自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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大変お待たせいたしました。


パンツじゃないから

 

 飛竜たちの襲撃から一夜明け、私はいつも通り泉の広場で汗を流していた。しかしこの空飛ぶ不思議生物たちは素晴らしい。身を守る鱗は固く、翼に張られた薄い皮膜はゴムのように伸縮性に富み、それでいて破れにくい。そしてその肉は鯨の肉に似た力強い歯ごたえで、噛めば噛むほど旨味が溢れる今までに食べたことのないような美味であった。

 そして今日は、そんな特上の肉を干し肉に加工しながらのちょっとした手仕事に精を出している最中である。素材は言わずもがな、飛竜たちを解体して得た鱗や皮だ。

 鱗は皮に引っ付いたまま、彼らの牙を加工した鋲で何枚かの竹の板に打ち付ける。出来上がったしなやかで強靭なそれは肩に巻けば甲冑でいうところの大袖に、腰に巻けば草摺(くさずり)の代わりとして使える。

 龍の身に変ずればこのような防具など無用の長物になるだろうが、あれはあれで力を消耗するし、狂飆(きょうひょう)ほどではないにしろそれなりに巨体であるので狭い場所では身動きが取れなくなる恐れがある。そんな訳で、状況によっては小回りの利く人間の身体の方が都合がいいこともあるのだ。

 それにことあるごとに龍の姿へ変わっていて、ある日突然人間の姿に戻れなくなっても困る。太くて融通の利かない鱗まみれの手で、今やっているような細々とした作業をするなど御免だ。

 

「それから、こいつは、こうして、こうっ」

 

 柔軟で肌触りの良い皮膜は帯状に切り分けて、蔓の繊維を編んで作った紐と飛竜の牙を使ってボタンを取り付ける。その反対側にはボタンを通す穴をいくつか開けて長さを調節できるようにし、さらしのように胸に巻き付ければちょっとした下着の出来上がりだ。

 これと同じものを幾つか拵えて、ついでに余った端材を使って()も何枚か作ってみた。ざっと寸法に沿って切り分けた皮を、おむつ(・・・)のように下から巻いて紐で止める簡素なものではあるが、これがまた不思議なことに、今の今まで半裸に近い状態で過ごしてきたにも関わらず、こうしてきちんとした下着を身に着けただけで胸の底の方から羞恥心がにわかに湧いてくるのである。

 いや、こういった感覚というのは、つまりはそれに似通った(・・・・・・・)ものを身につけた経験は確かに、いつからか寝たきりになってくたばるまでの間にぼんやりと味わったことはあるのだが、こうしてはっきりと女物(・・)の形をしたそれを身に着けるというのはなんとも、私の奥底にほんの僅かに、小指の爪の先ほどだけ残った文明人としての道徳観というか、男としての最後の砦のようなものが崩れ去ったような、そんな後ろめたさがあった。

 つまりは、何か変態的なことをしているような、そんな背徳感。

 

「いや、男物でもこういった形の物はあるし、うん、女物とは思わないようにしよう」

 

 そう、男物のブーメランパンツだと思えば、羞恥心も少しは紛れるだろう。腰の後ろに尻尾があるおかげでどうしても丈が短く際どい感じになっているが、これは水着なのだ。そういうことにしよう。そういうことにした。

 さて、残りである。

 骨と、内臓と、(たま)

 骨などいくらでも使い様はある。軽く、そして硬いそれは道具の柄にして良し、建材にして良しだ。小さなものは割って釘やボタンの代わりにできるだろうし、煮込めばいい出汁が取れるかもしれない。

 次に内臓。心臓は焼いて食ったが、胃は綺麗に洗って水筒や腰袋に、腸は干して紐として利用できる。

 問題は、心臓のすぐ傍に引っ付いていたこの珠だ。

 大きさはりんごと同じぐらい、両手で包めば少し足りない程度のもので、まるで朱漆(しゅうるし)を塗ったような美しい赤色をしている。その光沢感から硝子細工のようにも見えるが重さをまるで感じない不思議な素材で出来ているようだった。

 さらに異様なのは、その内側から感じる力強さである。存在感と言い換えてもいいが、これからは持ち主であった飛竜と比べても遜色がないほどの力を感じるのだ。

飛竜一頭の力を押し固めたような熱量を孕んだそれは、まるで炉心のようだった。

 いや、正しくそれは炉心であり、飛竜の力の源であったのだろう。たかが飛竜一頭と侮るなかれ。数十キロはあろう巨体を空へと運び、口から火を吐く化け物である。そこに秘められた力は相当なものだ。

 しかし、これには不思議と見覚えがあった。

 はてどこだったか。最近ではない。十年か、二十年か、それぐらい前のような気がする。

 

「そうだ、あれだ」

 

 そうして一人唸りながら記憶の糸を辿ること少し。

 膝を叩いて立ち上がった私はそそくさと広場の隅、漂流物が山と積みあがった一角へと駆け寄っていった。

 そこにあったのは、小さな船。そう、いつぞやか彼、遭難者であったウィリアムが残していった船である。

 

「たしかこの辺りに、あったあった」

 

 船内へと続く小さな出入り口に頭を突っ込んで引っ張り出したのは飛竜のそれと似た色をした、同じぐらいの大きさの珠。色こそ風化したように薄れて埃だらけになっているが、それでもほんの僅かに感じるその力は飛竜のものと同質のそれだ。

