り合いリストを脳内に浮かべた彼女だったか、その間に気が付けば玄関が開く、どうやら鍵をかけ忘れてしまったらしい。

 

そして足音が響き、キッチンに顔を見せたのは―――

 

「よぉう、タダ飯が貰えるのはここかい?」

「もう、トスカさんったら。自分で用意するのが億劫なだけでしょう?」

「……う゛?」

 

―――このフネの副長とユピテルの二人だった。

 

 彼女はこの二人とも面識がある。どちらとも彼と知り合いでソレ経由で知っていたし、たびたびこの家にくるのでよく食事やお茶をふるまった事がある。だからだろうか、比較的この二人とはお互いのパーソナリティを侵害しない程度の距離感を知っていたので安心できる存在であった。

 

「まったく、季節なんて結滞な代物を導入しちゃってさ。あさから寒いったらないよ」

「それはトスカさんが普段から肌を見せる服そうだからだと思います……」

「女は自分を魅せてナンボってね。ディもそう思うだろう?」

「……う゛?う~」

「もう、ディアナに変なことを吹き込まないでくださいよ」

「へいへい、とりあえずあったまるものってあるかい?」

「うっ!」

 

 愛称でよばれ話題を振られるがよくわからない。でもとりあえずはこの二人の食事を用意した方がよさそうだ。一食分余計に作る羽目になるが、それでももう一食を無駄にするよりかはいい。そう考えつつまだ鍋に残っているポタージュを温め直して皿によそっていくディアナ。

 

―――彼女が感じていた寂しさは、気が付かない内に消えていた。

 

 

***

 

 

 ユーリが監獄にて囚人生活を満喫もとい営んでいたその頃。

白鯨艦隊はユーリ救出というお題目の元、マッドが暴走して得体のしれないメカを作り上げようとしていた計画を事前に察知したトスカが阻止したりという事件があった以外は特に何か起きることもなく、アステロイドベルトに鎮座していた。マッドの暴走は日常茶飯事なので既に住民は慣れているあたり、白鯨は計り知れないのかもしれない。

 

 それはさておき、ユーリの投獄先を彼らは探していたのだが、いまだにその行方を知ることが出来ずにいた。小集団の調査隊を組み、民間船に偽装したフネで交易地に降り立ちそこから様々な情報を収集し、隕石に偽装したIP通信ブースター内蔵の通信衛星によりリアルタイムの情報を得ていたが、それでも探し出せない。

 

 正確には通常ならある筈の囚人船の出港データ(勿論普通は見れる情報では無い)を情報屋、ハッカー、自力でハックまでして調べたが、ついにデータの中にユーリの名を見つけることは出来なかった。ここまで見つけられないとなると既に情報漏洩を恐れた者たちの手で消されていると考えるかもしれない。

 

 だが、ユーリと共に捕まったヴルゴ等の艦隊隊員たちの収監先は分散こそされていたが、すぐに割り出すことが出来たのである。それ故にユーリがまだ処分されていないとは思えなかった。もっともそちらの方は厳重にガードされた監獄惑星で生半可な艦隊では突破する事は出来ないような場所である。

 

 どう見ても罠である可能性が高い。白鯨が大マゼラン連邦政府の監視の目から離脱したことは大マゼランの上層部に既に伝わっていることである。調べてみればユーリを捕縛し、デメテールに襲い掛かって来たのは、あの近辺を管轄とするエンデミオン大公国であることが判明した。

 

だが、この国は歴史こそ古いが国力は大マゼランのそれを比べると非常に低く、ロンディバルト連邦とよばれる大マゼラン最大勢力の後塵を拝するところまで落ち込んでいる国家だ。そんな国家がまだ大マゼランの艦隊が小マゼランで大きな打撃を受けて敗退に近い形で引き分けた等知る筈もない。

 

となれば、あの時に白鯨を捕縛しようと指示を出したのは表向きはエンデミオン大公国であるが裏ではロンディバルト連邦である可能性が非常に高かった。特にロンディバルトは現在連邦としての屋台骨がぐらついており、余計な混乱をもたらす様な存在を放置しておきたくはない。

 

また撃沈を避ける様に捕縛を優先したのはデメテールに残されたデータが欲しかったのではないかともトスカは予想していた。ヴァナージ宙域での戦闘データはあの時生き残った艦艇にも残されているが、唯一デメテールは陽動を兼ねて敵陣深くを突破している。

 

もしそのことが知られているなら軍隊ならそのデータは咽から手が出ても欲しいだろう。なにせ未知の巨大勢力であるヤッハバッハの艦隊の陣容を間近で観察したようなデータなのだ。遠目から見るのと中から見るのとでは後者の方が圧倒的に得るものが大きい様に、それを欲したとも考えられる。

 

もっとも全ては憶測であり予想想像の域をでていない。

 

 なかなか上がらない成果の前に、トスカはハァと溜息をつきながら報告書のウィンドウを閉じ、別の仕事に取り掛かった。電子的なデータ上には残されていないのなら、監獄惑星をしらみつぶしにするしかないのかと思い、これからの苦労を前に頭を抱えたくなったトスカだった。

 

「ユーリ、あんたは今どこにいるんだい?」

 

 ホント切実に、仕事で押しつぶされそうな艦長代理はブリッジで一人そう呟いた。勧められたが頑として上がらなかった艦長席の方を見て、ああこのブリッジはこれだけ広くてまた寂しいのかと改めて実感する。副官としてユーリと馬鹿を言い会っていたのが何だかとても遠い過去に思えてくるほど。

 

diiiii…diiiii…diiiii…diiiii…

 

「ん?だれだ?―――あたしだ。なにかあったのかい?」

 

