【旧バージョン】QOLのさらし場所   作:QOL

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【旧バージョン】何時の間にか無限航路 囚人編8+9

Side三人称

 

 

「ユピ~、わたし死んじゃうよぉ~」

「大丈夫ですよ。艦長はその数倍こなしてましたしね。同じ人間なんですから出来ないわけないですよ」

 

 ここは白鯨が停泊している小惑星基地に造られた執務室。一つの都市を内蔵している白鯨は日々生活するだけで行政やら色んな仕事が舞い込み必然とトップの仕事が増えるのでトスカはユピと共にその処理にあたっていた。

 

「判ってないなぁ…個人差ってのがあるじゃないさ」

「個人差は気合と努力で埋めることも可能というレポートがありますけど読みます?ちなみに作者はサナダさんですけど」

「……いい、仕事するよぉ」

 

 トスカが処理しているのは本来ユーリがやるべき仕事が主である。暫定的とはいえ現在白鯨の最高責任者の任にあたっているので、ユーリがこれまでしていた仕事が彼女にも回ってくるようになっていた。

 

 だが、さりげなく人類超えていたあのお馬鹿(ユーリ)がとくに自覚もせずに処理していた仕事量は、常人の行うそれを遥かに超えていたりする。その所為で優秀ではあるが人類の範疇に収まっているトスカがユピを手伝わせても苦労しているという訳だ。

 

「はい!筆跡を真似て描いて、こぴーあんどぺーすと」

「もう!それらはあんまり重要じゃないからいいですけど、他の重要な方はちゃんと読んでからにしてください!」

「硬いねぇ。楽できるところは楽をしようじゃないか」

 

 もっとも苦労していると言っている割に、ワイン片手にやっているのだが…。

 

「あのう…そのワイン何処から持って来たんですか?」

「ん?拿捕した輸送品の保管庫から拝借~♪」

「はぁ~……勝手にですか?」

「失礼な。ちゃんと書類上はちゃんとしてあるよ。ホレ」

「どれどれ……ブッ!馬鹿ですか貴女!馬っ鹿じゃないですかっ!またはアホですかっ!一体宇宙のどこにコンテナ一つ分のワインを懐に入れる女がいるんですか!」

「いいじゃないか、コンテナ数十個あるんだし一つくらい」

「………」

「あ、あら~ユピさん?なんで青筋浮かべて――ちょっ!関節技はダメだってばっ!」

「一度痛い目を見て反省しなさぁぁぁい!!!」

「いひぃぃぃぃぃ!!!」

 

 ユピは成長する。色んな意味で。

 

………………

……………………

…………………………

 

 ユピお仕置き後、しばらくしてから執務室に来訪者があった。

 

「………なぁユピ。艦長代理どのは何で腰を押さえて蹲ってんだ?」

「気にしないでください。それよりも今日は何か用事ですかケセイヤさん?」

 

 我らがマッドサイエンティストこと、整備班のトップであるケセイヤである。トスカから頼まれていた仕事を終わらせ、彼女へと直接報告をしに来たのだが…ちょっと具合が悪い時に来てしまったようだった。

 

「いやまぁ、頼まれていた戦列艦への改良設計が終わったからその報告兼――」

「兼?」

「艦長代理が仕事したらタダでワインをくれr「まてまってケセイヤいまは」」

「ほう?あとで詳しくお願いしますね?あとワインはボッシュートです」

「……神は死んだ!」

 

 両手を天に掲げて叫ぶトスカであるが、ユピはそんなこと無視して主計課へと連絡を入れて、酒豪でもあるトスカが密かにちょろまかした強奪ワインを没収するように指示を出した。それにより膝をついてさらに落ち込むトスカだったが、やはり無視される。

 

 仕事のし過ぎで疲れてんだなぁとトスカの奇行を見ながらそう思うケセイヤは、とばっちりが来ない内に報告を済ませることにした。

 

「―――んで頼まれていたヤツなんだがよ」

 

 マイクロチップを出してデスクのプロジェクターに挿入すると、ホログラム画面が投影され、そこに艦船の設計図が映し出された。それを何時の間にか椅子に腰かけていたトスカが設計図をジッと眺める。流石にトスカも仕事の時は真面目になるらしく、今は大人しく仕事に集中していた。

 

「ファンクス級戦艦、リークフレアとシャンクヤード級巡洋艦……また随分とポピュラーなヤツばっかりだねぇ」

 

 ファンクス級、リークフレア級、シャンクヤード級、共に全翼機のように横幅と全長がほぼ同じで、胴体部側面から張り出した翼面部に取り付ける様にエンジンブロックを取り付けたことでペイロードと速度を重視した設計が施された艦船である。

 

 エンデミオン大公国や一部の大マゼラン宙域にいる海賊は、強奪品を大量に持てて、航続距離が長く(寄港地が少なくて済む、危険減)、それでいて足が速いので獲物を逃がさず警備艇からは逃げやすいこれらの艦を使う輩が多い。

 

 0Gドックの一部もこの足の速さとペイロードの大きさを用いて輸送艦として自由貿易に励む者も多く、そう言った0Gドックが多く集う、大マゼラン・ロンディバルト連邦領宙内に浮かぶゼオスベルト宙域では、シャンクヤード級のCMを見ない日はないと言われるほどである。

 

このゼオスベルト宙域にあるギルドの総称を纏めてゼオスベルトユニオンというのだが、ユニオンの人間かどうかはCMソングのシャンクヤードの唄を歌えるかで判ると言われるほどで、同じ設計が施されたファンクス、リークフレアも同じく、同宙域ではベストセラーの艦船達なのである。

 

 だが特筆すべき点は速度とペイロードの二つしか無く、それ以外は武装も防御力も通常艦船と殆ど変らない平凡な性能であり、正直ロンディバルド連邦軍正式採用艦であるネビュラス級戦艦などを使っていた白鯨では少し性能が足りないなと言ったところ。

 

 もっともそのネビュラス級自体が本来の設計は基幹フレームしか残っておらず、それ以外は設計データ破損による穴開きを埋める為に、その時の使える技術をブチ込んだカスタム艦なので本来のネビュラス級とは性能が異なることを示しておこう。

 

「ここらじゃこういう艦船が一般的だからな。木を隠すなら森の中っていうだろう?」

「なるほど………それで?」

「ん?なにか?」

「アンタの事だ。どうせ普通の設計何ぞしてないんだろう?」

「……………くくく、よくぞ聞いてくれましたっ!!!!」

 

 デスクに片手を置いていたトスカはじとーっという視線を送るが、ケセイヤはそんなことお構いなしである。というかコイツに自重を求めるのは太陽の核融合をやめさせるくらいに無茶である。

 

「例の如く!設計俺!計算修正サナダ!材質はミユ!その他はライが担当!」

「あ~あ、はいはい…(アンタらがそろうとなんでも出来るねぇ)」

 

 さて図面上で施された改造はステルスシステムの搭載、ボールズ常備、兵装の変更、エンジン増量、装甲材の変更など多岐にわたる。ちなみにどの艦の図面もコスト度外視設計なのはマッド達の御約束であろう。

 

 ステルスシステムは何度もバトルプルーフを繰り返してきた白鯨のステータスと呼べる装置と化し、コストも最初期に比べれば下がっているので搭載は必須である。というかむしろこれが搭載されていないと白鯨艦隊としての艦隊行動がとれない。

 

 ボールズについては既存の修理ドロイドよりも優秀であるのに大きさはバスケットボールくらいなので場所を取らず、また個体数が何らかの理由で減っても周辺の物資を使って自己補充可能な上、既に一万体ちかくいるのでコストは安い。

 

 兵装についてはファンクスもリークフレアもシャンクヤードも高速艦なため、対艦装備が基本前方にしか向いておらず、中型砲2門とかそう言ったレベルである。流石にこれじゃキツイのでガトリングレーザーやリフレクションレーザーを追加していた。オーバーテクノロジーのホールドキャノンは搭載していないが十分な火力である。

 

 エンジンの増量はそのまんま同型エンジンを直列繋ぎで出力3割増し、装甲材の変更が一番コストが掛ったが、重要な部分以外はそのままという形をとったので思っていたよりもコストは上がらずに既製品のフネと比べるとコストは10%増加で済んでいる。改造した内訳とアップした性能を考えれば大分抑えられていると言ってもいいだろう。

 

「んで半自律型迎撃端末とかを搭載した試作戦闘艦の設計図」

 

 次にケセイヤが見せた設計図にはゴテゴテとうろこのような物体が付いたリークフレア級が描かれていた。うろこのような物は無人戦闘機ゴーストの小型版である。簡単に言えば戦闘艦がファンネル搭載という鬼畜仕様である。

 

「あー、そいつは却下な。多分コスト馬鹿ヤバいだろう?それとユディーンみたいな能力の持ち主がいないと使えないシステムはちょっとね」

 

 当然トスカは却下した。小型攻撃端末が付いているのはいいが、特殊すぎて流石に艦隊運用で組みこめないと踏んだからである。

 

「じゃあこっちの誘導帰還式運動エネルギー弾装備搭載艦わ?」

 

 こっちはシャンクヤード級の翼部両端に大きな球体がくっ付いていた。ご丁寧にその球体には鎖が付いているらしく、高速艦の速度を利用して打ち出し対象を撃滅するものらしい。

 

「戦艦に鎖付きハンマー付けてどうすんだい?」

「それもダメ?なら艦首特重粒子収束砲を装備とかは?」

 

 ファンクスの胴体に円筒でもブチ刺したようなデザイン。艦首部分に突き出した円筒の先には大きくぽっかりと大穴があいている。特重粒子収束砲を取りつけた砲艦スタイルで+α戦艦としての機能が損なわれていないというキワモノ設計図だった。

 

「前にしか撃てないじゃないか。それだけならまだしもチャージに時間掛かり過ぎ」

 

 これも却下した上にダメ出しだ。浪漫というのは女性には判りにくいのかもしれない。というかロマンのベクトルが違うのだ。男の浪漫=女性のロマンという訳にはいかない。

 

「それじゃあ、特攻用特殊突撃螺旋衝角――」

「ただのドリルじゃないか。あと一々言い回しが言いにくいから普通にしてくれ」

「そんなのロマンがない!ちくしょー!ユーリ艦長はやくもどってきてくれー!」

 

 とはいえ、自重させないとこのようにロマンに走る。どうしてロマンを理解してくれないんだー!と叫ぶケセイヤにトスカはもう慣れたよという眼を向け、ユピは浪漫サイコーと叫ぶ製造者に少し呆れた眼を向けていた。

 

「ロマンがあるの大いに結構。だけどそれは趣味だけにしておくれ」

「いわれなくてもっ!期待していてくれっ!―――たしかライブラリーに異星のフネが……ブルーノアだったかな?」

 

 ケセイヤはちょっと不吉なことを口ずさみながら良い笑顔で執務室から退室していく。こと自分の興味のある研究に対しての情熱が尽きることがない彼は、それ以外は比較的普通なのにその情熱の所為で損している気がしてならない。

 

「―――仕事しようかユピ」

「ですね……あ、そうそうシュベインさんの報告で、やっぱり艦長はゼオスベルト宙域にいる可能性が高いそうです」

「ゼオスベルトねぇ…たしかゼオスベルトユニオンがあったね」

「ユニオン?」

「ギルド連盟の事を総称してそう呼んでいるだけさ。そういう組織がある訳じゃないよ。しかしシュベインの奴、ようやく仕事してきてそれかい?」

「まぁまぁ、なんの手がかりもなかったのにここまで突き止めただけでもすごいじゃないですか。それにちょうどいいですよ」

 

