自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
折角のGWですので。
次回は水曜日更新予定です。
「君が噂の新しい同胞だね。ボクのことは、そうだな、うん、緑って呼んでよ。芽吹かせる者とか新緑とか、ヒトには色々な呼び方をされるのだけれど、それが一番呼びやすいと思うから」
そう言って、突然現れた純白の君はなんとも心地よい声で笑った。同胞、ということは彼もまた龍なのだろうか。
しかし龍というには鱗が生えている訳でもなく、全身が柔らかな羽毛に覆われている。
不敬になるだろうが、頭に枝が絡み合ったような角さえなければ大きな鳥と言われた方がしっくりくるだろう。
羽はその先端が赤、黄、緑と鮮やかに彩られており、尻の方には孔雀のような立派な尾羽が伸びている。足元にはほんの僅かに鱗が並び、そこから猛禽類に似た鋭い鉤爪が伸びていた。
真っ白で、それでいてどこか森の息吹を感じさせる色鮮やかな龍。
かつて相対した大鷲とさして変わらない体躯ではあるがそこから感じる力は比較にもならず、ともすればそれはあの
その威風は正しく龍と呼ぶべきものであり、まるで山を一つ、いや、島一つを丸ごと押し固めたような圧倒的存在感であった。
それでいて気圧されるようなことはまるでなく、むしろ母の胸に抱かれているような安らぎすら感じるのだから不思議なものだ。
この感覚には、どこか懐かしいものを感じる。そう、もう十一年前になるが、この島で目覚めて初めて寝床にしたあの大きな木の根元、そこで眠る時に感じた安心感と似たような感覚。
まるで森に包まれているような安らぎを感じる。
そしてその影響を受けているのはどうやら私だけでは無いようで、家畜たちもこれほどの存在が近くにいて、一切騒ぎ出す様子がない。本能で理解しているのだ。この存在が、自分たちを害することは決してないと。
しかし、うん、一風変わってはいるものの、龍の姿をしたものと膝を突き合わせて話すというのも初めての経験。
狂飆はあまりにも巨大すぎて面と向かって話している実感が薄かったし、人間の姿を取っている時は貴族の姫様を相手にしているような心持ちだったので、こう、如何にも龍といった風の相手と話すのは何とも、流石の私も少しはたじろいでしまう。
「ええと、私はシエラ。その、緑は何故この島に?」
「うん、面白い同胞がいるって話を聞いてね。ボクもヒトとは色々と縁のある方だけれど、君はヒトの姿ばかりか、その生き方までヒトそのものだと言うじゃないか。これはもう、一度会ってお話をしてみたいと思ってね」
いったい誰がそんなことをと尋ねてみれば、なんとこの緑と名乗る龍、少し前にあの小鬼族の人々と出会ったらしい。
どうやら私の気配を辿って行った結果、彼らの島に行きついたらしいが、緑自身はヒト、というよりは自分以外の生命を好ましく思っているらしく、数日彼らと交流しながら彼の地の龍、つまりは私に関して色々と話を聞いたのだとか。
「まさかヒトの短い生の中で立て続けにボクたちと言葉を交わすなんて考えられなかったんだろうね、初めはそれはもう、嵐のような騒がしさだったよ。掻き乱すのはボクの役割じゃないのだけれどね。ああ、怪我をさせたりはしていないから安心してね」
「はは、いや、その様子だとばあばたちも元気そうだな」
私は彼らが今も元気にやっていることに安堵しつつも、この調子で方々に私についての、恐らくは背びれも尾ひれも付いているであろう逸話を吹聴していくことを考えると、むず痒いやら照れくさいやら、まるでうなじをくすぐられているような気持ちになる。
「特にヒトを助け、ヒトと同じものを食らい、ヒトと共に眠る同胞は凄く珍しい。うん、でもこうして直に会ってみてよくわかったよ。なるほどなるほど、君は人として生きたことがあるんだね」
