自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。
少し詰め込みましたが、一区切りです。


さらば友よ

 

 不幸中の幸いと言うべきか、その後の調べで巨鳥による被害は最小限に留められていたことがわかった。ヨーク達の一族は岩山に洞穴を掘って暮らしており、巨鳥の襲来を察知してすぐにそこへ逃げ込んだらしい。

 それでも老人、子どもが避難するまでの時間を稼ごうとした若い戦士数人が奴の嘴の餌食となったが、彼らの遺体は巨鳥の腹から無事取り戻し、一族全員に見送られながら昨夜遅くに火葬された。

 私の、龍の炎によって。

 これは、遺された者たちの懇願に寄るものだった。貴方の力で、龍の炎で弔ってほしいと、依然として言葉は通じていないが、そのようなことを身振り手振りで訴えてきたのである。

 龍とは、それほどまでに特別な存在なのか。

 明け方、もうそれが誰のものかもわからなくなった遺灰を集め、壺へと詰めていく者達の姿を少し遠くから眺めながら、私はぼんやりと思考に耽る。

 尋常ではない、とは思う。

 人と変わらぬ姿で、しかし人ならざる屈強な身体と数々の摩訶不思議な力を操る存在。

 じっと、己の両腕を眺める。そこにあるのは、もうすっかり見慣れてしまった、褐色の肌をした傷一つない乙女の細腕。

 あの時、巨鳥の一撃を打ち破ったあの瞬間、この腕は確かに人のものではない何かに変わっていた。黒曜石のような美しい鱗に、太い爪。あれは確かに、龍のもので間違いない。

 しかし私が奴の胸を貫き、ヨークたちの元へ戻る頃にはこの腕は元の姿を取り戻していた。鱗の一枚もなく、一つの傷もなく。

 そしてそれに応じるように私の身体もまた、以前の幼いものへと立ち戻っていた。

 切り飛ばされた腕が生えてきたことには、もう何も言うまい。

 熊に(はらわた)を食い荒らされても元通りになる身体だ。腕の一本ぐらい、難なく生えるだろう。

 再び我が腕を見る。

 じっと、じいっと見て、念じる。思い描く、あの一瞬だけ現れた、漆黒の龍の腕を。

 瞬き。刹那の暗転。

 すると次の瞬間には、私の右腕は見事なまでに、それはもう逞しい龍の腕と化していた。

 かちりと爪を鳴らしてみる。硬い、金属の棒をぶつけたような音がした。

 腕を振れば、像が僅かに揺らいだ後にはもう元通りの柔らかな腕に戻る。

 一瞬で身体の一部が全く異なる物に変化する。なんとも妙な感覚だが、これは以前、化物熊と対峙した時に感じたものと非常に近しく、故に慣れるのにもそう時間はかからなかった。

 しかし、全く、厄介だ。

 これもまた魔法の一種なのだろうか。

 このままいけば私はそのうち人の姿さえも失い、完全な龍へと変じてしまうのではなかろうか。あるいはそれこそが本来の姿なのかもしれないが、あれこれ細工をするのに便利な人の手足を失うのは嫌だ。なにより龍の姿になってしまえば、これまで頑張って作ってきた道具も建物も全て無駄になる。

 貧乏性と言われればそれまでだが、例え傷つくことも病になることもない身体を手に入れられたとしても、雨ざらし野ざらしの生活は辛い。

 それはともかくとして、そろそろ私も、龍、というものについて深く考える必要がありそうだった。

 というのもあの巨鳥、猪や蛇と合わせれば三度目となる異形の獣だ。

 単なる偶然、ああいうのがまま存在す()る世界なのだと思えば腑に落とすこともできるが、恐らくはそうではないのだろう。

 もしああいった奇想天外な化け物たちが頻繁に闊歩する世界であるならば、ヨークたちのような翼も持たない小さな種族など真っ先に淘汰されていそうなものだが、しかし彼らはしっかりと血を残し、繁栄している。ではあれらに対する対抗策でも持ち合わせているのかといえばそうでもなく、魔法も扱えず、弩のような強力な武器もない。であるならば、彼らの島、彼らが暮らしてきた環境ではあれこそが異常であるのだろう。

 ならばならば、そんな、この世界に住まう者ですら異常と捉える事態が三度も起こっているこの島は何なのか。

 島自体が特殊なのか、あるいはそこに住まう者、私こそが特殊であるのか。

 恐らくは後者であろう。

 龍という、信仰の対象にすらなりえる大いなる存在。

 私の知り得る龍は私以外にあの狂飆(きょうふう)だけであるが、彼女は容易く天候を操り、己の姿すら変化させて見せた。もしも私に彼女と同じだけの力が宿っているのならば、なるほどそれは、ここが地球であったとしても奇跡と呼ばれ、畏れられることだろう。それこそ、世が世ならば奉る社の一つや二つ、作られてもおかしくはない。

 しかしそれほどの力ともなればきっと、それをつけ狙う者も出るだろう。その殆どが圧倒的な力の前に屈するか、それこそ虫でも払うように屠られるだろうが、それがまだ殻を被った幼い竜だとすれば、また話は変わってくる。

 幼いとはいえ龍は龍。超自然の、尋常ならざる力の塊だ。より強い力を求める者たちならば、野心を持つ者ならば、挑んできても不思議ではない。

 挑まれる側としては、堪ったものではないが。

 しかし、私の仮説が正しいとすれば、これから先も巨鳥のような化物が龍の力に惹かれてやってくる、ということになる。それは、少し厄介というか、とてつもなく迷惑な話だ。

 両手両足を放り出し、唸りながら空を見上げる。

 