 まぁそうだけどねぇ、とトスカはデスクの上に置かれた紙束に目をやる。そこには次の標的となる監獄惑星侵攻作戦計画書があり、その書類に書かれた次の監獄惑星の名前は―――ラーラウスであったのだから。

 

 

***

 

 

―――監獄惑星ラーラウス・所長室―――

 

《―――ズズン》

「ん?いまなんか音がせんかったか?」

「………なんも聞こえないです。空耳じゃないですか?」

「う~ん、わしも歳か?たかだかコスモスコッチの一杯くらいで酔ったか」

「経済的でいいじゃないですか。でもまだいけるでしょう?まま、一杯」

 

 今日も今日とて賄賂で懐を温めたドエムバンとその部下たちは、いつものように賄賂の金で手に入れた高級酒を飲んでいた。警備はシステムが自動でやってくれるし、基本的に彼らの仕事は機械の前に一定時間座っているだけでいい。たかだか1100万人程度しかいないのだから気張らなくてもいいのである。

 

 そんな感じでぐびぐび呑み続ける呑んべぇ共が酔い潰れるのに時間はそれ程掛からない。やがて全員トロンとした目になり、全員がZzzといびきをかきながら、つまみのなれの果てが残るテーブルに突っ伏して眠り始めた。何とも適当な連中である。辺境の監獄惑星何ぞこんなもんだろう。

 

 だから彼らは気にも留めなかった。遠くの方から聞えた筈の振動に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………聞こえちまったかな?」

「…………どうでしょうね?」

「………とりあえず、迂回して先進みましょうや」

「そうですね。急ぎましょう――皆さん、ちゃんと着いて来てください」

「「「「へーい」」」」

 

 監視塔地下数百メートル、迷宮のような坑道が縦横無尽に広がる地下坑道の一角に、大人や子供を含め数十名に及ぶ集団がいた。全員が何かしらの袋を携え、まるで夜逃げをしようとしているかに見える。その集団の内訳は元0Gの囚人、そして一部のストリートチルドレンたちである。

 

―――その集団を率い、筆頭に立っている男こそ、我らがユーリであった。

 

 そう、監獄惑星から脱出する為に、ついに行動を起したユーリが仲間を連れて地下坑道に入り、管理棟に辿りつく一歩手前まで来ていたのである。先程の大きな音は手入れが万全ではなかった坑道が一部崩れてしまい、再度掘り返そうとしたら余計に崩れて埋まってしまった音であった。

 

 当然、崩したのはこの集団の中で随一の馬鹿力の持ち主であるユーリである。一応ウォルや雇った囚人たちと共に坑道を補強したりしたのだが、広すぎて十分に手が回らず崩落。そして穴を塞いだ岩を粉砕してこの体たらくである。

 

その所為で全員から冷たい視線が来るが“よし、プランBでいこう”と言って視線を逸らしていた。アホである。

 

「ふーむ、どうしたものですか…」

「ユーリ君。たしか、ここは…右の坑道が繋がっておる……ゴホッ、ゴホッ!」

「し、師匠…水を」

「老師はマスクを外さないでください。ここは埃っぽい」

 

 咳き込むルー・スー・ファーを気遣うウォル。地下坑道は基本的に一定の温度が保たれているのだが、地下水脈が近いからなのかいま彼らがいる場所は乾いているが気温がかなり低い場所である。病気を患うルーにとってはかなりキツイ場所であると言えた。

 

 またこんな場所を抜けなければならない為、囚人たちからも不満の目で見られている。その事が災いせねばいいがとユーリは先頭に立って彼らを誘導していた。幸い多少坑道を崩した程度なら他にもルートがある為まだ挽回できる。

 

 伊達に数カ月、網の目のように縦横無尽に走る地下坑道をさまよった訳ではない。ユーリ自身がこの日々変化を迎える迷宮のような坑道の生きた地図のようになっていた。俺艦長なのに何だかベテラン鉱山員な気分だぜと彼が思ったのは余談である。

 

「ユーリさんよ。まだつかねぇのか?というか本当に脱獄できるんだろうな?」

 

 さて、坑道を歩いているとやはりと言うべきか。ついて来ていた囚人の一人がユーリに疑問をぶつけてきた。この事については坑道に降りた際に彼らに説明していたのだが、あまり人の手が入っていない坑道を延々と歩かされた事に彼らは不安か不満を覚えていた。

 

 そしてその矛先は彼らをここまで連れて来たユーリに向けられるのもごく自然の事。彼らの多くはこの星から脱出できるという事に望みを掛けている0Gである。0Gドックは殆どが星の海を航海する船乗りたちであり、こんな陰気くさい地下道にいるのは飯の種の為以外なら御免であると公言できる人間たちだ。

 

 本当に目の前の優男(に見えるが怪力男なユーリ)が言うようにフネがあるのか。そしてそのフネでプラズマ層が渦巻くこの星から脱出できるのか。多くの者たちはその事について疑問に思っていた。

 

特にこの監獄惑星ラーラウスは近隣の恒星から吹き付ける太陽風により形成された鉄壁のプラズマ層に覆われた星。生半可なことでは星に降りることも星から出ることも叶わない文字通り監獄な星である。

 

実際ラーラウスの空は常に灰色の分厚い雲に覆われて、数十年いるという古株の囚人ですら晴れた空は拝んだことがないという星だ。フネを奪ったくらいで脱出できるのか?多くのモノが疑問に思うのも無理ない事だった。

 

「これはこれは。私が嘘をついていると?」

「だったら何で地下道に入るんだ?管理棟は地上にある。そっちを制圧した方が簡単じゃねぇか。それにこの星はプラズマ層におおわれている。普通のフネじゃ空に上がった途端プラズマ流の餌食だぞ」

「………ヒントをあげましょう。これまで定期的に囚人が来ていますが、その定期便を見た囚人はいない。そして常に厚い雲とプラズマに覆われたこの星の空に“フネが通れるほどの晴れ空”が出来た試しもない。ただの一度もです。これがヒントですよ。さぁ急ぎましょう。大分スケジュールを押してしまいました」

 

 そう言って胡散臭く笑みを浮かべて話を強引切り上げたユーリに、疑問をぶつけた男はしぶしぶといった感じで一端引き下がる。なんだかんだ言ったもののここまで来た以上単独で暗く曲がりくねった地下道をひきかえすことは不可能だったからだ。

 

ユーリの派閥に一応属する形をとっていたが、ユーリ自体が囚人である以上、本当に信用できるとは彼らも思ってはいない。それなりにいて少しは判っても長年囚人生活をしていた癖は抜けないのだ。下手に信用すると馬鹿を見るのはラーラウスの囚人の常識である。

暗い坑道を歩きながら、一か八か自分の命をチップに博打を打つのは何年振りだろうと彼は思ったのだった。

 

………………

……………………

…………………………

 

 さてさらに2時間ほどが経ち、なんとか以前侵入した管理棟最下層部の坑道と接触している部分にユーリと数十人の囚人たちは到達していた。剥き出しとなったコンクリートと、そこに最近出来たと思わしき人がやっと通れる大きさの穴がぽっかりと口を開けている。

 

 本当に管理棟の地下に辿りついたのかと思わずそう呟く者もいた。なにせ彼らの感覚では大分地下深くまで降りてきていると感じている。そんな深さにまで管理棟の施設が伸びているとは思わなかったのだ。この惑星にただ一つある政府の建物は十数階建てのビルにしか見えないので地下がここまで大規模だとは思わなかったのである。

 

「さて、つきました……けどここから先は無駄なお喋りは禁止です。それとダクトを通って途中のランドリーまではいけますが、通路には監視カメラがあるので集団で行く事は出来ません」

 

 ユーリは驚きでまだ上を見上げている囚人たちの前でパンと手を打ち鳴らし注目させる。流石に数十人で固まっていけば見つかるのは当然なので、一応ルーを含めて他の囚人たちはダクトの中で待機する。そして以前一度中に入った事があるトトロスも残り、ユーリが監視をなんとかした後、残った連中を案内するという手筈となった。

 

 残していく連中に不安がない訳ではないが、すでに最深部に辿り憑いているので単独でとっ返すのはまず不可能。一応は残った連中の監視を脱いだら凄いウォルに任せたユーリはダクトの中に消える。前と同じくダクトを抜けて人気のない部屋へと抜けてから中に入るのである。

 

 ここで役立つのが、前に侵入した際に入手していた監守の制服だ。正面玄関から中に入るには厳しいチェック……というか認識票の掲示が求められ、コンピュータのデータと照合されるので偽造する偽造屋がいないこの監獄惑星では難しい。だが中に一度は言ってしまえば照合されることはない。

 

「……(潜入した。指示をくれ大佐)」

 

 監守服に着替え潜入した管理棟の中はとても静かであった。……というか、既に侵入されているとは誰も思っていない為、警戒もなにもしていない。寝静まったように静かな廊下を歩く。時折通り過ぎる部屋からはいびきの音以外は聞こえない。

 

 好都合とばかりに堂々と彼は廊下を歩き続け、とある部屋の前で立ち止まった。プレートには中央監視室と書かれている。

 

 扉は特にロックされている様子はない。それもそうだ。この監視室がある場所は最下層に近い。そんなところにまで侵入できる囚人がいるとは誰も考えていないのだから、扉にロックを掛ける必要がないのだ。満身の極みとはこの事かとユーリはドアを開けるスイッチに触れる。圧搾空気が抜けるカシュという音と共に、扉は開かれた。

 

「…ん?だれだこんな時間に?交代はまだ先だろう?」

 

 そしてユーリは臆することなく、ごく自然に部屋へと入った。中は近来の監視室の例にもれず、監視カメラの画面とコンソールと監視映像の録画機材が置かれている6畳ほどの部屋である。そこに3人の監視員が待機しており、ウチ一人が入ってきたユーリに声を掛けてきた。

 

「いいえ、交代の時間です―――よッ!」

 

 早技であった。3人の内声を掛けてきた1人は立っており、残りは画面の前に座っていたのであるが、ユーリは先ず立っていた男に足払いをして転倒させる。画面前に座っている2人が驚いている間に2人の元へと移動。

 

警報を鳴らされる前に1人は首を叩いて気絶させ、もう1人は首を掴んで持ちあげ、椅子から引っ張り上げた。そして転倒させた最初の男が起きあがったところで、画面の前に座っていた1人を掴んだまま腹に膝蹴りを入れ強打、気絶させる。

 

「ぐっ、お、おまえ監守じゃ―――」

「さて残りはアナタだけです。ここの機器はどう操作すればいいのですか?」

「だ、だれが教えてやるものか」

「そうですか……フンッ!」

 

 首を掴んだまま対面している男は顎に強烈な痛みが走ったのを感じた。ユーリが弱く殴打したのである。その所為で歯が一本吹き飛んでいるが飽く迄気絶させないために“弱く”であった。

 

「―――それで、操作の仕方は?」

「ぐっ……き、基本的にコンソールで行え、るっ!」

「操作にパスワードは?」

「へ、そんなの自分で」

 

 再び反抗しようとした監視員の男を壁に叩きつけ、殴りかかってこようとした監視員に弱めの膝蹴りを喰らわせた後、腕を思いっきり掴み―――

 

「ハッ!」《ゴリン》

「―――ッッ!!!!???」

 