 突然の呼び出しアラートにトスカは眉を顰めつつも応答する。通信を送ってきたのはケセイヤだった。かねてより開発していた新型機が完成したという報告である。トスカはそうかと答えつつもケセイヤに一言――

 

「また材料水増しして変なモン作ってないだろうね?」

 

 と聞くと、ケセイヤは――

 

『ななななな、なにをおっしゃってるんですかい副長?』

 

 口は笑い、顔は土気色、おまけにダラダラと汗を流し、視線は明後日の方向を向いて泳ぎまくっている。あからさまな動揺を見せたケセイヤはどう考えてもアウトであろう。

 

「……ほう、今度は何をつくったんだい?」

『べべべ別にそんな大したもんじゃねぇけど』

「大したものかどうかはあたしが決める。それともまた拷問でもされたいのかい」

『ひっひぃ~っ!!もうガチムチはいやだぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 トスカの拷問という一言に身を震わせて取り乱すケセイヤ。尚、誤解の無いように言っておくが、拷問とはパンツレスリングビデオの24時間観賞であり肉体的な拷問では無い。だが確かに男には拷問かもしれない。

類似の拷問には大居住区の大通りで正座させられ夜時間になるまでバケツに張った水面に映る自分の顔を見続けるというのがある。それはさておき古傷をえぐったのかトラウマモードと化して怯えるケセイヤを押しのけてサナダが画面に写った。

 

『フム、ケセイヤがこの調子だ。説明は任せてくれ』

「……アンタも変なモンだまって作って無いだろうね?」

『大丈夫だ。問題無い。ちゃんと申請は出している。通ることは稀だがな』

 

 アンタは申請出してたのかいとマッドの癖に微妙に律義なこの男に少し感心する。もっとも手慰み的なものに関しては申請を行っていないため、彼もまたマッドと同類であることに変わりはなかった。

 

『まぁとりあえず一応の完成を見た機体だ』

 

 そういって別のウィンドウが開き、白鯨の主力であるVFが映し出される。だが映しだされていた機体は今までのVFと少しちがい一回り小さいこの機体は、少しだけ大型になった双発エンジンとコックピット斜め下後方にカナード翼があるなどの特徴が見られ、デザインも全体的にシャープな印象があった。

 

――白鯨艦隊の新作可変戦闘機、VF-11サンダーボルトがこの機体の名前である。

 

 VF-0フェニックスのもつ性能はそのままに、より安定した飛行性能を獲得し、部品もある程度共通させたことで整備性や信頼性も向上したまさしく今のVFの後継機と呼ぶにふさわしいマルチロールファイターであった。突出した性能こそ持たないものの、誰でも動かしやすいというそれは十分武器となると言えた。

 

 トスカは映像に映し出されたVF-11を見て、中々いい機体じゃないかと思う反面、少しばかり疑問というか違和感を感じ取り、VF-0よりも航宙能力が5割増しだと説明しているサナダの方を向いた。

 

「で、VF-11ってことはこれよりも前にあるんじゃないのかい?」

『ギクッ』

「……サナダぁ、あんた」

『い、いや。別になんだか趣味に走った機体が多くてとても普通の人間に扱えそうな代物がなくてとりあえず寄せ集めで良い具合になった機体を発表した訳じゃ』

 

 あわてて釈明するサナダであるが、語るに落ちていた。

 

「大体わかった。まぁ良い機体ではあるし、他は目をつぶっといてやるよ」

『……申し訳ない。ケセイヤの暴走はとめられなかったのだ』

「それはともかく、ほかにな~に造ってたんだい?」

『一応その他はデータしか残っていない。材料が無駄だったからな。だが――』

 

 第三のウィンドウが空間投影される。そこに映されたのはVF-11…ではない。似ているがどこかが違う。機首がとても長く、小さな前翼が4つもある双発複座のこの機体はどうやら可変機構が取り入れられていない機体らしく、代わりに特徴的なのが機体下部の大きなセンサーブレードであった。

 

―――戦闘機というものではない、別の何かと言うべき機体。

 

『こっちはある意味で化け物かもしれない。エルメッツァの対宙戦機ビトンのようなLF系の設計に手を加えて……いやもう設計自体別物となったがなんとか完成した機体だ。開発コードはLF-RX-031、愛称はスーパーシルフ、超高速戦術偵察航宙機だ。VFで獲得した技術を電子戦機としてより高度な装備に換えたことで誕生した妖精だ』

「妖精?どっちかっつたら、アホウドリに見えるけどねぇ」

 

 トスカは画面上に映る機体をそう称した。その言葉に一瞬サナダは眉を顰める。たとえどんなに美しい機体と称されても感受性が異なればそうなるのは世の常。確かに機首が長いので首の長い鳥に見えなくもないのだが、持てる技術をもって丹精込めて作った航宙機にアホウドリというのは流石にいやだった。

 

『……判る奴にしかわからんよ(ボソ)』

「なんか言ったかい?」

『いや……ともかく、コイツは今までの航宙機から一線を画く機体だ。いまの白鯨に搭載されているどの機動兵器よりも機動力・航続距離があり、まだ完成していないがブースターパックを付ければ恒星間の移動も理論上は可能となっている。そして一番の特徴はセンサーブレードからみてもわかる様に電子戦にある』

「ふーん、そんなにすごいのかい?」

 

 白鯨にもすでにVFの電子戦機が存在している。RVFと呼ばれる機体でププロネンなどの一部のエースはその機体のカスタム機を用いている。それ故に今更電子偵察機はいるのかとトスカは疑問に思ったのだ。だがそれもサナダが発した次の言葉で覆されることになる。

 

『これ一機で艦隊規模のレーダー範囲を確保し、リアルタイムでアクティブリンクできると言えば理解してもらえるか?』

 

