自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。

新キャラ(大嘘)登場します!

ps.台風が近づいてきてますので、皆様くれぐれも大事の無いようお過ごし下さい。
私? 仕事っす!(笑顔


狂飆来りて

 

 火の弾ける音で、目が覚めた。

 生きている。

 まだ僅かに霞がかった頭で、ぼんやりとそんなことを思う。

 見上げる天井はよく見知った物で、ここが小屋(チセ)の中であることを理解すると共に、一体なぜ自分はここにいるのか、一体何が起こったのか、新たに次々と湧き上がってくる疑問に思考が追い付かず、ひとまず私は軋む身体をゆっくりと持ち上げ、そこで自身の身体の変化に気が付いた。

 

「ちびに戻ってる」

 

 そう、目覚めた私の身体は十前後の、この島で目覚めたばかりの頃のような幼い姿に変わっていた。

 随分と小さくなってしまった手を何度か握り、傷跡一つ残っていない腹を撫でる。

 全裸であった。

 

「目覚めたか、幼き同胞よ」

 

 そして、不意にかけられた声に肩が跳ねる。

 猫のように全身を飛び上がらせた私が咄嗟に声のした方へ向き直ると、そこには目の覚めるような美しい少女が、穏やかな表情で囲炉裏を見つめ座っていた。

 胸元まで流れ落ちる燃えるような紅蓮の髪。

 気だるげに半ばまで閉じられた瞼の奥に光る、硝子玉のような透き通った金色の瞳。

 雪のように白い肌の上で、薄く紅が塗られた桃色の口元が背徳的な色香を放っている。

 十二単に似た衣装を纏うその姿はまるで雛人形のようで、十を過ぎたばかりに見える幼い顔立ちの中に、彫刻のような冷たい美しさがあった。

 だが何よりも目を奪われたのは、その側頭部から伸びる珊瑚のような空色の角である。

 その角には見覚えがあった。

 

「まさか、いつぞやの龍か」

 

 少女の瞳が静かにこちらへと流れる。

 身震いするほどの妖しさを孕んだその所作に私はつい言葉を失い、目の前のこの少女が尋常ならざる化生であると、心の奥から理解した。

 

「貴女が、助けてくれたのか」

 

 私の言葉に、少女は首を傾げた。

 赤い髪が数本さらりと頬へ流れ落ち、縦に裂けた瞳孔がこちらをじっと見据える。それはまるで、こちらの心を見透かすようで、何ともむず痒くなってしまった私が視線を逸らすと、少女はまた囲炉裏の火を眺めながら言った。

 

「やはり不可解なことを言う、幼き同胞よ。人の姿を、人の生き方を倣う貴公は余の興味を惹く。故にまた、こうして貴公を眺めに来た。力の発露は感じたが、余がここに来た時から貴公はずっとここに在った」

 

「力の発露……」

 

 覚えている。

 霞がかった記憶が、やがて鮮明にその色を取り戻していく。

 熊に貪り食われる感覚。牙を突き立てられる、腹を切り裂かれるあの痛み。

 龍に変わる自分。あの、身体が溶けるような熱さ。

 そして、吹き飛ばされる友の姿。

 ぞっと、背筋を冷たいものが走った。

 

「そうだ、ごん、ごんはどうなった!」

 

「ごん」

 

「そうだ、これっくらいの、小さい毛むくじゃらな奴だ」

 

「知らぬ。余がここに来た時から、ここに在ったのは貴公だけだ」

 

「なら、近くで見かけなかったか。大事な、大切な友なんだ」

 

「知らぬ。余は無駄な問答は好まぬ」

 

 感情の宿らない瞳が妖しく光る。

 刹那、身体を通り過ぎたそれはまるで、氷の刃で袈裟懸けに切り裂かれたような悍ましい感覚。

 思わず口を噤んだ私に対し、少女の興味はいまだ囲炉裏で踊る火の方にあるようだった。時折火かき棒代わりに置いていた枝で薪を突っつくと、舞い上がる火の粉を無感情な瞳で追いかけ、さも興味深そうに天井を、そして室内をぐるりと見まわしていた。

 

「そんなに面白いかい」

 

 その様があまりにも不思議で、ついそう口に出していた。

 ごんのことが頭から離れず、思った以上にぶっきらぼうな言い方になってしまったがどうやら機嫌を損ねることはなかったようで、少女は赤くなった枝の先をぼうっと眺めながら。

 

「興味深い。この、人が作り上げたものが、ではない。それを模倣し、利用する貴公の在り様が、だ」

 