 ―――口を塞いでそのまま手首の関節を外した。

 

 あまりの痛みに監視員は手首を抑えて悲鳴をあげる。彼らとて一応は国家公務員であり、囚人を相手にする職業である以上訓練を積んでいる筈なのだが、辺境星系に位置するこの収容所で毎日訓練をする殊勝な輩はいなかった。

 

「操作する上でパスワードは必要なのですか?それと録画装置は?」

「ぱ、パスワードはない!録画装置は市販の映像装置と変わらない!そこのデッキだ!」

「では監視カメラとレーザーセンサーやターレットを止めるには?」

「ここでは出来、ない」

「ほう、出来ないと?」

 

 再び監視員の首をギリリと絞めあげたユーリが薄ら笑みを浮かべる。男は顔を青くして逃れようとするが、ユーリは無慈悲に監視室に置かれたデスクに男を叩きつける。勿論気絶させない様に手加減する事は忘れない。だが叩きつけられた方は溜まったモノではないらしく痛みにうめき声をあげながらデスクから転がり落ちて蹲っていた。

 

「それで?」

「うぅ…スイッチ、そこ。オンオフはそれで、できる」

「ふむ、やはり嘘をつこうとしたと……これはお仕置きが要りますね」

 

 男の回答にうんうんと頷きつつも、ユーリはそう呟いて懐から小さな折り畳みナイフを取り出した。監視員の男は「ひっ!」とひきつったような声を出す。

 

「しゃ、喋ったじゃないですかっ!」

「でもそれ以前の情報に嘘がなかったとは限らないですしね……ところで貴方は“歯医者”って拷問知ってますか?」

「は、歯医者?」

「はい歯医者さんですよ。なに簡単です。嘘付きなその口に生えている歯とか舌とかを、歯医者さんのように取ってあげましょうという親切なご・う・も・ん・です」

 

 もっとも麻酔無しで唇の上からやりますけどねーとナイフをちらつかせて言うユーリ。あまりにも楽しそうにうすら笑いまで浮かべている彼に、監視員の男は震えが止まらず、下手り込んだ男の足元に水たまりができる。

 

あまりの恐怖に失禁したのだ。そのまま意識まで飛ばしかけた男だったが、それくらい想定済みのユーリに思いっきり頬をビンタされ、無理矢理意識を覚醒させられてしまう。一思いに殺れと内心懇願する彼が、どうしますと聞いてくるユーリに言えたの言葉は………。

 

「う、嘘なんらついてない、まへん!や、やめへください!」

「ふーむ、これで嘘だったら交代の人が来るまでいたぶるつもりなんですが……」

 

 試してみましょうかとユーリがコンソールを操作すると、警報が鳴ることもなく確かにセンサーや監視カメラが止まった。それを見たユーリは笑みを深める。

 

「はいご協力感謝します。もう夜も遅いですし眠ってもかまいませんよ」

 

 そしてそう言ったが早いか掴んだままの男を、録画機材へと放り投げた。男は録画機材へと突っ込んでボーリングのように機材を破壊した後に床に投げ出される。だが男の顔には気絶できることへの安堵の表情が浮かんでいた。

 

 

***

 

Sideユーリ

 

 うへぇ、小便臭ぇ……もう演技でも拷問とかしたくねぇや。

先程放り投げた男を一瞥しながら俺は少しよごれた監守の服を脱ぎ、懐から事前に用意しておいた小さな通信機を取り出した。こいつは密輸の奴に金を握らせて手に入れておいた品で、旧式だが十分使えると言われ数セット購入した。ぼられたけどね。

 

「あー、あー。トトロスさん、聞こえますか?」

『ザ、ザザ――おう、聞こえてるぜ。上手くいったか?』

「ええ、センサーとカメラは止めました。急いで中に入ってください。あの場所で合流します」

『了解だぜ』

 

 そう言って通信を切り、俺は念の為に監視員達を壊れた録画機材にあったコードで縛りあげ監視室を後にした。念の為出る際に鍵も掛けるのが紳士の嗜みだぜ……言ってアホかと思った。それはさて置きトトロスと合流する為に急ぎ合流場所へと向かった。

 

 合流場所は、以前見つけた白鯨艦隊のフネがある格納庫である。監視カメラを止めたので悠々と格納庫に行くと、既にトトロス達は到着していた。アレ?俺よりも早いなと思ったが、話を聞くとレーザーセンサーが止まったので格納庫まですぐに来れたんだ、とトトロスが言っていた。

 

 監守に遭遇しないか心配だったらしいが、一応夜時間で寝静まっており遭遇する事は幸運にもなかったそうな。運が良いねぇ。際先は結構いいのかな?とにかく出港準備をしなければならないので、俺は懐かしきネビュラス級戦艦リシテアへと乗り込んだ。

 

 リシテアの艦内は特に荒らされたような形跡はない。政府に一度渡っているというのに調べられなかったのだろうかとも思ったが、まぁ配線がむき出しになってとかいう事態じゃなくて僥倖である。そうなっていたらユーリ君はウーンと唸っちゃうんだ☆

 

 おふざけは兎も角として、まずはモスボール処置の解放……といっても機関部にあるスイッチ類を元の位置に戻すだけで済む。後は通常の手順なら手動で予備電源を使い補機を起動させ、補機が起動したらそのエネルギーで主機のインフラトン・インヴァイターに火を入れて稼働させるのだが―――

 

「ユピコピ、起きてださい」

【声紋、静脈紋、遺伝子照合完了――最上位ユーザーであると確認。起動します。おはようございます艦長。どうしますか?】

 

 

 機関部のスイッチを戻した俺は早々とブリッジに来ていた。そして予備電源で生きていたコンソールに手を置いて、フネのAIに目ざましを掛けてやった。ユピコピはその名の通りユピテルのコピーAIであるが、本家ユピに比べると簡易化された影響か感情が見えない為、受け答えがどこか機械チックだぜ。

 

「主機を起動して発進準備をお願いします。それと他の艦が起動したら他のユピコピに通達して存在を悟られないようにと。あ、あと乗り込んでいる人員は仮乗組員ということで登録をしておいてください」

【了解しました】

 

 AI相手に随分抽象的な言い回しであるが、未来のAIは伊達では無い。こんな指示でもちゃんと命令を実行できるのである。まぁマッド謹製だからだとも思うが、それでも俺の時代よかインターフェイスが格段に進歩しているのは言うまでもないだろう。

 

 そして後はすることもないので艦長席に座っていた。するとしばらくして他のフネのインフラトン機関にも火が入り、フネが起動しはじめたのをセンサーで感知する。流石は腐っても0Gドック、機関始動が早い。

 

「さて現在の状況はどうでしょうか?」

【インフラトン・インヴァイター正常稼働、出力上昇中。全動力弁閉鎖、解放。――同型艦『カルポ』『テミスト』『カレ』も起動を確認。マハムント級巡洋は1番と4番は起動完了。2番と3番の準備が少し遅れています。無人駆逐艦群は既に起動完了。待機状態です】

 

 ネビュラス級の方は『カルポ』にルー、『テミスト』にウォル、『カレ』にトトロスが乗りこんでいる。彼らとは知り合いで信用が置ける上、派閥設立当初からいる連中なので、一番戦闘力があるフネを任せるのは必然であると言えた。

 

 大型艦を動かした事はないだろうが、基本的にネビュラス級の起動はユピコピ達が代行してくれるので、乗っている彼らは軽く指示を出した後は見ているだけで済む。自動化バンザイとはこの事か。人員が足りなくて戦闘で人員が少なくなっても戦えるように再設計されたのが今効いてる!効いてるよ!

 

 ちなみにその他の囚人たちは、ストリートチルドレン以外はマハムント級巡洋艦に乗ってもらっている。戦艦ではないがマゼラン銀河のロンディバルド連邦軍でも正式採用している巡洋艦なので、元0Gドックの囚人たちが乗っていたフネよりも高性能であることは間違いないようで、特に文句は来なかった。

 

 もっともユピコピリンクで囚人たちが乗る巡洋艦を密かに覗いてみると、火器管制のプロテクトを外そうと必死なようだ。だがここから脱出するまで勝手にプロテクトを外されるのは困るのでユピコピに指示を回して火器管制は開かない様にさせて貰っている。

 

脱出が済んだ途端後ろから撃たれたら堪ったものではない。もっとも連中のフネに搭載された武装は、ロンディバルド連邦軍が使うプラズマ兵器ではない。マッドと白鯨の技術陣営がちょっと改良した大型ガトリングレーザーなのである。多分撃たれてもネビュラスの装甲なら耐えられる…多分。

 

「ん?おやおや、今更気が付きましたか」

 

 ふと外の映像を見ると、格納庫内で真っ赤な非常灯が点滅している。どうやら警報が鳴り響いているようだ。こいつは侵入した事がばれたみたいだな。しかしたかだか監視室を抑えただけなのに随分と遅かったな。職務怠慢もほどほどにした方が良いんじゃないか?

 

『おい!監守たちに気付かれたぞどうすんだ!』

「いまさら騒いでもしょうがないですよ。すでにフネは動きだしたのですから」

『なに言ってんだ!気付かれたら最後隔壁がロックされて逃げられねぇんだぞ!』

 

 ま、たしかに普通ならそのまま閉じ込めて、身動きが取れないフネのエアロックを焼き切り、中にいる人間をつまみだすという手段をとるだろう。だが折角ここまで来たのにそんな最後は当然お断りだ。

 

「ユピコピ、データリンク解放。最上位権限発令―――各艦、火器管制を本艦と同調せよ」

 

 旗艦リシテアの火器管制が開きコンソール上で操作が可能になった。俺はすぐに砲の仰角を目一杯上方にセットする。ほぼ90度垂直に上甲板にある二機の主砲が立ちならび、同型艦カルポ、テミスト、カレも主砲を上方へ向けた。

 

【メインシステム…エラー。バイパス、自動照準システムオン。全火器管制ロック解放。エネルギー・クイックチャージ完了まで3秒2秒1秒…完了。全ホールドキャノンスタンバイ】

「撃て」

 

 リシテアから放たれるホールドキャノン。それに同調するようにカルポ、テミスト、カレからも主砲が発射される。計12条もの光の螺旋は頭上の隔壁を簡単に融解させて蒸発させていく。なにせホールドキャノンは宇宙空間において、遠距離でもその余波で駆逐艦を破壊できる威力を持っている。

 

 当然、ただの監獄であるラーラウス収容所管理棟の格納庫が耐えられる訳もない。隔壁には融解して溶け落ち、頭上に開いた穴にはラーラウスの薄暗い曇り空が見えていた。それを見て俺は大きな声をあげ号令を掛ける。

 

「さぁ再び星の海へ!各艦発進せよ!」

 

 各艦一斉に飛びあがり、囚人たちのマハムントが先行して空へ続く穴を上昇していく。此方もインフラトン機関の出力が上がりフネ全体に振動が走った。そして1kmを越える大型艦は大気を震わせながら順次格納庫から離脱を開始した。

 

【各部スラスター、重力圏離脱モードへ移行、姿勢制御仰角55度、機関出力最大へ】

 

 オートパイロットで地上に飛び出した各艦はリシテアを待っていたかのように空中で待機していた。プラズマ層の突破の仕方は俺しか知らないのだから、そうする他なかったというのが本音かな。とにかく空中で合流した俺達はそのまま俺が乗るリシテアを先頭に艦隊を組み、速度を上げていく。

