自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせいたしました。
ちょっとエルデの王を目指してました。



穴掘りと嵐と竜と

 ここのところ、拠点周辺で見かける鳥の数が少なくなってきたような気がする。

 見かける、とは言ってもその殆どは鳴き声であったりとか、羽ばたく音であったりとか、いわゆる気配と呼ばれるものではあるのだけれど、ここ数日の間で森の中が随分と静かになったような気がするのだ。

 私の勘違いであれば良いのだが、あるいは渡り鳥のように他の島へと移動してしまったのかもしれない。

 何にせよ、この辺りから動物が減ってしまうのは、少し残念だ。

 勿論、静かになって寂しい、という感傷的な気持ちではなく、単純に獲物が減る、得られる食料が少なくなるという、実に俗っぽい理由である。

 勘違いして欲しくないが、動物と仲良くしたいという気持ちはあるのだ。

 動物は好きだ。

 生前だって犬に猫、インコ、兎と様々な動物を飼っていたし、こんな、今まさに動物を殺して食う為に罠を仕掛けている私であっても、何も動物を愛でる心が無くなった訳ではない。

 だが、それは衣食住に、生きることに余裕がある場合だ。

 もしも今、私の目の前に子犬が現れたとして、私は飢えに耐えてその子犬を食わずにいられるのか、正直自信がない。

 いやきっと、我慢はできるのだろう。

 それは百年近く、日本という国で生きてきた中で育まれた倫理観、道徳観があるからこそであり、いくら飢えに飢えたとして、それなりの教育を受けてきた人間であれば、その道を外れる行為というのは最後の最後、それをしなければ死ぬ、という究極においてこそ選択されるべきなのだ。

 そして、だからこそ私は恐ろしい。

 愛情を以て育てた子犬を、最後の最後、そうしなければ死ぬという場面で、私はきっとその選択をする。きっと、私は抗えない。

 一度死を経験した老人が、何だかんだと死を恐れないと思っている老いぼれが、最後の最後で本能に負け、きっと生にしがみ付く。

 私は、それが恐ろしい。

 それはもう、人間ではない。

 それはもう、獣だ。

 今まさに、私が仕留めようとしている獣そのものだ。

 あるいは、それを超えたナニカ。

 化物。

 

「いや、いかんな。どうにも気分が滅入ってくる」

 

 空を見上げる。今日は生憎の曇り空。

 灰色の雲が空を覆い、この様子では近いうちに雨になるだろう。

 天気が悪いと、気分も悪くなる。

 うん、どつぼに嵌る前に、あまり深く考え込むのはやめておこう。

 今はひたすら、手を動かす。

 作るのは、スネアトラップと呼ばれるシンプルな仕掛けの罠だ。

 まずはシュロ縄を程よい高さ、太さの枝に括り付け、その先に棒を付ける。この枝を引っ張った時に、元に戻ろうとする力が動力になる。

 さらに棒の先には、引っ張られるときつく締まるように縄で輪っかを作っておく。

 次は三本の棒をコの字になるように組み合わせたものを地面に打ち付け、その支柱二本の延長線上にもう一本、四角く加工した杭を打ち込む。

 そして最初の枝に繋がっている棒を引っ張ってきてコの字の下に潜り込ませ、戻らないように別の棒を杭との間に挟み込む。この棒が引き金の役割をする。

 獲物がこの引き金を踏めば棒が外れ、しなっていた枝の力で輪っかが締まる仕組みだ。

 単純な仕組みだが、だからこそ扱いやすい。

 これと同じものを、都合十か所ほど設置する。

 勿論、これであの化物が止まるとは考えにくい。何せ大木を粉砕するほどの怪力の持ち主だ。数秒その動きを止めることができれば御の字だろう。

 だが、その数秒がまさに肝。命運を分ける数秒になる。

 槍で一突きする時間があれば、奴に手傷を負わせることができるかもしれない。あるいは、上手く急所を突くことができれば、それで仕留めることができるかもしれない。

 もっとも、相手も相当に暴れるだろうから、そう簡単にはいかないだろうけれども。

 

「これでよしっと。さて、次もやってしまうか」

 

 スネアトラップを仕掛け終えた私は、続いて拠点近くに仕掛けた落とし穴の改良に取り掛かった。

 被せていた枝や葉っぱを取り除き、底に埋め込んだ杭を掘り起こす。

 とりあえず、あの巨体を狙うのであれば今の倍は深く掘っておいた方がいい。

 雨が降り出す前に、やれるだけやってしまおう。

 幸い、ここの土は砂利や石が少なく、掘り進めるのにそう手間はかからない。体力の問題はあるが。

 そして今回はあらかじめ作っておいた石器シャベルを使う。

 太い枝に凸型に加工した石を括り付けただけの単純な作りで、さすがに現代のシャベルのように掘った土をそのまま運ぶといった器用な真似はできないが、石だけを使って作業していた前回と比べるとその作業効率は天と地の差であった。

 しかし、ここで苦労したのが掘り出した土の扱いである。

 初めは頭の上まで持ち上げれば外に捨てることができていたのだが、穴の深さが私の背丈を超え、二メートル程になってからはそれも難しくなってきた。

 背伸びをしても、まだまだ届かない高さである。

 では、どうするか。

 考えて、考えて、考えて、思い出したのは昔テレビで見た、とある動物の姿。

 カンガルー。

 知らぬ人はいない、お腹に袋を持った動物園でも人気の動物である。

 彼らは喧嘩などの時に強力な前蹴りで相手を攻撃するのだが、その際に自分の尻尾だけで体を支え、直立することがあるらしい。

 さすが、あれほどの立派な尻尾を持っているだけのことはある。

 ところで、自慢ではないが私にも立派な尻尾が付いている。その頑丈さは、先日証明して見せたとおりだ。

 だから、こう考えた。

カンガルーにできるなら、私にもできる筈だ、と。

 そしてその考えは、恐らく間違ってはいない。

 少なくとも枝に巻き付けてぶら下がる、そしてその後身体を持ち上げるだけの筋力はあるのだから、第三の足として機能させることも可能の筈だ。

 まあ、論より証拠だ。

 やってみて何かリスクがある訳でもなし、私は軽い掛け声の後、背伸びをするのと同じような感覚で尻尾に力を込めた。

 ぐっと、身体が上に持ち上がる。 

 

