自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
二百回目の朝が来た。
建築を始めたチセも後は屋根を
あとは、そう、あの狸。ごんのことだ。
奴さん、私が開拓を進めてこの辺りが快適な環境に変わりつつあることを察してか、なんと大樹のすぐ裏に巣穴を拵えやがったのだ。
いや、もしかすると元々あった巣穴から横道を伸ばしてきたのかもしれないが、その図々しくも逞しい様子に、初めてそれを見つけた時は呆れを通り越してついつい関心してしまった。
そんな、相変わらず
その様子から、なるほどこの島はそれなりに厳しい冬が来るようだと予想を立てて、建築中のチセの壁を少し分厚くしたりだとか、日に一回だけだった木炭作りを二回に増やしたりと、こちらも最近は西に東に忙しないのだが、嬉しい出来事が一つあった。
いつぞやか丘に撒いたリンゴの種。それが芽を出し、すくすくと成長を始めていたのだ。
その成長速度たるや凄まじいもので、今朝確認した時にはもう既に私の
これは本当に驚くべきことだ。
種を植えたのがおおよそ半年前。この調子で育てば、予定よりもかなり早くりんごの果実にありつけるかもしれない。
通常の、日本で栽培されているものとは性質が異なるのか、あるいは土壌、肥料に成長を促す効果があったのか。
可能性としては、後者の方が高い気がする。
何せ人の形をしているとはいえ竜の大便を堆肥にしているのだから、予想以上の効果をもたらしても不思議ではない。
と、なると、りんご以外の作物に対しても同じ効果が働くのか。そこが非常に気になるところだ。
そんなわけで、堆肥を撒いて耕しておいた畑にハマダイコンの種を蒔いてみた。
りんごと同じ効果が期待できるなら、もしかすれば冬が来る前に立派なハマダイコンを収穫できるかもしれない。
そうして淡い期待を胸に、私は次の作業へと移る。
拵えるのは斧だ。しかし狩猟や伐採用とは違う、戦闘用の斧を作る。
先日の大蛇や大虎、いや、あの大猪の首さえも一撃で落とせるような、それほどの威力を持った武器がいる。
槍や剣、弓では駄目だ。それでは奴らの強靭な毛皮や鱗は撃ち抜けない。
だからこそ、鋭さと重さで叩き切る。私にしか扱えない、私だけの武器が必要だ。
柄は丸太から削り出した。
太さは私の腰回りほど。掴んで振り回すには太すぎるが、私の手の大きさに合わせて側面に穴を開けた。ボーリングの球を投げる時のようにその穴に指を突っ込んで握り込めば、今の私の握力であればすっぽ抜けることはない。
刃は岩を割って作った二枚の板に私の鱗を十枚以上挟み込み、縄できつく締め込んだ。
全長二メートル以上。私が見上げなければいけない程の巨大さで、大の大人でも数人がかりでなければ持ち上げられないだろう超重量に仕上げた。
そして重量とは、すなわち破壊力である。
両手で握った時のその一撃は木々を軽く薙ぎ払い、岩さえも粉砕する。
その巨大さ故に閉所での取り回しは最悪に近いが、正面切っての殴り合いならこれに勝るものはそうないだろう。
いったいどんな化物と戦う気なのかと正気を疑われそうな逸品だが、常軌を逸した生物ばかりのこの島では、むしろこのぐらいでなければ役に立たない。
ちなみに着手してから完成まで、丸五日の時間を要した。
空いた時間での作業であったが思ったよりも早く、完成したその晩には遅れがちだったチセの屋根もようやく葺き終わり、その夜は新築祝いとばかりにチセの中で火をおこし、干し肉をふんだんに使った料理を自身に振舞った。もっとも、料理とは言っても焼くか煮るかぐらいのものではあるのだけれど。
そうしてチセは完成したが、今の季節ではまだ木の上の方が過ごしやすいので寝床までは移してはいない。せいぜい洞から保存食を移し替え、棚を幾つか拵えて並べた程度である。
そうして新しい住居が完成したあとは、森の探索に多くの時間を費やした。
目的はイネ科の植物の収集である。
種類を問わず、それらしいものは全て集めて回ったが、意外というか、やはりというべきか、生前の記憶にある種と似通った物が幾つか見受けられた。
一番わかりやすかったのは、
小さな実がいくつも連なった特徴的な外見は、森の中にあってもすぐに見分けることが出来た。
これは日本でも五穀の一つとして知られており、米が主流になる以前まで主食とされてきた穀物である。栄養もあり、雨量の少ない瘦せた土地でもよく育つ。
正直、何かの奇跡でも起こって古代米や小麦なんかが手に入らないかと期待していたのだが、残念ながら発見した植物の中で食べられそうなものはこの稗ぐらいのもので、他は見たことのない種であった。
しかしながら、先に述べた通り稗は非常に優秀な植物で、十分に米の代わりとして利用できる。
何より、こいつは酒に化ける。
これが何よりも嬉しい。
カムイトノト。
アイヌ語で神の酒と呼ばれるその酒は、他でもない稗から作られているのだ。
正しい製造法は残念ながら記憶にないが、穀物であるならば発酵させる方法はいくつかある。これもまた試行錯誤になるだろうが、時間はたっぷりとあるのだからのんびりとやっていくつもりだ。
しかし、まあ、我が食卓にようやく主食が登場したのはいいが、今回用意した分ではあまりにも少なすぎる。
こちらもまた残念な、非常に残念なことに、まずは畑に蒔き、十分な量を栽培するところからになるだろう。
通常であれば、おおよそ一か月。竜の堆肥が利いたとして、二週間から三週間ほどになるだろうか。
ああ、待ち遠しい。
この島で目覚めてから肉や魚は口にしたが、穀物はまだ食ったことがない。
白米ではないことは残念だが、しかしそれでも日本人として生まれ育ち、天寿を全うした爺からすれば、それは脂滴る肉よりも魅力的に見えるものなのだ。
しかし本当に、探索すればするほどこの島は生命に満ち溢れている。
それこそこの調子で探索を続ければ他の五穀や大豆、さらには大麦、米に至るまで見つけることができるのではないだろうかと、そう思わせるほどに。
全く、摩訶不思議とはこういうことを言うのだろう。
全てが違う、島が空に浮き、龍さえも存在するこの世界で、何故こうも生前の記憶にある動植物が、記憶通りに存在しているのか。
この島だけの現象なのか、あるいは他の島も同様に、地球の物と瓜二つの生物が生息しているのだろうか。
考えたところで、答えは出ない。出る筈も無い。
それを得る方法はただ一つ。
ひたすらに、がむしゃらに生き抜いて、他の島へと渡ること。
見知らぬ世界を、己の目で見て回る他に謎を解く方法はない。
だからこそ、生きねば。
この身体の謎。世界の謎を解き明かすまで、死ぬわけにはいかない。
決意を新たに、私は空に浮かぶ月を見る。
慈愛に満ちた優しい光を浴びながら、私の足元で小さな芽がひょっこりと顔を出した。
少女+巨大武器=浪漫
大きさはだいたい戸愚呂チームのあの人ぐらい。