 

【後約10秒で第一宇宙速度に到達します】

 

 重力制御とシールド技術がなければ大気との乱気流で恐ろしい振動が襲い掛かって来ただろうが、キチンとモスボール処置がなされていたお陰で機能は万全。大気流の影響は殆ど無い。そして徐々に天を覆う雲海へと近づいていく。

 

 リシテアが近づくとまるで近づくなと言わんばかりにプラズマ層の放電現象による蒼白い発光が外部カメラに映し出されていた。このプラズマ層こそがこの星の鉄壁の守りの中心であり要。でも見た目的にはタダの雷にしか見えないんだけどねー。

 

『ユーリさん、プラズマ層まで後20秒だけど、大丈夫なのか?!』

 

 慌てたような声が通信機に入る。トトロスが真っ直ぐ上昇している艦隊がプラズマ層へと突っ込むのではと思い掛けてきたらしい。だが心配ない。ここのからくりは最初から知っている。本来なら原作でウォルくんが解きほどいてくれる謎だったが、今回はちょっとこの星から早く離脱したいので俺がネタバラシさせてもらうぜ。

 

「ユピコピ、全砲門開口、出力リミッター解放」

【了解、ジェネレーター出力を砲門へ回します。バーストリミッター解除】

「狙いは付けなくてもいいです。全部正面にエネルギーを解き放ちなさい!」

【全門、発射】

 

 主砲の連装ホールドキャノンがバーストモードで発射され、側面の中型ガトリングレーザーキャノン4機が唸りをあげてレーザーの雨を降らし、船体に取り付けられていた外部装甲一体型ホーミングレーザーの収束砲撃が極光となって進路方向へと放たれる。

 

 弾幕というか弾壁と言うべきそれはまさにエネルギーの暴力であった。ラーラウスを包むガスのような雲を押しのけ突き進んだエネルギー弾は突如何かに“着弾”し、そのエネルギーを存分に開放して爆発した。

 

『ちゃ、着弾しただと?!』

『なににあたったんだ!?おいユーリさんよ。どうなってんだ!』

 

 囚人たちの乗る巡洋艦から何が起きたか説明しろという煩い通信が入ってくる。じゃあそろそろネタバラシと行きますかね。出番盗っちゃってごめんねウォルくん。

 

「なんて事はありませんよ。本当にプラズマ層があるなら、我々はその熱量に焼かれて地上を歩くことはまずできません。つまり―――」

【警告、大型デブリを確認。自動回避します】

 

 目の前の雲から“大きな壁”のような物が半ば融解し赤色した状態で落下してくるのをTACマニューバでオート回避する。そう絶対に抜けられないというのはまさしく本当であり、天は天井に覆われていた。

 

「つまりプラズマ層は人為的に作られたものだったんです!」

『『『『な、なんだってー!』』』』

 

 驚きの声が大音量デジタルサラウンドでリシテアのブリッジに反響する。うるせぇ。

 

「別にあり得ない事でもないしょう。ただたんに自然惑星を外郭で覆った惑星なんて幾らでもありますしね」

 

 たしか鉱物資源採掘惑星の幾つかで似たような事例がある。恒星に近い位置にある惑星、太陽系でいうなら水星みたいな星の外側をダイソン球研究の応用し耐熱外郭で覆い、安全に作業が出来る様に改造したものがあった筈だ。確かに太陽に近すぎるとテラフォーミングもクソもないのだし、よく考えたものだと先人たちに敬意を払いたくなる。

 

 それはともかく、外郭壁に巨大な穴をあけることに成功した。もっとも穴を開けたからと言って、スペースコロニーみたいに大気が流出という事態に陥ってはいない。既に高度は120km、地球型環境が整えられ1G下なので回りの空気圧はほぼ0であり、流出しようにも大気がないのだ。

 

 ここまで雲がある様に見えたのだが、実際には外郭壁自体が巨大な立体型スクリーン投影機であり、周辺にガスを漂わせていただけなのである。100kmも距離があれば分厚い大気の元にプラズマ層が発生しているように錯覚できる……こういうからくりであった。紐とけば実に簡単なトリックである。

 

「とにかくこの星から出ます。残りたく無ければついて来てください」

 

大気圏内で出せる最高速度で外郭壁へ開けた穴へと飛びんだリシテアに、他の艦も何とか追随して次々とラーラウスから離脱していく。今頃地上にいるドエムバンは歯ぎしりして悔しがっていると考えると、殴られたことも含めて胸がすっとする思いだ。ああ、早く白鯨と合流したいぜ。

 

しかし皆海賊になっちゃってるんだよなぁ。まぁ原作と同じく俺の白鯨艦隊はこの大マゼランにおいて小マゼランの事情を知る唯一の存在。おまけについ先程、俺が脱獄なんぞやらかしたから、どちらにしろ白鯨の指名手配は確実である。むしろ大所帯を食わせていくにはちょうどいいか?民間船襲わないようにすれば良いだろう。

 

いままで通り、海賊専門の海賊でもやらせますか―――ふと思ったけど、白鯨艦隊に俺の居場所残ってるよな?まさか簡単に捕まったからお払い箱とか言って全く知らないヤツがトップに君臨してたらどうしよう?流石にリシテアだけじゃ歯が立たねぇしなぁ。あ、ユピが掌握されてなければ大丈夫か?うむむ。

 

【――艦長、IP通信です】

「………」

『艦長?指示をお願いします。艦長?指示を――』

「ふむ……ああ、すみません。少しばかり考え事を―――通信ですか?」

【発進元はラーラウスです】

「通信は別に『聞こえるかユーリ。まさか本当に脱獄するとはな』」

【すみません。全周波数帯で無理矢理割り込まれました】

「……ECM起動準備」

 

 なんで脱獄したのにムサイおっさんの声を聞かなあかんのや。そう思いステルスシステムにもしようされる強力なECMを起動準備させる。まったく、脱獄後も気分を害してくれるとは、本当に嫌な男だドエムバン。

 

『ふ、通信を妨害する気ならそれでもいい。だが貴様は逃げられんぞ。既に本国へ応援要請を送ったのだ。わしがわざわざ頭を下げたくらいだからな。またすぐに捕まってここに戻されるだろう。その時こそわし自らが尋問をしてやる。棺桶準備でな!何、収容所で事故は良くある事だからな!フワッハハハハハ――(ブツ)』

 

 ウゼェ、これほどまでウゼェと感じるヤツは早々いないだろう。あまりのウザさに吐き気を催し、怒声でも叩き返そうかと思ったところでECMが作動し通信断絶……この中途半端に振り上げた右手と言いようもない感情はどうすればいいのだ?

 

「………………ユピコピ、第三主砲照準、目標ラーラウス極点。その後射程が許す限り外郭壁を壊しなさい。私が許可します」

【発射します】

 

 イラつきが抑えられなかったので、船底甲板の後方に位置する第三主砲からホールドキャノンを発射させた。螺旋を描くエネルギー弾頭は最初に北極点、その次に南極点を抉り、その後の追加砲撃でラーラウスの外郭壁を穴開きチーズに変えた。

 

簡単に言えば嫌がらせだ。精々修理代でこれまで溜めてきた賄賂を放出でもしてろってんだ。とっても小物臭がするがそんなこと気にしないぜ。小物だけどやってることは惑星規模って逆にすごくね?え、やっぱりセコイ?さーせん。

 

***

 

 

Sideユーリ

 

「さて、なんとか脱出できましたが……」

『こまったことになったのう。すでに応援が呼ばれているとは』

『しかも既に応援と思わしき艦隊を長距離レーダーで捉えた。さすがは速度と航続距離に定評があるエンデミオンだ。行動が早い』

『こ、このままだと、数時間後にはランデブー…です』

『それで、この事態をどうしてくれるんだ?ワシ達を連れだしたユーリさんよお?』

 

 通信画面の向こう側で巡洋艦を任せた元艦長の囚人……長いのでおっさんでいいや。おっさんがこちらを睨むように見てきた。どうしようと言われてもねぇ?

 

「戦うしか、ないんじゃないですかね。ここラーラウスから延びる航路は一本。ゼオスベルトへと繋がる航路しかない訳ですし、待ち構えるならそこでしょう」

 

 ステルスシステムを使ってスルーという手も考えたが、白鯨の人員ならいざ知らずいずれ別れる羽目になる囚人たちが動かしているのでステルスの使用は躊躇われた。

脱獄した以上彼らも指名手配犯となる。そうなると必然的に海賊に身を落とす訳で……ステルスシステムを悪用されたらヤバいという理由である。

 

―――てな訳で、結局のところ応援艦隊と戦う他ないのだ。

 

 

『だが今なら航路を変えられるんだろう?座標を頼りに航路から外れていくとか――』

『そう言う訳にもいかん。何せこのフネには他のチャートがないからのう』

『なに!?そいつはホントか爺さん?』

『ホントも何も、航路図データを呼び出して見れば判ッ――ゲホゲホッ』

 

 そう……老師の言う通り、今現在どのフネにもこの近辺の詳しい航路チャートはデータバンクに記録されていない。何故なら本来なら最初の寄港地。正確には俺達が囚われたあのステーションでデータを貰う予定だったからだ。

 

 データを入手する以前にとっ捕まって曳航されちまえば、ここら辺の詳しいチャートが手に入らないのは当然な訳でチャートがなければI3航法のような超光速航行はとたんに難しくなる。

 

クルーが全員いるなら問題はないが今はほぼ一人で艦を動かしているような状態。ゲームで言うなら艦長以外のクルー無しで航行しているようなものであり、それも慣れたフネではなくあんまり扱わなかったフネの指揮をしているのである。

 

しかもいま俺達の中でユピコピの恩恵を得られるルー師弟やトトロスを除き、他の数十名の中で艦長をしたことがある人材は数えるほどしかいない。こんな状態でチャートもなく航路から外れたりしたら、下手すると何年か宇宙を漂流する羽目になるかもしれない。

 

艦内工廠があるデメテールと違い、この艦隊はステーションやデメテールのドック等で定期的なメンテナンスや補給を必要とする。修理に関しては過去にデメテールで活躍した修理ドロイドやエステを積んでいるので、ユピコピが指示すればなんとかなるだろうが、数十名分の食料だけはムリだ。

 

どうやら調べられたときに他の物資と共に押収されていたらしく倉庫は空っぽ。残されているのは非常用圧縮食くらいで、それだけでは当てもなく彷徨う様な航海は到底不可能だといえた。下手すると宇宙島に辿りつけず干からびてミイラになっちまうぜ。

 

 まぁ唯一水だけは毎日大浴場に入っても大丈夫な程アホみたいに備蓄があるけどね。流石に食料がなければたった数十名でも暴動が起きかねん。当然そうなったら矛先は連れだした俺に向く。責任取れって宇宙に放り出されるのは勘弁だぜ。

 

「老師の言う通り、この艦隊にはチャートがありません。ですので航路を離れての無作為航行は先ず自殺行為と言えるでしょう。それと急造の即席艦隊なので艦隊運動にバラツキが目立ち、正規の訓練を受けた軍あいてでは流石に負けます。緩やかな死か、万に一つを賭けて突破するか、選ぶのは皆さん自身です。ああちなみに私は真綿で首を絞められるくらいなら生きることに挑戦したいので、敵陣突破の後者を選びます」

 

 ここまで一気に言い放って会議に参加している全員の反応を見る。といってもこの会議の為の通信に上がっている人間はそれ程多くない。ネビュラス級を任せているトトロス、ルー師弟、そして先程のおっさん+3人と俺の8名だけである。

