自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
前回に続き短めで申し訳ありません。
百八十日目。
この島で暮らし始めて、おおよそ半年の時が流れた。
肌を火で炙られるような厳しい夏も今はそのなりを潜め、肌をくすぐるような涼やかな風が森の中を流れ始めた頃、私はいつもの広場でせっせと泥遊びに精を出していた。
作っているのは、木炭である。
まず木材を円錐形に組み上げ、練った泥で周りを覆う。大きさは私の身体がすっぽりと収まるほどで、一番上は
そうして周りをぐるりと泥で固めたら、底の部分に
あとは天井の穴から炎を吹き込み、程よく火が回ったところで天井と横穴を完全に塞ぐ。
ややこしい説明は省くが、こうしてしっかりと密閉し、窯の中の酸素を減らした状態で燃焼させることで、灰になることなく木材を炭化させることができるのだ。
しかし相応に時間がかかる為、出来上がりを待つ間に広場の整地を進めておく。
取り出したるは身体が成長してから新しく拵えた鱗の斧だ。身体と共に尻尾もまた大きく、しなやかに成長したのだが、それに伴って鱗の一枚一枚もまた分厚く、頑強になった。
これはそんな、もはや鋼鉄のそれと比較しても遜色のない鱗を何枚も重ねて作った特別製の斧である。
鋭さと耐久性を重視した結果、斧と呼ぶには些か巨大な代物になってしまったが、私の桁外れの膂力があれば通常の斧と何ら変わることなく扱うことができる。
そしてその見た目相応に威力の方も素晴らしく、初めは切り倒すのに数十回は斧を打ち付けなくてはならなかったところが、今となってはほんの数回、細い木であれば一発で切り倒すことが出来る。
そのおかげで最近は拠点周辺の開拓も随分と捗り、今となっては畑以外にも小屋程度ならば問題なく建てられる程度の土地を確保することができた。
ここには、来るべき冬に備えてチセ、と呼ばれる小屋を建てるつもりだ。
チセとは、日本は北海道、アイヌの人々の伝統的な家屋である。
屋根や壁に
ただし、何層にも重ねなければ効果が薄い為、それなりの量が必要になる。
幸い、葦自体は山向こうの川辺に群生地を見つけたので問題なく用意できるのだが、これを狩り取り、拠点まで運んでくるのがこれまた一苦労であった。
とはいえ、小屋はまだ骨組みすら組み上がっていない状態であるので、こちらはのんびりと集めればいいだろう。
現在はまだ縄張りと呼ばれる、小さな木の杭を何本も打ち込んで、そこに縄を張ることで家の大きさや部屋の配置を確認している段階だ。
広さは大体十畳ほど。後々は隣に物置なども併設したいが、今は大樹の洞で事足りているのでひとまずは居住空間だけでいい。
大まかな配置を決めたら、柱を立てる位置に穴を掘っていく。今回は私の胴回りより太い丸太を使う為、それを打ち込む穴も少し深めにしておいた。
次はいよいよ、ここに柱を立てていく。
先端を炎で焼いて炭化させ、削ることで鋭く尖らせた丸太を担ぎ、穴に向かって力いっぱい打ち付ける。
そうして柱を打ち込んだ後、穴の隙間を土で埋めてしっかりと踏み固める。
と、ここに来てようやく、私の錆びついた脳みそが動き出した。
「しまった。先に地面を固めないと駄目だな」
これは地固め、あるいは転圧と呼ばれる作業である。工事現場などで見られる、手押し車のような機械で地面を平らにしているあれだ。
これをやっておかないと地盤が緩いままで、長年使っていると家が沈んでしまい傾いたり、崩れたりする。
通常は
両手と尻尾で二本の丸太を持ち上げて、どんどん、どすどす、どんどんと、持ち上げては振り下ろし、まるで公園の遊具にでもなったような心持ちで、次々と地面を固めていく。
