自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。

※誤った表現があった為、一部修正


ゴマダレ

 

 とうとう、この日がやってきた。

 石板にびっしりと刻まれた印を眺めながら、私は大きく息を吐く。

 横に九つ、そしてそれらを縦断する大きな線が一つ。

 これは暦だ。線一つが一日、十で束ねたそれは全部で三十六と余りが五本。つまりは石板一つで一年分。

 そしてその日付の上に斜めに並んだ九つの線。これは今まで暦を刻んできた、刻み終わった石板の数だ。

 

「とうとう、これで十、か」

 

 新たな石板に刻まれたのは横一文字の大きな傷。

 つまりは十年。

 ようやく十年、まだ十年、あるいはあっと言う間の十年か。

 ともかく、一区切りである。

 ここ数年は特に目立った変化も無く、小鬼族のような予期せぬ来訪者もない平和な、平坦ともいえる日々であった。

 何かあったかと言えば、出来ることが少しばかり増えたぐらいだろうか。

 私の今の姿は十代半ばを過ぎた頃。僅かに丸みを帯び、背も伸び始めた年頃だ。

 これは年数によって成長したのではなく、私自身が意図的に変化させたものである。

 身体の変化、操作はより正確、精密なものとなり、暑い夏の間は小柄な幼い姿を。そして寒さが厳しい冬の間は少し成長した少女の姿と、環境に合わせて適切な姿を選ぶようになった。

 これには体内で生産できる熱量だの、筋肉量だの、バルクマンだのアレン何某だの小難しい話が絡んでくるのだが、早い話がその方が体温維持に都合が良いのだ。

 頑張ればもう少し成長した、蕩ける蜜のような美女の姿にも変じられるが、あれは色々(・・)と邪魔になるので好き好んであの姿になろうとは思わない。

 あとは、全身の鱗をある程度自由に動かせるようになったぐらいか。

 動かす、とは言っても今は細かく震わせて鱗同士を擦り合わせ音を出すぐらいのことしかできないのだが、私はいつからガラガラヘビになったのだろうか。この島で私を襲ってくる連中にはこんなちゃちな威嚇で手を引いてくれる温厚な奴なんていないだろうし、便利なことといえば鱗を洗う時に隙間に入り込んだ汚れを落とし易くなったぐらいのものだろうか。

 ああ、そうだ、これ以外にも重要な変化があったのであった。

 それは、少し前から目につくようになった例の不思議な(もや)のようなもの。あれが以前よりはっきりと目に捉えることができるようになった。どうやらこれは万物、有機物や無機物問わず様々な物から発生しているようなのだが、その中でも特に大小さまざまな生物に引き寄せられ、体内に蓄えられる性質があるらしく、その許容量は宿った生物の体積に比例するようであった。

 つまりは巨大な生物ほどこの不思議な靄を多く溜め込んでいる可能性が高いということなのだが、はたして体が大きいから靄を沢山溜め込めるのか、それとも靄をたくさん溜め込んだ結果、体が大きく成長するのか、その辺りはまだ解明できていない。

 わかっているのは、宿主が死ねば蓄えられた靄は時間経過と共に大気中へと気化するように少しずつ放出されるということと、この靄はこちらの意思に反応してある程度操ることができる、ということである。

きっかけは毎朝必ず行っている火付けの時だった。いつものように炎を吐き出そうとして、自分の周りに例の靄が吸い寄せられるように渦巻いていることに気が付いたのだ。

 そしてどうやらこの靄は私が何かしらの力を行使しようとした際、全身の紋様へと吸い込まれ、それが何かしらの反応を起こして発光しているらしかった。

 勿論すべて仮説ではあるが、あながち間違ってはいないだろう。

 私はこの不思議な靄を魔力と名付けた。

 実におとぎ話のような創作めいた名前ではあるが、そもそもが映画や小説めいた摩訶不思議なこの島、この世界であるので、むしろ魔力という名前はなかなかに違和感なく、しっくりと腑に落ちていった。

 恐らく、これがこの世界におけるあらゆる事象に影響を与えているのだろう。

 ありとあらゆる不思議の根幹、私の、龍の力の根元にあるもの。燃料、と言い換えてもいい。ともかく、私は、私をはじめ不思議な力を扱う生物はこの魔力を使って炎を生み出したり、風を操ったりしているのだろう。