「おお、わかるのか!」
私は掴み掛らん勢いで緑へと詰め寄った。
どこまでも見通すような翠色の瞳に、顔を赤くした私の姿が映り込んでいる。
そんな私の様子に、緑は喉の奥をころころと鳴らしながら科を作るように体を横たわらせた。ふわりと風が舞い上がり、心を揉み解すような爽やかな森の香りが髪を梳いていく。
「わかるとも、わかるともさ。なるほど、この星もまた面白い仕掛けを作ったものだ。なるほど、なるほど、これは確かにアレが、攪拌する者が興味を示すのも仕方がないか」
緑はぶつぶつと何やら呟くと、人であった頃の私の話を聞きたがった。
それはまさに渡しに舟。往生したと思った矢先に無人島に放り込まれ、今の今まで何とか生き延びてきた私である。溜まりに溜まった鬱憤をここぞとばかりに吐き出さんと、生前の、どういった世界でどういった風に生き、そしてどういった風に天寿を全うしたのか、それらを身振り手振りでぶつけるように話し続けた。
そして、得てして老人とは話が長くなりがちである。
「ああ、申し訳ないこんな夜更けまで話し込んでしまって」
話し相手が狂飆とはまた違う、人の心を解し、また人が心を許してしまう雰囲気を持った緑だったこともあり、私は夜空には二重の月が昇り、辺りで虫が鳴き始めた頃にようやくはっとなった。
それと同時に、くう、と小さな腹から抗議の声が上がる。どうやら空腹すら忘れ語りに没頭していたらしい。いやはや、何とも恥ずかしい。
「そろそろ飯にしようか。よかったら緑も食べていくかね?」
「うーん、いや、折角だけど遠慮しておこうかな」
長ったらしい爺の話でも嫌な顔一つせず、終始にこやかに相手をしてくれていた緑であったが話を聞いているうちに何か思うところがあったらしく、私が小屋から鍋を引っ張り出してきた頃には既に翼を広げていた。
どうやら、もう行ってしまうらしい。
「もう行ってしまうのか。どうせならもう少しゆっくりしていけばいいのに」
「ごめんね。でも、あまり長居をすると君にとってもあまり良くないからね」
大きな翼が風を掴む。
軽くひと振りすれば、緑の大きな体はまるで重さなど無いような軽やかさでふわりと宙へと舞い上がった。
「頑張ってね。龍としてあまり干渉はできないけれど、応援してるよ」
「ありがとう。また、会えるだろうか」
「きっとまた会えるさ。それじゃあ、またいつか」
「ああ、それじゃあ、また」
風が吹く。
目を開けた時には、もうそこに白い龍の姿はなかった。
音もなく、まるで幻だったかのように、彼の龍はまた何処へと飛び去って行った。
残されたのは、一人だけ。
たった一人立ち尽くす私を、二重の満月が静かに見下ろしていた。
胸が苦しい。
置いていかれる。一人になる感覚というのは、いつになっても慣れないものだ。
その時、私の足元に何やらぶつかる感覚があった。何だ何だと見下ろしてみれば、そこには私の脛に縋りついて何やら抗議の声を上げる狸が一匹。
くりくりとした丸い目と視線がぶつかった。
「ふはっ」
目元を拭って、私はごんを抱き上げる。無防備に晒された腹をわしゃわしゃと撫でてやれば、この太々しい居候は抗議するようにその指を甘く嚙んだり、気持ちよさそうに尻尾を振ったりする。全く、普段は素っ気ない癖にこういうところはちゃっかりしている。
「全く、この女誑しめ。女房に叱られちまえ」
実のところは鍋を取り出す音を聞きつけ、晩飯にありつこうとやってきたのだろうが、今はただただその無遠慮さこそがありがたい。
「そうだな、ここにはお前たちがいるものな」
夏毛になって少し貧相になった頭を、そっと撫でる。
今夜の分は、少し多めに分けてやるとしよう。
そんなことを考えながら、私は鍋を火にかけるのだった。