自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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川、洞窟、這い寄る者

 

「おお、今日は晴れたなあ」

 

 島で目覚めて三十日目の朝。波乱万丈な日々ではあったが、とりあえずはひと月、大自然に屈することなく生き延びることが出来た。

 暦代わりに印を刻んでいた石板も、今となってはもう二枚目である。

 たったひと月、されどひと月。

 これまでの苦労を思えば、カレンダー代わりに刻まれたこの印もまた感慨深い。

 ともあれ、ひと月経って未だ脱出の目途が立っていないのもまた事実。人が住んでいそうな浮島も見つからず、それどころかこの島以外の浮島を目にすることすらまるでないのである。

 風の流れが悪いのか、あるいは一年に一度しか重ならないとか、そういった決まった流れになっているのか。そもそも、この世界、この星がどれぐらいの広さなのかもわかっていないのだ。もしかすると、同じ島には二度と出会えないのかもしれない。

 そう思うと、ぞっとする。

 これから何年、何十年、あるいは何百年とこの島で、たった一人で生きていかなければならない。そう考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。

 

「いかん、悪い方に入りそうだ」

 

 両手で頬を叩き、思考を切り替える。現実逃避、ともいう。

 ともにもかくにも、生きること。やるべきことをやること。それだけを考えなければ。

 それだけを、考えるべきである。

 それに良いことだってある。例えば、先日からちくちくやっていた毛皮の一張羅が、ようやく完成したことだとか。

 仕立てたのは、上着と腰巻きだ。上着は肩から掛けて上半身をすっぽり覆えるように拵えたが、少しばかり丈が足りなかったのと、ごわごわした猪の毛のせいで見た目は背中蓑(せなかみの)のようになった。あと、翼の部分には切れ込みを入れてあるので空を飛ぶ時も邪魔になることはない。

 このひと工夫は、我ながらよくぞ思いついたと褒めてやりたいぐらいお気に入りだ。

 腰巻きは太腿あたりまであり、こちらも尻尾の動きを邪魔しないよう尻の部分には切れ込みを入れてある。

 すべて身に着けてみれば何というか、芋っぽいというか、田舎者でもこうはなるまいという時代錯誤な感じはあるが、着心地は悪くない。

 素材が素材なだけに多少乱暴に扱っても傷まないぐらいには頑丈であるし、これは大切に使っていこうと思う。

 あとは、そう、昨日から続けていた塩作りであるが、昨晩ようやく少しばかりの塩を手に入れることができた。

 量にして、ほんの小さじ一杯ほど。それも真っ白ではなく、少しばかり黒ずんだ小石のような見た目の物で、かかった時間と労力に見合うか怪しいものではあるのだが、塩は塩だ。

 嚙んでみれば金平糖かと思うほどの硬さではあったが、塩は塩なのだ。

 今までは海水で塩味を加えることしか出来なかったことを考えれば、これもまた大きな進歩であった。

 ただ時間と手間がかかること、雨の日は作れないことが難点ではあるが、一度にたくさん使わなければ、まあなんとかなるだろう。

 いや、まあ、目的の物を作る為には大量に必要になるのだけれども。

 少なくとも瓶一杯分は欲しいので、これもまたこつこつやっていくしかない。

 

「お前が手伝ってくれれば、随分と楽になるんだけどなあ」

 

 そう冗談交じりに見つめる先には、こちらの気など知ったことではないとのんびり毛繕いなどに精を出す狸が一匹。こちらの視線に気が付いたのかふとその手を止め、小首を傾げて見せた。

 さて、それでは今日も今日とて探索である。

 そろそろ島全体がどうなっているか把握しておきたいし、今回は野宿も視野に入れての大規模な探索を行うつもりだ。

 ともあれ、空を飛べばあっと言う間に島を一周出来てしまうので、よほどのことがなければ日が暮れる頃には戻ってこれるだろうが。

 腰には鱗のナイフと竹で作った水筒を二本。あとは干し肉をいくつかと、もはや頼れる相棒と化した鱗の槍を背負っていざ出発(テイクオフ)である。

 ぐんと森の上まで飛び上がると、まずは海岸へ出て、そこから時計回りにぐるりと一回りするように翼を打ち、風の流れに乗った。

 まず目指すは前回の探索で竹を見つけた、あの山の向こう側。白い海岸線に十字の影を落としながら、潮風を肌で感じながらの空の旅である。

 目的地にはすぐ到着した。元々がそう大きくない島であり、山と呼べるものも一つしかないのだから道に迷う心配はない。麓にある竹林を目にした際、ついつい幾つか集めて拠点へ持ち帰りたい衝動に駆られたが、今回は探索が目的であることを思い出しぐっと我慢した。

 筍とか、生えていないだろうか。採れたての新鮮な筍を焚火に放り込み、ほどよく焦げた皮を剥がして湯気をあげる柔らかい身に齧りつく。

 ああ、想像しただけで涎が溢れそうだ。

 いや、いかんいかん。

 頭を振って、這い寄る誘惑を振り払う。

 そうして竹林を右手に見つつ、やがて砂浜は大小様々な岩石が転がる断崖絶壁へと変わり、半島のようにせり出した岬を超えれば、また前方に山が見えてきた。

 やがて岩肌ばかりが露出していた海岸線に緑が増え、カモメによく似た海鳥たちが物珍しそうに周囲を飛び回り始めた頃、私は山の麓から伸びる大きな蛇のような川の河口部へと降り立った。