 艦隊規模のレーダー範囲、それはこの一機で戦場を全て把握できるということにほかならない。宇宙での戦いは途轍もなく広い範囲で行われることを考えると、なるほど確かに目の前の機体は恐ろしいほどの性能を持った化け物と呼べた。

 

「………サナダ、というかマッド共。やり過ぎだ」

『褒め言葉として受け取っておくよ』

 

 マッドに不可能はない、ボールズが集めた素材を元に、今日も元気に開発だ。

 そんな言葉が脳裏をかすめた様な気がしないでもないトスカだった。

 

 

***

 

 

「はぁ、ユーリ」

「どうしたのチェルシー?食料品受け取りの書類書いた?」

「え!?あっ、ごめんなさい!すぐやるわっ!」

 

 大居住区にあるチェルシーの持ち場である食料品街では、最近そこの代表にスポットが決まりつつあるチェルシーとなんだかんだでチェルシーと仲が良いキャロが仕事に精を出していた。彼女たちの受け持つ食料品街は白鯨の中の最大の市場のような場所であり、艦内設備で生産された殆どがこの市場で買うことが出来る。

 

ちなみに今までの艦内ショップもそこに集合して配置されたので完全に食材市場と化していた。最初は食堂のお手伝いさんだったチェルシーも時がたつごとに徐々に立場を確立し、今ではタムラ総料理長と同じくらいの権限を持つ食料品管理の長としてデメテールに君臨している。

 

そしてキャロもまたちゃっかりとチェルシーの手伝いを称してナンバー2の場を獲得していた。元がネージリンス一大商社の跡取り娘であり、彼女の連れ2人により英才教育を施されていたために才能を遺憾なく発揮した結果である。さりげなく結構高い地位に入ったために彼女の連れ2人はこれまでの教育が生きたと涙を流したとか。

 

「……はぁ」

「ねぇ、ここ最近ずっと溜息ばっかじゃない?本当にどうかしたの?」

「ううん、なんでもないのよ」

「何でもなくない!なにかあるなら相談くらい乗ってあげるからそんな不景気な顔しないで!」

 

突然キャロが声を荒げたことに驚いたチェルシーは思わず「キャロ?」と彼女の方を見やる。もっとも内心はああまた一人で悩む癖を出してしまったと罪悪感を感じていた。

 

「べ、べつに友達だからとかじゃなくてね!その……あれよ!職場が暗くなるのは何となく嫌というのかしら?とにかくこのキャロ様が色々と聞いてあげるわ!」

「キャロ……うぇ~ん、ユーリがいないとさみしいよ~」

「ちょっ!抱きつかないでよ、もー!ほらハンカチ」

 

 キャロの不器用ながらも心配してくれる心づかいに感動したのかチェルシーは彼女に抱きついていた。キャロとしては相談に乗ってあげようと思った程度だったが、まさか泣かれるとは思わずたじたじだった。

 

ま、黒化しないだけマシよね、とチェルシーのもう一つの一面を知っている彼女は個性あふれる友人の背を撫でていた。ここだけで済めばいい話だったのかも知れないのだが―――

 

「……あー、キャロ嬢。薬が出来たから届けに来てたのだが?」

「え?ええ!?ミユさん!?」

「大丈夫だ。私は何も見ていない」

「なんですかその何でも許容します的な目は!?ご、誤解ですっ!チェルシーはなれてよっ!」

「ええ?なんで?」

「……ごゆっくりー」

「だから誤解だってばー!!」

 

 たまたまキャロの宇宙線への抵抗薬を持ってきたミユにチェルシーに抱きつかれているところを見られ、顔を真っ赤にして叫ぶのだった。

 

***

 

さて、着実とデメテールが戦力を整えつつある中、白鯨から見れば行方不明なユーリは何をしているかというと―――

 

「まてやごらー!」

「逃げんなこのっやろー鉱石よこせぇぇぇ!!」

「今日こそ俺達の仲間に!」

「いいえ!こっちにきてもらいますよー!」

「良いシリしてるじゃないの……や ら な い か ?」

「ヒャッハー!新鮮なにくだー!!」

「ぼくあるばいとぉぉぉ!!」

「鉱石何かしるかー!とにかくケンカケンカー!!」

 

―――待ち伏せからの追いかけっことなっていた。

 

 監獄惑星に来てから早数日。ユーリはそれなりに話題の人間となりつつあった。まずいきなり最初からノルマ分の鉱石を持ってきたということ。囚人でも慣れたヤツはノルマ分を持って来れるが慣れていない人間は石と鉱石の違いが判らないのでノルマを達成することはほぼ無いのにもかかわらず、ユーリはソレをした。

 

 そして毎回ノルマを達成。初見でノルマ達成も十分凄いというのに、連日ノルマを稼いだとなれば話題の一つにもなる。掘削を協力してやる訳ではない鉱山で一人でそこまで出来る人間は非常に少ない。大抵は徒党を組んで協力してやるからこそノルマになりそうな量を確保できるのだ。

 

 当然こんなことをすれば色んな人間から目をつけられる訳で、最初の頃絡んできた鉱石狙いの連中から仲間にして採掘量upを図る輩から、それなりに整った顔をしているユーリを見てお尻合いになりたい輩、そして騒ぎを聞きつけた戦闘狂までレパートリーは際限ないほど増えていた。

 

 そしてそう言った騒ぎをいさめる筈の監獄職員はというと―――

 

「ふ~ん、輸入ワインが値上がりすんのかぁ。エルルナーヤ35世もっと頑張れよ」

 

―――無視、というか携帯端末でネットしてヒマつぶしをして何もしようとしなかった。

 

 それでいいのか監守とがなりたいユーリであったが、ここは監獄惑星の地下深くにあるジゼルマイト鉱石採掘場。そんなところまで行政の監視がある訳ではないので監守は実にフリーダムという訳だ。人間監視の目がないと何処までも堕落するのはどの世界でも同じである。

