自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。



山の幸、海の幸

 

 春である。

 穏やかな日差しが泉を照らし、爽やかな風が吹き抜ける中で私は一人、丘の上で瞑想に耽っていた。

 まずは己を識ること。

 そう言い残した彼の龍の教えを実践すべく始めたこの瞑想も、今ではもう毎朝の日課になりつつある。

 背筋を伸ばして足を組み、両手は膝の上に。安楽座(スカーサナ)とも呼ばれる、瞑想を行う際の基本的な構えを取りながら目を閉じ、ゆっくりと深く息を吸い、吐く。

 時に、仏教においては人間の心は多層的な構造を持っていると考えられている。

 それ即ち眼識、耳識(にしき)鼻識(びしき)舌識(ぜっしき)、身識、意識の六識であり、それぞれが人間の視覚や触覚、自意識などを感じる心なのだという。

 またこれに類似したものに六根というものがあり、()()()()とはこの目耳鼻舌身意の六つが清く健やかでありますようにと唱える言葉である。

 ちなみにこれが変化していき、どっこいしょ、という言葉になったという説もあるそうな。

そしてこれらとは別に末那識(まなしき)阿頼耶識(あらやしき)の二つを加えた八識と呼ばれるものも存在し、これは簡単に言えば自我、無意識のようなものである。

 私が向き合うはこの阿頼耶識、意識の奥のさらに奥、心の最も深い場所へと潜っていく。

 息を吸い、細く吐き出す。

 心を無にして、身体全体が自然の中へと溶け出すように。

 やがて周囲の音すら消え去って、私の心は世界の奥へと――。

 

「まあ、そう簡単には行かんわなあ」

 

 目をぱちりと開ければ、私の肩やら翼やらに留まっていた小鳥たちが慌ただしく飛び立っていった。

 そも、九十年以上煩悩に塗れて生きてきた爺がほんの数日云云かんぬんやってあっさり開ける悟りなら、お坊さんたちは皆ああも熱心に修行などやっていないだろう。

 どっこらしょと立ち上がり、凝り固まった肩やら尾やら翼やらをぐっと伸ばしていく。

 

「んーっ、よし、それじゃあ今日も頑張りますか」

 

 一通り伸ばし終わり、両頬を張って担ぎ上げたのは最近になって改良を加えた大斧である。

 刃となる鱗を増やし、より攻撃力を高めた巨大な頭を支えるのは巨大な白骨。そこいらの大木など目でも無いほど頑強なこの骨は他でもない、かの大熊の足から取り出したものであった。

 あの日、狂飆(きょうひょう)という名の龍がやってきたあの時、大熊は泉の傍、私が殴り飛ばされ、喰われかけたあの場所で静かにこと切れていた。

 冬を超え、春の日差しの中であってまるで腐ることなく残ったその死骸には傷という傷もなく、その姿は職人の手によって仕上げられた剥製のようであった。

 まるで、一息の間に魂を抜き取られたような、美しくも悍ましい死にざまであった。

 ぞっとした私は、毛皮や骨、爪や牙こそ剥ぎ取ったものの、その肉はとてもとても食べようとは思えなかった。

 しかし、喰らわぬならばそれなりの供養をと、その肉と頭は私の炎で燃やし尽くし、骨は海へと流した。

 森の中に置いておけば獣と虫があっと言う間に喰らい尽くしてくれるだろうが、それで何か良からぬものでも取り込んで第二、第三の化物が生まれても困る。

 いや、まあ、どうせそのうち第三と言わず十でも二十でもああいった大物は湧いて出るのだろうと半ば諦めてはいるのだが、どうせならば私の生活圏とは被らない場所で慎ましく生きてくれないだろうか。

 或いは、この辺りにああいった化物を引き寄せるような何かがあるか。

 その辺りは狂飆がよく知っていそうだが、どうせ尋ねたところであの思わせぶりな言い回しで煙に巻かれるのは目に見えている。今はただ、言われた通りに生きていくしかない。

 そんなこんなで、小難しいことを考える時間は終わり。

 私は編み籠を背負い、爽やかな涼しい風が吹く森の中を()()()()

