自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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大変お待たせして申し訳ありません。
新キャラが出ます。


運命の出会い

 

 蛸というのは、こう見えて中々手間のかかる食材である。

 というのも、その全身を包むぬめぬめとした粘液、これがかなり厄介で、日本ではそのぬめりを取るために洗濯機を使う地域すらあるというのだから相当なものだ。

 他には片栗粉や塩で揉む方法もあるが、片栗粉に関しては芋すら見つかっていないし、塩を使うにしても相当な量が必要になってくる。

 ただでさえ海水から少しずつ作り置いてきた貴重な塩だ。蛸を美味しく頂く為とは言え、過度な消費は避けておきたい。

 ではどうするか。

 頭を捻って思いついた苦肉の策は、八本全ての足の皮を丁寧に引き、吸盤を外すといったものであった。

 かなり手間がかかるし、道具が包丁代わりの鱗のナイフしかないので身の部分も多少は削ってしまうが、塩が無くなってしまうよりはだいぶ良い。

 そうして真っ白に剥いた身と吸盤は茹でた後に薄く切り刺身に。同じく茹でたタケノコと木の皿に並べてハマダイコンの花を添えれば、見てくれだけはそれなりのものになった。

 

「それでは、頂きます」

 

 枝を削り作った箸で蛸の刺身をちょんと摘まみ、口へと運ぶ。

 そして口の中に含んだ途端、やはりというか、まずは生臭さと少しばかりのぬめりが口の中に広がった。下処理をきちんと行っていないのだから、これは仕方がない。

 しかし歯を押し返す、この強烈な弾力は何だ。生前でもこれほど歯応えの強い蛸にはお目にかかったことがない。そしてそれに負けじと強く噛み締めれば、その強靭な身の奥から滲み出るのは、その見た目からは想像もできない甘味と旨味。噛めば噛むほど溢れ出るそれらに、私は頬が緩むのを止めることが出来なかった。

 美味い。

 僅かに残る生臭さを加味してもなお、この島に来て口にした中でも上位に入る美味さである。

 げに惜しむべきは、十分な下処理が出来なかったことか。しっかりと塩でぬめりを取り、生臭さを取り除いていればもっと美味い蛸料理が出来たことだろうに。

 

「まあ、無い物ねだりをしても仕方がない」

 

 そう小さく溜息を吐き出して、また一口噛み締める。

 思えばこんな、世界の果てのような無人島で蛸料理にありつけるだけで随分な贅沢なのだ。これ以上求めていては罰が当たるというもの。

 切り分けて茹でただけのものを料理と呼べるかどうかは別として。

 

「ごちそうさまでした」

 

 しっかりと手を合わせ、感謝。

 丸々太った蛸はまるっと私の腹に収まり、少しばかりふっくらとした腹を満足げに撫で回しながら次に私が向かったのは泉を見下ろす丘の上。少し前までは何もなかったその場所には私の腕ほどの太さと、私の背丈よりも大きく育った若木が一本。

 驚くなかれ、これこそはあの日、冬が訪れるよりもずっと前に植えたあのりんごの木なのだ。

 まるで狐か狸にでも化かされたような馬鹿げた話であるが、どうやらあの堆肥にはとんでもない効果があったようで、種を蒔いてから一年と経たずにここまで立派に育ったのである。

 龍の力恐るべし、というべきか。

そんじょそこらの牛やら馬やらのそれや、化学肥料など比較にならない。

 小屋の横に拵えた畑にも同じ堆肥を使ってみたが、そちらはそちらで驚く様な変貌ぶりで、りんごの木の世話が終わったら今度はそちらの手入れが待っている。

 

「おう、今日も元気そうだなあ。早く美味しい実を付けておくれよ」

 

 力強く根を張り、瑞々しい葉をつけたその幹をそっと撫でれば、まるでこちらに笑いかけるように頭上の葉が音を奏でる。

 生前に聞いた話では、りんごやらみかんやらは剪定して無駄な枝を落としてやった方が枝も実も良く育つらしいが、見知った世界の品種でさえ扱ったことのないずぶの素人が、本職の人間でさえ見知らぬ異世界の果樹に適当に手を出して腐らせてしまっては大変なことになると結局触らずじまいであった。

