自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
青々とした竹が立ち並ぶ林の中に、竹を打つ音が響く。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
己の鱗で作った手製の斧を、私の腕ほどはある立派な竹へと振り下ろす。
切り込みを入れた反対側から蹴倒してやれば、竹は大きな音を立てながら反対側へと倒れ始めた。
「たーおれーるぞおーっと」
誰に言うでもなく、口元に手を添えそう叫んでみる。
大きく軋ませながら倒れる竹を眺めつつ、額に浮かんだ汗を拭った。
これでようやく五本目。
切り倒した後は枝を打ち、均等な長さに切り分けて、縄で縛って纏めておく。
長いものから短いものまで、全て含めるとその数は五十本以上。
見た目ほど重くないのが竹の良い所ではあるが、それでも長いものは私の背丈の倍以上はある。
これを抱えて拠点まで飛んで帰ることができるかといえば、正直なところ不安ではあった。
「まあ、とりあえずやってみるか」
縄、は持ち合わせでは長さが足りなかったので、その辺りの木に巻き付いていた蔓を拝借して竹の山に巻き付け、持ち上げてみる。
持ち前の馬鹿力のおかげで担ぐ分には問題ないが、いけるだろうか。
翼を広げ、二、三度羽ばたいてみる。
ううん。
うん。
なんとなくだが、いけそうである。
思い切り翼を広げ、空気中の何か、魔力を掻き集めるように力いっぱい打ち付ける。
巻き起こる突風に土埃が舞い上がり、周囲の竹が大きくその身をしならせた。
ぐん、と空高くから見えない糸に引き上げられるように、翼のひと打ちで私の身は高い竹の頭を超え、島が一望できる高さにまで飛び上がる。
うむ、相も変わらず良い天気だ。
「さて、それじゃあ帰るか」
森の中に一か所だけある、ぽっかりと口を開けた泉の場所を確認して尻尾をひと振り、舵を切る。
ある程度高さを稼いでしまえば、後はもう翼を使う必要はない。
翼はただ風を受けるだけに使い、尻尾や頭、姿勢など、身体の重心を操って流れる向きだけ決めてやればいい。
空を飛ぶのもこれで三度目。一度は調子に乗って酷い目にあったが、三度目ともなればもう随分と身体の動かし方にも慣れてくる。
ゆっくり、のんびりと。
気分はまるで、風に乗って舞う綿毛のようで。
足元に気を付けながら進む陸路とは打って変わり、空の旅のなんと気楽なことか。
そうして拠点と竹林とを行き来すること数回。日が傾き始める頃になると、拠点には大小様々な青竹が横たわっていた。
ひとまずは、これだけ。
家をひとつ建てるにはまだまだ足りないだろうが、最低限の部分ぐらいはこれで十分だ。
それでは、日が落ちて辺りが真っ暗になるまでに、出来る限り作業を進めるとしよう。
まずは基礎、骨組みとなる部分を組んでいく。
吊り上げたりだとか、引き上げたりだとか、
この分だと、縄梯子を外す日もそう遠くはないかもしれない。
ともかく、まずは長めに切り取った青竹を大樹の幹にあてがうように縄で固定し、大きな四角形、土台となる部分を組み上げていく。
次に同じ長さのものを等間隔で並べ、こちらも縄で土台に固定する。
これが床材を支える部分、根太と呼ばれる部材になる。
しっかりと固定したら、次は四隅に柱を立てていく。
突き立てる地面が無いので初めはかなり不安定だったが、天井になる高さに
あとは四隅の柱の中間に他の柱より少し長いものを固定し、頂点に棟木となる竹を渡す。
今回はさほど大きな建物にはならないので、母屋は無しで垂木を固定していく。
側面が凹型になるように加工した竹を二本嵌め合わせ、縄で縛ったものを計二か所、それぞれ棟木の端に取り付ける。
これであとは屋根を張っていくだけだが、その前に床の仕上げだ。
まずはぐるりと、竹の表面に切り込みを入れていく。
七夕に子どもが作る編み飾りのように、なるべく互い違いになるように切り込みを入れたあと、片側から竹を割って左右に開く。
これを上から思い切り潰すと、一本の平たい短冊が出来上がる。
あとは同じものをいくつか拵えて、先程の根太に並べていくだけだ。
ただこのままでは押さえている手を離すとまた元の筒状に戻ろうとするので、張り終わった後に上から長細い短冊状に切った竹で押さえつけ、縄で固定しておく。
これで床は完成。
ここまでくれば、見てくれも随分と家らしくなってきた。