 

 そんな訳でシツコイ野郎どもをトレインしながら今日もユーリは坑道奥へと逃げ込み、そしてまたまた採掘してしまった鉱石を引っ提げて戻って来てしまったため、待ち伏せの憂いを味わう羽目となるのであるが、

 

「まてやー!」

「まちなさーい!」

「や ら な い か?」

「ヒャッハー!」

「いい加減しつこいッスー!!我慢したよね!?俺我慢したッスよね!?殴ってもよかですかー!?」

 

 艦隊戦に白兵戦までこなす癖に変なところでビビりを出したのでケンカ出来ない彼は、目立ちたく無かったのにどうしてこうなったー、と叫びつつ坑道の奥へと消えていった。目立ちたくないなら掘らなければいいというのに……安全と飯なら飯を取った男は今日も行列を引っ提げていた。

 

 

「……リーダー、ヤツがそうです。最近荒稼ぎしているユーリとかいうガキですぜ」

「随分と良い動きしやがるな……ヒマつぶしにちょうど良さそうじゃねぇか」

「やっちまいましょうゼ!ドドゥンゴ様!」

 

 そしてまた厄介事に目をつけられるユーリの明日はどっちだ!

 

 

***

 

 

 この監獄惑星に来てからもはや日課になりつつあるジゼルマイト鉱山での労働を終えた俺は酒場へとやって来ていた。中は俺と同じように鉱石を鑑定して貰い稼いだ囚人の男客と給仕役の女囚がひしめき合っていてちょっと暑苦しい。

 

 どうも酒場にいる人間の数からしてジゼルマイト鉱山は一つだけという訳ではないようだ。まぁたった一つの鉱山に監獄の全囚人が集まるはずもない。アレは恐らくお試し鉱山というか、初心者向けというか、篩いにかける為の鉱山なのだろう。

 

 あの鉱山レベルでも働けないのなら、他はムリだから別の仕事探せという感じ。俺みたいな健康体は鉱山行き確定なのだが、実は高齢者や病気持ちとかの場合は他のもっと楽な仕事、例えば酒場の雑用的な仕事があったらしい。

 

「オラァっ!テメェ何処見てんだ!」

「うるせぇ!テメェこそ人の酒飲みやがって。」

「コイツは俺ンダ!」

「右に100だ」

「俺は左の野郎に220賭けるぜ!」

「おらおらー!やっちまえー!」

 

 まぁもっともここではしょっちゅう喧嘩があるから、あまり生きた心地はしないだろうなぁ。酒に酔うと理性失いやすいからマジ怖いし、絡まれたら常に肉体を鍛えている様な囚人に勝てるヤツは少ないだろう……ソイツが合気道でもならってなければな。

 

 とにかくまたもや発生したケンカを尻目に俺は酒場のカウンターへと足を運んでいた。マスターは俺を見るとチッと舌打ちする。いやアンタ客商売だろう?いい加減俺を見て舌打ちするのやめてくれよ。

 

 内心から湧き出る溜息が間違っても表に出ない様に、注意しつつ顔に薄く笑みを張り付けて、髪が薄くなったことを気にしているこのマスターに話しかけた。

 

 

「マスター、いつものをくれますか……ッス」

「ハッ!金は?お前のことだから大丈夫だとは思うが」

「ここは監獄。用心に越したことはない。はいマネーカード……ッス」

「どれ―――ん、たしかにあるな。ほらよ。ご注文の食材だ。あと調味料はサービスだ」

「ン~ふふ。ありがとうございますマスターさん……ッス」

「何時も定期的に購入するのはテメェくらいのもんだからな。これからも頼むぜユーリ」

 

 ラーラウス収容所に来てから随分と経ったように感じられ……るけど、実際はまだ一週間経過して無かったりする。いやはや、マスターさんと早めにうち解けておいて正解だったな。衣食住の内の食をつかさどる人だったから、険悪になってたらヤバかった。

 

 でもこれからも頼むんなら舌打ちするのやめてください、あれ地味に傷付くんだぜ。

 

「――ところでさっきからなんだ?その口調」

「いやぁ、いつまでも“~~ッス”という口調だとここじゃ舐められると最近気付きましてねぇ。頑張って口調を直そうと努力してるんでスよ」

 

 随分長いこと~~ッスというのをやっていたので骨身に滲み付いているらしい。お陰で意識して無いと無意識で~~ッスという語尾が追加されてしまう。いい加減その口調を改めないと、なんだか何時までも下っ端な感じがしていやだ。

 

 どうせ艦内業務はないんだし、収容所に投獄されたとはいえ折角できた暇な時間だ。こうやって少しずつ矯正していくのも悪くはないだろう。

 

「気持ちわりィのな。はやくどっちかにしろよ。しかも胡散臭いぞその顔」

「……暖かい忠言感謝しますよ。ソレでは失礼」

 

 やかましい、自分でも気色悪いのは判ってんだよ。だけどなんか鉱山で埃を吸い過ぎたのか咽が荒れて声色が低くなっちゃってさ。CV朴さんから素敵な低音ヴォイスのCV森川さんになる筈なのに、なんか録音した自分の声がどう聞いても子安さんでした。

 

 どうやら遅れて来た声変わりの時期と重なっていたらしい。変に丁寧な口調にしてみたのはその為だ。CV子安と言えばレザ○ド・ヴァレスやジ○イド・カーティスさんのような人を小馬鹿にする感じでしょう!異論は認める!

 

 まぁ丁寧な言葉遣いは~~ッスっていう口調を直すのに都合が良かったというのもあるんだけどね。でもまかり間違ってCV若本にならなくて良かった。ぶるぁぁぁは魅力的だけど、流石にそれはなんか、ねぇ?