 

 それ以外では結構な人数を占めるストリートチルドレンたちもいるにはいるが、彼らはフネを動かせるほどの力がない。ユピコピのサポートがあれば例え子供だろうと簡単に操縦できるだろうが、それに味を占められても困る。

 

 話が逸れたがこの件に関してトトロスは俺に追随。ルー師弟は考え中なので保留。そしてそのほか囚人の皆さんはおっさん以外の2名程が反対であり、おっさんともう一人は一応状況が判っているのかやる気はあるようだった。

 

 時間もないので戦う気の起きなかった奴らとはもうこの場で別れることにした。やる気もなく戦場をうろつかれるよりかはマシだというルーの助言を受けたからである。派閥を作ってはいたが信用も信頼もない結構殺伐とした関係だったとはいえ、一応仲間意識はあったのか、別れ際に幸運を祈ると言われた。

 

 むしろその言葉はこれから漂流する事になるかもしれない彼らに送りたかった。送りだした段階で既に彼らのフネのユピコピは基幹プログラムを完全破棄しており、マハムント級にも搭載されていたHL砲塔群ももはやちょっと大きな対空兵装でしかない。

 

 彼らが辿りつけるかは運次第だったが、あえて口には出さず此方も幸運をと返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【敵艦隊針路上に展開を確認。戦艦クラス2、巡洋艦クラス4、駆逐艦クラス12】

「データバンクにデータは?」

【データバンクにアクセス。処理中………一件ヒットしました。圧縮ファイル解凍します。お待ちください―――ファイル解凍完了。ファイル名“俺の艦船コレクション図鑑Ver3 byケセイヤ”】

 

 ―――………珍妙なファイルを作ってんじゃねぇよあの中年野郎。

 

【観測データをデータバンクと照合中……検索終了。情報を開示します】

 

 えーとなになに―――

 

・エルンツィオ級戦艦

 エンデミオン大公国軍で採用されている標準型戦艦。航行速度、航続距離共に高く巡洋艦並。但しその分軽量化したため、武装まで巡洋艦並。ダラシネぇな(笑)

 

・ラーヴィチェ級巡洋艦

 エンデミオン大公国軍で採用されている国防用軽巡洋艦。ギリアスとかいう小僧のフネの元となったフネ。シャンクヤードと性能かわんねぇ癖にペイロード少ないぜ。

 

・ナハブロンコ級水雷艇

 多種多様なミサイルや魚雷を搭載している水雷艇。装甲は紙。エンデミオン大公国軍唯一の駆逐艦より大きいのに水雷艇とはこれいかにというのは突っ込んではだめらしい。

 

―――ケセイヤェ……へんな考察いれんなよぉ。

 

 つーかケセイヤは何処でこんな情報手に入れてたんだ?大マゼランに来た段階で情報を入手できる時間はなかった筈。だとするなら小マゼランにいた時からか?………なんか突っ込んだらヤバい気がするのでとりあえず放置しよう。それに敵艦の情報が判っただけでも良しとしようじゃないか。

 

 敵艦隊は旗艦であろう戦艦を後方に置き、打撃力があるであろう水雷艇を前面に押し出した三角の単純陣。何ともエンデミオンの特徴が現れた陣容である。すなわち平凡かつ凡庸。独創性の欠片もなくそれでいてセオリーに忠実だ。

 

 とはいえその状況がやりやすいかと聞かれれば、今の状況では首をひねらざるを得ない。圧倒的に人手が足りないのだ。全くと言っていいほど人手が足りない。対空監視もダメコンも重力制御もシールド操作も今は全部艦長席のコンソールで行われているからだ。

 

 ユピコピのサポートありきとはいえ、次々と現れるウィンドウを処理するのは大変だ。俺ですら大変なので、慣れていないであろうルー師弟やトトロスは半泣きかもしれない。これでは複雑な艦隊行動なんて夢のまた夢だろうなぁ……どうしようか?

 

【敵艦から入電。“脱獄囚へ告げる。本艦隊は第306哨戒艦隊と第312哨戒艦隊である。速やかに停船せよ。抵抗は無意味である”以上です】

「返信、“知らんがな”とでも返しておきなさい」

 

 捕まればラーラウスかは判らないが牢獄送りは確実、しかも警備が厳重になるので脱出は不可能になりかねない。10年どころか100年冷凍睡眠で幽閉とか勘弁願いたい。まかり間違ってラーラウスに戻されたら、俺棺桶行きになりそうだしな。童貞捨ててないのに死にたくないぞ。

 

【敵艦隊前進を開始。水雷艇が高速で接近中】

「総員、砲雷撃戦用意、対空戦とEA(電子攻撃)の準備も」

 

 久方ぶりの戦闘指揮に心躍らせつつも、全自動でしか動かせないフネに少しばかり不安を覚えた。ネビュラスは全長が1km以上ある巨船、それを一人で動かすとかどれだけ心細いか口では言い表せないだろう。

 

【水雷艇、ミサイル発射】

「回避運動を、それとEMPとデコイを発射。射程に入り次第、対空火器で撃ち落とせ」

 

 デコイを発射した後はTACマニューバで艦隊ごと乱数回避に入る。デコイに引っ掛かったり、電子攻撃によりセンサーを狂わされたミサイルは目標を見失ったが如く見当違いの方向へと飛びさっていくのが8割。そして目標は見失ったが進む方向に偶々フネがいるのが2割だった。

 

【迎撃、迎撃……不可能。耐ショック】

 

 だがAIにフネの操縦を任せると、その行動が終わるまで次の行動に中々移れないという弱点がある。正確にはできるのだが、機械である以上最初の命令が優先されてしまう傾向があり、刻々と変化する状況に対応しようとすると少しだけラグが発生してしまうのだ。

 

 これがユピテルクラスの人格まで形成した超級AIなら、演算処理も早く倫理プロテクトなどの処理も早い為、むしろ人間よりも早く行動を行えるのだが……生憎ここにはそのコピーのAIしか無かった。

 

その為、残り2割を対空火器で対処しようとしたが、対空火器が起動する前に近接信管だったのか至近距離でミサイルが自爆する。すさまじい熱量と閃光。反陽子かはたまたそれより威力のある量子かは不明だが直撃はまずいだろう。

 

《――ドォォォンッ》

「――クッ、損害は?」

【デフレクターが作動した事により損害ありません。熱量から考えると熱核だと思われます】

 

 核か、小型の水雷艇が使う兵装なら量子魚雷程じゃないが強いな……あ、そうか。デメテール程じゃないが1300m級戦艦のネビュラス級相手にする対艦装備ってワケなのか。つかネビュラス級もロンディバルド連邦軍主力軍が長年愛用している主力戦艦。警戒して最初から強い攻撃を繰り出すのも当然なのか。

 

 だが幾らある程度防げるとはいえ直撃はまずい。デフレクターは最強の盾という訳ではないのだ。正規軍が相手だし、恐らく最後の手段的な弾頭も持っているだろう。一番ヤバいのを例にあげるなら量子魚雷。当たれば効果範囲にある物質は粒子にまで分解されちまうという脅威の武器である。

 

 現在はジャミングやEMP、チャフやデコイに至るまで電子攻撃が恐ろしく発達しているので、よほどの事が……例えば操舵手がいないとかいう今のような事態でもないと直撃を喰らうことは少ない。だが仮に直撃を受ければダークマターになること請け合いである。流石にそんな最後は御免である。最後は墓の下に行きたいものだ。

 

「バーゼル級をもっと前に出して囮に。その間に私たちは突破を図ります」

 

 仕方ないので無人艦であるバーゼル/AS級駆逐艦を前衛に移動させる。そして水雷艇の側面から攻撃させ、そちらに注意を向けさせるように仕向けた。意外と単純に水雷艇は前に出した駆逐艦に食いついてきた。存外単純なヤツらが艇長を務めているらしい。

 

 駆逐艦に水雷艇が群がりミサイルを乱射しているその隙に、残っている戦艦と巡洋艦を全速力で敵の艦隊へと突っ込ませた。自分から弾幕に突っ込んで本当に大丈夫なのかとトトロスから通信が来たが、俺はそれに大丈夫大丈夫と軽く返事を返す。

 

 何故ならこれはあらかじめ決めておいた作戦行動なのだ。錬度もコンビネーションもクソもない即席海賊艦隊で、正規軍を打ち破る方法。それは突撃あるのみ。いや、お馬鹿な行動に思えるかもしれないが、性能しか頼るものがない現状ではこれしか手がなかったのだ。

 

 最初はルー老師の天才的手腕にも期待したのだが……あの爺様重要な時になってぶっ倒れてしまって、ネビュラス級2番艦『カルポ』は無人艦よろしく他の艦船に合わせた自動航行を行っている。そして老師は弱っていた身体に脱獄劇と慣れない戦艦の運用が相当堪えたらしく、今はカルポの医務室にて治療ポッドに缶詰め状態となっていた。

 

 いや老人に鞭打つ趣味は毛頭ないんだが……病気よ空気読め。お陰で良い案もなくして撤退もできないという無理ゲー状態。切羽詰まりまさしく背水の陣な俺らが取れる戦法は高性能に任せた突撃バカ一代しか無かったという訳だ。自殺行為なんてもんじゃ断じてry

 

【敵巡洋艦のインフラトン反応増大。中型レーザー砲クラスと推定】

「ジェネレーター出力をシールドジェネレーターに回せ、本艦を先頭に一気に突っ切ります!全艦突撃!」

 

 リシテアを先頭に単縦陣(縦一列に並ぶ陣形)を引き、敵からの砲撃の被害を最小限に食い止めつつ全速力で敵本隊へと突っ込ませる。シールドジェネレーターにエネルギーを回したため、薄くなったデフレクターをレーザー砲撃が次々と突破し船体を揺らすが、どうせ殆どは無人区画なので主砲とエンジンさえ無事なら問題はない。

 

【船体ダメージ18%】

「気にせず突っ込めっ」

 

 いそいで翔けぬけろー!ふははは!装甲に熱がドンドン溜まる!熱処理装甲なのに排熱追い付かねェー!ホント戦場は地獄だぜー!