 随分と川幅の広い、拠点から伸びるそれとは比べ物にならない大きな川である。

 深さは私の膝が浸からない程度のものだが、少し歩いただけでも日の光を浴びて銀色に輝く小魚たちの群れであったりとか、突然現れた見慣れない生き物に目を剥いて岩陰へ飛び込む可愛らしい蟹の姿であったりと、その生態系の豊かさを十分に感じさせてくれた。

 少し先では真っ白な翼を持った大きな鳥がその細長い嘴で小魚を捕まえて丸呑みにしている。満足そうに目を細めた後、こちらを一瞥して山の向こうへと飛び去って行った。

 その姿を追うように、私は足裏から伝わる砂利の感触を楽しみながら上流へと向けて歩を進める。人間の手が入っていない、原初の風景。それはただただ美しく、澄み切った青い川の向こうに新緑の山がそびえ立つその景色は、まるで一枚の絵画のようである。

 やがて川幅が狭まり、両脇に並んだ木々がこちらを覗き見るように頭上を覆い始めた頃、川の源流、山の麓で見つけたそれに、私はしばし難しい顔をして己のうなじをひと揉みした。

 それは険しい崖の下にぽっかりと口を開けた洞窟であった。

 覗き込めばどうやら相当に深い横穴のようで、時折周囲の空気を吸い込んで不気味な呼吸音を響かせている。

 動物の気配もなく、私の角もざわつく様子はない。今のところ危険はなく、洞窟とくれば男子誰もが浪漫を抱かずにはいられない、冒険心をくすぐる代物ではあるものの、別に奥底に海賊が隠したお宝が隠されている訳でもなし、わざわざ狭苦しいところに潜り込むほど暇でもない。

 

「とりあえずここは、保留だなあ」

 

 天井もしっかりしていて崩れる心配もなさそうであるし、嵐の日であったりとか、一時的に雨風を凌ぐ為の仮住まいとしては十分使えそうなので、場所は覚えておくことにしよう。

 と、そうして踵を返し、さあ探索を続けようと翼を広げたところで、ふとした違和感があった。どうにも尻、いや、尻尾がずしりと重いのだ。

 まるで重りでもつけられたような感覚に振り向けば、何やら尻尾に纏わりついているものがあった。

 それは一見すると芋虫のようにも見える丸みを帯びた体をしており、中央には黒い縦縞模様が三本入っており、その身を縮めたり、伸ばしたりしながら尻尾の周りを這い回っている。

 間髪入れず、私は尻尾ごとそれらの生き物を炎で焼き払った。

 

「しまった、ヒルがいるのか」

 

 私は己の不用心を悔いた。

 ヒル。気配もなく生き物の肌に吸い付き、その生き血を啜る不気味な生物である。

 模様、色からしてヤマビルだろうが、その大きさが異常極まっていた。なんと、小さいものでも私の親指ほどはあるのだ。吸血したあとならともかく、通常でこの大きさならばもはや怪物と言わざるを得ない。

 幸いなことに纏わりついていたのは尻尾の部分だけで、足や腕などにはまだ取り付かれてはいなかったが、ヒルがいると分かった以上、不用心にここへ近づくのは得策ではない。私は翼を打ち、さっさと上空へと飛び上がった。

 そうして安全な高さまで上昇したところで、また尻尾のところに違和感が。

 すわまたヒルにでも食い付かれたかと慌ててそちらを確認すれば、引っ付いていたのはヒルではなく、拳ぐらいの大きさの石。

 何故尻尾に石が張り付いているのか。首を傾げながらその石を引き剥がして見てみれば、黒ずんだ表面に多角形の結晶が浮かび上がった、この島では今まで見たことのない石であった。

 ふと、その色合いに閃くものがあり、そっと石を己の尻尾に当ててみる。先程と同様に、ぴたりと貼り付いた。

 続いて脚。こちらも貼り付く。腕、はダメか。

どうやらこの石は、鱗がある部分になら貼り付くようだ。

 なるほど。なるほど。

 これはまた、面白い物が手に入った。

 

「これでまた、やらないといけない仕事が増えたな」

 

 石を手のひらで弄びながら、そう言って笑う。

 とはいえ、今すぐ始めなければいけないという訳でもなく、やったところで上手くいくのか、あるいは上手くいったところでどれほどの益が生まれるのか、それはまだわからないが、選択肢が増えること、どこに何があるかを知っておくのは良いことだ。

 洞窟にせよ、ヒルにせよ、そしてこの石にせよ。

 

「さて、探索が終われば何から始めたものか」

 

 年甲斐もなく心躍らせながら、私はまた海岸線の上を往く。

 水平線の彼方、空の果ての向こうから、大きな大きな入道雲が迫っていた。

 




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