自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
またお仕事が始まりますね(ニチャァ
「出来たあっ!」
空は薄っすら曇り空。しかし心中は雲一つない晴れやかさで、私は万歳三唱せんばかりの勢いで両拳を天高く突き上げ、呵々大笑してみせた。
我ながら小僧のような浮かれぶりだが、これが喜ばずにいられるだろうか。
念願の小屋が、新たな住処が完成したのである。
青竹の三角屋根に、潰した竹を張り付けた壁。出入口と窓には
雨風を凌ぎ、外敵に襲われる心配をすることなく眠ることができる我が家。
そう我が家、我が家なのだ。
もう地面に藁を敷き、物音に怯え夜中に目を覚ますようなこともない。
それだけではない。余った青竹でちょいと拵えた
しかし流石は大猪というべきか、毛布替わりにかなりの量を使ったのにまだまだ尽きる様子がない。この分なら上着を一、二着ほどは仕立てられそうだ。
さらにさらに、今回作ったのはこれだけではない。
竹を加工し、水筒と食器、さらには箸まで拵えた。
湯を沸かしたり、食料を保存するのはまだまだ土器の役目ではあるが、これで少しは我が食卓も華やかになるだろう。
食料の備蓄もある。水の心配も、火を起こす手間もかからない。
今日を生き残る為に走り回る必要のない生活。
文明人への第一歩を、今まさに踏み出したのだ。
ともあれ、余裕が出来たとはいえ、未だ細い糸の上を渡っている状況なのは変わらない。
備蓄は備蓄。生きていればいつかは尽きる時がくる。
それまでに、安定した食料源を手に入れる必要がある。
構想は、ある。
だが未だ、その手掛かりになるものがない。
それを得る為にはこの島をくまなく調べ回り、新たな資源を見つけるしか方法はない。
場合によっては、何日か日を跨ぐような遠征を行うことも覚悟しなければならないだろう。
あとは、先日見つけたあのりんご。
腐るのを恐れて三つともさっさと食べてしまったのだが、実はその種を泉の丘の上、この辺りでは一番日当たりの良いあの場所に植えてみたのだ。
芽吹くか腐るかは運しだいだが、もし元気に芽を出したのならば、しばらく面倒を見てみるのも面白かろうと、そう思っている。
もっとも、りんごの木は実が生るまで五年はかかるという。五年、さすがにそれまでにはこの島を脱出しておきたいものだ。
そんなことを考えていると、何やら足元が騒がしくなってきた。
猫とも犬ともとれぬ、おおい、おおいと誰かを呼ぶような獣の声である。
この辺りでこんな声を出す輩など一人、いや一匹しか心当たりがないが、やけに慌てたような様子にすわ何事かと新居からひょっこり顔を出して下を覗き込めば、やはりいつもの狸がこちらを見上げながらぎゃんぎゃんと喚き立てていた。
新居祝いにしては、随分と物々しい。
「なんだ朝っぱらから、お前。そんなに喚かなくても聞こえて――」
あまりにも騒ぎ立てるものだから思わず眉を寄せたその瞬間、びり、と電気が流れたような感覚が角全体を襲った。
予感。胸がざわめく様な感覚。
ひったくるようにして鱗の槍を手に取り、私は新居から飛び出した。
翼を打ち、高度を上げる。
その動きに呼応するように、森中から鳥たちが飛び去って行く。
それはまるで何かを恐れるような。捕食者から逃げる獲物の姿であった。
「なんだ、何が来る」
槍を構え、周囲に目を光らせる。
あの嵐の夜。雷雲の中に竜の姿を見た時でさえ、ここまでの混乱は起きなかった。
獣たちは感じているのだ。
明確な敵意を、自分たちを脅かす者の気配を。
来る。
角が震えた。
気配。
直感に従い、頭上を見上げた。
日を覆う雲の中、こちらに向けて何かが、何者かがやってくる。
甲高い、鳶に似た声が私の身体を打ち据えた。
雲を突き抜け、私を撃ち抜かんと飛来したそれを大きく躱す。
それは鷲であった。
しかしただの鷲ではない。
片方だけでも数メートルはありそうな巨大な翼。
人間程度なら鷲掴みにできそうな鋭い鉤爪。
ぎらりと怪しく光る嘴に、見るもの全てを竦ませる黄金の瞳。
私よりも一回り、いや、二回りは大きい、茶色い羽をした怪鳥である。
それが、
揃いも揃ってぎゃあぎゃあとこちらを威嚇するその光景に、私は思わず槍を投げ捨てて新居に引き籠りたくなってしまった。
それぐらいに、げんなりする光景だった。
大猪がいなくなったと思ったら、次は大鷲の連隊と来た。冗談にしても笑えない。
「あー、お前たち。悪いことは言わん、今からでもどこか別の島に――」
私の言い分など知らんとばかりに、大鷲三羽が同時に叫び声をあげ、こちらへと躍りかかってきた。絹を裂くような雄叫びと共に、鈍い光を放つ鉤爪が迫る。
翼を操り、背中から地面へ向けて飛び込むように急降下。鼻先を掠めた爪先に肝を冷やしながら再び翼を打って急加速。大鷲たちから距離を取った。
背泳ぎの姿勢から反転、腹を地面に向けてちらりと背後を見やれば、血走った目の大鷲どもがぎゃあぎゃあと喚き散らしながら追ってくるのが見える。
どうやら連中には、私が相当美味しそうに見えるらしい。或いは、見境が無くなる程飢えているか。
とにもかくにも、このまま森の上でやり合う訳にはいかない。
