自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
「たしかこの辺りだったはず、っと、あったあった」
浜辺で一休みした後、私は森で仕留めた大鷲の回収に向かっていた。
見上げた先には、半ばから折れた槍に串刺しにされた大鷲の姿。
飛び回っていた時には意識していなかったが、どうにも随分と高いところに縫い付けたらしく、私の背丈の倍ほどのところから、真っ黒な血が根元まで垂れてきていた。
仕留めてからそう時間は経っていないはずだが、手早く血抜きをしなければ肉まで駄目になってしまう。
そうして私は大鷲のところまで飛び上がって槍を引き抜くと、持ってきた縄で手早く足を縛り、手頃な高さの枝へ逆さに吊るした後で首を飛ばす。
鶏なんかと同じ方法であるが、まあデカい鶏みたいなものだし大丈夫だろう。
流石にあの大猪に比べれば血抜きも楽ではあるが、それでも足元にたっぷりと血だまりができる程の血を抜くと、次は羽を処理する為に海岸へと向かう。
本来ならば熱湯に浸してやる方が良いのだが、大きさが大きさなだけに今回はこちらで代用する。
腰まで浸かる程度の場所で、全体をしっかりと濡らして羽を掴み、力任せに引き抜いていく。
だが私の背丈以上の体躯を持つ大鷲であるので、その羽の量たるや周辺を真っ白に染め、あまつさえ積み重なった羽毛が宙に舞い上がる程であった。
飛沫と共に柔らかな羽毛が舞う光景は実に幻想的で美しくあったが、現実に立ち返ってみればそれはただただ羽の中に隠れていた病原菌やら害虫やらを巻き上げる厄介者以外の何物でもない。
結局、私は余計なものを吸い込まないよう片手で口元を覆いながら尻尾で大鷲の体を掴み、残った手で地道に羽を毟り続ける羽目になった。
しかし今は厄介極まりない代物であっても、綺麗に洗い、整えればこれらも貴重な資源になる。
細かいものは風にさらわれてどこぞへ行ってしまったが、それでも一抱え以上の量は残った。私はそれらを海水でさっと洗うと籠に詰め、丸裸になった大鷲を担いで帰路に着いた。
羽を毟ったあとの肉は驚くほど小さくなり、今や私が両手で抱えられる程度になってしまったが、筋肉質な為か、それでも肩に食い込むほどの重量がある。
それはつまり、それだけ肉が締まっているということなのだが、果たして美味しく頂けるのだろうか。少しばかり、不安が残る。
そうして拠点に帰ってくると、羽を詰めた籠を日当たりの良い場所に晒したあと、肉の解体を始めた。
ちょこんと、隣に図々しい狸を添えて。
「お前な、さすがに気が早いぞ」
まあ今回の獲物に関しては、事前に知らせてくれたこいつにもいくらか分け前を貰う権利はあるのだろうが、それにしたってそそっかしいというか、厚かましいというか。
ともかく、肉が傷む前に手早くやってしまうことにする。
図体自体は私が腹の中に納まってしまいそうなほど大きいが、毛皮に覆われていない分、いつぞやの大猪よりは楽だ。
肉質だってずっと柔らかいし、関節に気を付ければそう時間はかからないだろう。
まずは表面に残った細かい羽や産毛を火で炙り、焼いていく。
自前の
そうしたら次に内臓を抜く。
肛門より少し上の部分を丸く裂き、腕を突っ込んで内臓を引っこ抜くのだが、大きさが大きさだけにこれがまた大変。
結局腕どころか肩まで入れて、ひと抱え分の内臓を引きずり出した。
これは川で洗い、
鳥なんだから他の部位も食えるのだろうが、こいつが普段から何を食って育ったのか全くわからないので、消化器系は避ける。
ちなみに白子があったので、こいつは雄だったらしい。
鶏の白子は食えるが、こいつはどうだろうか。外見は正しく鷲なのだが、大型猛禽類の肉など生前にも食ったことがない。
とりあえず、まあ、こいつも確保しておく。
内臓を抜いたら、次はもも肉を剥がす。
肉を仰向けにして、ももの付け根にさっと切れ込みを入れる。そのまま力任せに外側へ引っ張れば、鶏肉の場合はするすると肉が剥がれていく。
あとは股関節の骨を折って外し、切り分ければしまいだ。
次に肩甲骨の辺りから切り込みを入れて関節を外し、あばらに沿って丁寧に切り分けて引き剥がせば胸肉。引っ付いている手羽を根元から外せば、これで手羽元と手羽先のできあがり。
最後に尻尾の部分を落とせば、これがいわゆるぼんじりになる。
細かく解体すればヤゲンやらげんこつやらも採れるだろうが、今回はまとめてスープにしてしまう。
と、解体も終わって一息ついたところで、切り分けた部位がいくらか見当たらないことに気が付いた。
下手人はわかりきっている。
見れば、一仕事終えた私そっちのけで、泉の傍で新鮮なもも肉にかぶりつく狸の姿が。
盗人猛々しいとは言うがああまで図々しく、美味そうにがっつかれてはこちらの毒気もすっかり抜かれてしまい、私は苦笑いしつつも解体した肉の調理に取り掛かるのだった。
とりあえずもも肉は燻製に、他は汁物と串焼きにするとして、まずは傷みやすい内臓を片付ける。
心臓、肝臓は薄切りにして串に刺し、白子は汁物にしてしまう。
それぞれがとんでもない大きさであるので、薄切りにして串に刺せば見た目は鳥というよりはまるで牛のそれであり、随分と贅沢をしているような光景となった。