 だがそれが功を奏したのか、りんごの木はこうして上へ横へとのびのびと育っている。

 種を植えた頃は、大きくなれば挿し木なりなんなりして株を増やしてみようかと夢見たものだが、種からでもこれだけ早く、大きく育つのであればその手間も必要なくなるかもしれない。

 

「しっかしこれだけ早く育っちまうと、りんご農家はやってられんだろうなあ」

 

 なんせ地球(あっち)では昼も夜も汗水を流しながら、手間暇かけて数年がかりでようやく収穫にかぎつけるところをこっちではほんの半年から一年だ。

 仮にこの肥料を地球に持って帰れば、業界に大革命、いや、世界中の食糧問題を一気に解決することすら可能だろう。

 まあ、私は黒いスーツを着たサングラスのお兄さんに連行されてあれやこれやと大変なことになってしまうだろうが。

 ピカッとされるのは嫌だなあ。

 そんな馬鹿なことを考えながら丘を下り、やってきたるは最近少しずつ愛着を感じ始めた我が畑。

 大きさこそ八畳程度と家庭菜園のような規模だが、見て驚けこのたわわに実り首を垂れる稗と所狭しと葉を伸ばすハマダイコンの姿を。これこそ、りんごの木を半年であそこまで成長させる堆肥の効能である。

 その成長速度は通常の倍以上。初めこそ貧相だったその実りも数度の世代交代で驚くほどの改善を見せた。

 こちらとしても、これだけすくすくと育ってくれると手間暇かけて世話をした甲斐もあるというものではあるが、最近はちょっとした心配事から畑の拡大作業などに手を出している。

 草を刈り、木を切り倒して土を耕す。根を引き抜いて、また耕して、柵を打ち込む。

 その繰り返し。

 なかなかの重労働ではあるが、重機いらずのこの怪力と底なしの体力があればそう難しい仕事ではない。

 

「よっこらしょ、と。いやあ、いい汗をかいた」

 

 引き抜いたばかりの切り株を椅子代わりにして、私は土塗れの手で額に浮かんだ汗を拭った。少しばかり広くなった泉の広場を眺めながら、竹で作った水筒を呷る。

 そうして一息ついていると、小屋の入り口からひょっこりとごんが顔を出した。

 あの狸ときたら、良い日和なのを良いことに今の今まで小屋の中でいびきをかいていたのである。まったくいいご身分だといつもなら呆れるところであるが、はて珍しいこともあるもんだと、その時の私は首を傾げた。

 何故か。それはまだ、お日様が天辺まで昇りきっていないからである。

 いつもの調子なら昼過ぎぐらいまではぐうたらしている奴が、どういうことか今日に限って早起きではないか。

 

「どうしたどうした。畑仕事を手伝うほど孝行者でもあるまいに」

 

 ちょろちょろと足元に絡んできたごんをひょいと持ち上げてみれば、どういうことかその丸い瞳は私ではなく遥か彼方、晴れ渡った空のその向こうをじっと見つめていた。

 何だろうか。

 島の上を行く浮島の影も無い。

 怪鳥が襲って来た時のような、ざわめく様な感覚も無い。

 だが、なんだ。

 何だ。

 空をじっと見つめる。薄くかかった雲の向こうに、何かある。

 ごんを下ろし、翼をひらめかせ飛び上がった。

 そして、私が森から飛び出すのと同時にそれは現れた。

 

「なんだ、あれは」

 

 雲を抜けて現れた物。それは一隻の船であった。

 そう大きなものではなく、せいぜいが個人用のヨットやら、漁船ぐらいの大きさである。

 細長い胴体の真ん中に三角形の帆が一つ張ってあり、左右に蜻蛉(トンボ)の翅に似た、玉虫色のオールのようなものが幾つか並んでいた。全体的な姿はいつぞやか映画で見たガレー船に近い。

 そんな少し変わった船が、頭を下にして落っこちてくる。

 まさに今、私の真下にある泉目掛けて真っ直ぐに。

 これには私も目を丸くするしかなかった。

 泉に落ちてくれればまだ周囲への影響は少ないだろうが、間違って小屋や畑に直撃してしまえば大変なことになる。いや、それならまた作り直せば何とかなるが、りんごの木は駄目だ。あれだけはこの島には自生していないもので、傷ついて枯れようものなら二度と手に入れることができないかもしれない。