 そう言ってその唇から細く息を吹きかけた。

 柔らかな口先から吐き出された息は小さく旋風(つむじ)を巻き、枝先で燻っていた赤い火を呑み込んだあとぱっと弾けて消えていく。

 

「貴女だって、今やってるじゃないか。その立派な着物は誰かが拵えたものだろう」

 

 金色の瞳と視線が交差する。

 

「否。これは余の古い記憶から汲み上げ、魔力によって編み上げた仮初の姿に過ぎない」

 

 魔力とは、また聞きなれない単語が出てきたな。

 しかし心当たりが無いわけではない。空を飛ぶ時に翼が掴む不思議な力場や、炎を吐き出す際に身体を巡る謎の熱量も、魔力という、地球には存在しなかった力が働いていると考えれば納得はできる。理解はできんが。

 

「本来、目覚めていない同胞の傍に我らが在ることはない。それは未熟な力を掻き乱すことになるからだ。故に、貴公の程度にまで力を押さえ、姿も似せた。そして、余がこの姿をとることは極めて稀だ」

 

 何だか色々と難しい話をしているようだが、つまり、この龍は姿を自在に変えられると、そういうことだろうか。

 

「それ、私にもできないか」

 

 姿も自由自在、服も意のままに作り出せるとするならば、これほど便利なものはない。

 彼女、でいいのだろうか。仮に彼女と呼ぶことにするが、私が彼女と同じ種族であることはこれまでの話から明らかであるし、であるならば、彼女と同様の御業を私が扱えても不思議ではない。

 しかし、彼女の答えは否であった。

 

「貴公はまだ力を扱いきれていない。先に行った未熟な覚醒こそ、その証左」

 

 覚醒とは、あれのことか。あの、身体中が作り変えられるような感覚のことだろうか。

 ならば、私はあの時、龍になったのだろうか。

 幼い竜ではなく、彼女のような上位者に、龍になったのだろうか。

 

「扱いきれていない故に力が枯れ果てる。まずは貴公、己を識ることだ」

 

 そうして、彼女の姿がすうっと薄くなる。向こう側の壁が透ける程、目の前にいるのに、本当にそこに存在しているのかすらわからなくなるほど、その気配が希薄になっていく。

 己を知る、とはどういうことだろうか。

 私は、私である。

 地球で生まれ、生き、往生した爺である。

 その筈だ。それこそが、私である筈である。

 ならば己とは龍である私、この身体の本来の持ち主、この少女のことであろうか。

 そう私が頭を悩ませている間に、とうとう彼女は空に浮かぶ雲のように解け、消え去っていく。

 はっとして手を伸ばすも、それが彼女を掴むことはない。

 正しくそれは、自由に空を行く雲のように。

 

「待てっ、待ってくれ、また言うだけ言って帰るのか、貴女は!」

 

 消えていく。

 やがてそこには、小さく渦を巻く風だけが残り。

 

『また来る。貴公の良き巣立ちを祈っているぞ』

 

 そう言い残して、彼女は一切の気配を残すことなく消えてしまった。

 まるで狐に摘ままれたような気分である。そう、狐に。

 

「そうだ、ごん、ごんだ!」

 

 狐ではなく、狸であるがともかく、いまだ安否の知れぬあの図々しい同居人のことを思い出し、私は外へと飛び出した。

 着の身着のまま、何も着ぬまま、とにかく外に飛び出して。

 まず飛び込んで来たのは、緑。

 雪の色ではない、鮮やかな新緑の光景がそこにあった。

 ほんの僅かの、思考停止。

 穏やかな日差し。咲き乱れる花々。爽やかな森の香り。

 春が、そこにはあった。

 そう、私は冬の間すっかり眠りこけていたのだ。

 まるで冬眠する熊のように。

 それを理解するまでに、数分の時を要した。

 そうして、あまりに予想外な光景に停止した私のぽんこつな脳細胞を動かしたのは、足元から伝わってきた柔らかな感触であった。

 はっとして、足元に目を落とす。

 そしてそこには、人の足元で腹を見せて寝ころび、あまつさえ美味そうに黄色い花なんかを頬張ってぐうたらする、見知った狸の姿があった。

 そこでまた、思考停止。

 一つ、二つ、きっかり三つ数え。

 

「お前、ほんとお前なあ……っ!」

 

 私は特大の溜息と共に大の字に倒れ込んだ。

 憎々しい程晴れわたる、気持ちの良い空であった。

 




ごん「なにしてんの?」
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