自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。



二十年目の君へ

 

「ううん、また大台に乗ってしまったなあ」

 

 唸る私の目の前には、丸太を加工し、その断面を滑らかに整えて拵えた一枚板。私の背丈ほどはあるそれに木炭で刻まれた丁の字はしかし丁ではなく、()の二画目、つまりは何かを二つ数えた状態であり、それが意味するところは二十(・・)であった。

 二十年目の春が、やってきた。

 

「言葉にすれば長く感じるが、実際にやってみればあっという間だったなあ」

 

 尻尾を揺らしながら口に咥えた煙管を噛む。これはあの幽霊船にあったものだが亡霊たちを冥土へ渡した駄賃代わりに頂戴し、それからはこうして考え事をする時だったり、口寂しい時などに咥えて口先で遊ばせるのが癖になっていた。

 ちなみに件の船は海岸に引き上げて時折、具体的には夏の嵐の日などに我が家の天井が吹っ飛ばされた緊急時などに仮宿として使ったり、その補強の為に床板を剥がしたりしている。

 墓荒らしの誹りを受けそうであるが、彼らの亡骸はしっかりと私の炎で弔っているし、彷徨っていた魂はしっかりきっちりあの世へと送り届けているのだから荒らしたところで化けたり祟ったりするものがある訳でもなく、ならばあのまま海の藻屑にしてしまうのは勿体ないとあれこれと有効利用させて頂いている次第だ。

 これで煙草の葉でもあればこの上なくありがたいのだが、残念ながら船の中、そして漂流物の中からもそういった類のものは見つからず、今はこうして風来坊よろしく口先に咥えるだけで辛抱している。

 以前、三年前まではこんなはしたない真似をこんな年端のいかぬ少女にさせる訳にはいかなかったが今となっては、この身体の家主が正真正銘私自身とはっきりした以上は何の後ろめたさも無く、私の好きなように扱ってもよいだろうと、そういうことになった。

 しかしまあ、前世はどうあれ今生では女の身。ならばそれなりに女らしくしてみようとは思いはすれど、これがまたどうにも難しいというか、むず痒いというか。やはり一世紀近くも男として生きてきた記憶が、経験がある以上どうしてもそれが邪魔をする。

 それでも長い髪の先っちょを二つに結ってみたり、米の研ぎ汁なんかを使って手入れをしてみたりとそれなりに、我ながらいじらしい努力を続けていたりするのだが、身体の動かし方や仕草、考え方なんかはもうどうにもならない。

 挙句の果てにはどうせ龍として永遠に近い時を過ごすのだからどうとでもなるだろうと、もうすっかり匙を投げてしまった。

 生前、お転婆だった孫娘には少しは女らしくしなさいなどと口を尖らせたものだが、いやはや、まさかまさかその言葉が巡り巡って自分に返ってくるだなんて誰が思うだろうか。

 

「まあ誰に見られるでも無し、しばらくは気ままにやらせてもらうさ」

 

 三年前に龍としての力を振るえるようになった私ではあるが、やはりというか何というか完全とは言えない状態のようで、一度龍の姿になって遥か頭上に流れていた浮島に飛んでいこうとしたのだが結果としては今まで通り、島から一定の距離まで離れたところで不意に翼が浮力を失い危うく墜落するところであった。

 まだまだ力が制御できていない、いや、周囲の力場、魔力を操ることが出来ていないということなのだろう。

 ともあれ、前述した通り龍は無限の時を生きる存在であり、時間はたっぷりある。この世界がどれほど美しく、どういった人間が、種族が暮らしているのか。どのような文化を築き、どのような歌を奏で、笑い、泣き、愛を育んでいるのか。

