その剣、純愛の力で全てを断つ ~なおドスケベボディの姫様が同行する~   作:本間・O・キニー

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純愛なんてくそくらえ

 何もない平野をずっと眺めていた。

 草も木も無い、鳥や獣や魔物も近寄ってこない、どこまでも続く平らな大地を。

 

 そこに、何の前触れもなく、女の姿をしたものが現れる。

 その顔は、見慣れたあの顔とよく似ていた。

 でも、そこに浮かべた表情は、あの少女のそれとは似ても似つかない。神々しく、人間味がないほどに、慈愛に満ちていた。

 

「誰だあんた」

「わたしは女神。愛の女神ピュアハート。見事、魔王討伐を成し遂げた英雄に、まずは心よりの称賛と感謝を」

 

 ずっと話に聞いていて、ずっとどんな奴だろうと想像していた女神が、そこにいた。

 

「おかげさまでな。終わってからノコノコやってきたあんたはともかく、聖剣様は本当に活躍してくれたよ」

 

 抑えきれないトゲが言葉に混じる。

 それを気にする様子もなく、慈愛の顔を崩さぬ女神。

 

「神とて、地上で自ら振るえる力は、人間とそう変わりないのです。それに、わたしは全ての者を愛する愛の女神。たとえ愛無き魔物であろうと、心ある者を自らの手で傷つける事ができぬ身。だからこそ、その聖剣を作ったのです。真に愛深き者であれば、その力を正しく使うであろうと信じて」

 

 人形のように変わらぬ表情のまま、淡々と言葉が並べられていく。

 

「ですが、此度の戦いもまた、悲しき結末となってしまいました。意図していなかった形で、悲劇は繰り返されました。わたしはその責任の、埋め合わせをしなくてはなりません」

 

 そこで初めて、女神は表情を動かす。

 それは、やはり人間味のない、笑顔。

 嫌な予感しかしない、笑顔だった。

 

「ですから、結婚しましょう」

 

 かつての英雄も、きっと同じことを言われたのだろう。

 彼は一体、どんな思いでそれに頷いたのか。

 

「愛する人を失ったあなたに、わたしが代わりに愛を与えます。もちろん、あなたは英雄なのですから、わたしも口うるさい事は言いません。わたしの身体を欲望の捌け口にするも、他に愛する人がいるなら重婚するも、全てあなたの自由です。それに」

 

 なおも何かを言い続けようとする女神の足元に、黙って聖剣を放り投げた。

 それはカランカランといい音を立てて転がりながら、徐々に光を失ってゆき、やがて沈黙する。

 

 ようやく口を止めた女神の顔に、初めて人間味のある感情らしきものが浮かぶ。

 それは、無垢な戸惑い。疑問。

 

「よく分かった。間違いなくあんたは、その下らない剣の製作者だよ」

 

 その顔に背を向け、歩きだす。

 

「こんなのが、愛だなんてな」

 

 背中に、ずっと纏わり付く視線を感じながら。

 二度と振り返ることは無かった。

 

 

 

 からっぽな心で、からっぽな旅路を歩き続けて、ようやく王都に帰り着くと、街を挙げての熱烈な歓迎が待ち構えていた。

 大通りの両脇に並ぶ人々。誰も彼も泣いたり笑ったり、大げさなほどに感情を露わにして、みな一様にこちらを見ている。

 群衆によって作り出された長大な凱旋道は、王都正門からまっすぐ街を貫いて、王城にまで続いていた。

 それに導かれるように、俺は王城に辿り着く。全ての始まりを宣言した男、国王の元へと。

 

 彼は、どうしてか本来の謁見の間ではなく、人気のない離れの部屋に俺を迎え入れた。

 

「あんたは知っていたのか? 前回の魔王との戦いの、その結末を」

 

 もはや、畏まった態度を取る気にもなれなかった。

 

「知っていたとも。おそらくは、今の貴公よりもな。若き日の建国王が、最愛の人の亡骸から聖剣を取り、魔王を消滅させた、その苦悩の記録。預言により知らされた、遠からぬ先の魔王の再来。そしてかつての私は考えた。きっと、次も同じ事が起きねば、魔王を倒すことはできぬであろう、と」

 

 飾り気のない、閑静な部屋で、羽虫の飛び回る音が、やけに大きく耳に響いていた。

 

「だからお膳立てをした。結局の所、聖剣の真の力を解放出来るか否かだけが、全てなのだ。男女二人、旅の苦難を乗り越える事で、愛を育ませる。そして、そのうちにどちらかが死ねば、残った方が聖剣によって魔王を滅ぼす。到底計画とは呼べぬ、恥ずべき、杜撰な話だ。だが効率がよく、まだ勝算が高い方だった」

 

 一匹の羽虫がランプに飛び込み、音を立てて焼けた。

 

「その事を、姫様は?」

「教えた事は無い。そもそも、会った事すら数えるほどだ。だが、察していたとしても不思議ではない。あの娘の母親も、聡い女であった」

「どうして、姫様が」

「犠牲が避けられないのであれば、せめて可能な限り身内から。それが王族として、英雄と女神の血を引く者としての使命である」

 