 

「止めるしかないなあ。やれやれ、爺に無茶をさせるもんじゃないぞ」

 

 溜息一つ、私は落下する船の真横へと接近し、速度を合わせて並走する。

 幸い船は木材で組み上げられているようなので、重量的には抱えられないものではないだろう。さらに不思議なことに、雲の上から落ちてきたのにも関わらずその落下速度も大したものではない。

 これならいけるか。

 よしっ、と小さく気合を入れて、船底へと回り込む。

 

「そら、いくぞ。いち、にの、さんっ!」

 

 まだそれほど使い込まれていないのか、思ったよりもずっと綺麗なそこを両手と尻尾を使って背負い込むと、大気を真横に叩きつけるような勢いで翼を打った。

 ぐん、と船首が持ち上がり、舟の重みで背骨が軋む。

 だがそれも一瞬のことで、体勢さえ整えてしまえば船は驚くほど軽かった。使われている木材が特殊なのか、それとも未知の技術が使われているのか。

 まあこんな、文字通りの雲海が広がっている世界なのだ。そこを泳ぐ船が普通である筈も無い。

 ともあれ、これで惨事は免れた。そのことに一安心しつつ、私は抱えた船をひとまず泉の広場の、開拓したばかりの畑予定地へと降ろすことにした。

 壊してしまわないよう慎重に着陸させた船を眺めてみれば、何やら船底全体に呪文のような、紋様のようなものがびっしりと刻み込まれていることがわかった。何が書かれているのかはわかる筈も無いが、その形には何やら見覚えがあった。

 どこで見たのかとうんうん唸り思い出してみれば、そう、私が炎を吐き出す時に浮かび上がってくる紋様とそっくりである。であるならば、この紋様も何かしらの呪いで、不思議な効果を発揮するものなのだろう。

 なるほど、面白い。実に非科学的というか、この世界が地球とは異なる法則で成り立っているのだと改めて実感した。

 さて、外面をまじまじと観察したところで、次は中身である。

 甲板は中央より少し後ろに丸い舵輪が置かれているだけで、かなりすっきりした作りになっていた。大きさ的に一人か二人、三人乗ればかなり窮屈な広さである。こつんと叩いてみれば、返ってきたのは見た目以上に軽い、抜けるような音。どうやらこの下に積み荷を詰め込む為の空間があるようだ。探してみれば、四角い扉らしきものが床に設置されていた。

 

「ぐ、ぬぬ、これは中々、尻と背中がつっかえる」

 

 正確には、尻尾と翼だが。まあ、普通の人間にはどちらもついていないだろうし、もしかしたらそういった種族もそういないのかもしれない。

 そうして中を確認する為に頭だけを突っ込んで、私は己の目を疑った。

 そこにあったもの、いや、そこに居たのは人であった。

 人間の、男であった。

 

「おい、おいあんた大丈夫か!」

 

 手を伸ばし、男の黄ばんだシャツを掴んで外へと引き摺り出す。

 尻尾も、翼もない。まごうことなき、普通の人間である。

 金髪に、白い肌の男。髭がだいぶ伸びており、正確な面相は伺えないが歳は三十か、四十ぐらいに見える。衰弱しているのか意識はなく、しかし僅かに上下する胸とか細い呻き声が、彼がまだ生きていることを懸命にこちらへと伝えてきた。

 

「大丈夫だ、大丈夫だぞ。絶対に助けるからな!」

 

 相当長い間、漂流していたのだろう。担ぎ上げた男の身体は酷い臭いであった。腕も腰も痩せ細っており、もう羽虫が集り始めている。

 明らかな、死臭。

 生前の、最期の記憶が脳裏をよぎり、私は大きく頭を振って小屋へと急いだ。

 薬も、道具も無いこの限られた環境で、果たして私に何ができるか。

 いや、考えるのは止めろ。

 今はただ、やれることを精一杯やるだけだ。

 

「死なせるか、死なせるものかよ。頑張れよ、爺を残して死ぬんじゃないぞ!」

 

 穏やかな風が吹く、とある春の日。

 それは正しく、運命の出会いであった。

 




(この作品に恋愛要素なんて)ないです。
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