 興味は尽きぬが、今はただただ己が出来ることを、成せることを成すしかない。

 成せなければ、ただ死ぬのみである。

 ともあれ、ともあれ、衣食住に関してはそれなりに充実してきた。これは小鬼族から送られた植物の種、大豆や大麦が安定して収穫できるようになったことが大きい。正確にはそれらによく似た全く違う種ではあるのだろうがともかく、我が家の畑にこの二つが加わったことでそれはもう、調味料の問題さえ除けば生前の食事とも大差ないのではないかと大ぼらを吹きたくなる程度には、毎日の食卓が豊かになった。

 大麦を粉にして水と混ぜ焼く、いわゆる平焼きパンはすぐに完成したが、最近はこれにひと手間、発酵を加えた柔らかいパンを味わうために日々苦心している最中である。

 そして発酵とくれば、忘れてはならないものが二つ。

 一つは大豆、そしてもう一つは米。つまりは納豆と酒だ。

 この二つに関しては去年の夏頃から完成を目指して色々と試してはいるのだが、これがまた上手くいかない。納豆は煮た大豆を稲わらで包んで作る藁苞(わらづと)納豆、酒は米を噛んで吐き出したものを壺などに詰めるいわゆる口噛み酒を目指して試行錯誤しているのだが、環境が悪すぎるのか何度やっても腐ったり、カビが生えたりしてしまう。

 この島は日本と似たような気候をしているので案外あっさりと出来てしまうのではと期待していたのだが、この調子ではどうやら捕らぬ狸の皮算用になりそうだ。

 いやしかし、それでこそ、であろう。生活が安定してきたことは喜ばしいが、食って働いて寝るばかりでは実に味気ない。少しぐらいこうして苦労するぐらいの方が、気も引き締まるというものだろう。

 

「蜂たちが定住してくれたのが救いだな」

 

 ちらりと、丘の上に設置した巣箱を見やる。

 りんごの木に寄り添わせるように佇むそれに蜂たちがやってきたのが一昨年の夏頃。そこから湿気や外敵、蜂を捕食するムカデやら大型の蜂やらに気を付けながら甲斐甲斐しく世話を焼き、そのお陰か去年には甘い蜂蜜を沢山蓄えてくれた。

 この調子であればそろそろ巣箱を増やしてみてもいいのかもしれないが、大量に蜂蜜を作ったところで消費するのは私一人であるし他の仕事もこなさなければならないことを考えるとそう迂闊なこともできず、巣へと戻ってくる働き蜂たちを眺める度に頭を悩ませる日々である。

 

「いっそ、この島に定住してくれるような人間がいてくれればなあ」

 

 難しいとはわかってはいるが、ついついそうぼやいてしまう。人間とは言ったが、小鬼族のような一風変わった種族であっても意思疎通さえできるのであれば外見は特に、顔が犬だろうが蛇だろうが、胴が豚だろうが馬だろうが構いはしない。顔を合わせた途端にこちらに襲い掛かってくるような獣でなければ、どういった者だろうと大歓迎、来るもの拒まず極まった心情ではあるのだが……。残念ながら小鬼族の一件以来、この島に他の島がぶつかってくるようなことはなく、島は今日も平和そのものであった。

 

「上やら下は通っていくのだけどなあ。まあ、ぶつかった島に話の通じる生き物がいるとも限らんが――なんだ」

 

 ぼやきながら家畜たちに餌をやっていると、ふと久方ぶりの感覚が角の付け根にぶるりと来た。前回はいつのことだったか、ここ数年はとんと感じることのなかった痺れに私は顔を上げ、天を睨む。

 頭上に大きく口を開けた空の向こう、天辺に座す太陽の中になにかある。ひとつではない。ふたつ、いやみっつはあるだろうか。いつぞやの巨鳥ほどの力は感じないが、どこかで覚えのあるような不思議な力の気配を感じる。

 

「これは、もう見つかっているな。すまんな、散歩はまた後でな」

 

 目的は十中八九、(わたし)であろう。獰猛な獣の息遣いと、研ぎ澄まされた刃のような殺気。知性の程はどうだろうか。もし、万が一にでも話が通じるようであれば、穏便にお引き取り願いたいものだが。