 

 もうそう言わんがばかりに突出するリシテアに火力が集中する。優秀な操舵手たるリーフがいないから神がかり的な回避はできないし、トクガワ機関長がいないのでリーフのような操縦に耐えられる機関調整もできないし、砲雷班長のストールがいないから針の穴を穿つような攻撃はできない。

 

 ただひたすらに防御シールドに出力を回し、分厚い装甲を頼りに敵艦隊へと突っ込む。慌てたのは敵艦隊だ。なにせ撃ってもひるむことなくこっちは前進を続けている。よほど慌てたのか敵艦隊は転進しようと横っ腹を此方へと晒していた。

 

「敵艦隊に照準!何処でもいい!撃ちこめっ!」

【散布回パターン、入力完了。各砲発射】

 

 リシテアが主砲を発射する。続いてカルポ、テミスト、カレも進路を少しずらしリシテアの側面に出ると主砲を発射した。各艦のエネルギー弾は真っ直ぐと敵艦隊へと伸び……そのまま100mほど隣、至近距離を通過して消えてしまう。砲術長がいなければ艦砲の命中率は格段に下がるというが命中弾0とか、ね。

 

 砲撃はまだ続けているが速度を上げたからか殆ど当たらない。忘れてはならないが相手はあれでエンデミオン大公国の正規軍。幾ら辺境の哨戒艦隊とはいえ、その実力は海賊よりずっと高いのは当然と言えた。とはいえこちとら歩みを止める訳にもいかないんだよっ。

 

『あ、当たってねぇっ!?』

『自動照準だと、TACマニューバで回避されやすいみたい、です』

「あたらなくても良い。撃ち続ける様にAIに指示をだしてください。マハムントに乗っている皆さんはとにかく戦艦の陰に!ユピコピ、両舷ガトリングレーザーの準備を!」

 

 準備と言っても、AIに指示を出すだけだがね。

 

『おい!こっちゃ一部使えない兵装があるんだが!?』

「マハムントの兵装は大型・中型レーザー砲とガトリングレーザーが使える筈です。それで対処をお願いします」

 

 マハムントを始めこっちもHLが使えないのは、移動しながら空間に重力レンズを作り照準できる人員がいないからだった。フネに乗りこんでいるのは俺以外全員ラーラウスの囚人。HLのような白鯨オリジナルの兵装を扱える訳がなかった。

 

 その点、ガトリングレーザーは効果こそ異なるが、その使用法は通常のレーザー砲と変わらない。元が敵から鹵獲したジャンク品の武装を束ねたようなシロモノだった為、使用法に関しては通常兵器と大差なかったからである。そりゃ普通の0Gドックでも使えるわ。

 

『あわわわわ、し、師匠っ』

『ひぃぃぃぃ!!』

「トトロスさん、うるさいんです!気が散る!」

『な、なんで俺だけ《ズガン!》当たった!弾当たった!』

 

 そして俺達は恥も外聞もなく、タダ敵のド真ん中へと突っ込んだ。船体は砲撃でボロボロで所々煙を吐き出して穴があきまくっていた。特に装甲が薄い第1主砲塔のホールドキャノンがブッ壊されて使用不能になり、続いて第2主砲塔も完全にお釈迦になる。

 

 だが機関から排出されるエネルギーの殆どをシールドと副砲のチャージに回していた為、主砲塔にエネルギーは回っておらず、幸か不幸かそのお陰で破壊されても誘爆は起こらなかった。ちなみにシールド張ってるのに穴だらけな原因は、艦橋周辺や機関部など壊されるとヤバいところにAPFシールドを集中していたからである。

 

 お陰でブリッジにいる俺は全然平気だけど……さっき居住区画に直撃弾の表示が出てたから、このフネを預けたヴルゴたちに怒られるかも知んないね。

 

【船体ダメージ30%突破】

「あと少し…あと少しです」

 

 船体を敵の砲火にさらして犠牲にしてまで加速させた事で、俺達は敵艦隊の最初の位置から見て左舷側に到達する。敵艦隊反転終了間際だったこともあり、変形T字……いやトの字と言えばいいだろうか。上手い事右舷側に敵の先頭がいる形となっていた。

 

「右舷側砲塔照準!先頭のやつに火力を集中!」

 

 ネビュラス級の右舷側面部にある副砲の中型ガトリングレーザー4基、リシテアはプラスして生き残っていた第3主砲塔。そしてこれまで温存しておいたマハムント級の連装大型ガトリングレーザー砲2基、及び副砲の連装大型レーザー1基と連装中型レーザー2基が一斉に敵の先頭へと向けられる。

 

【射撃諸元入力、ジェネレーター出力一杯へ】

「―――撃ェ!」

 

 蒼い凝集光と螺旋を描く薄緑色の光弾が、濃密な弾幕となって敵艦隊先頭にいたラーヴィチェ級巡洋艦へ襲い掛かる。エンデミオン系特有のワインレッドカラーの船体にいくつもの波長がそれぞれ異なるレーザーが降りかかった事でAPFシールドに負荷が掛かり過ぎたのか瞬時にシールドが消えてしまった。

 

シールドが消えても絶え間ない弾幕により一気に軽石の如く穴ぼこだらけになった装甲。そこへ降りかかったホールドキャノンにあらがえるほどの防御力を、ラーヴィチェ級の装甲は有していなかった。僅か数秒の出来事であったが、その威力絶大ナリ。

 

 先頭の艦が攻撃に耐えきれず爆散し、周囲にインフラトン粒子たっぷりの衝撃波とデブリをばらまいた事で敵艦隊の動きが一気に弱まった。チャンスである。

 

「全艦全速力!突破するッ!…チッ、艦の動きが鈍いッス」

 

 思わず昔の口癖が出ちまったがそんなこたぁどうでもいい。

 大分ボロボロになったリシテアがその他ネビュラス級とマハムント級を引き連れ、先の攻撃で動きが鈍った艦隊の横を駆け抜ける。もう目視でも捉えられる程の距離だがこっちも必死だった為に攻撃の手を緩めなかった。

 

 全艦撃沈こそできなかったが一隻撃破、のこりを中破させた事で相手の進撃速度が目に見えて落ちた隙に、全機関出力を持ってしてこの場を離脱する。ジャンク品も鹵獲もなしで離脱………………もったいねぇなぁ。もったいないお化けが舞い降りるぞ。廃材回収も俺達の生業の一つだというのに。

 

 後ろ髪を引かれる気分で敵艦隊の射程圏から逃げ出した。無人艦を相手にしていた水雷艇が無人艦を撃破して戻って来ていたが(無人艦が半ば特攻したので艦数は半分)、動けなくなったフネからの乗員救出でテンヤワンヤのようだった。そのまま動けないでいてくれれば俺達は安全圏まで行けるだろう。

 

 ちなみに通信を傍受したら、ものすごく怒り狂っていることに加えて、何で脱獄犯があんな強力な武器が残っているフネに乗っているんだとか、帰ったらその旨を報告し保管場所を管理していたヤツ(この場合はドエムバン・ゲス所長)に責任追及してくれるという怒りが籠められていたのは言うまでもない。

 

『包囲突破!やったなユーリさん!これで逃げられる!』

『まさか本当にあの監獄から逃げられるとは……疑っていてすまんかった』

『…フ、フネ、ボロボロですけど、大丈夫ですか?』

「……いやぁ、本当に、皆さんも頑張りましたね。しかし久しぶりに指揮をして、流石にちょっと疲れました」

 

 レーダー上で敵艦隊が追って来ないことを確認し、椅子に深くのけぞる様にして座り溜息を吐く。正確な時間を計っていた訳ではないので本当に久しぶりに艦隊指揮を執った気がしてならない。

 

『ふっ、人外で胡散臭い我らがリーダーも疲れはするんだな』

「人外とは心外ですね。これでもちゃんと人間ですよ」

『『『………えっ?』』』

「なんで心底意外そうなんですか……酷いですよ」

『いやだって普通の人は壁に蜘蛛みたく張り付いてたりしないよなぁ?』

『普通の人間は岩盤を素手で壊さないよなぁ?』

『え、えっと。普通の人なら監守に殴られてケロリとはしてない、です』

「いやだって鍛えましたし」

『『『鍛えたからってあんたのような吃驚人間がいて溜まるか』』』

「………これって虐めですよね?泣いてもいいですよね?」

 

 ひでぇや、監獄から出られたのは誰のお陰だと思ってやがるんだ。一人さめざめと涙を流しつつも他の連中は連中で騒ぎ、通信上で脱獄出来た事を喜んでいた。やはりあの環境は辛かったというのもある。日々の糧を得る為に何時死ぬかも知れない坑道に潜るのはあまり気持ちのいいモノではなかったのだろう。

 

 そんな訳で監獄を脱出した上に、捕縛する為に来ていたであろう艦隊をも突破できた事は彼らの興奮を呼ぶのに十分な内容だった。というか祝杯とか言って非常食の缶詰を勝手に開けてもいいのか?酒あんの………気分だからいいんですか。そうですか。水杯も乙なもん……おひおひ。

 

彼らのそんな様子を見て苦笑しつつ、どっと疲れが出た俺はフネを自動航行に切り替えて少し休憩することにした。久方ぶりの戦闘指揮に疲れが出たというのもあるが、どうにもこれで終わりそうだとは思えなかったからだ。周囲警戒と修理をユピコピに任せ、空間ウィンドウのむこうで騒いでいる連中を一瞥した後、ブリッジから退室した。

 

 

 

 

 

 

―――適当な部屋がないか徘徊中。

 

 

 

 

 

 

「ほ、近いところに休憩室あってよかったッス」

 

 ブリッジにわりかし近い位置に休憩室があったのは幸運だ。船内のモジュール操作はそれぞれの艦長に一任していたが、やはり軍人であったヴルゴは合理的なモジュールの配置をしていたらしい。ブリッジ要員の交代を容易にするために近くに置いてあったのだろう。

 

 中に入ってみると円筒を横にしたような部屋の中は無重力にされ、壁には通常ベットとタンクベッドがハチの巣のように交互に並んでいた。たぶん元は乗組員の居住モジュールだったんだろうが、あえて無重力空間にすることでデッドスペースを埋めたのだろう。

 

 タンクベットと通常ベットが交互にあるのは、精神的に疲れている時はタンクベッドよりも夢を見やすい通常ベッドの方が良いから。うむ、よく考えられておるわ。それは置いておき、俺はタンクベッドではなく当然通常ベッドに狙いを付ける。

 

「肉体的疲れ微弱、精神的疲労それなり、目標捕捉――」

 

トンッ、と床を軽く蹴ってベッドの中へと直接ダイブする。

 

「プギャッ!」

 

 だがベッドの上に乗った途端墜落。どうやら寝る場所には重力がかけてあったようだ。まぁ非常時ならともかく無重力空間で睡眠をとろうとすると血流の関係上頭部に血が集まりむくんでしまう為、結構寝辛く感じてしまう。

 

 だけどお陰で俺はベッドに頭から墜落して変な叫びをあげてしまった。船内には俺しか人がいないから誰もいなくて本当に良かったと思うぜ。まぁそれはいいとして、久しぶりの囚人獄舎にある硬いベッドではない、硬すぎない良いベッドである。よく眠れそうだ。

 

「はぁ、ようやく一段落【警告、接近する艦影多数】――え、もう?」

 

 一難去ってまた一難……おまけにもう一つ一難がやってきたらしい。折角ちょうどいい部屋を見つけベッドに横になろうと思ったところだったのに……多分さっきとは違う哨戒艦隊だろう。だけどこれだけは言いたい。空気読めよ哨戒艦隊。

 

「一応確認ですが船種は?多分エンデミオン系かと思うのですが」

【観測データ識別中、お待ちください―――照合完了】

 

 表示された各種データを見たが予想通り哨戒艦隊のおかわりだった。

 

「接敵まで時間は?」

【計算中、お待ちください―――このままではランデブーまでおよそ58分です。それと、敵からのセンサーウェーブの痕跡を確認。すでに捕捉されています。尚本艦は先の戦闘により巡航速度が低下しており、回避及び今からの離脱は不可能です】

「………戦うしかない、ということですね………めんどくさい」

 

 ブリッジに向かって走りながら盛大に肩を落として溜息を吐く。だけどやらなきゃ死ぬので足を止める訳にもいかないだろう。また捕まれば今度こそおしまいだ。多分2度と脱出の機会は巡って来ない。わざわざフネを用意しておいてくれた黒幕さんよォ。俺の能力を図りたいのか、それとも殺したいのかどっちなんだい?

