自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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Bamboo dragonfly

 

 次の日の朝。

 私の眼下には青く美しい湖と、力強く生い茂る森林が広がっていた。

 翼をはためかせる。

 風ではなく、風だけではなく、大気中にある何かを掴む。

 目には見えないが、そこに確かにあるもの。

 私はそれを仮に魔力、と呼ぶことにした。

 恐らくは、私が火炎を吐き出す際に用いるエネルギーと同質のもの。

 それはどうやら私の意志を反映、いや、影響を受けてその性質を自由自在に変えることができるようだった。

 詳しくはわからないが、まあ、手軽に利用できる便利なエネルギー。今はそんな程度に捉えている。

 ともあれ、この世に私が知りえない物質が存在すると、昨日の一件で理解してからはとんとん拍子で、それこそ今までの苦労は何だったのかと思うほど順調にことは進んだ。

 初めはふらふらと頼りない空の旅であったが、今ではこうして、景色を楽しめるぐらいの余裕がある。

 

「はは、これは良い。素晴らしい!」

 

 空を自由に駆け回る。

 誰もが夢に見た体験に、私の心は年甲斐もなく浮かれていた。

 翼を打つ。

 頬を撫でる風の感触、風に乗る感覚に酔いしれる。

 足に何も触れない。

 重力から解き放たれたような、途方もない解放感。

 翼を広げ、滑空する。

 風に身を任せ、空を飛ぶ小鳥たちとじゃれるように舞い上がる。

 我ながら、恥ずかしくなるぐらいはしゃいでいた。

 止めておけばいいものの、すっかり気が大きくなってしまった私はとうとう曲技飛行じみた真似まで始める始末であった。

 高度を上げ、宙返りをしてみたり。

 逆に翼を畳み、高高度から自由落下してみたり。

 まるでスリルに酔う子どもじみた、幼稚な遊び。

 それが堪らなく、生きる為に気を張り続けていた私の心に麻薬めいた快感を齎していた。

 勿論、伸びに伸びた鼻っ面を圧し折られる機会はすぐにやってきた。

 調子に乗って高高度まで飛び上がっていった矢先、ある高度にまで至った途端にまるで翼の制御が利かなくなったのである。

 表すなら、まるで突然梯子を外されたような、そんな感覚。

 いくら翼を振っても何も掴まない。まるで抵抗がないのである。

 今まで翼の内に溜まっていた何か、魔力が霧散したような手ごたえの無さ。

 

「う、おおお!」

 

 落ちる。

 落ちた。真っ逆さまに。

 翼を広げ、必死に羽ばたくがまるで浮力が得られない。

 速度が落ちない。

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 先程まではしゃぎ回って緩み切った頭を引き締め直すには、その時間はあまりにも短かった。

 そして、あれよあれよと言っている間にも、地面はどんどん近くなっていく。

 墜落する直前、何とか地面に腹を向け、翼で風を受けることに成功した。

 ぐん、と上に引っ張られる感覚の直後、私は鬱蒼と茂る木々の中に突っ込んだ。

 折れた枝が肌を裂く。

 衝撃。

 運が良いのか悪いのか、私は泉や固い岩の上ではなく、柔らかい土の上に墜落したようだった。

 直前の減速と木の枝でかなり勢いを殺せはしたが、その威力はかつてあの大猪に食らった体当たりに匹敵するものだった。

 僅かに陥没した地面が、その威力が如何ほどであったかを雄弁に語っている。

 だが打ち所が良かったか、あるいは大猪との一戦の後さらに頑丈になった身体のおかげか、私は大きな怪我も負わず、せいぜいが数か所の打撲と切り傷だけで事なきを得ていた。

 しかしなんの抵抗もできず墜落するという臨死体験を得たお陰で、先程までの浮かれた気持ちはすっかり冷え切り、今はただただ、呆然と上空を見つめるのみであった。

 

「し、死ぬかと思った」

 

 何なら少し漏らした。

 何が、とは言わんが。

 それから少し調査を進めてみたところ、どうも大気中に漂うこの魔力は島を中心に濃度が薄くなっているらしく、東西南北、上にも下にも、ある程度まで離れると途端に制御が難しくなることがわかった。

 恐らくは今の私の技術では、この島から離れての飛行はあまり現実的ではないだろう。

 しかし勿論、それを加味しても空を自由に飛べるようになった恩恵は大きい。

 高度は限られているものの島を移動する分には困らないし、制御できるぎりぎりの高度からは島全体を見渡すことができるのだから、探索も捗って仕方がない。

 だがその反面、この島だけが今の私の全てなのだと考えると、どうしようもなく胸を締め付けられる思いである。

 感傷的になって良いことなど何一つないのだが、死ぬ間際まで身内に囲まれて逝ったじじいからすれば、どうしようもなく寂しくなってしまう時もあったりするのだ。

 だが、まあ、生き残る為には切り替えも大事である。

 翼をひと打ちし、慣れ親しんだ泉を離れ山の方へ。

 もう随分昔のようにも感じるが、私がこの島で目覚め、真っ先に登ったあの山である。

 あの頃は正しく驚天動地というか、どこか死の間際に見る夢のような心地であったので周辺の確認などまるで出来ていなかったのだが、かれこれ二十日以上この島で過ごし、馴染んできた今ならはっきりと、見逃すことなく調べることができるだろう。