「おっ、とっと、どっこらっ、せっと」

 

 右にゆらゆら、左にゆらゆら。

 まるで初めて自転車に乗った時のような頼りなさに肝を冷やすが、何とか穴の縁に手をかけることに成功した。

 ここまでくれば、あとは簡単だ。

 自由になった尻尾で籠を引っ掻け、右手に受け渡す。そしてそれを翼で支えながら、ゆっくり穴の外へ。

 外に出した後は、両翼を上手く扱って籠をひっくり返して土を捨て、籠はそのまま回収。

 両手を放して穴に戻り、また作業を再開する。

 かなり面倒ではあるが、こうすればいちいち穴を登るよりも効率が良い。

 そうして穴を掘り終え、底に杭を並べ始めた頃、頬にぽつりぽつりと当たるものがあった。

 

「あっちゃあ、降り始めたかあ」

 

 罠づくりも佳境に入り、あとは杭を打つだけだったのだが、無理をして風邪でも拗らせたら大変だ。

 女が身体を冷やしちゃならんとは、我が子にも孫にも言ってきたことである。

 ましてや身体も小さく、爬虫類的な特徴を持った少女であるので、体温には人一倍気を付けなければならない。

 私は手早く先ほど土を捨てた時と同じ要領で穴にぶら下がると、今度は翼で穴の外を掴んでぐいっと身体を引き上げた。

 少しずつではあるが、雨脚が激しくなってきている。

 一日中穴を掘って、すっかり泥だらけになってしまった身体をさっと川で洗い、足早に簡易シェルターへ。

 小さくなった焚火に薪をくべ、冷えた身体を温める。

 ぱちぱちと薪が小気味の良い音を鳴らす頃には、辺りはバケツをひっくり返したような土砂降りになっていた。

 

「こりゃあ、穴が崩れなければいいけどなあ」

 

 大なり小なり、穴の傍に積み上げた土砂は流れ込んでしまうだろうが、その程度ならまた掻き出せばいい。

 だが穴の側面が大きく崩れたりすると、元通りにするのにそれなりの時間と手間がかかってしまう。

 それは勘弁してほしいものだ。

 ともあれ、ここでただ焚火を眺めながらやきもきしていても仕方がない。

 私は洞の中から干した貝やら魚を引っ張り出すと、それを枝で作った串に刺し、焚火で炙り齧り始めた。

 凝縮された旨味がじわりと口の中に滲み出て、僅かな潮の香りが鼻へ抜ける。

 美味い。

 これで熱燗でもあれば文句はないが、残念ながらここは文明とは程遠い森の中。

 飲み物は煮沸消毒した白湯だけだ。

 

「ドクダミ茶でも、作ってみるかあ」

 

 今まで見つけてきた中で、茶として利用できるとすればそれだけだ。

 作り方も干して刻んで煎じるだけと聞いたことがあるし、そうややこしいものでもないだろう。

 何より、たまには白湯以外も口にしたい。

 かなり贅沢な悩みだと自分でも思うが、炭酸飲料や紅茶、コーヒーの味を知っている身からすれば、白湯ばかりではさすがに飽きてしまうのだ。

 まあ、その前にあの化物との決着を付けてしまわないと、安心してドクダミ摘みもできやしないのだが。

 なんとも、世知辛い世界である。

 

「ん、なんだ……?」

 

 私がそんなくだらないことを考えていると、ぴりっと何か感じるものがあった。

 頭頂部、角の生え際である。

 何やらむずむずとして、すわ虱か何かでも入り込んだかとぞっとし、頭を掻いてみたが、どうやらそういうことでもないらしい。

 では何だというのか。どうにも頭の、角の辺りがむず痒いのだ。

 私があまりの違和感にあーだのうーだの呻きながら頭を左右に揺らしていたところ、かっと雨雲に覆われた空に閃光が走った。

 あっと思った次の瞬間、どかんと、腹の底に響くような雷鳴が響き渡る。

 どうやら、この島のどこかに落ちたようだ。

 だが私が目を奪われたのはその雷鳴でも、稲光でもなく、雷雲の中に一瞬だけ浮かび上がった何かであった。

 それは、巨大な影であった。

 鳥か、飛行機か、いや、そのどれも違う。

 波打つ長い胴体。

 鋭い鉤爪が付いた短い手足。

 後ろ向きに伸びる角。

 それは巨大な蛇。いや、竜の影であった。

 呆気にとられる。

 豪雨に身体を打たれながらも、私は言葉を失っていた。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。

 その時の私の顔ときたら、それはそれは面白いことになっていたことだろう。

 本当に、この世界は信じられないことばかりだ。

 いや、私が、この身体が鱗を持ち、翼と尾が生えていたことからまさかとは思っていたが、本当に竜が、空想の生き物が実在しているとは。

 竜の姿が、雲の向こうへ消える。

 時間にして、十分にも満たない僅かな間。

 嵐が過ぎ去った後、そこには雲一つない、美しい星空が広がっていた。

 

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