 

 さてエンデミオンの哨戒艦隊が俺達の艦隊を補足したのは、まったくの偶然であったことは彼らの通信を傍受したことで明らかとなった。この艦隊が派遣されたのは軍の輸送船がたびたび行方不明になった、とある宙域の警備強化が目的であり、この航路にいたのはたまたま彼らがいた宇宙島軍基地から向かうルートと重なっていたからである。

 

 問題は味方の無人駆逐艦がもういない事だろう。5隻いた無人駆逐艦たちは追撃してくる水雷艇を巻き込むように自沈している。本来艦隊を守るべきフネを特攻させたのは、そうせざるを得なかったとはいえ痛い。だが艦載機がなかった以上、高機動でミサイルをばらまく水雷艇は脅威だったのだから仕方がない。

 

 幸い今度の艦隊に水雷艇は含まれていなかった。数は先の哨戒艦隊とどっこいどっこいであるし長期任務の為にビヤット級輸送艦を4隻連れているので、実際に戦闘可能な戦列艦は8隻ほどだった。もっともこちらは戦闘可能が6隻しかおらず、おまけにリシテアがかなりのダメージを受けているので実質5隻かもしれない。

 

―――嘆いても問題は消えないのだし、そろそろ準備を始めるか。

 

 

***

 

 

 俺がブリッジに付き、他の連中と軽くブリーフィングをした後、戦闘はすぐに始まった。飛び交うレーザーを艦隊機動でかわしつつも主砲で反撃する。その際修理が間に合わずにボロボロになっていたリシテアは下がらせ、カルポを前に出し、カルポの前をカレとテミストと巡洋艦二隻が守る陣形をとった。

 

 こちらのアルファベットのYに似た布陣に対し、相手は航路に封鎖線を引いているからか、横一列の単横陣であった。あえて密集形態をとったのは各個撃破を恐れての布陣であるが、この布陣の要は最前列に位置するカレとテミストの両艦にあった。この二隻のシールドを盾に残ったフネが敵を撃つためである。

 

 またカレとテミストを前に出したのは、これまた慣れない操船で若い二人よりも遅れが目立つルー老師の支援の為でもあった。俺がカルポに乗り移ったなら良かったのだが、生憎移乗する時間もなかったので、何時の間にか復活していた老師に言われ、陣形を整えることくらいしかできなかった。

 

まぁ既に発見した時には一時間を切っていたんだし、むしろその短時間で僅か6人が艦隊戦が出来る準備ができたことの方が奇跡である。ぶっちゃけ間に合わないと思ったしな。宇宙服を着る時間があっただけでも十分すぎるぜ。もっとも直撃を受けて爆散すれば宇宙服何ぞ紙切れ程の役にも立たんけどね。

 

【高熱源体急速接近、標的はカルポ】

 

 飛来する中型対艦ミサイル。弾頭は不明だが直撃はまずい。

 

「トトロス!」

『合点だ』

【カレがカルポの前に出ます】

 

前に出した事で敵の攻撃にさらされたカルポをかばったカレのシールドから激しいプラズマ光が発せられる。地上で使われれば甚大な被害と放射能をまき散らす熱核も、宇宙で使われればちょっと熱量の大きな閃光弾のようなもの。

 

シールド技術の拙かった前世紀ならばともかく。APFシールドに加えて重力場防御帯のデフレクターがある今では一撃必殺とはなりえない。とはいえ膨大な熱量とエネルギーはフネのセンサーを狂わせ、シールドに多大な負荷をもたらす。

 

《ギュォォォォッ!!!》

『うひぃぃぃぃっ!!』

 

 激しい震動と閃光に身をちぢこませるトトロスの姿が通信に映る。彼にしてみればほんの数百メートルと離れていない地点で、人類が生み出した最初の地獄の火炎が炸裂していたのだから生きた心地ではあるまい。だが、なんだかんだ言ってトトロスはちゃんと命令を聞く。扱いやすい男だ。

 

 そして撃たれて黙っているほど、こっちは紳士じゃねぇぞ。反撃だとばかりに生き残っている砲を敵艦隊に向けて発射させる。よし、久しぶりに今だ記憶に残る有名艦長にあやかってみようじゃないか。

 

「おっさんたち弾幕薄いぞ!なにやってんのぉ!」

『うるせぇ!慣れないフネじゃ難しいんだよっ!大体一人で操船なんて無茶過ぎるんだぞ!ちくしょうがっ!』

 

 弾幕が厚くなった。流石はブラ○トさんやでぇ。まぁ冗談は置いておき、巡洋艦には頑張ってもらわないといけない。なにせ先の戦いと違い敵艦隊と距離をとっている為にガトリングレーザーでは収束率が悪いのだ。速射できて長距離でも減衰しない大型レーザー砲が装備されているマハムント級に頑張って貰わないと。

 

【第3主砲エネルギー充填完了まで後少し】

「……主砲発射十秒前!各艦本艦と連動!」

『『『了解!』』』

【リシテア第3主砲用意良し。カルポ、カレ、テミスト第1から第3まで用意良し】

「射撃諸元、前方敵艦隊―――全艦発射ッ!」

 

 リシテア船体下部の後方に位置する唯一生き残った第3主砲塔からホールドキャノンが光り、カルポ、カレ、テミストも全主砲を敵艦隊目掛けて発射した。一発の余波でも小マゼランの巡洋艦に損傷を与えられる威力がある。

 

それが二十発ほど敵艦隊の至近距離を掠めダメージを与えた。直撃はしなかったので小破した艦が目立つが航行に問題はないらしく、ミサイルやレーザーの雨あられが此方に降り注いだ。かなり正確な砲撃で避け切ることが出来ず、俺も含めて全てのフネが被害を受ける。

 

《――ズズゥゥゥゥゥンッ!!!》

【応急修理個所が破壊されました。ボールズ40基損失。ダメコンにより12~18ブロックまでを放棄。完全閉鎖します】

「くっ、敵の狙いが正確過ぎる……」

【敵艦の一部に強力なセンサーを積んだフネがいるかと思われます】

「んな事は判っています」

 

 べートリア級。それが8隻いる敵艦隊の内の2隻を占めていた。このフネは高性能センサーや解析装置を持ち高い探査能力を持つ対地攻撃に優れたフネであるらしい。そいつらが恐ろしく正確な諸元を搭載されたその優秀な解析装置で割り出しているのだろう。

 

 戦えば戦うほどお互いにダメージが増加するが、当たる攻撃と当たらない攻撃なら前者の方が脅威である。当てられれば一撃で沈められる攻撃を持っているのに、それが当たらなければ意味がない。ドンドン溜まるダメージは既にイエローゾーンとレッドゾーンの境目に達しようとしていた。

 

『背後に艦隊の反応検知!敵艦だ!』

「もたついている間にあの哨戒艦隊が復帰したのか……まずい!回避をっ」

【攻撃きます。自動迎撃開始、回避運動―――】 

 

 水雷艇がその機動力をもってして、ミサイルの照準を此方に合わせ一斉発射。それによりAIが鳴らした警報がブリッジ内部に響き、艦隊ごと回避運動の為に大きく動く。前方の艦隊からの攻撃も依然続いていた。その為に被弾率が跳ね上がったが、APFシールドが効かないミサイルの方が脅威であったのでそちらを優先する。

 

 一発ではない、それこそ数十ものミサイルが幾重にも波状攻撃を仕掛けてくるという状況は、先程からの戦闘でダメージを負っていたフネにとっては非常にキツイ攻撃だった。シールドジェネレーターも限界に近いらしく、時折攻撃が直撃することがあるから余計に怖い。………それでもまだ動くあたり、リシテアってスゲェとおもう。

 

 

【迎撃、間に合いません。ミサイル接近、着弾まで4秒】

「デフレクターを後部に集中―――」

 

 そこまで言おうとした時、俺は艦長席から投げ出されそうになった。迎撃装置が作動して後方へ弾幕を張っていたが、これまでのダメージの蓄積により弾幕には穴が開いていたらしい。次々と味方艦隊や旗艦リシテアにミサイルが着弾したのである。

 

 それにより一応厚くしたデフレクターが消失。俺もその衝撃で投げ出されそうになった。また激しい熱量と閃光により一部センサー類がダウン。何よりも厄介なことに至近距離で強力なEMPを喰らわされたのと同じようなモンで、すぐに復旧するとはいえ数秒間“フネの目”が見えない。

 

 その僅か数秒、遮るものが無くなった空間をミサイルが駆け抜けてきた。それこそまさに花道を渡るようにして……そしてブリッジに軽い衝撃が走った。高速で飛来したミサイルがその運動エネルギーを持ってして装甲に、それこそダーツの矢のように突き刺さっていた。

 

 今だ推進機が生きているのか尾から炎を噴き出して、ゆっくりとまるで豆腐に指を刺すかのように装甲板に食い込み……爆発。激しい衝撃で再びコンソールに叩きつけられそうになる。ダメージ表示が今のでレッドゾーンに突入。まぁ時間の問題だったから少し早かったと考えれば―――

 

【リシテア被弾しました。後部対空砲沈黙……機関部に異常発生。粒子パイプ断絶、推進機沈黙、インフラトン粒子シリンダー、内部圧低下中】

「な!エンジンがっ」

【ボールズ急行中、現場の修理ドロイドが修理を開始。ですが戦闘臨界まで出力はあげられません】

「………ちなみに無理に上げるとどうなります?」

【爆散します。盛大に】

 

 

…………………(゚Д゚)ボーゼン

 

 

 ハッ!いけねぇ!戦闘中に茫然としてどうすんだ!

 

 

「修復を急がせなさい!他の部署は放棄!ブリッジとシールド設備と機関部だけに!」

【生命維持装置にも損傷を負っています。修理しないと機能停止します】

 

 んなモン宇宙服予め来てるからある程度持つわい。

 

「……全ボールズを機関部に、旧式修理ドロイドも全部だして対応してください」

【了解】

 

 最悪の事態、と言えばいいだろうか。

 戦闘の中でエンジンが止まる、陣形で最後尾に位置していた事が災いしたということなのだろうか。いやその他の艦からも煙が噴き出しているから被害は出ているのはこっちだけじゃない。全員ヤバかったし、当たり所が悪かったのか……。

 

『ユーリさんよ?インフラトン反応が拡散して減少してるけど?』

「直撃は喰らったらしいですが…まだ大丈夫、です」

 

 動けないんだけどね。まぁ補機が稼働しているから推進機への粒子供給パイプが修理できれば動くことは出来る。ここで動けないとか言ったら士気が下がるからあえて言わなかった。

 

「そっちこそ煙吹いてますよ?トトロスさん」

『それこそ今さらだぜ。つーかここまで来て無傷のフネなんていねぇゼ』

「それもそうですね」

『「わはははは………ヤベェ」』

 

 包囲されその砲口やミサイルが全て此方を向いているという状況に、正直笑うしかないので乾いた笑いを浮かべてしまう俺とトトロス。うむむ、少し現実逃避したが撃つ手がねぇ…これじゃホントに八方塞だ。

 

『おいィィィ!!レーダーに反応、前方10時の方向から別の艦隊来てッぞ!』

『あわわわわ』

『ふむ、こうなると策など無意味。捕まること覚悟で脱出ポッドに乗り込むくらいしかないのう……』

「こんどは何処のフネッスか!」

【リークフレア級×4、シャンクヤード級×2、ファンクス級×2、艦種不明×1、所属不明、識別信号を発信していません】

『海賊まで来やがったのか?!』

『エンデミオン艦隊のインフラトン反応増大!ロックオンされた!もう逃げられねぇ!』

「くっ、ここまで…ようやくここまでこれたのに…」

 

