自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。
ちょっとショッキングな描写があります。


招かれる者と、招かれざる者

 

 その日は、私にとって特別な日の一つとなった。

 泉の周辺に掲げられる篝火に、どこか楽しげに奏でられる太鼓と柏手の音。

 どこか囃子にも似た旋律と共に、篝火に照らされて伸びる影たちが手を振り足を踏み鳴らし踊り回る。

 それは正しく宴や、いや、場に満ちる雰囲気としては祭り。それも神仏を崇め奉る、神事にも近い神聖さ。しかしその様は原始的、儀式的なもので、映画などでネイティブ・アメリカンの人々が焚火の周りを歌い踊っているような、そんな光景。

 どうしてこうなったのか。時は私がヨーク達をもてなそうと、夕食の準備を始めた辺りまで遡る。いつものように干し肉を切り分け、スープを煮込んでいる間にふと気が付けばヨーク達の姿がない。この島には凶暴な獣も生息している為、絶対に森には入らないようにと言い聞かせていたのだが、はてどこに消えてしまったのか。

 もし森に入ったのならばすぐにでも連れ戻さなければと私が身支度を始めていると、森の獣道、ヨーク達の島がある方向から彼らが戻ってきているのが見えた。いや、彼らだけではない。同族と思われる、彼らと似通った背格好の人影が十と少し、手に手に松明やら編み籠やら、旗のような物なんかを持ってこちらへと向かっている。

 暗い森の中で彼らの丸い目が松明で照らされ怪しく光る様はどこか不気味に見えるが、手にする物の中に武器の類は見当たらず、敵意も感じない。彼らはゆっくりとした歩みで私の元までやってくると、先頭に立っていたヨークの号令に合わせて一斉に跪いた。

 異様な光景。気分は殿様か、あるいは怪しい宗教の教祖にでもなったようだ。

 あまりに予想外のことに私が目を白黒させていると、やがて彼らの一番後ろから、何やら仰々しい姿の人物がやってきた。

 それは頭にワニの頭蓋骨を被り、身体全体を黒い獣の毛皮で覆い隠した老婆であった。

 かなりの高齢なのだろう、足元も覚束ない彼女を支えるように、若い男二人が左右に控えている。彼女が歩を進める度に手にした杖がこつこつと地面を叩き、髑髏の奥にある妖しい瞳が月明りに照らされて鬼火のように揺らめく。やがて彼女は私のすぐ前にまでやってくると跪き、しわくちゃになった両手を握ってぎゃーてーぎゃーてーと何やら唱えながら祈り始めた。

 驚いたのは、その呪文のような言葉の中に、私が理解できる単語が含まれていたこと。

 日本語ではない。しかし理解できるその言語はかつてあの龍、狂飆(きょうひょう)が用いていたものと同じものであった。

 龍語、とでも呼ぶべきか。ともかく彼女はそういった言語を使って龍がなんちゃら、感謝をかんちゃらと祝詞のような呪文を唱えた後、また深々と頭を下げた。

 それを見守っていた私といえば、正直なところ少しばかり困惑していた。

 それもそうだろう。ヨーク達の種族と出会うのはこれが初めてであり、ただでさえ彼らがどういった者たちなのかを見定めようとしていたところで、これだ。カルチャーショックというにも、あまりにも強烈が過ぎる。何よりも突然自分自身が、恐らくは宗教的な何かの対象にされるのは何とも言えない怖ろしさと不気味さがあった。

 

「こら、こら、そろそろ顔を上げてくれ。そう畏まられても困ってしまうよ」

 

 私は膝を折り、老婆の肩に手をやりながらそう言った。

 恐らくは一族の中でも最年長であろう、目は窪み、顔中染みと皴だらけになった老婆である。しかしその目には確かな知性を宿した光があり、穏やかで、とても優しい瞳がそこにはあった。

 しかしその直後、その瞳からは大粒の涙がひとつ、ふたつと静かに頬を伝い始め、老婆はいかにも感無量といった風にその声を震わせ、合掌して何度も同じ、恐らくは感謝なりなんなりを意味しているだろう言葉を繰り返した。

 ううむ。これは困った。

 彼女らの様子を見る限り、龍とは相当に畏れ多いものらしい。

 それこそ神様仏様といった具合であるが、所詮はくたばり損なった爺の身としてはとんでもなく分不相応なことこの上なかった。別に即身仏になって飢餓疫病を鎮めたわけでもなし、これほどまでに崇め奉られる覚えもない。

 狂飆(きょうひょう)のような立派な姿であったり、嵐を操ったり不思議な術を扱うのであればまだしも、こちとらまだ二十も年を数えていないような小娘の身である。龍というよりも竜、ドラゴンというよりはワイバーンの方がまだ近いだろう。

 と、そのようなことを私は彼女らに懇々と語り、私はそんなに立派なものではないのだよ、と説いてみるも悲しきかなここは日本語の通じない異界の地。尻尾を振り振り熱弁する私に対し、彼女らはしきりに首を傾げるばかりであった。

 そうして結局は私の方が折れる形で場は治まり、ひとしきりむにゃむにゃと拝み倒された頃には泉の広場はすっかり祭りの場と化していた。

 目の前には彼女らが持ち込んだ瑞々しい果実と焼いた肉が並んでおり、対して私の用意した干し肉と山菜のスープは誰もが畏れ多いと口を付けず、結局はいつも通り私の胃へと収まるに至った。