人並み外れた剛力、そして無尽蔵の体力があればこそのゴリ押しであるが、その効果、効率の良さは抜群であった。正しく機械いらずである。いや、機械が使えるのなら絶対にそちらを使うだろうが。
そうして地面を固め、柱を立て終えた頃には辺りはすっかり日が暮れてしまっていた。最近は獣並みに夜目が利くようになってきたのでこのまま作業を続けることも不可能ではないが、さてどうするかといったところで、私の腹の虫が盛大に抗議の声を上げた。
どうやら、今日のところはここまでのようである。
だが夕飯の支度を始める前に、木炭がしっかりと出来ているかを確認しておこう。
時間が経ち、すっかり火も消えて少しばかり焦げた窯の前を崩し、そこから真っ黒になった木炭を掻き出し、籠に集めていく。一つ手に取り、折って中を確認してみれば、しっかりと芯の部分まで炭化していた。こうなっていれば成功だ。
残念ながら表面だけが炭化して、芯の部分がまだ生木のままの失敗作もいくつか混ざっていたが、これはこれで再利用が出来るので取っておく。
一度の作業でおおよそ籠一杯分。これだけでもかなりの量に思えるが、冬を越すことを考えるともっと沢山、それこそ洞の中から溢れ出る程の量が欲しい。
これもまた、何日かに一度、定期的に作っていった方がいいだろう。
それはともかく、さてさてお楽しみの夕飯である。
今夜の献立は貝の汁物と、焼き魚だ。代わり映えしないいつもの品だと侮るなかれ、今回は少し趣向を凝らす。
今回作るのは、いわゆる漁師飯だ。
まずは地面に浅く穴を掘り、そこに薪と、先程の木炭の出来損ないを敷き詰めて火をつける。ごうごうと火が踊り始めたら、その中に今朝獲れたグレ、メバルを放り込む。
これで終わり。あとはしっかり火が通るまで待つだけである。
料理というにはあまりにも豪快な手法だが、教えてもらった知人の漁師曰く、これが一番美味いのだとか。
そうして貝の煮汁を啜りながら待つことしばし、もうすっかり真っ黒になって炭なのか魚なのかわからなくなったそれを取り出すと、香ばしい煙を上げる皮を指先でこそぎ取る。
つるりと剥けた皮の下から現れたのは、ほくほくと蒸気を上げる、乙女の柔肌のような真っ白な身。
そこに軽く塩を振り、肉厚な腹の部分にかぶり付いた。
さっと鼻先に抜ける磯の香り。そして濃厚な脂が口内に流れ込み、その甘さを軽く振った塩が引き立てる。ほろりと解れる白身。噛み締める度に旨味が溢れ、気が付いた時には半身をぺろりと平らげていた。
「いやあ、これは恐れ入った」
脂に塗れた口元を拭い、私は感嘆の声を漏らす。
いやはや、焚火に放り込んで焼いただけである筈なのに、素材の味を活かし切っているというか、調理器具や調味料を使った料理よりも味わい深い不思議。
料理の道は、かくも奥深い。
そうしてもう半分もぺろりと平らげて、さらに一匹、焚火へと投げ込む。
食い意地が張っていると笑われるだろうが、どうにもこの身体になってからその健啖具合に拍車がかかったような気がするのだ。
具体的に言えば、以前と比べて倍ぐらいは食うようになった。これでも自重し、腹八分目で止めるようにしているのだが、それでも倍なのだ。
それだけ一日に消費する
これもまた、最近の悩みの種。
思い通りに身体のサイズを変えられればいいのだが、そんな摩訶不思議な真似が出来る筈も無く、何とか食事の量を減らせないかと目下思案中である。
「ああ、腹いっぱい米が食いたいなあ」
流れ落ちる星々を眺めながら、そんなことを呟いてみる。
揺らめく炎の中で笑うように魚が弾け、舞い上がった火の粉が夜空に昇り、月の輝きに溶けて消えた。