自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
今年の冬は一段と厳しい寒さで、家畜たちは初めこそそれぞれ身を寄せ合い温め合っていたのだが、日が落ちるとそれでも暖が取れなくなり、夜な夜な柵を飛び越えては我が家に忍び込んでくるようになった。
ただでさえ狭い小屋である。山羊二頭、鶏五羽が入り込めば足の踏み場もなくなるのは目に見えており、さらには小屋中に充満する獣臭さといえばそれはもう凄まじいものであったが、外に放り出して凍死されては堪ったものではないとこちらが折れることにした。
ともあれ、いつまでも寝床に忍び込まれてはこちらの気が滅入ってしまうと、今日はお天道様が顔を出す前から冷たい手を擦りながらの建築作業である。
竹林から立派なものを何本か拝借し、適当な長さに切り分けて柱を立て、屋根を組んでいく。大きさは違えど、小屋を建てるのもこれで三度目となれば本職には適わないまでもそれなりに手つきも慣れてくるもので、お天道様が空の天辺まで登りきる頃には立派な小屋が一つ出来上がっていた。
ともあれ普通の山羊ではない。牛のような体付きの山羊であるので、私が翼を伸ばしてのんびり寛げる広さの小屋であっても彼らにとっては犬小屋サイズ。十分に暖は取れるだろうが、彼らが満足するかどうかは実際に試してみないとわかりようがない。
踏み抜いて怪我でもしたら大変なので床板は張らず、代わりに柔らかい藁を敷き詰めておいた。
「おおい、出来たぞー」
手を振って呼んでみれば、遠くで呑気に草を食んでいた二頭がのっそりとその頭を上げ、これまたのんびりとした足取りでこちらまでやってきた。
がっちりとした体付きでのんびりとした性格の雄が富士、少し小柄で人懐っこいのがちよである。どちらも黄褐色の毛をしているが、角は雄の富士にだけ小さいやつがちょこんと生えている。
「よしよし、元気そうでなにより。お前たちの小屋が出来上がったんだが、ちょっと具合を、おい、こらこら、私じゃなくてあっち、あっちに行けって」
小屋の居心地を確認して欲しかったのだが、どうも二頭は私に遊んでもらえると勘違いをしたようで頭をごりごりと擦り付けながら催促を始めた。人懐っこくて愛嬌もある二頭であるが、牛のような力でぐいぐいとやってくるので堪らず尻もちをつきそうになってしまう。前に尻もちをついた時は、そのまま二頭に顔中を舐め回されて大変なことになった。
頭を撫でながらなんとか小屋に興味を持ってもらえるよう身振り手振りで誘導するが、これがどうにも上手くいかない。
力ずくで無理矢理動かすこともできるのだが、そんなことをすれば二頭との信頼関係に傷をつけるのも如何なものかと思うし、何よりそれが原因で小屋に入ることを嫌がるようになれば本末転倒というもの。
結局は私が折れることになり、富士の背中に跨ってのんびり散歩でも楽しもうかということになった。
「せっかくだし、竹林の方まで行ってみるかい、なあ」
そう言って背中を撫でると、二頭は牛のような鳴き声で答えながらのっそりと歩み始めた。牛歩と言えばかなりのんびりとした速度を連想するだろうが、実際は人間と同じぐらいか、大人の小走り程度の速度を出すことが出来る。さらにこの二頭はそこに加えて踏み込む際の力が凄まじく、恐らくその馬力はばんえい競馬で活躍する大型の馬にも匹敵するだろう。
二頭ともがそれほどの力強さで進むものだから、ちょっとした藪ぐらいなら文字通り踏み倒し、薙ぎ倒し、通った後に振り返ればそこにはちょっとした獣道が出来上がる程である。
しかし流石に木や岩を踏み潰すほどではないので、切り拓くのが面倒な草むらやら、足場が不安定な険しい山道を踏み固めて生活用の道を通すにはこの二頭は実にうってつけであった。
ともあれ、普段は空を飛んで移動している私であるので、こうやって作ってもらった道を活用する日は果たしてくるのだろうか、という心配はあるが。
「しかし、まあ、たまにはこうして、のんびりするのも良いもんだ」