 龍の力は最終手段だ。一度振るえば並大抵の相手は文字通り鎧袖一触に終わらせることができる力ではあるが、それほど強大な力、闇雲に使えばどんなしっぺ返しが来るかわかったものではない。

 富士の頭を撫で、武装を整える。

 胸巻き、腰巻きを絞り、刃に鱗が並ぶ大石斧を担いで私は海岸へと走った。あそこならば、多少(・・)暴れたところで森への被害は最小限に抑えることができるだろう。

 そうして砂浜へと飛び出すと、私の目の前にそれはやってきた。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 それらは石礫の如く大地にぶつかり、向こう側の水平線が見えなくなるほどの砂埃を巻き上げる。口元を手で覆い、睨み付けるその向こう。視界を遮る砂埃の奥で、金色の瞳が妖しく光った。

獣の咆哮が響く。頬を裂く様な咆哮が砂埃を吹き飛ばし、そこに隠された主の姿を露わにした。

それは金の瞳を持っていた。縦に割れたその瞳孔の奥には、背筋さえ凍りそうな冷酷さが潜んでいた。

 それは鋭い爪を持っていた。土色の鱗に包まれた、肉を裂き骨さえ断つ鉈のような爪であった。

 それは翼を持っていた。傘のような骨格の間に薄い皮膜を張った蝙蝠のような翼であった。

 しかしそれは、腕を持っていなかった。

 腕がある筈の場所からは翼が生え、それを腕の代わりにして地面を掴んでいた。

 長い尾に、鮫のように乱雑に並んだ牙。時折その間から赤い舌が顔を出し、先が二股に裂けたそれがこちらを探るようにちろちろと踊っている。

 

「これはまた、いよいよというか、とうとう来たか……」

 

 どうやら話し合いでの解決は無理そうだ。

 頬を引き攣りながら、私は石斧の柄を掴む。全身を龍の鱗が覆っていく。

 三頭のうちの一頭、最も体の大きな個体が再び咆哮をあげる。大きく開け放たれた顎の奥で、見知った色をした何かが踊る。

 放たれるは紅蓮の炎。しかしそれが私の身を焦がすことはない。

 操る。力勝負ならこちらが有利だ。故に我が身を撫でる炎を統べて、我が力へと変換する。

 全身に赤い紋様が浮かび上がる。統べた力を炉心(しんぞう)()べられ、()られ、新たな力となって砲身へ込められる。

砲門(・・)を開く。

 開け放たれた口先には何重にも折り重なった紋様が浮かび、炉心の鼓動に合わせて脈を打つ。

 圧倒的な、己たちとは似て非なる龍の力を察知し、退避したのは真ん中と右の二頭。構うものか。一頭でも仕留められれば御の字だ。

 閃光。

 煉られ放たれたそれはもはや炎であって炎でなく、一本の紅い線となって逃げ遅れた一頭を襲った。きっとこれまでに数多くの刃を防ぎ、牙を折ってきたであろう土色の鱗が、その紅い線に触れた途端にどろりと溶ける。

 焼けるのではなく、溶ける。流れ出る筈の血潮はすぐさま煙となり、その熱量は肺を、喉を即座に焼き尽くし、殺し尽くしていく。故に断末魔の叫びさえも上げられず、哀れ獣は、飛竜とでも呼ぶべき大いなる獣はその身を二つに断ち切られ、己が死したことにさえ悟ることなくこと切れる。

 それはあまりにも強大な、理不尽なまでの力の差。

 その力を前にして、私は――

 

「え、いや、ないわ……」

 

 あまりに予想外のその火力に、普通にドン引きしていた。

 二十年目の春の空。

 思わず零れたその言葉は、呑気に流れる綿雲のその向こうへと消えていった。

 




もしかして:内閣総辞職ビーム
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