見栄えの良くなった新居を見れば気分も乗り、作業も捗るというもの。
地上からまた新しい竹をいくつか持ってくると、いよいよ屋根の仕上げに取り掛かる。
まずは竹を半分に割り、中を区切っている節を丁寧に取り除く。
それを垂木の長さに合わせて切り分け、表と裏が互い違いになるように垂木の間に並べていく。
こうすることで屋根材の間から雨水が漏れることなく、スムーズに外へと流れてくれるようになる。
並べ終えたら細い竹を二本使って上下から挟み込み、縄で縛って完成である。
壁を張っていないのでまだ吹きっ曝しには違いないが、いやはや、思ったよりも立派な物が出来上がって我ながら感心してしまった。
出来立ての床へ手足を投げ出して寝ころべば、作りの粗さからかちくりと肌を刺すような感覚があったが、
「藺草の香りが懐かしいが、流石に畳は無理だなあ」
やはり日本人としては畳の上に寝転んでみたいものだが、流石にそれは欲が深すぎるか。
そもそもこうした簡易的な家であれば私でもどうにかなるが、職人が手掛けるような畳ともなるともう素人がどうこうできる範疇ではない。
月明かりに照らされながら、私は静かに息を吐いた。
「さてそれじゃあ、残ったところをやっちまうか」
とはいえ辺りはすっかり暗くなってしまったし、やれることは限られるか。
私はふわりと飛び上がって地上まで降りると、炎の吐息で火を起こし、残った竹を使って道具の作成を始めた。
まずは竹を真ん中から割った後、さらにそれを四分割ほどにしていくつもの短冊を作っていく。
あとはそれを一つずつ、シュロ製の紐で繋いでいけば、
本来ならばもっと丁寧に、短冊も細くして作ったほうがいいのだが、それはまたおいおい、時間に余裕ができた時にでも手を付けるとしよう。
できた簾はくるりと丸めて大樹の洞の中へ。明日はこれを新居の出入り口に取り付けて、扉代わりにでもしてみよう。
さてさて、やれることをすべてやったら、お楽しみの時間である。
あらかじめ作っておいた小さな竹筒を覗きこめば、そこには小さくうねるミルク色の生き物が十数匹。
竹虫、あるいはバンブーワーム、タイなどでは
一列に連なって動く姿を列車に例えたらしいが、見た目は先日食べたココナッツワームを細長くしたような感じで、なんとこちらは竹の香りがするらしい。
では早速と、熱した石の上に干し肉、干し貝とともに竹虫を投入。
ぱちぱちと油の弾ける音とともに、やがて程よい飴色になったところで、ぱくりと一口頂く。
もはや嫌悪感などはなく、私にはこの焼かれて飴色になった竹虫が美味しそうなつまみにしか見えなくなっていた。
カリッとした鳥皮に近い食感とともに、ほんの少し香る程度に、竹の爽やかな風味が鼻先に抜けていく。
味はクリーミーで、ココナッツワームよりも濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
塩をまぶして食えば、ビールに良く合いそうだ。
あるいは塩味の効いたクラッカーなどと合わせるか、煮物なんかにも良さそうなので、次は果肉やら野草とともに煮込んでみようか。
そうしてまた竹虫をかじり、干し肉を頬張る。
ああ、つまみになるものばかりを食っているせいで、無性に酒が飲みたくなってきた。
そういえば晩年より、身体に良くないからと酒を断ってもう十年以上は経つ。
久しぶりに、喉が焼けるような熱い酒を飲んでみたいものだ。
まあ、この島で酒など
落し物はそう期待できないだろうから実際は後者一択になるわけだが、酒、酒かあ。
作るとすればやはりぶどうだろうか。
たしかワインはぶどうを潰して容器に入れておくだけで出来るだとか、そんなことを聞いたことがある。
一番手軽に試せるのは、恐らくこれだろう。
ビール、日本酒は無理だ。麦芽だの麹菌だの、こんなジャングルの真っ只中でそんな繊細な作業ができるとは思えない。
「しかしぶどう、ぶどうなあ」
竹虫を頬張りつつ、ぼんやりと月を眺める。
この島に来てから、果実というのはココナッツとグアバの実だけしか見たことがない。
いや、竹もあったのだからぶどうが自生していても不思議ではないのだが、これはまた、探索する目的が一つ増えてしまった。
そこでふと、思う。
この身体は明らかに未成年。そんな身体で酒を飲んでも、果たして大丈夫なのだろうか。
うーん、と唸ること三度。
「ま、大丈夫だろう」
そういうことになった。