 そうして山の麓へ向かっている途中、私は思いがけない珍客に頭を悩ませる羽目になった。

 鮮やかな青い羽と橙の胸をした、森の中でも何度か目にした小鳥たちである。

 

「おい、こらお前たち、私はお前たちの仲間じゃあないぞ」

 

 囀りながら飛び回る小鳥たちを手で払いのけるも、まるで効果はない。

 それどころか遊んでもらっていると勘違いしたのか、余計に纏わりついてくる始末であった。

 あの狸もそうだが、もう少し外敵に対しての警戒心を持った方がいいのではないだろうか。

 いやまあ、干し肉を始め食料の備蓄もまだまだあるし、寄ってきた小鳥を獲って食うほど腹も減っていないので事実無害ではあるのだが。

 

「ああこらこら、翼に近づくな、巻き込まれても知らんぞ。おい、頭に乗るのはやめろっ。いい加減にしないと焼いて食っちまうぞお前ら」

 

 そんなに空を飛ぶ人間が珍しいか。

 いや、珍しいな。

 私が鳥でも、野次馬根性丸だしで首を突っ込むだろう。

 それがいかにも噛みついてきそうな強面(こわもて)ならともかく、今の私のような、いかにもひ弱そうな少女ならなおさら。

 結局私は目当ての山の麓に到着するまでの間、この悪戯小僧どもの相手をする羽目になった。

 

「ほらほら、もう構ってやる暇もなくなったからな、邪魔にならないようにあっち行ってな」

 

 意外なことに、私がそう言うと小鳥たちはまるでこちらの言葉を理解しているかのように、あっさりと山の向こうへ飛び去って行った。

 そう言えば先程、翼に巻き込まれないように言った時も素直にこちらの言うとおりにして、それ以降は翼の周囲には寄り付かなかった。それ以上に、腕や頭やらに集られたが。

 もしかすればこの世界の生き物は、私が思っているよりもずっと賢いのかもしれない。

 そう思うと、少しばかりやり辛い。

 この島で生き残っていく以上は遅かれ早かれ、鳥も狸も食らう時がきっと来るだろう。

 もしその時が来たら、私が仕掛けた罠に彼らが命を奪われた時、私は今までのように喜ぶことができるだろうか。

 やはり、余裕もない私のような人間が迂闊に、まるで愛玩動物に接するように気安く触れ合うべきではなかったのかもしれない。

 

「狸はないかもしれんが、鳥はなあ、食いたいしなあ」

 

 ある意味、生前では悩みもしなかった内容ではある。

 いや、きっと私が見ようとしなかっただけで、生前も私の見知らぬどこかの誰かが代わりにこの葛藤に頭悩ませ、しかしそれでも生活の為、あるいは見知らぬ誰かに美味い肉を届ける為に日々努めていたのだろう。

 ありがたいことだ。できることなら今すぐにでも拝みに参りたいが、新たな身体に宿ってしまった今となっては化けて出ることすら叶わぬ。

 ひとまずは、ただただ手を合わせるのみである。

 

「さて、しんみりしたところで本題だ。何か使えそうなものでもあればいいが」

 

 (かぶり)を振り、手で(ひさし)を作って眼下に目を凝らす。

 目当てとしてはやはり果実だろうか。次点で朽木(きゅうぼく)、いわゆる倒木やら腐って死んでしまった木であるが、そういった物には丸々と肥えた幼虫が潜んでいたりするので、それが狙いである。

 新しい家を建てる為の建材も欲しいところではあるが、まあそう都合よく見つかったりはしないだろう。

 そう思っていた矢先、私の目に信じられないものが映った。

 

「まさか、そんな馬鹿な」

 

 それを目にした途端、私は力いっぱい翼を動かし、一本の矢のようになってその場所まで急降下した。

 そうして森の梢にぶつかる寸前で翼を広げて急制動をかけ、枝を折らないよう注意しながら着陸する。

 そこに広がっていたのは、これまでの暮らしを振り返ってなお、我が目を疑いたくなるような光景であった。

 節のある青々とした茎に、細長い葉。

 風が吹く度に葉の揺れる涼しげな音を奏でながら、そこはまるで周囲から隔離されたような、異色ともいえる雰囲気に包まれていた。

 竹だ。

 竹林である。

 まさかまさか、今生で再びお目にかかれる日が来ようとは、露ほども思っていなかった。

 そっと、その美しい体に触れる。

 しっとりと冷たく、しかし確かに生きている鼓動を感じた。

 間違いない。見間違うことなどあろう筈もなく、私の知る竹そのものであった。

 それが、見渡す限り一面に広がっている。

 ぐい、と己の頬を抓ってみた。

 痛い。

 

「夢では、なさそうだなあ」

 

 呆けたようにそう言って、私はその場にへたり込むのだった。

 

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