向かうは、海。
海上ならば、こちらの武器も十二分にその威力を発揮できるだろう。
と、眼前に影が落ちる。
「くそっ、もう追いついてきたか」
身を捻り、転がるように右回転。その直後、先程まで私がいた位置を、大鷲の鋭い一撃が襲う。
やはり、空を飛ぶことに関しては相手の方が一枚も二枚も上手であった。
さらに左、後方からも大鷲が迫る。
繰り出される鉤爪による攻撃。当たれば肉まで裂け、掴まれれば骨ごと砕かれるであろう一撃を時には身を捻り、時には鱗の槍で受け流しながら、揉み合い、交差し、絡まるように空中を右へ、左へ、上に下にと飛び回る。
「ええい、しつこいなあ!」
その場で回転しながら槍を振り回し、大鷲たちの包囲が僅かに緩んだ隙を突いて一気に高度を下げる。
翼を畳み、身体全体を一本の矢のように真っ直ぐにして、ひたすらに地面を目指した。
無論、背後から大鷲たちも追ってくる。風切り音の中に、絹を裂くような悍ましい声が混ざり込む。
森の梢を吹き飛ばし、地面すれすれのところで身を捩って反転。上下を入れ替えたあと翼を広げ、無理矢理に頭を引き上げた。
「あが、れぇっ」
がりがりと、太い尻尾が地面を削る。
一歩間違えば地面に激突し、大怪我は免れない博打であったが、どうやらうまくいったようだ。
あれほど大きな翼ならそれほど小回りは効かないだろう。連中が森の上でやきもきしている間に目的の場所へ――
枝を圧し折る音がした。
「うっそだろう」
ぎゃあぎゃあと捲し立てながら器用にも、本当に腹が立つぐらい器用に翼を畳んだり広げたりしながら、大鷲三羽が木々を縫うように飛び回り、こちらへと迫る。
これにはさすがに目を丸くして、思い切り翼を動かし一目散に逃げだした。
「てめえら、こちとら若葉ともみじ両方付けてんだぞ。もう少し手加減しろ!」
目を白黒させながら叫ぶも追撃の手は止まず、凄まじい勢いで迫りくる木々を右へ、左へ。
岩を避け、枝の下をくぐり、川の水を吹き飛ばしながら森中を駆ける。
ぞわりと、角がざわめく。
咄嗟に下げた頭の上で、がちん、と鉄同士をぶつけた様な音が響いた。
こちらの頭上に陣取った一羽が、その大きな嘴でこちらを啄もうとしたのである。
ぞっと、背筋が凍るような恐怖であった。
「この、やろうっ!」
空を切り、無防備に曝け出されたその首元へ向け、カウンター気味に槍を突き入れた。
するりと、雪に棒を差し込んだような軽い手応え。
空を駆ける勢いをそのままに、樹の幹へ縫い付けるようにして槍ごと叩きつける。
断末魔の叫びが響き、打ち込んだ槍が半ばからぽっきりと折れた。
ぐったりと動かなくなった大鷲をあっという間に置き去りにして、翼をひと打ち、再び森の上へ。
残った二羽の大鷲も続いて飛び出し、螺旋を描くようにこちらへと迫る。
右へ、左へと視線を投げ、藍色に輝く海原を見つけた。
加速。翼を大きく使い、一度の羽ばたきで後ろの二羽を引き離す。二度羽ばたけば、眼下には美しい水面が広がっていた。
海面すれすれ、胸先が触れてしまいそうな位置を滑るように進む。
鏡のように静かな、凪いだ水面に映り込んだ自分と目が合った。
赤い瞳の中に、縦に開いた瞳孔。
水鏡に映った少女は一度だけゆっくりと瞬いて、己の姿を掻き消すように、その大きな尾で水面を叩いた。
真っ白な水柱が天を突くように立ち上り、後方よりこちらを追い立てていた大鷲二羽を飲み込まんと迫る。
先頭を進んでいた一羽は降り注ぐ飛沫を潜り抜けるようにして何とか躱したが、続く二羽目は正面からまともに突っ込んだ。
そして、羽が濡れたことで速度を落としたその個体の頭上を取った。
思い描くは点ではなく、面で押しつぶす赤い激流。
氾濫した川が全てを押し流し、叩きつけ、微塵に砕く光景。
じわりと、腹が熱を持ち始める。
全身の黒い紋様が、腹の下から上へと滲むように赤へと変じる。
そして、喉元まで至った灼熱の吐息を、いまだ眼下でもがく大鷲目掛けて解き放った。
「がぁっ!」
轟。
堰を切ったように溢れ出す業火が、大鷲を水面へと叩きつける。
濡れた羽はぐずぐずに溶け、水が蒸発する音と、肉が焼け爛れる音が混ざり合い悍ましい光景を作り出す。
やりすぎたか。
少しばかり湧き出た憐憫の情を、頭を振って吹き飛ばす。
思い出すのはあの大猪。
あいつほどではないにせよ、あの大鷲もこちらの常識が通用しない生物である可能性が高い。であるならば、やりすぎるということはないはずだ。
甲高い声。
見れば、流石に形勢不利と見たか、残された最後の一羽がこちらを一瞥もせず、一目散に逃げ去っていく姿があった。
砂浜に降り立ち、いまだめらめらと燃ゆる海面を見ながら息を吐く。
べたりと、その場に尻もちをついた。
「あー疲れた。もうやらん。二度とやらんぞこんなことは!」
大の字になって倒れこみ、うっすら空を覆う灰色の雲に向けてそんなことを吐き出した。
一難去って、また一難。
どうにもこの島は、この世界はまだまだ私を飽きさせる気はないようだった。
全く、ありがたいことである。
本当に、まったくもって。
遠くの空から、雨の匂いがした。
気が付いたら空中戦してました。
次からはまた探索したり物作ったりすると思います。