 そうして始まった祭りというか、祭られ、であるが、意外にもその内容は十分に楽しめるものであった。

 

「おお、可愛い子だなあ。お名前は、ユーノというのか、男の子か、おう、たくさん食ってでっかくなれよ」

 

 大人に連れられやってきたのは、私の胸ほどもない小さな子どもたち。これがまたとても可愛らしく、私の身体にあるものと似た紋様が描かれた丸い身体に大きな目。小さな手足をぱたぱたと振りながらこちらの気を引こうとするその様子は、かつての孫たちを彷彿とさせて何とも爺心を刺激してやまない。

 どうも儀式的には七五三に近いようで、私が順番に膝に乗せ、頭を撫でて可愛がってやると大人たちは実に嬉しそうに拝み倒していくのだが、まだ幼い子どもたちにとってはどうも恥ずかしさが勝つようで、特に男の子は膝に乗せる前に顔を真っ赤にして俯いてしまう子が多かった。

 それもまた可愛らしいことこの上ないのだが、やってきた子どもの人数がかなり少ないことを考えると何とも胸が痛んだ。

 乳飲み子がいなかったことからこれが全員ではないのだろうが、それだけで彼らがいかに過酷な環境に身を置いているのかが痛い程よくわかった。

 私程度がどれほどの助けになれるかわからないが、こうして子を愛し、彼らの祈りを受けることで少しでも役に立てるなら、私はいくらでもそうしよう。

 そうこうしているうちに夜も更け、朝が来た。

 私は朝霧が立ち込める中のそりと寝床から這い出すと、篝火やら編み籠やら、昨夜の余韻が未だ残る広場をぼんやりと眺め、ぼりぼりと角の付け根を掻きむしった。

見上げればどんより曇り空。

 夏にしては少し肌寒い、何とも気持ちの悪い朝であった。

 ヨーク達の姿はない。明け方まで続くかと思われた宴であったが、月が雲に隠れ、一雨きそうな空模様になった途端あっさりとその場はお開きとなっていた。宴の熱量に対し実にあっさりとした幕切れであったが、雨に打たれでもして下手に身体を冷やしてもかなわんし、賢明な判断と言えるだろう。

 

「しっかし、あの様子だと今日も賑やかになりそうだなあ」

 

 くあ、と背伸びをしながら私は独り言ちる。

 ともあれ、賑やかなのは大歓迎だ。一人で、いや、一人と一匹しかいなかった頃を思えば、喧しいぐらいが丁度いいというもの。

 そうだ、昨日遊んでやった子たちに何か玩具でも作ってやろうか。幸い材料は沢山あるし、竹とんぼ、竹馬ぐらいならそう時間もかからないだろう。

 思い立ったらなんとやら、私はすぐさま材料となる竹を集めてこようと翼を広げ、空へと飛び立った。

 その、直後。

 ざわりと、うなじを舐めあげられるような不快感。

 悪い予感。

 金切り声が鼓膜を貫く。

 声は、ヨーク達の島がある方から。

 私は顔を真っ青にして小屋から大斧をひったくり、胸騒ぎのする方向へとひと飛びに向かった。

 そして海岸へと飛び出した私が見たものは、予想を遥かに超える悍ましい光景であった。

 そこにいたのはヨークと、他数人の若い男たち。

 その誰もが血に塗れ、必死の形相で空へと雄叫びを上げている。

 彼らが睨みつけるその先には、一匹の獣。

 それは、白い鳥であった。

 だがその姿は鳥と呼ぶにはあまりにも巨大で、私がこれまで相手をしてきた大鷲と比較してもそれは一回りも二回りも大きく、その鋭い鉤爪は象ですら一掴みに出来てしまいそうな程で、私はこれほど巨大な生物を未だかつて見たことがなかった。

 ぎゃあぎゃあと足元で叫ぶヨーク達を、氷のような眼がぎょろりと睨みつける。

 ぞくりと背筋に冷たいものが走るのと同時、そのすぐ傍、鯨でも丸呑みにできそうな嘴の隙間にぶらつく、何か。

 人間に似た、灰のような色をした小さな手。

 それを見た瞬間、私は地鳴りにも似た龍の咆哮をあげながら手にした大斧を振りかぶり、巨鳥へと飛び掛かっていた。

 身体中の血液が沸騰するような激情。

 こちらの咆哮に巨鳥が怯む。その隙を打って、その太い首へと大斧を振り下ろす。

 確かな手応え。が、浅い。

 あまりに分厚い羽毛の鎧に刃が阻まれ、渾身の一撃はその首をほんの少し切り裂くに留まった。

 私は振り下ろした勢いのままヨーク達を庇うように翼を広げ、歯が軋む音を聞きながら巨鳥を睨みつけた。

 

「てめえが、あの畜生共の親玉か。ふざけるな、ふざけるなよ」

 

 口先から炎が漏れる。

 全身に紋様が浮かび上がる。

 気が付けば、私の身体は最も戦いに適した、二十前後の若い女の姿にまでその身を変じていた。

 

「てめえ、生きてここから帰れると思うなよ」

 

 手にした大斧が唸りをあげる。

 島中に響いた咆哮は、果たしてどちらのものか。

 嵐のような決戦の火蓋が、切って落とされた。

 




久々のボス戦
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