 これがどこにあったのかといえば、船の底、竜骨の中心に嵌め込まれていた。そしてそこから船全体に伸びるようにして呪文のような紋様が描かれており、それはどこか電子回路を彷彿とさせた。きっとこれが、この船のエンジンのような役割を担っていたに違いない。

 であるならば、これを取り換えればこの船も息を吹き返すのではないか。もしそうなったならば、この空飛ぶ船で別の島へと渡ることも出来るのではないか。

 私の心は踊っていた。

 それには新たな土地へ旅立つことができるかもしれないという希望が大部分を占めていたのだが、空飛ぶ船で大空を泳ぐ、これに胸が熱くならない男がいるだろうか。

 かつてないほど高鳴る鼓動を飲み込んで、私はがらんどうになった窪みに飛竜の珠をぐいと押し込んだ。かちり、と何か嚙み合うような感触があった直後、さっと水が流れるように周囲の紋様へ朱い色が広がっていく。ぼうっと、まるで蛍のような淡い光が立ち上った。

 

「おおっ、もしかしてこれは上手くいったいなあもう!」

 

 突如として船内を激しい揺れが襲い、ごちん、と目の前で星が舞う。

狭い船底に不安定な体勢で頭を突っ込んでいたところを下から突き上げられたものだから、それはもう見事なまでに私の頭は天井へと突き刺さった。

 悪態を漏らしながら角をさすりつつ船底から頭を引っこ抜くと、驚くことに船の左右にあった蜻蛉の翅のような形をしたオールたちがその頭を上げ、その間を鮮やかな緑色と青色の(もや)が互いに絡まりながら前から後ろへ、上へ下へと流れていた。

 

「おお、どうやら上手くいったようだ」

 

 しばらくすると足元から伝わる振動も大人しくなり、二十年ぶりの目覚めに機嫌を悪くしていた船体も、しだいに涼やかな風の音を鳴らし始めた。

 

「よしよし、良い子だ。で、お前さんはどうやったら言うことを聞いてくれるのかね」

 

 船上をぐるりと見まわすも、そこには帆が巻き付けられた(マスト)があるばかりで、船を操るために必要なハンドルやら舵輪のようなものは見当たらない。

 まさか魔法使いのように呪文やらなんやらを唱えなければ動かせないだとか、そんな馬鹿げた話もないだろうに、いや万が一そんなことがあればもうお手上げなのだが、動力は問題なく伝わっているのだしあとはそこまで複雑ではないと思いたい。

 

「っと、まさかこれか」

 

 そうして目を皿にして探し回った結果見つけたのは、船尾付近に取り付けられた大きなオールであった。いくつも伸びた翅のオールに混ざって横へ延びていた為に見つけるのに苦労したが、持ち上げてみればその先端部分は丁度船底と同じぐらいのところまで伸びており、どうやらこれを左右に動かして舵を取る仕組みになっているようだった。

 そういえば、いつぞやか観光に行った先で乗ったろ船(・・)の船頭が、このような長い舵を操っていた記憶がある。意匠どころか世界ごと違うが、仕組みとしては似たようなものだろう。

足元に何やらペダルらしき板が備え付けられているが、推進力は風とあの不思議な翅のオールで生み出すのだろうし、となればこれは何だろうか。

 

「おっと、はは、なるほどなるほど」

 

 まあ下手に弄っても爆発することはないだろうとペダルを手前に踏み込んでみれば、側面のオールが一斉に動き出してふわりと船体が浮き上がった。高さは地面から一メートルもないが、確かに浮き上がっている。おお、なんということだ。私は今、空飛ぶ船の上に立っているのだ。

 童心に返ったように、私は飛び上がって喜んだ。

 ペダルをさらに踏み込めば、船はその頭をぐいっと引き上げてぐんぐん上へと昇っていく。今となっては己の翼一つでもっと早く、もっと自由に空を駆けることができる我が身だが、空飛ぶ船で大空へ、あの青い大海原へと漕ぎ出すこの高揚感はそれに勝るとも劣らぬ素晴らしいものであった。

 そう、船体ががたがたと痙攣するように震えだす、その時までは。

 

「な、なんだっ」

 

 そこからはもう、あっという間だった。

 舵から手を放し、床下へと頭を突っ込み見たものは異常なまでに赤く熱を帯びた飛竜の珠と、溢れんばかりに光を放つ紋様の束。それはまるで、内側から溢れ出んとする何かを押し留めるようで。

 

「まずいっ」

 

 硝子のような音を立て、紋様に幾つもの亀裂が走る。

 手を伸ばす。

 何がどうなってこのような事態になっているのかは皆目見当もつかないが、あの珠が原因であることは火を見るよりも明らかだ。

 指先が、珠の表面を引っ掻く。

 であるならば、まずはこの珠を船から離さなければ。

 珠を掴む。

行儀よく丁寧にやっている場合ではない。私は勢いそのまま台座から珠を引っこ抜き、天井を突き破りながら空へと舞った。

熱い。まるで熱した鉄球を抱えているようだ。

足元で、力を失った船が泉へ向けて墜落していくさまが見える。嗚呼、私のような素人が迂闊な真似をしたばかりに。

 込み上げてくるものをぐっとこらえ、私はいまだ温度を上げ続ける熱球を島の外へ投げ捨てんと構え――

 

 閃光。

 熱。

 無音。

 

「なんとも、これは、まったく、参ったね」

 

 意識が暗転する。

私が最後に感じたのは身を打ち付ける土の硬さと、いっそ安らかともいえる抗い様のない眠気であった。

 

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