 これもまた、一つの変化。

 場所にもよるが、移動する際には意識的に翼を使うようになった。

 これは飛行練習も兼ねているが、主な目的はもしもまた巨大な獣と戦闘になった際、反射的に空中へと退避できるようにする為だ。

 思えば、あの大熊との一戦も、すぐさま空中へ飛び上がっていればあそこまで深手を負うこともなかった筈である。

 あの時は著しく冷静さを欠いていたとはいえ頭上から攻撃を、それこそ炎を吐き掛けていれば全く逆の展開になっていただろう。

 全く、我ながら恥ずかしい。

 だがしかし、過ちを認め、それを改善していくことこそが肝要だ。

 だからこそ私はこうして生い茂る木々にぶつかりそうになりながらも、えっちらおっちら忙しなく翼を動かしているのだ。

 ちなみに、今回の探索の目当ては山菜である。 

 ワラビにノビル、フキノトウ、ゼンマイ、タラの芽、ハマダイコン。

 厳しい冬を超え、実り実った山の幸を優しく摘み取っては背中の籠へと放り込んでいく。

 実際には大熊に伸されて気を失っている間に冬を越してしまったのでその厳しさなど知る由もないのだが、ともかく、春を迎えた浮島のその豊富な実り具合とくれば夏や秋と比べても遜色のない程であった。

 

「しかし、春となるとアレが食いたいなあ」

 

 程よく育ったタラの芽を摘み取りながら、ぽつりとそう零した。

 春と言えばやはり、(かつお)であろう。

 特に私はカツオのたたきが大好物であり、さらにはどうしようもない飲兵衛でもあったので、初カツオのたたきを肴に清酒で一杯などと、そんなことを考えるだけで何とも堪らなくなる程度には駄目な爺であった。

 しかし鰹は回遊魚であり、地球でもかなりの広い範囲を泳ぎ回っていた魚である。

 磯釣りは勿論のこと、一見すると広そうに見えるこの島の沖合でさえ、とてもとても獲れそうにはない。

 そも、この海にそれほど大きな魚などいるのだろうか。

 これまでも磯場で罠やら釣りやらをして魚は捕まえてきたが、大きいものでもせいぜいが三十センチほどのものばかりで、鰹ほどの大物にはまだお目にかかれていない。

 もし存在するのであれば一尾だけでもかなりの食料になるだろうし、今日は少し海の方にでも行ってみるか。

 そう思い立ったら何とやら、私は翼をひと打ちして海岸線へと舵を切った。

 木々の間を縫うように森を翔け抜けて、砂浜へと飛び出したところで大きく頭を起こし、高度を上げる。足元には、吸い込まれてしまいそうな程の深く、青い海。

 そこへ、足先がちょんと着くかどうかというところまでゆっくりと落とし、じっとその波打つ水面の奥へと目を凝らす。

 何かいる、気はする。いや、それはそうか。海なのだから、大なり小なり生き物はいる。

 

「とりあえず、行ってみるか」

 

 少しばかり考えた後、私は着ていたものを全て砂浜へと脱ぎ捨てて海へと潜った。

 百聞は一見にしかず、とは少し違うが、やはり水の中を探るのならば潜ってしまうのが一番手っ取り早い。

 幸い、この身体は泳ぎもそれなりに得意なようで、翼をぴっちりと身体に密着させ、尾を左右にくねらせながら実に器用に泳ぐ。これは私が編み出したのではなく、不思議と身体がそう動いたのだ。身体が覚えていた、というよりは、本能的なものなのだろう。

 さらにこの目は水中であっても遠くまで見通せるようになっており、少し潜った後に周囲を観察してみれば、色とりどりの、とはいかぬまでも、大小様々な魚が泳ぎ回っているのがよく見えた。

 だが、残念ながら目当ての大物は見当たらず、やはり大きいものでもせいぜいが三十センチあるかどうか、というところである。

 陸地があれほど豊かなので海の方もそれなりに期待していたのだが、やはり空に浮かぶ島の、端が滝のように流れ落ちているような特殊な環境ではそうそう上手くはいかないようだ。

 しかし、少しばかりの落胆と諦めを胸に私が海面へと浮き上がろうとしたその直後、海底に並ぶ岩場の影に動くものがあった。

 そこからの私の動きは、まるでイルカやシャチのように俊敏であった。

 さっとその岩場まで潜っていくと、慌てて奥へと隠れようとしたそれの襟首をむんずと掴み上げ、そのまま全身を引き摺り出した。

 掴み上げられ、それでもなお全身を私の腕に巻き付けながら抵抗を続けるそれを逃がすものかともう片方の手でがっちりと捕らえ、私は一気に海面へと浮上する。

 勢いをそのままに空中へと飛び上がり、掲げるはしかと掴んだ戦利品。

 丸い頭にぬるぬると光る赤黒い肌。八本の足に、びっしりと並ぶ吸盤の列。

 そう、日本人ならば誰もが知るそれは紛れもなく。

 

「蛸、獲ったぞー!」

 

 優しい春の日差しを浴びながら、私は満面の笑みを浮かべながら鬨の声を上げたのだった。

 




生か焼きか、それが問題だ。
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