 

 

 

 

 そんな訳で囚人獄舎へと向かった。囚人獄舎は監獄の牢屋みたいな場所と考えてくれればいい。もっとも星自体が収容所な所為でドアの鍵は外側では無く内側についている。獄舎とは言うが実際は寝泊まりする為のスペースなのである。

 

「今日のごはんはおかゆにしますかねぇ」

 

 粥は身体にいいんだぜぇ。決して食材がそれしか買えない訳ではなく、作り置き出来て消化吸収がよく、朝飯夕飯どちらでも食える。味があって無いから適当に具材を放り込むだけでそれなりの飯がつくれるのだー!

 

 ちなみに俺はこの獄舎でそうそうに部屋を手に入れていた。鉱山でちゃんとノルマを達成できるためチンピラっぽいヤツに目を付けられてしまったのだが、そのチンピラの内の一人がかなりしつこく鉱石よこせとちょっかいをかけてきたのだ。

 

最初は笑いながらネコ車で轢いていたのだが、しだいに耐性が付いてしまい轢いても追いかけてくる程の猛者になってしまったのだ。もっともあまりの素行の悪さに一度ブチ切れて拳と椅子で会話したところ意外と良い人だったらしく、俺は出ていくからこの部屋を使ってくれと泣きながら明け渡してくれたのだ。

 

 うんうん、最初は人の物を横から奪おうとする輩かと思ったが、ちゃんと礼儀はわきまえているではないか。アンパンマンレベルに顔が膨らんでいたことは俺は見なかったことにしておこう。ワンパンでそうなるなんて誰が解るかってんだよなー。

 

 

――――・・・・コンコンコンコンコン―――

 

 

 適当に買って来た食材をブチ切りにして粥にした物をかっこもうとした時、部屋がノックされた。いや、ノックって言うか何か硬い物を戸に連続で当てている感じ?何だろうかと戸の方を見ていると音がコンコンからガンガンに変化し、最終的にガチャッと言う音が……ガチャ?

 

「テメェがユーリだな?ドドゥンゴさまがお呼びだ。とっととついて来い」

 

 ゴメンナサイ、プライベートって言葉ご存じでしょうか?というかどうやって入ったと目で追ってみたら、ドアのかぎに突き刺さるドライバーらしき物。なるほど、ここでは鍵はあって無い様なものなのか。これからは貴重品をちゃんと肌身離さず持っておくことにしよう。

 

 そして俺は折角作った粥の皿を持ったままこわいお兄さんたちに連行されていったのだった。うわっは、まじこえ、何コイツら?ヤではじまってザで終わる任侠大好き自由業な方々?囚人服じゃなくてスーツ姿ならマフィアじゃんとか考えていると連れてかれたのは西の囚人獄舎だった。

 

 まぁドドゥンゴというヤツから呼び出されたというのだから、何で西囚人獄舎に連れて来られたのかは判る。多分よく稼ぐから上納金とか言う感じで巻き上げるか調子に乗らない様に絞めてしまおうという感じ何だろう。ほら、新人が付け上がるのはどの社会でも良く起こることじゃない?

 

 序でに見せしめも兼ねてボコボコにしてしまえばリーダ―としての威厳も保てると来たもんだ。お山の大将が考えることなんてどこも同じだよなぁ。でもなんでそんなことが言えるかって?

 

「ほう、テメェがユーリってガキか」

 

 

―――今現在ドドゥンゴと対面してるからだよ!

 

 

 目の前にはここ最近姿が見えなかったというか視界から除外していた肌が浅黒いタンクトップのヒゲ付き筋肉だるまが居ります。照明の関係なのか何か筋肉が光って見えるので俺のSAN値がドンドン低下していく。

 

神さまワタクシ何か悪いことしましたでしょうか?狭い部屋で野郎たちと仲良くいるなんて拷問です。精々が海賊を狩りまくったり、軍の手伝いと称して敵基地にあった物資を補給品にしたり、しっとと書かれたマスクを付けた男たちを撃墜しただけです。

 

 ねぇ?そんなに悪いことしてませんよね?

 

「何黙ってんだテメェ?なんか言ったらどうなんだ?」

「……いやぁすみません。ちょっと考え事をしておりました」

 

 笑みを浮かべる様に心がけながら声を出す。回りにはメンチ切って睨みまくるお兄さんで一杯なのだから、なるべく相手を刺激しないほうがいい。そして逃走経路を確認するのだ。鍵を掛けていないのは入った時に確認済みである。

 

ふむ、この部屋は一般的囚人獄舎の部屋と違いやや大きめ、窓があるが鉄格子付きで後は入ってきたときの扉だけある。そこには二人ほどドドゥンゴ配下の囚人がもんペイの様に立ち、こっちを睨みつけているようだ。視線が痛いぜ。

 

「――でまぁ、んなわけで俺の傘下に入ってもらうぞと、異論はねぇな?」

「……え?」

「お前!リーダーが説明してたのを聞きながしやがったな!」

 

 やば、考えててマジで聞いて無かった。そのことに気が付いた筋肉だるまの配下の一人が俺の襟首を持って締め上げようとしてくる。いや、全然苦しくないんですけどね。形だけでも苦しんでおかないと色々と逆上させそうだぜ。そして、ああ粥を落してしまった。持ったいねぇなぁ。

 

「うぐっ、すみません。これでもいきなりリーダーの前に出されて緊張しておりました」

「テメェ……」

「おい、止めろ」

「しかしリーダー!」

「緊張してる何ざ可愛いじゃねぇか。それくらいで一々目くじら立ててんじゃねぇよ」

「流石はリーダー、なんて慈悲深い……命拾いしたなお前」

「ええ、本当ですねぇ」

 