 疲れ切った顔。憔悴した声。そして、一抹の安堵。

 

「だが、道連れの選択をあの娘に押し付けてしまったのは、私の心の弱さゆえだ。いや、そもそもあの娘を自らの手で育てなかった事も、真実を話せなかった事も、全ては情を捨てきれぬ、私の弱さだったのだろうな」

 

 そこにいたのは、ただの苦悩する父親だった。

 

 聞きたいことは聞いた。

 黙って席を立とうとすると、顔を上げた男に呼び止められる。

 

「実はな、昨日王位を息子に譲ったのだ。少々勇気には欠けるが、優秀な子だ。きっと繁栄させてくれるであろう。この、女神に守られし国を」

「はあ」

「それと、この部屋に近寄る人間は滅多におらぬ。護衛も外させておる」

 

 本当にこの一族は、回りくどい言い方が好きらしい。

 

「つまりだ。今、この場でこの老いぼれ一人の身に何かが起きようと、何の問題にもならぬであろう、という事だ」

 

 そして、すぐに平然と自らを投げ捨てようとする。

 

「お戯れを。先王陛下」

 

 もう、用は無かった。

 

 

 

 救国の英雄という肩書きのおかげで、俺の暮らしはだいぶ変わった。

 まず住む所からして違う。国中から選りすぐられた職人たちの手によって、俺一人のためだけの豪邸が建てられてしまった。

 

 でも、あまりに急ピッチで建てられたので、流石の職人たちも満足に仕事が出来なかったのだろう。

 あるいは、実はあまり腕が良くなかったのかもしれない。

 なにせこの家、いつもぐにゃぐにゃなのだ。

 

 本当なら直線であるべき柱が、ぐにゃぐにゃに曲がっている。壁もぐにゃぐにゃと蠢いている。

 ベッドも本棚も、ありとあらゆるものがぐにゃぐにゃしていた。

 だんだん部屋が斜めに傾いてゆく。遂にはぐるりと反転して、床が遥か頭上に見えていた。逆さで天井に貼り付いている俺の傍らに、空き瓶の山が仲良く貼り付いている。

 

 挙句の果てには部屋にゾウが乱入してきた。

 ひらひらと宙を舞い踊るドワーフのおっさんたちを掴み取りするライオン。モグラがパンの操り人形で腹話術を披露している。

 もう、わけの分からない光景が広がっている。とんだ欠陥住宅だ。どう文句をつけてやればいいんだろう。

 

 終いには、きっと夢でしか出会えないような、美しい少女まで現れた。

 

 その胸は、この世のものとは思えないほどにデカかった。

 尻もデカくて、ふとももはムチムチだった。

 少し懐かしい純白の衣装は、その豊満さを隠すにはあまりに貧弱だった。

 女神なんかよりずっと可愛らしく、淫魔なんかよりずっと魅力的な、少女がそこにいた。

 

「いろいろ、お話ししたい事はあるんですけど……」

 

 少女が口を開く。

 いつの間にか、部屋は静かになっていた。

 

「ただいま帰りました。騎士様」

 

 思わず、抱きしめたその身体は、夢ではあり得ない、確かな温もりを伝えてきていた。

 

「おかえり」

 

 

 

「気がついたら、女神様が目の前にいらっしゃったんです」

 

 少女の体温を、息遣いを、匂いを、柔らかさを感じながら、ぽつりぽつりと、耳元で囁かれる言葉を聞いていた。

 

「それで私、なんだか神様になっちゃったみたいで」

 

 初めて、自分から抱きしめたその身体。

 それは、以前と変わらぬ蠱惑的な感触を与えてくれていた。

 

「理由は教えて頂けなかったんですけど、騎士様にまた会えるなら、どうでもいいかなって」

「はい。どうでもいいですよあんなの」

 

 微妙にトゲの残っていた俺の言葉に、訝しがる姫様。

 それを無視して、より強く、抱きしめる手に力を込める。

 ずっと、こうしていられたら。温もりを感じていられたら。後のことなんてどうでもいい。

 

 だが、突然俺はその温もりから引き剥がされ、突き飛ばされる。

 他ならぬ、姫様の手によって。

 

「騎士様、魔王を倒したんですよね」

 

 呟きながら、ゆっくりと歩み寄ってくる姫様。

 俺はというと、何が起きたかも分からず、仰向けに倒れていた。

 

「私たち、こうして帰ってこれました」

 

 酒浸りの酔いを急に思い出したように、脱力する体。

 ただ、姫様を眺めることしかできない。

 

「あの下らない聖剣も、もう必要ありません」

 

 その顔が、急接近する。愛する人の顔が、視界を埋め尽くす。

 いつになく真っ赤な頬で、蕩けるような声色で、姫様は囁いた。

 

「だからもう、純愛なんてくそくらえ、ですよ」

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