自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
「は、は、はっくち!」
ぼふん。
我ながら気の抜けるようなくしゃみと共に小規模な、ガス爆発にも似た炎が弾ける。
場所は海岸。余計なものに燃え移らないよう、髪は束ねて頭の上に、腰みのも今日は外して拠点に置いてきたので、身に着けるのは鱗の防具のみである。
「ううん、いまいちよくわからんなあ」
手にした
ちなみにこのこよりはシュロの縄を解いて作ったもので、何度もくしゃみをすればこの火炎を吐き出す現象について少しは何か掴めるかと思ったのだが、これがどうにも上手くいかない。
どうやら喉の絞り方や息の量によって火炎の規模も変化するようなのだが、おかしなことにくしゃみ以外であの火炎を吐くことができないのだ。
「びゃっくしょい!」
どかん、と先程の数倍はあろう火炎が飛び出し、海面を焼く。
不思議なことに、これだけの火炎を吐いても喉は焼けず、口の中に火傷を負うことはない。
よほど頑丈に出来ているのか、あるいは超常の力が働いているのか。
まあ、己の吐き出した炎で喉が焼き付いて窒息死、などという頓馬を晒すことはなさそうで一安心なのだが、森の中でついうっかりくしゃみをして森が焼けてしまいました、なんてことになってしまえば同じことだ。
云わばいつ爆発するともしれない危険物のようなものだが、使いこなすことができればこれほど心強いものもない。
基本的に火を嫌う野生動物に対しては非常に効果的な武器になるし、自由に火が起こせるようになれば夜通し火種の面倒を見なくても済む。
非常に体力と時間を使う火おこしを避ける為とはいえ、これまでは夜明けまでに何度も寝床を抜け出して薪をくべていたので、朝まで熟睡できた試しがなかったのだ。
だがそれも、自由自在に炎を吐けるようになれば解決できる。夜に火種が消えることを気にすることなく、ぐっすりと熟睡できるようになるのだ。
ああ、なんと素晴らしい。
何としてでも、それこそ拠点作りを後回しにしてでも、この火炎を操る術は身に付けなければ。
「とは言ったものの、原理がさっぱりわからんのだよなあ」
遥か彼方の水平線を見やりながら、うなじを揉む。
そもそも物理現象なのか、それとも超常的な、いわゆる魔法のような力なのか、それすらも曖昧だ。
どちらかといえばその根っこは物理現象に近いものではないか、というのが私の所感ではあるのだが、だとすると気管や口内がその影響を受けていないのがどうにも引っかかる。
もしかすると案外、物理と魔法を掛け合わせたような、そんなとんでもない現象なのかもしれない。
しかしまあ、まさか生前に火を吐いた経験などあろうはずもなく、毒を吐く生き物はいても火を吐くものなど見たことも聞いたこともないわけで。
「いっそぎゃーてぎゃーてーと呪文でも唱えていた方が、わかりやすいのだがなあ」
くしゃみで飛び出すぐらいだからなあ、と私はまた首をひねる。
「とりあえずは、飯にするかあ」
見れば、お天道様がもう空の天辺まで昇っている。
程よく腹も減ってきたし、満腹になれば沸いてくる考えもあるだろうと、私はさっそく薪を拾い集め、砂浜に簡易的な焚火を作った。
本来であればここから気が重くなるほどの重労働、火起こしが待っているのだが、今回はその心配をする必要はない。
先ほどのこよりで鼻先をこちょこちょっとすれば――
「っくち!」
ぼふん、と口から飛び出した火炎が
今日の
ハゼによく似た小魚とカサゴはさっとぬめり、鱗を取り除いて枝を打ち、遠火でじっくりと。同じく枝に刺した貝は直火で炙って頂く。
じわりと表面に脂が浮かび、香ばしい磯の匂いが立ち昇ってきたところで一口。
うん、美味い。
噛み締める度に口の中に旨味が広がり、僅かに効いた塩味がこれまた食欲をそそる。
「あー、こりゃあ酒が飲みたくなるなあ」
どうせなら、空から酒樽でも落ちてこないだろうか。
空を見上げ、白雲のその向こうへ視線を投げる。
あれから散々探してみたのだが、残念ながらあの林檎が入っていた木箱以外、それらしい漂流物は見つからなかった。
そも、他の島からの落し物を期待しようにも、この島の上空を通り過ぎなければどうしようもない。
「早いとこ飛び方も覚えないとまずいからなあ。ああ忙しい忙しい」
そう独り言ちながら、カサゴの串焼きにかぶりつく。
いい加減、物理的な考え方は捨てた方がいいのだろうか。
その方面からの検証は散々無駄な結果に終わったし、大前提としてこの身は地球には存在しなかった生き物なのだから、鳥や蝙蝠のように空気力学やら何やら、小難しいことに拘るべきではないのかもしれない。
だがそうなると、やはり火炎を吐く仕組みについても違う角度から検証してみるべきか。