 何が慈悲だよなぁ。本当に慈悲深いんだった俺を巻き込むんじゃねぇよ。と心の中で叫ぶがチキンなのでここでは言わない。内心は何時ドスとかナイフとか出されるんじゃないかって凄まじくこわいんだけどね!大分鍛えたから刺されない限りは大丈夫だと思いたい今日この頃である。

 

 まぁそれはさて置き、彼らの要望をもう一度よく聞いたところ、こんなだった。

 

・ドドゥンゴ様は所長と交流がある

・ドドゥンゴ様の配下に加われ

・ドドゥンゴ様に忠誠を誓え

・ドドゥンゴ様の為に働け

・ドドゥンゴ様の為に上納金をもってこい、やり方は任せる

 

 はい、テンプレありがとうございます。

 どうもこうも簡単な話で手下になれっていう話である。なんだかんだで稼げる能力を持ち、日々鉱石を狙う輩や小規模ではあるがドドゥンゴとは違う陣営の勧誘をことごとく退けている俺を配下にすればより強固な支配体制を敷けるという訳だ。

 

 他の星団国家ではありえない非常に野蛮かつ野性的な方法だが、基本的に弱肉強食のこの惑星ラーラウスでは非常に有効な手段である。力の強い者が同じく力の強い者を配下に加えるというだけで、その力を誇示する事が可能となるのだから。

 

 つまり、俺は目立ち過ぎたということなのだろう。ああもう、まだフネの場所すら特定してないのに!この星のすべてを見張っている管理棟の地下の何処かにあることは判っていたんだが、まだ来たばっかりなので明確な場所が全然わからんのだ。

 

 いやね?俺だって何時までもこの星にいるつもりはないし、脱出の手段くらい探しますよ?だけど管理棟って実は小さな要塞なみの設備を持ってるらしくて、下手に近づこうとすると、セントリーガンやら色んな倫理的に問題がある兵器で撃たれるんだ。

 

 潜入するには準備がいる。少なくても金はかなり必要だろう。幸いここで貰えた通過は一応銀河圏共通通貨というかマネーデータなので、賄賂やら技能持ち囚人を雇う分には問題は無い筈である。

 

 話が逸れてしまったが、つまり目の前の筋肉だるまは俺に隷属を誓えと迫っている訳だ。そう隷属。確かに俺はビビりだし、相手が格下でもない限り生身で殴り合いをするほどの度胸はないが、これだけは言える。

 

 俺は0Gだ。誇り高き宇宙の航海者だ。宇宙征服でも考えている帝国の帝王ならいざ知らず(あ、シディアス卿は勘弁な)こんなお山の大将で満足している筋肉しか取りえの無さそうな脳みそ筋肉男の配下につく気など一切ない!

 

 それを知ってか知らずか、目の前の筋肉男は実に俺って尊大だろと言わんばかりのことを述べ、おべっかをいう部下の言葉を真に受けて気分を良くしたのかドヤ顔でふんぞり返っていた。所詮はお山の大将、この程度で満足ってワケか。

 

「返答は?」

「―――配下に入ったとして、特典はなにかあるのですか?」

「テメェ口のきき方に気をつけろッ!」

「おや、これはおかしいなことを言いますね。此方はまだリーダーの配下ではありません。一応の礼節は弁えても、それ以上に取り繕う必要は此方にはない」

「ヤロォ……舐めてんのかぁぁっ!」

 

 ドゴン、とすぐ近くにあった椅子が吹き飛んでいく。切れた筋肉だるまの手下が蹴り飛ばしたようだ。思ったんだけど、それ備品じゃねぇの?筋肉だるまの。とにかく0Gを名乗っていた以上誇りはあるので配下になることはお断りだった。

 

 こう言うのはキチンと相手の方を向いて自分の意思を伝えなきゃいけない。相手の空気に呑まれるな!伝えないことを伝えないとこのまま恐怖に屈して配下にされてしまうぞ!負けるなユーリ!今こそ立ちあがるのだっ!

 

そして俺はこの件を断る為に口を開こうと立ちあがろうとして―――足元に落していた粥を踏んずけてバランスを崩しいていた。あひょっ!?と奇声を上げた俺は悪くないだろう。バナナの皮ほどではないが急激な重点移動でバランスを崩した俺はバランスを取ろうと両手を広げようと動かした。

 

「俯いてんじゃ―――ガッ!!!」

 

 その途端右手の甲にパカンという音と共に軽い衝撃が走る。そして誰かがドサリと崩れ落ちる音が聞こえた。エッ?と思いバランスをとって前を見れば、壁際に何故か寄りかかるようにして白眼をむいている男が1人。さっき椅子を蹴りあげ俺に怒鳴っていた男だ。何があった?!

 

「……小僧、それがお前の答えか?」

 

 そして筋肉だるまがギラギラとした目で俺を見ている。それは配下が倒されたことにたいする怒り――ではなく、どちらかというと玩具を見つけたクソガキのそれ。そう、ドドゥンゴさんは人を殴ることが大好きな戦闘狂だったんだよ!

 

 どうやらバランスを崩した際に偶々突き出した手が、此方に詰めよって来ていた配下の男の顎のクリーンヒットしてしまったらしい。よ、よかった~気絶だけで済んで……最近岩も素手で壊せることが判明した俺の筋力だと、下手したらスプラッタになってたぞ!?嫌だぞ?!無駄に目が良いから飛び散る脳みそ見えるとか?!

 

「―――……ええ、アナタの配下に加わる気は毛頭ない。何故なら私は0Gドッグだからです」

「……馬鹿な野郎だぜ。出る杭は引っこ抜かれるって知ってっか?」

 

 思わずガクッとなる、なんだその格言?打たれるんじゃなくて抜かれるの?再利用は無くて諦めるの前提?こんな言葉あったか!?誰の言葉だオイッ!