それを焚火の周りに並べ、遠火でじっくりと焼いていく。
表面に泡のような脂が浮かび、それが滴り落ちて弾ける度に甘い香りが鼻先をくすぐる。
できることなら炭火で味わいたいのだが、残念ながら今は無い。
作るのは少しばかり手間ではあるのだが、竹も手に入れたことであるし、冬備えも兼ねていくつか作り置いておくのもいいかもしれない。
そうこうしているうちに薄桃色だった表面が小麦色になり、滲み出た脂がその上でふつふつと沸き立つようになった。
「どれ、そろそろ食べ頃かな」
いただきます、と手を合わせ、先程から堪らない香りを漂わせる串焼きへと手を伸ばす。
まずはハツから。
何度か息を吹きかけてから薄切りにしたそれに齧りつけば、途端に濃厚なコクと甘さが口の中いっぱいに広がった。
まるで洪水のように唾液が口内に溢れ、甘い脂と溶け合って舌を蕩けさせる。
塩がないことが悔やまれる。これほど甘い脂ならば、塩をひとつまみ振りかければよりその甘さが引き立っただろうに。
続いて、レバー。
こちらは少し血の臭いが残っていたが、それを押しのけるような濃厚な味わいがあり、ハツとは異なるしっとりとした食感が舌を楽しませる。
大きさが大きさなので見た目は完全に牛のレバーなのだが、あちらとは違いクセが少なくとても食べやすかった。
二種の串焼きに舌鼓を打ちながら、私は次なる料理、鶏がら、いや鷲がらスープの仕込みを始める。
とはいえこちらも量が量なので一度ではなく、何度かに分けて頂くとしよう。
鍋用の土器に水をたっぷり、一口大に刻んだもも肉、皮、白子を入れて火にかける。
煮えてきたら竹で作った匙で
「こりゃ、お前はさっき食っただろうが。悪さするんじゃないよ」
鍋をかき混ぜていると、口元を脂でてかてかさせた悪ガキが腋からひょいと顔を出した。
でっぷり腹を大きくさせている癖に、まだ食い足りないらしい。
「楽を覚えたらろくなことにならんぞ。そら、これやるからもう帰りな」
呆れ混じりに差し出したのは、まだ肉がこびり付いたままの足の骨。
また明日の朝にでもスープにしようと思っていたのだが、こいつのおやつには丁度いいだろう。
狸は出されたそれを躊躇いなく咥えると、礼を言うでもなくとっとと森の奥へ引っ込んでしまった。
まあ、今朝はあいつのお陰で助けられたところもあるし、文句は言わんが。
そうこうしているうちに出来上がったスープを、これまた竹を割って作った皿によそい、竹の箸で頂く。いやはや、竹のお陰で我が食卓も随分と華やかになった。
ずず、と汁を啜ってみて、ううむ、と唸る。
美味い、美味いが、なんだろうか、凄く臭い。
スープ自体はあっさりとしていて濃厚な出汁も出ているのだが、血生臭いというか、獣臭いというか、とにかく雑味が強いのだ。
肉も食ってみたがこちらも固く、同様の臭みがあるので評価としてはいまいちと言わざるを得ない。
血抜きがいけなかったのか、それとも肉そのものに下処理が必要だったのか。
ハツやレバーが美味だっただけに、これは少し残念な結果だ。
だが白子。嬉しいことにこれは当たりだった。
チーズのような食感に、魚類のものと比べクセの少ない旨味。
味としてはフォアグラが近い、か。あちらよりもずっと濃厚なので、あっさりしたポン酢やもみじおろしが合いそうだ。
あるいは辛口の日本酒をぐっといきたくなるような、そんな味わい。
「ああ、酒が欲しいなあ」
別に私が飲兵衛という訳ではないのだが、こうも酒の肴ばかりが続くと本音の一つ二つは出てくるというもの。
しかし無いものは無いので、これもまたつまらない愚痴にしかならず、私は早々に考えるのを止めて最後のお楽しみを味わうことにした。
狸の目を盗んで弱火でじっくりと火を通していたのは鳥の尻尾、ぼんじりである。
元々脂の多い部位ではあるのだが、これはまた桁が違った。じゅわじゅわと音を立てて弾ける脂、光沢を放つ表面はまるで牛のホルモンのようで、串焼き、スープと平らげた後にも関わらず思わずごくりと喉が鳴るほどだった。
たまらずかぶり付けば、圧倒的な弾力は歯を押し返してくる程であり、噛めば噛むほど濃厚な脂が奥から染み出してくる。
しかし濃厚でありつつもしつこくはなく、これもまた塩かレモンが合いそうなきめ細かい味わいであった。
「ふう、食った食った。ご馳走様でした」
両手を合わせ、命に感謝すると腹をひと撫でし、けぷり、と満足げに息を吐いた。
実に幸せな、そして考えさせられる食事であった。
美味いことは美味い。これ以上なく。
とても贅沢を言える状況ではないのだが、しかしいつまでもただ焼く、煮るだけでは飽きが来るのもまた事実。
調味料。味に変化を加える物が必要だ。
砂糖、塩、酢、醤油、味噌。
さしすせそ、ではないが、このうちいくつかは手に入れたいものである。
さしあたっては、まあ、作るのが一番簡単そうな塩から始めるべきか。
「住処を作ったはいいが、課題はまだまだ多いなあ」
雨の匂いを漂わせる空を見上げながら、私は尻尾をひと振り、腹を撫でるのだった。
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