ぱっと思いつくところとしてはやはり魔法、魔力と呼ばれる、おとぎ話や小説ではお馴染みの超常の力。
炎や雷を操り、空を飛び、時に人を惑わす力。
大事なのは、それを成す為の、自分ならそれが成せるというイメージ。
実際にそこにあるかどうかは、重要ではない。
イメージする。
胸の奥底から、燃え滾る炎が渦を巻いて噴きあがってくる様を思い描く。
息を吸う。
吸う。
吸う。
目いっぱいまで。
胸が張り裂けんばかりに吸い込んだそれを、吐き出す。
吐き、出す。
吐き――
「げふっ」
ぼふん、と口から黒煙が上がった。
「う、げえ、ちょっと飲んだ……」
口が臭い。
いや、そう言うととんでもない誤解を受けそうだが、口の中にガソリンのような臭いが充満して、口を閉じているだけで先程食べたばかりの貝やら魚やらが飛び出しそうになる。
何が悪かったのだろうか。
途中までは上手くいっていたような気がするのだが、炎の素になる何かを溜め込みすぎたのか、あるいは吐き出すのが下手だったのか。
口を開け、まるで煙突のように煙を吐き出しながら考える。
失敗はしたが自分の身体に何か、特別なものが循環している。それは理解した。
四肢に、胸に、腹に巡り巡っているこれを、血液ではない、細胞に満ちるこれを利用する。
その感覚を、応用する。
吸い込む。
呼吸ではない。
酸素を取り込むのではなく、大気中に満ちる何か、これを抽出して体内に巡らせる。
腹が熱い。
身体中を、熱い何かが走っている感覚。
巡らせ、巡らせ、抽出し、濃縮したそれを、吐き出す。
肺からではなく、身体中から集めたその何かを、口から噴き出すイメージ。
発火。
轟、と目の前が真っ白に染まった。
爆発、ではない。
まるで引き絞ったホースの先端から水が噴き出すように、明らかな指向性を持った火炎が、海面に直撃した。
「どわっと、何だあ!」
慌てて口を閉じる。
閉じた牙の間から、燻るように黒い煙が漏れる。
直後、耳をつんざく爆発音と共に巨大な水柱が立ち昇った。
水蒸気爆発だ。
ぞっと、私は背筋に氷でも突っ込まれたような寒気を感じた。
やりすぎた。それは、そう。
だが私は、水蒸気爆発を起こすほどの火炎を吐き出した、吐き出すことができるこの身体を、初めて恐ろしいと思った。
呼吸を落ち着ける。
パニックを起こしかけた思考を、ゆっくりと元の位置に戻してくる。
軽く、今度は蠟燭を消すように細く、息を吐き出した。
ぼん、と軽い爆発音の後、口先に拳大の炎があがる。
なるほど、なるほど。
この感覚には慣れなければならないが、どうやら火力の調整はそう難しくはないらしい。
しかし先程の火炎は、まさしく小説や映画に登場する竜そのものであった。
今回は海面に向かって吐き出したのでこの程度で済んだが、森の中でこの力を振るえば大惨事は免れないだろう。
「何やら、とんでもないことになってきたなあ」
まるで怪獣映画。
東京の街を焼いて回った、あの怪獣のようである。
ビルを踏み倒さないだけマシなのだろうがともかく、大出力の利用はよほどのことがないかぎり封印するべきだろう。
しかしまあ、あれだけの火炎を吐き出したというのに、この身体は未だ火傷もせずぴんぴんとしている。
せいぜいが、火炎を吐いた影響で身体が火照っているぐらいのものだ。
もっとも、それほどの頑強さがなければ、あれほどの力を扱い、御しきれないということなのかもしれないが。
だが、この経験は私にとって非常に有意義なものであることは間違いなかった。
何せこの世界に魔力というか、魔法の素というか、そういったこちらの常識の埒外にある物質が存在するということが知覚できたのだから。
恐らくは、この翼を扱いきる為のヒントもそこにあるのだろう。
「こりゃあますます忙しくなるぞ……っと、何だ?」
火照った身体に翼で風を送り、額に浮かんだ汗を拭うと、自身の二の腕に見たことのないものが浮かんでいることに気が付いた。
赤い。
火傷かと思ったが、どうやら腫れている訳でもなさそうだ。
何やら、呪術的な紋様のようにも見える。
二の腕、胸、腹から下腹部へと伸び、太腿にも数か所。
鱗に覆われた部分には現れていないが、以前まではこんなもの浮かんでいなかったはずだ。
炎を吐いた影響か。
いや、先程目に見えない何かを大量に吸い込んだし、恐らくはその影響である可能性が高い。
しばらく眺めていると、紋様はやがて黒く変色し、それに伴って身体の火照りもしだいに収まっていった。
ううん、問題を一つ解決したと思ったら、また次の問題が出てくる。
持ち主を飽きさせない、何とも困った身体である。
「ともかく、次は飛ぶ練習だな!」
燻る焚火を踏み消すと、私は鼻息荒く帰路に着くのだった。
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