 

「ドドゥンゴ様、それいうなら出る杭は打たれるですよ」

「お、俺の故郷じゃこう言うんだよっ!それよりもテメェら!判ってるな!」

「「「応っ」」」

 

 不味い、思わず力が抜けた所為で逃げる暇を失ってしまった。俺は慌てて壁を背にするために部屋の壁際へと移動する。背中さえ取られなければ一対多で負けることはすくないというケンカ指針を忠実に実行する。

 

「オラァっ!」

 

 そして考えなしが1人突っ込んできた。獲物を持つこともなく素手で大ぶりなパンチを放とうとしていたのを見た途端。そのあまりの隙の多さに思わず胴体ががら空きだと言いつつ軽~く叩いた。途端、相手はグハァっと叫んでひざから崩れ落ちる。大げさな。

 

 残りの二人は瞬殺された仲間を見て驚いていたが、二人掛りなら倒せるとでも思ったのか同時に攻撃を俺に加えようとしてきた。ウチ一人はどこで手に入れたのか、こん棒らしきものを振りかざしているのを見て卑怯だぁぁと叫びたいのを我慢する。

 

 素手で殴りかかってきたヤツの腕を掴んで拘束し、こん棒を持つヤツの方へそいつを向けて、押し出すように蹴った。するとどうだろう。俺は初めて成人男性二人分が素晴らしき直線を描きながら飛んでいくという光景を見た。

 

 そしてそのまま吹き飛ばした二人は壁にどどど~ん。たぶん死んでいない、いやうめき声は聞こえるので一応生きているんだろう。大分手加減したのだから。手加減難しいよ。

 

「ほう、俺の配下でもそれなりに強い連中を瞬殺か。面白ぇな」

「……こっちは全然面白くなんてありませんがね」

「ふん、だがどちらにしろテメェの負けだ。この部屋の外には手下が一杯だ。逃げられはしねぇぞ?」

「………」

「それに―――こんな面白いヤツをそのままで返すかよっ!」

 

 そしてこれまで見ているだけだったドドゥンゴが、血気盛んに此方へと駆けてくるのが見えた。キュッと身を占めて両手を身体の前に構えるスタイル。拳闘のスタイルから放たれるパンチはかなり早い。この世界に来た頃の俺には到底見えない早さだ。

 

「とうっ!」

「ぐっ!受けとめるとはやるなっ!」

 

 だが俺はそれを腕をクロスさせて防いでいた。なるほど、確かにこれだけの力強さと正確で早いパンチ力があれば、只のチンピラ程度なら余裕で勝てて当然だ。だが残念だったな。俺は普通のチンピラとは訳が違うぜ。

 

「フフフ、フワァッハハハハッ!今ので全力でスか!」

「ンな訳ねぇだろうがっ!オラオラオラオラオラ―――ッ!!」

「ふん、無駄無駄無駄無駄無駄無駄――――ッ!!」

 

 伊達に暇な時重力何倍もの部屋で過ごし、保安部員に混じって汗を流し、ケセイヤさん特製の武術訓練マシーンCQCくんと組み手をしていた訳ではない。今の俺にとって閉じられた世界のお山の大将であった筋肉だるまの攻撃など余裕で見切れる!

 

 ドドゥンゴが放つストレート、ジャブ、フックに至るまですべてを防いでかわしていく。重力何倍もの部屋で過ごした身体は息一つ乱すことなく動き続けた。やがて筋肉だるまの動きが鈍くなっているのを感じた俺も攻撃に転じる。

 

「浸透勁(嘘)」

「なぬうっ!?ぐおぁっ!!」

 

 ドドゥンゴの腹に手を当て、押し出した。途端ズドンという人間が出す音じゃない音が聞こえたかと思うとドドゥンゴがたたらを踏んだ。うへぇ、筋肉硬ぇ。手加減はしてたけど絶対吹き飛ぶと思ったのに普通に腹筋に力入れられただけで防いでやがる。

 

 でもダメージは入っているらしく、腹のところを抑えているドドゥンゴ。よし今の内なら逃げられると思い、俺はドドゥンゴを無視してドアを目指して駆けだした。何もここで戦う必要なんてないんだぜー!外にさえ出れば逃げ回ればいいんだもんねー!

 

「――……なっ」

「残念だったな。さっき言っただろう?外に部下がいると」

 

 だが現実は非常であった。ドア開けたはいいが、ぞろぞろと一杯いるのが見えたので慌ててドアを閉めて鍵を掛けていた。正直一瞬だったので何人いたのか判らないが数十人はかたい。もしかしたらもっといたかも知れないがそれだけ多いと流石に不味いと感じた。

 

「くくく、形勢逆転だな。鍵かけたところですぐに入ってくるぞ?」

「っ、複数で取り囲んでボコ殴り。もう少し華麗さはないのか」

「しらねぇ~なぁ。勝てば将軍って言葉があんだよ」

「……勝てば官軍だと思うんですが」

「んで、いい加減諦めろや?俺+武装した連中相手で勝てると思うか?」

 

 スルーかよ。変に間違っている諺の所為で余計にやる気が落ちてきた。ハッ、まさかドドゥンゴはこうやって変な諺を使って相手のやる気をそいで倒してくのか!?だとしたら筋肉だるま、恐ろしい子ッ!

 

 一瞬目が白目になる感じで戦慄を覚えたが、このままじゃ不味い。殆どが素手なら問題無いが、一瞬見た時に来ていた奴らはなんか世紀末な装いに鈍器で武装していた。クッ!このままでは容赦なく武器を持った奴らになぶり殺しにされちまうッ!

 

 

 

―――なんていうとでも思ったのか?