「付き合わせる訳にもいかんしなあ」

 

 起き上がり、翼をひと打ち。

 巨鳥を仕留め、その血肉を食らって以来、この身体はすこぶる調子が良い。一度目で木々の頭上まで行き、二度、三度も羽ばたけばヨーク達が暮らす岩山の麓まではあっと言う間だった。

 翼を器用に動かして軟着陸を済ませると、洞穴から飛び出してくる小さな影がひとつ、ふたつ、みっつ。どれも先日、宴の席で遊んでやった子ども達だ。一番最初に私の元にやってきたいっとう足の早い子を抱え上げ、それを羨みながらじゃれついてくる子ども達の頭を撫でて愛でていると、奥から骸骨を被った老婆がヨークをはじめとした若い男の戦士を伴ってやってきた。

 流石、年の功というべきか、こちらの用件は概ね察しているようである。

 私は遊びをせがむ子どもたちを宥めると、老婆にこれまでこの島でどのようなことが起こったか、そしてこれからどうするべきかを言って聞かせた。

 ここで私と一緒にいれば、あのような恐ろしい獣がまたやってくる。

 だから一族をこれ以上危険に晒さないよう、島が動く気配を見せたら皆はそっちに行きなさい。

 内容としては概ねそのようなものであったが、話し合いは特に難航することもなく、呆気ない程スムーズに進んだ。

 考えてみれば彼女らにとって私は上位存在。基本的にその意思が蔑ろにされることはない。信仰対象の為ならその命すら捧げるような狂信者ならば話は別だが、そんなものは様々な宗教が入り乱れる地球であっても極めて稀だ。

 全くない、と言い切れないのがまた、人間の恐ろしい部分でもあるが。

 ともかく、方針としては島がまた離れる時、彼女たちの一族は共にここを去るということで決まった。彼女たちは随分と名残惜しそうにしていたし、遊んでやった子どもたちには大泣きされたが、こればかりは仕方がない。彼女らがこちらに残るにせよ、私があちらに移るにせよ、どのみち力を狙う者はやってくる。そして、傾向としてそれは巨大な獣である可能性が高く、であるならば小さく牙を持たない彼女らは奴らにとって都合の良い餌でしかないのだ。

 私としても奇跡的に巡り合えた彼女らと別れるのは身が裂ける思いであるし、まあ数日は引き摺るし泣き喚くだろうが、だからと言ってあの可愛い子ども達を獣の餌にする訳にもいくまい。

 しかしせっかくこうして出会ったのだからと、翌日から私たちはお互いの島で採れた植物や果実などを持ち寄り、物々交換を始めた。

 いや、元々はあちら、仮に小鬼族と呼ぶが、彼らが家畜やら、工芸品などを手に手に持って現れて、どうぞこちらをお納め下さいとばかりに供え始めたのが始まりである。

 いや、こちらの島が豊かになるのは嬉しいのだが、私は神にも仏にもなった覚えがない上に放っておけば赤子まで置いていきそうな勢いであったので慌てて止めに入り、貰った分は別のものでと干し肉やら魚の干物を渡し始めたのだ。

 食べ物、特に蜂蜜などの甘味は正しく泣いて喜ばれたが、赤子には決して与えないようにとひと際きつく言い聞かせた。

 そうして数日経った頃には、泉の広場も随分と賑やかになっていた。

 若い山羊が二頭に鶏が五羽、山盛りにされた真っ赤なサボテンの実と肉厚な葉、そして植物の種が幾つか。どれも生前の記憶にあるものと似通っているが、少しばかり違う。

 山羊に関しては脚も胴も太く、まるで牛と山羊を掛け合わせたような珍妙な見た目をしていた。老婆に話を聞くと、どうやら乳も肉も美味らしい。

 よく躾けられていた為しばらくは泉の周りで放し飼いにしていたのだが、夜な夜な小屋に忍び込んでは私の髪をもしゃもしゃとやり始めたので突貫で広場の一角を柵で区切り、今はそこに放り込んでいる。彼らには私が木を切り倒した後の、雑草の掃除係にでもなってもらおう。

 ちなみに先輩である狸のごんとの関係は中々に良好らしく、どうも呑気というか、のんびりとした気質が合ったようで、たまにその大きな背中で昼寝を決め込む狸の姿が見られたとかなんとか。

 

 そうして夏が過ぎ、秋。

 島全体を揺るがす地響きの後、彼らはまた何処かを目指し、大空の果てへと旅立っていった。

 別れ際、これまで世話になった礼にと私の鱗で拵えた首飾りを渡したところ、受け取った老婆が感極まって卒倒するという珍事があったり、私が十分に力を扱える空域ぎりぎりまで子どもたちにせっつかれて大変だったものの、その他は事前に準備を進めていたこともあり比較的のんびりとした、穏やかな別れとなった。

 私は、そして彼らもまた、お互いの島が雲の向こうに隠れて見えなくなるまで、ずっとその姿を追い、手を振り続けた。

 日が落ち、残ったのは肌寒くなってきた秋の空と、波の音。

 意外にも、涙は流さなかった。

 彼らが残した多くのもの、その全てに彼らの思いが、思い出が残っていたから。

 

「さあて、明日からまた頑張るかあ!」

 

 きっとまた会える。

 そんな確かな予感を胸に、私は月明りの中を行く。

 あの温かな思い出の詰まった、大切な我が家(たからもの)へと向かって。

 

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