身を刺す寒さはあるものの差し込む木漏れ日は十分に温かく、耳に優しく届くのは二頭の穏やかな足音と枝先から零れ落ちる垂り雪の音色。さらに寝ころんだ時に腹からじんわりと染み入るような富士の体温の心地良さといえば、冬の寒さを忘れつい欠伸が出てしまう程であった。
そうして夢見心地のまま森を進んでいると、私は不意に胸のざわつきを感じて目を覚ました。気味が悪いとか、嫌な感じではない。何かこう、意識を引っ張られるというか、つい気になってしまう、何とも落ち着かない感覚。
そのすっきりしない違和感の元を探ってみれば、それは竹林の向こう側、山の側面にぽっかりと空いた洞窟の奥へと続いていた。いつぞやか島の探索中に見つけた、川を吐き出すように口を開けたあの洞窟である。この辺りは例の巨大ヒルが出るのであまり長居はしたくないのだが、前回は感じなかった不思議な感覚がやけに私の胸をざわつかせ、心を惹きつけてやまない。
行くべきなのだろう、きっと。
気が付けば私はひとり洞窟の入り口に立ち、ぽっかり開いたその奥を見据えていた。
恐れはない。見据えた先には深い暗闇が広がり、時折吹き付ける風がまるで亡者の呻き声が如き不気味な音を奏でるが、それでもなお、私の心を怖気づかせるには及ばなかった。
「そら、お前たちは先に帰って小屋の調子でも確かめておいておくれ」
二頭の頭を撫で、見送ってから私はいよいよ洞窟の中へと踏み込んだ。
めら、と口元から炎が漏れる。暗闇を身体中の紋様が払い除け、吐き出された火炎がぼうっと浮かび上がった岩肌を舐め回すように蹂躙した。さらに翼を大きく動かし、灼熱の炎を洞窟の奥へ奥へと送り込む。当然、炎は見る見るうちに小さくなっていくが、その光と熱は洞窟の中に潜む者たちを驚かせるには十分すぎるものであった。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら飛び出してきたのは、無数のコウモリたちだ。文字通り尻に火が付きながら洞窟から飛び出した彼らは真っ黒な雲のようになって、やがて森の向こう側へと消えていった。
残されたのは未だ立ち昇る陽炎と、赤熱し星空のように煌めく洞窟の内壁だけ。まばらに光るその岩肌を注意深く観察してみれば、煙草色をした壁の中にぽつりぽつりと黒光りするものがある。どうやらその黒い部分が炎で熱され、ほんの少しの間だけ光を放っていたらしい。
「こりゃあまさか、石炭か」
試しに片腕を龍の姿に変化させ、その鋭い爪で黒い部分を掘り起こしてみればまさかまさか、それは正真正銘の石炭であった。どうやらこの辺りは石炭の鉱脈になっているようだ。ここに来て、よもやの収穫物である。これがあれば、冬の厳しい寒さもかなり快適に過ごすことができるようになるだろう。
さらにこの石炭を手のひらに乗せ、自慢の炎を吹きかければこれこのとおり、即席の松明としても役立ってくれる。煙が多く、独特な臭いがあるのが玉に瑕だが、分厚い鱗に覆われ熱に強い龍の腕であれば火傷をすることなく安全に取り扱うことができるし、燃え尽きたらすぐ傍を掘り起こせば容易に手に入る。これ以上に便利な照明はない。
さて、手頃な灯りを手に入れたところで洞窟探索を再開するとしよう。
どうやら洞窟はほんの少しずつ地下へと伸びているようであり、奥から流れていた川の影響で湿っていた足元も奥に進めば進むほど固い感触へと変わり、しばらくすればコウモリたちが残していった糞尿による異臭も薄れ、僅かに肌寒い空気が肌を撫でるようになった。
特に極端な変化を見せたのが、洞窟の内壁である。
初めは石炭の鉱脈がずっと続いていたのだが、ある深度を境にその肌色が徐々に変わり始め、黒の代わりに氷のような、透明度の高い幻想的な鉱石が姿を現すようになった。
多角形をした、硝子のような鉱石である。
手に取ってみればそれは容易に削れ、ともすれば石炭よりもずっと脆い、砂糖細工のような水晶、いやこれはクリスタルであろうか。
加工が容易なことから装飾品などには適しているだろうが、虫除けなどの効果があるならばともかく、私しかいないこの島でどれだけ着飾ったところで褒める者が居る訳も無し、せいぜいが水鏡にでも映る自分相手に自画自賛するぐらいのものだろう。