 

 

 

「ふむ、たしかにこのままでは不利ですね」

「だろう?それじゃ大人しく死んどけ」

 

 相当頭に血が上ったのか、ゆでたタコのようにお怒りのドドゥンゴが再び突進してきた。これまでので闘争本能に火をつけてしまったのか攻撃にキレがある。どれもこれも急所狙いで頬を掠った途端ぬるっとした感触を感じた。

 

 うそん、素手で傷を付けるって何処の漫画ですかー。

 

「クッ、よくもこの私に傷をつけてくれましたね。許さん、許さんぞ!じわじわとなぶり殺しにしてくれるわぁッ!」

「面白ぇっ!ぜひやって見やがれ!」

 

 頬が切れたことに驚いて、思わずフリーザ様が降臨しちまったじゃねぇか。ああもう!とにかく一々相手するの面倒クセェんだよ!飯だって食いたいし、この星を脱出する手立てを考えたいのに―――もう面倒臭いし逃げるか。

 

 頑張ったよね?俺かなり我慢したし、手加減して殺しもしなかったんだ。もう、ゴールしても、良いよね?

 

「―――というわけで、折角だから私は落ちているこのこん棒を使うぜ」

「なにぃぃぃっ!なにがという訳だ!ひ、卑怯だぞ!」

「複数人で取り囲んで襲って来たあなたに言われたくないわっ!喰らえ!ゴルディオン・ハンマー!」

「どう見てもハンマーじゃねぇぇぇぇ!!つかゴルディオンってなんだぁぁぁぁ!!」

 

 いやぁ、やっぱ武器持った方が楽だわ。スークリフブレードの方が慣れてたけど、この際棒状ならなんでも良かった俺は、最初に倒したモブが落としたこん棒を拾いドドゥンゴを圧倒する。武器があるとね、精神的安心感が段違いなので落ち着いて手加減が出来た。

 

 とりあえずすぐには起き上がれないくらいにぼこった直後、ドアがぶち破られてドドゥンゴの配下が突入してきた。窓には合金製の鉄格子があるのでそこからは逃げられない。だが、別に逃げ道はこの二つだけとは限らないのだ。第三の逃走経路が無いというのなら……。

 

「はぁぁぁぁっ!吶喊ッ!!」

≪ドッゴーーーーンッ!!!!≫

 

 逃げ道を増やせばいい。俺は手に持った鈍器でさっきの戦いの中セーブしていた力を思いっきり吐き出すかのように全力で壁を殴りつけた。常人離れした筋力は老朽化した囚人獄舎の壁何ぞいとも簡単に破壊してくれたため、人が通れるほどの穴を作ることに成功した。

 

 その光景にあっけに取られている筋肉だるまの部下を尻目に――――

 

「さらばです明智く~ん!」

「…ぐっ、追え追えェェェェェ!あの小僧をブチ殺せェェェェ!!!」

「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」×沢山

 

―――その場から離脱して、東囚人獄舎まで逃げ切ったのだった。

 

 東囚人獄舎は筋肉だるまが支配する西囚人獄舎とは違い、ドドゥンゴとは対立関係にある派閥の人間が多くいるので、流石に旗印だったドドゥンゴがいない配下の下っ端どもは西囚人獄舎にまで追い掛けてくることは無かった。

 

 正確には追っかけて来たのだが、それを見た西囚人獄舎の囚人がついにドドゥンゴが此方に攻めてきたという勘違いを発揮し、普段ばらばらな派閥同士が徒党を組んで筋肉だるまの配下達を攻撃したのである。

 

 その所為で今度は東囚人獄舎に残っていたドドゥンゴ配下の下っ端達が全員参戦し、自分以外全員敵と言った感じの乱闘に発展してしまった。流石の事態に管理棟にいた監守が武装してこれを鎮圧するという状態にまで発展。

 

 メーザーブラスターのパラライザーモードで容赦なく気絶させられていく囚人たちを、俺は参戦しなかった他の囚人に混じり眺めていた。乱闘が起きたお陰でさりげなく西囚人獄舎の中に逃げ込めたのである。いやはや、それにしても本当に大変だった。

 

まさか乱闘が鎮圧された直後に管理棟から所長まで出張ってくるとは思わなかったぜ。その所長は何か途轍もない下種って感じの顔してたので、嫌な予感がした俺は、所長が到着した時にすぐさま自分の部屋に戻っていた。案の定、何を考えたのかその所長は観戦していた囚人まで捕縛しろと叫び、その後は阿鼻叫喚の事態に発展してしまった。

 

 

 

後日知った話なんだが、どうやら監守側でも囚人たちの中にいくつも派閥があるのは把握していたらしく、ドドゥンゴの派閥に肩入れし、派閥を一つにまとめることで囚人の反乱がおきることを阻止しようと模索していたようだ。

 

だが今回まさかの派閥同士が乱闘を介したことを聞いた所長はこの際だから派閥の代表人物を全員とっ捕まえて派閥を全て消し去ることにしたらしい。あの時観戦していた囚人まで捕まえたのは、派閥の幹部にあたる連中が高みの見物をしている可能性があったからだそうだ。

 

この事件の所為で、東西の両方の獄舎はしばらくの間とても静かになったのは言うまでもない。もっとも元が犯罪者の集まりである監獄なため、すぐに別の派閥が台頭していくのであるが、一度乱された波紋はすぐに消えることはなく、しばらくは小規模な派閥しか出来ないだろう。

 

かくして、別に意図した訳じゃないんだが、結果的に派閥の現象を起した所長と繋がりのあるドドゥンゴの派閥が大きくなり、より大きな顔をするようになってしまった。お陰で出かける度に因縁をつけられるので常に周りに集中しなければならなくなった。最近眉間にしわが寄って戻らなくなってきたので、泣きそうな俺だった。

 

 

 

 


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