 かなり堅牢な此方の艦を完全に破壊するために、最大出力で砲撃を行うつもりらしく、全砲門を此方に向けたまま全砲斉射準備に入っていた。万全の状態なら避けるなり防御するなりできたのだが、艦隊はかなりの攻撃にさらされたので満身創痍に近く、とてもではないが攻撃を回避することも受けとめることもできそうにない。

 

刻一刻と発射までの予想時間のカウントが減っていく。このカウントが尽きた時が俺達の命が尽きる時なのだろうが、なんか現実感がないなと俺は思っていた。畜生、無理矢理脱出なんてしたからか?あのまま大人しく救助が来るまで監獄惑星に閉じこもっているべきだったと?冗談じゃねぇ。

 

「比較的無事なフネは……カルポか!」

 

 損害が一番少なかったのは艦隊中心に居たカルポだった。中心に居たことで目の前の艦隊からの砲撃も後方から追い付いてきた艦隊のミサイル攻撃もあまり受けなかったからだ。俺はすぐさま老師に移動チューブを伸ばして他のフネに移乗するように指示を出し、他のフネも何時でも脱出できる様に準備するように指示を送った。

 

急がないと敵の大攻撃が始まってしまう。時間との勝負であった。俺は俺でユピコピに指示を送り、リシテアを前に出すように命令する。何をしようというのかというと実に単純な事だ。敵に隙を作るためにカルポを盾にしてリシテアを相手の艦隊に突っ込ませ、中央でエンジンをフル回転させる。ただそれだけだ。

 

機関部に損傷を負ったリシテアはエンジンのオーバーロードを起して爆発。上手くすれば包囲網に穴をあけることが出来る。そうすれば混乱している間にこの場は切り抜けることが出来る筈だ。どうせこのままじゃ死んじまうなら、でっかい花火くらいあげてやらぁ!

 

【未確認艦隊急速に近づきつつあります】

「構わずカルポを前にだしてリシテアを後ろに着けて!」

 

 無人艦と化したカルポが前に出て、その後ろにリシテアが着き、一列に並んだ両艦が艦隊の前に出る。俺も脱出しなければと脱出ポッドに行こうとしたが―――

 

【敵の予想攻撃開始時間まで、後10秒、9、8、7―――】

 

 ―――どうやら間に合わなかったようだ。脱出ポッドが射出されるまで早くても20秒掛かる。とりあえず言えるのは今脱出したらハチの巣じゃなくて消滅するということだろう。

 

「打つ手なし、もうダメか……クソッ」

【――3、2、攻撃、今】

 

 無駄だとは思ったが衝撃に備える為にコンソールに伏せた。シールドを全開にしたカルポが前に出ているからしばらくはしのげるが、今の速度だと僅か数分で敵艦隊に突っ込むことになる。出来れば機関部の爆発で一瞬にして消滅したいなぁ。一番の心残りは結局童貞だったってことかぁ……はぁ。

 

―――そして俺は目を瞑り、親しかった人達の顔を思い浮かべるのだった。

 

 

 

 

何時の間にか無限航路、BAD END

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

………………………あり?振動もなにも来ない?

 

 

 

 

 敵艦隊から砲撃が来る筈なのに、待てど暮らせど攻撃の振動が来ない。おかしいと思い恐る恐る顔をあげ外部モニターを見た。するとそこには火球となりて爆散しているエンデミオン艦隊の姿が……うえぃ!?

 

 あ、ありのまま起こった事を話すぜ?死を覚悟して突っ伏していたと思ったら敵艦隊が次々と落とされていた。何を言っているか判らないと思うが俺にもよくわからなかった。目の錯覚だとか気が狂ったとかちゃちなもんじゃry

 

 と、とにかく思わずポルナレるくらいに動揺が走った。あ、また一隻沈んだ。

 

《――┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″┣″》

 

 気合が入った衝撃波が来たような気がした。え?なにこれ怖い。

 

【未確認艦隊、エンデミオン艦隊を強襲、敵艦隊は混乱しています。作戦は続行しますか?】

「未確認艦隊が……?なして?」

 

 所属不明ってことは未確認ってことで、そう言うヤツは大抵が仕事中(・・・)の海賊か、所属を知られたくない何処ぞの国家直属特殊部隊とかが相場だ。仮に前者だとしたら海賊が利にならない事をする訳がない。後者の方がもっとありえない。それこそする意味がない。

 

 まさか通りすがりのセイギノミカタとかいう輩じゃねぇだろうな?宇宙ってのは広いからそう言った変人がいないとは限らない………あんまり考えたくないけど、作戦行動中のエンデミオンの哨戒艦隊にケンカ売れるようなヤツって普通の精神じゃない気がする。

 

 気が付けば目の前のエンデミオン艦隊は残存艦が4隻を切っていた。あまりの電撃戦に碌な反撃も出来ずに輸送艦を連れて脱出しようとしていた様だが、リークフレア級高速巡洋艦に回りこまれ離脱できず立ち往生している。そして止まったフネを未確認艦隊にいる旗艦と思われるフネが、ほぼ一撃で葬っていた。

 

 その旗艦と思われるフネは帯同している味方艦とは全く違う形状をしていた。まず他のフネがリークフレアやシャンクヤードといったゼオスベルト系の横に広がった全翼機みたいな艦船なのに対し、そのフネはどこか水上艦を彷彿とさせるような形状をしていた。

 

 といっても、バルパスバウにあたる部分は鋭利な衝角のように長く伸び、それと同じくらいの長さがある同じ様な突起物がその上に二本伸びている。見る視点を変えれば三脚台の足の配置に見えるかもしれない。そして船体中央部分からまるでデルタ翼機のように大きな翼のように見える構造体がせり出している。

 

 上甲板には船体中央部より少し後ろに水上艦の艦橋のようにせり出した構造物が立ち、その構造物の前には三連装主砲と思われる砲塔が左右対称並列に並んでおり副砲も2基あった。おまけに艦橋と思わしき構造物の後ろにも、後部砲塔と思わしき主砲が2基、副砲が2基と艦前部と似た配置で置かれている。火力は異常にありそうだ。

 

よく見ると艦橋と思わしき構造物の真下、艦底部分にも艦橋とは対称な感じに構造物が伸びている。第三艦橋とでも言うのだろうか?しかもその第三艦橋っぽい部分にも上部甲板程ではないが4基の主砲と2基の後部砲塔がくっ付いている。各主砲が速射可能なら単艦でも非常に強固な弾幕を形成できそうである。

 

 しかしその未確認戦艦はエンデミオンともロンディバルドとも、ましてや他の星間国家群に所属するどの艦艇とも全く異なる設計思想が見受けられる。蒼いそのフネだけがまるで別世界から迷い込んだ兵器のような、そんな錯覚を始めて見る連中には与えた事だろう。

 

『なんだあの艦隊……』

『もうわけが判らない』

『後ろの艦隊も逃げていく……』

『敵なのか、それとも味方なのじゃろうか……』

 

 監獄惑星から逃げ出した仲間の顔には判りやすいほどの疑問符がありありと浮かんでいた。対して俺は疑問符は浮かべていたが、それは別の事に対してだった。

 

「…………(あらー?なんかあのフネ見たことがあるような?)」

 

 つい最近、大マゼラン……ではなく小マゼランに居た時か。たしかに何処かで見たような気がする。というかあんなフネは無限航路に登場しない筈だ。ただデメテールのような異例もあるから断言はできないが……しかし何処で見たんだっけ?

 

 そこまで考えて、未確認戦艦の全体をもう一度見た時に“実に機能的なブロック工法だな。ロジックが備わったカタチに必然性のある「工業デザイン」がベース…あり?デジャブ?”とか考えたところで、おらのからだに電流走る。

 

「ま、まさか……あのフネはっ」

【エンデミオン哨戒艦隊、正体不明艦隊により壊滅しました】

『―――しめたっ!ユーリさん今の内に離脱しよう!』

『し、針路上に艦隊が展開してます。方向転換している間に捕捉されます…』

『おいおいウォル坊!逃げるなら今しか無いぞ!とにかく俺達は逃げるぜ!』

 

 マハムント級に乗っているおっさんたちはそう言うが早いか全速力でこの場から離脱を始めようとする。彼らを追いかけるべきかどうすべきか躊躇している間にユピコピから声が発せられる。

 

【未確認艦から通信、繋ぎますか?】

 

 とっさにコンソールでYesを選択していた。そう、あのフネを見たのははデメテールを手に入れた直後の事。小マゼランのマゼラニックストリーム玄関口にあるカシュケントで修理の為に停泊していた時、デメテールの中にあった異星人のライブラリーに保管されていた艦船のカタログデータの中に確かに存在していた。

 

 その名は確か―――戦闘空母ブルーノア級。

 

 

【メインパネルに投影します】

 

 ブルーノア(仮)から送られてきた通信が、リシテアブリッジのメイン空間ウィンドウに投影される。そこに写ったのはがっしりとした体つきのカイザル髭が特徴的な武人風な男。そして俺は、彼を知っていた。

 

 

「―――やはり、貴方がたでしたか……」

『………お久しぶりです。ユーリ艦長―――随分と成長なされたようですね』

「ええ我慢できずに自力で脱出するほどに、ね。そちらはあまり変わりないようですね―――ヴルゴ・べズン」

 

 そう返すと通信先の武人風の男―――白鯨艦隊・分艦隊司令ヴルゴは一瞬胡乱な目で此方を見た。あれ?なんでそんな顔しとるん?

 

『……………(はて?見たところ間違いない筈だがどこか違和感が――)』

「どうかしましたか?」

『いえ、なんでもありません。積もる話もありますが今はこの場から離れることを優先したいと思いますが、いかがであろうか?(―――そうか!口調がちがうのか!)』

「お願いします。見てわかる様に此方はボロボロです。応急修理の為にボールズと資材を送ってほしい。あと操船の為に囚人たちもフネに乗っていますが、彼らは良き協力者です。手荒なまねはしないでください」

『判りました。手配します。(フーム。あの口調ではないと何か調子が狂う。というかこれは本当に艦長なのだろうか?)―――艦長、つかぬ事を聞きますが、私が以前使えていた領主は聡明ではありませんでした。では何故使えていたか判りますか?』

「ん?それは―――先代にご子息を守るように言われたから、でしたね」

『……変な質問をしてもうしわけない。それでは責任を持ってエスコートさせていただきますぞ(過去を話したのはあの一度きり…(第48章参照)ということは彼は間違いなく…)』

 

 あれれー、疑いの目が質問に答えたら普通になったよー。

 いやまぁ何の意図の質問だったのかくらいは察しがつくけどね。

 

「フムン、不安だったら遺伝子鑑定でもしますか?」

『これでも人を見る目は確かです。ご安心無されい』

 

 俺がクスクスと笑いながらそういうと、ヴルゴは憮然とそう切り返してきた。

 

『―――それと艦長』

「はい、なんですか?」

『よくぞ……よくぞ生きて戻られましたな』

「その言葉はデメテールに着いた時にこそ受け取ろう。だが……心づかいに感謝します」

 

 こうして名が気に渡る囚人生活は終わり、俺はヴルゴ艦隊の庇護の元、囚人たちと共に一路デメテールへと向かうことになる。とりあえず懐かしき我が家に帰れると、その日の夜時間に歳甲斐もなく心が弾んだのであった。

 

 


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