松明の光を受けてきらきらと幻想的に輝く結晶の中を、私は進む。
下へ、下へ。
不思議なことに、洞窟はひたすらに一本道であった。
洞窟と言えばもっと枝分かれをしていると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。あるいは、この洞窟が特別なのか。
しかし、やけに気が利いていると思えば、そうでない部分も多い。例えば小さく空いた、子ども一人がやっと這って潜れるような小さな穴であったりとか、私の薄い身体を横に畳んで何とか進めるような窮屈な道だとか。
翼や尻尾を曲げたり伸ばしたりして何とか進むことが出来たが、そのせいで身体中が砂まみれになってしまった。
これで何も成果を得られなければ泣きっ面に蜂、帰って不貞寝でも決め込むところであったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。
それはやたら低い天井を腹這いになって潜ったその先にあった。
広い。そして天井が高い。一軒家ぐらいなら丸々収まってしまいそうなぐらいのその場所は、どうやら巨大な半円形の広場になっているようだった。一面に透明な結晶が並び、輝く光景はまるで星空の中に立っていると思う程に幻想的で美しく、心を奪われるとはこういうことなのかと、間が抜けたように口をぽっかりと開けながら私はそんなことを考えていた。
そして、だからこそ私はそれを見つけるのにしばらく時間がかかってしまった。
これ見よがしに広場の中心に鎮座していたのにも関わらず、だ。
「なんだ、これは、花か」
そこにあったのは、一輪の花。
拳ほどの大きさをした真っ白な花だ。円形に開いた花弁はまるで周囲で煌めく結晶にも似た、どこか無機質さすら感じさせる美しさであるが、広場の中央から伸びる、天井まで続く結晶の柱に蔓を巻き付け、まるでこちらに頭を垂れるように静かに咲くその姿に私はほんの僅かだけ警戒心を抱いた。
こんな洞窟の奥深くで、花が咲くものなのか。
こんなに都合よく、一輪だけ、お誂え向きに私が訪れたこのタイミングで。
不自然。明らかに、あからさまに。
しかし敵意は感じず、角がざわつく様な悪い感じもしない。
結局しばらく花と睨めっこを続けた結果、私はほんの少しだけ警戒したまま、やや腰を引きながらその花へと歩み寄っていって、そっと下からその白い花弁を覗き込んでみた。
途端、起きる異変。
ぶるりと花弁が震え、柱に巻き付いた蔓が淡い光を放ち始める。
すわ何事かと、その瞬間に私がその場から飛び退いたのは言うまでもない。
そうして遠巻きから光る謎の花の様子を見守っていると、どうやら地面から花の化物が飛び出してくる、という馬鹿げたこともなく、花はその花弁を閉じてぶるりと一度震えたのを最後にぴくりとも動かなくなった。
「も、もう終わったか?」
おっかなびっくり近づいて翼の先で閉じた花を突っついてみれば、花はまるで硝子のように砕け、中から一粒の種が私の手のひらに転がり落ちてきた。
一見すれば何の変哲もない、私の爪ほどの大きさの植物の種であるが、ここに来て、この場において授かったのだから何かしらの意味はあるのだろう。そのことを察することが出来る程度には、私もこの島で生きてきたつもりだ。
とにかくこれは持ち帰り、大切に育ててみることにしよう。
そうして私が踵を返そうとしたその瞬間、広場のさらに奥から何かが崩れるような音が聞こえてきた。どうやら壁の脆い部分が崩れ、別の道と繋がったようだ。
覗き込んでみればどうやら道は下ではなく上に伸びており、奥からは笛の音に似た風の音も響いていた。それはつまり、この道が外へと繋がる出口であるということなのだが、それよりも私が驚いたのは、その風が届けてきた匂いであった。
いつぞやか嗅いだことのある、記憶に深く刻まれた香り。あるいは獣臭さというべきか。
「ああ、なるほど、そういうことか」
物言わぬ結晶たちに囲まれながら、私はひとり頷き、道の先へと進むのだった。