 と、ここまでだらだらと魔力云々の話を垂れ流して、ひとつ気になることがある。

 不思議な現象、現代世界の常識では到底理解できないものがこの魔力を元に発現しているというのならば、この島にある物でもう一つ、それを体現している物があった。

 森で、砂浜で、どこからともなく流れ着いては大樹の洞に溜め込んできた木箱、宝箱の類である。

 どれだけ叩いても傷一つ付けられない錠前と、どれだけの高さから落としてもびくともしないあの頑丈さは明らかに尋常なものではない。そして、尋常でないとすればそれすなわち魔力が何かしら作用している可能性が高いのではないか。

 そう思い立ち大樹の洞から適当に宝箱を引っ張り出して観察してみれば、やはり、やはり、宝箱の表面と錠前を覆うように魔力が渦を巻いていた。

 

「面白い。これが頑丈すぎる仕掛けのタネかい」

 

 錠前を守るように、まるで知恵の輪のように複雑に絡み合った魔力の糸。

 それがどういった仕組み、どういった術なのかはさっぱりわからないが、どうやらこの魔力の糸は指先に意識を集中させることで触れることができるようだった。

 となれば、どうすれば錠前にかけられた術を解くことができるのかもおのずと見えてくるというもの。

 私は大樹の前にどっかりと腰を据えると、新しい玩具を与えられた子どものような心持ちで宝箱の錠前をいじくり始めた。

 糸を指先に絡めながら右へ左へ、引っ張ってみたり、押し込んでみたり。あーでもない、こーでもないと唸りながら、手元に連動した尻尾もまた右へ左へ。

 やってみると、どうやら感覚としては糸を解すというよりは知恵の輪を解いていくといった方が近く、一つ目の錠前にかけられた術を解き終わるのにはそれなりの時間がかかってしまった。

 しかし術を解いたからといって鍵が開くわけではないので最終的には持ち前の怪力で錠前を殴り壊してしまったのだが、そうしてようやく御開帳となった肝心の中身といえば案の定というか、宝箱に詰められていたのは金貨や銀貨、大きな宝石があしらわれた首飾りや耳飾りなどの装飾品や金の盃、儀礼用とみられる短剣などなど。

 しかるべき人間からすれば目も眩むような金銀財宝、当たりも当たりの大当たりなのだろうが、私からすればこんな無人島で腹も膨れない貴金属の類はその辺りの石ころと同等の価値しかない。

 飾り付けられた短剣は獣の解体や調理用で使えるだろうか。あとはまあ、箱に戻してまたお蔵入りである。

 

「うーん、次」

 

 こうも厳重に鍵がかけられている時点でその中身などおおよそ察してしかるべきではあるが、それでもやはり、中身がわからない箱を開ける瞬間というのはどうしようもなく期待に胸を膨らませてしまうもので、気が付いたら日が暮れるまで、私は洞に溜め込んでいた宝箱を弄繰り回していた。

 数にして六つ。

 その殆どが金貨銀貨、装飾品の類ではあったが、ほんの一握りだけ実用的な物もあった。

 一つは宝剣。宝箱に収まる大きさだけあって、大物を処理するには難儀するだろうが魚や果物を切り分けたりだとか、特に鋭い切っ先はどうしても石器や鱗では作るのが難しく、細かな調理をする際には重宝しそうだ。

 次は書物。

 これが入っていたのは金属製の、特に頑丈に作られた宝箱の中だった。

まさか宝箱の中に詰められているとは思いもしなかったが、書物は全部で十二。巻物であったり、あるいはきちんと本として纏められていたり、その形はそれぞれであるがそのどれもが金の帯でしっかりと封をされて傷みも少なく、文字もしっかりと読める程のとても良い状態で保存されていた。

 焚火の傍で、オレンジ色の光に照らされながら私はその内の一冊を読み進めていく。

 とはいえ、勿論この世界の見知らぬ国の言語など解読出来る筈も無く、何やら文字らしきものと挿絵が入った図鑑のような、あるいは学術書に近いものということはわかるのだが、それらが何を語っているのかはまるでさっぱりである。

幸いにして文字や文章の形は英語に近く、文章の横に挿絵やら図解が添えられているので時間をかければ解読することもできそうだが、私はそれよりも人の気配に、この世界で人間が築いてきた文明の一端に触れられたことが何よりも嬉しかった。

 

「いやはや、まさかこの歳で勉強をすることになるとは」

 

 粗い羊皮紙の表面を指でなぞりながら、笑みが零れる。

 予期せず始まった月夜の勉強会は、とうとう空が白み始めるまで続くのだった。

 

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