自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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希望へ

 

 迂闊だった。そう言わざるを得ない。

 全身泥まみれの埃まみれ。冷たい地面の感触を背に感じながらじわりと熱と痛みを帯びる頬を撫で、私は長く息を吐く。

 見上げた空は、いつもよりも少し狭い。

 どうやら右目が焼けたようだ。

 飛竜の炎を受けても焦げ目ひとつできなかったこの肌が、まさか己の馬鹿な行いのせいでこうも焼かれることになろうとは何たる皮肉か。

 ぼろぼろと炭化して崩れる、しかしその下から傷一つない新たな柔肌が覗く腕を天へ伸ばし、空を掴む。

 溜息。伸ばした手が力なく地へ落ちる。

 僅かに見えた、確かに手の届く場所にあった希望に目が眩み、その他のことをまるで鑑みることなく浅慮に走った。

 あの船は二十年の間、一度も火を入れられることなく過ごしてきたのだ。手入れこそされていたものの、それは簡単な清掃のみ。そこに先程まで生きていた飛竜の力の核とも言える物を捻じ込み、一息に大量の力を流し込めば悪い方にしか転がらないだろうことは子どもでも察せられることだった。むしろ、嵌め込んだ瞬間に船が爆発しなかっただけ私は運が良かったといえる。

 船はどうなっただろうか。

 泉に落ちたのならば、壊れはすれどもその形は保ってくれているだろうか。

 あれはあいつの、ウィリアムの形見とも呼べるものだ。私のような、こんな愚か者の行いで失うにはあまりにも勿体ない。

 反省すべきだ。そのような物を粗末に扱った点も含めて。

 しかし同時に学びもあった。

 空飛ぶ船があの珠、正確にはそこに満たされていた力、魔力によって動くことは間違いない。であるならば、後はそれを制御する技術、あるいは装置があれば今回のように暴走することなく動かすことが出来る筈だ。

 見つけてみせる、きっと。

 しかし、まずは慎重に。己がこの世界の技術に関して全くの無知であることを自覚し、ひとつひとつ積み木を積み上げていくように、針の穴を通すような正確さが必要だ。

 船はある。一隻だけではあるが、見るからに頑丈そうなやつが。

 あれならばウィリアムの船より機関部は大きく作られているだろうし、島から脱出するにしてもより多くの物資を積み込むことが出来る。

 

「その前に、まずは尻を拭かんとな……」

 

 ようやくいつも通りの景色を取り戻しつつある目を何度か瞬かせ、上体を起こす。ぐるりと辺りを見回せば、よほどの勢いで落ちてきたのだろう、地面は数十メートルに渡って抉れ、まるで隕石でも落ちたようなありさまだった。

 これはまた、この島にも申し訳のないことをした。

 しかしまあ、これはこれでまた埋め合わせておくとして、第一優先はあちら(・・・)である。

 翼を広げ、森の木々を縫うように走り抜けていった先には見知った泉の広場が、そしてそこに浮かぶ見知った、少しばかり姿を変えたあの小舟の姿があった。

 どうやら頭から泉に落ちたようで、細長いその胴体が三分の一ほどのところで二つに折れ、マストはひしゃげ、あれほど美しかった側面のオールも残っているのは約半数ほど。残りは根元から折れ、辺り一面に散らばっている。

 飛び散った破片が家畜たちに当たらなかったのは不幸中の幸いというべきか、いや、全ては私の愚かさが招いた事態。幸いだ等と、言葉の綾としても口にするべきではない。

 

「申し訳ない。馬鹿なことをした」

 

 今の私にできることは、手を合わせて詫びることぐらい。

 それから私は壊れた船体を泉から引き揚げ、散らばった部品を一つ残らず搔き集めた。竜骨ごとぽっきりと折れてしまっているので、恐らく修理することは不可能に近いだろう。

 しかし、だからといって打ち捨てるなど言語道断である。せめてその外見だけでも復元する為、それから数か月、私はこの壊れた船体を繋ぎ合わせ、折れたオールを元の位置へ納める作業に一日の殆どを費やすことになった。

 そうして不格好ながら小舟の修繕を終えた辺りで、新たな計画を進め始める。

 それはあの、今なお海岸に佇む巨大な元幽霊船を復活させようという、一見無謀な計画であった。

 しかしその実、成功する可能性がゼロかといえばそうではない。

 というのもあの船はこの島にやってくるまでは正常に動いていた。ということは、その動力が船に淀んでいた亡者たちの念というか、摩訶不思議な力によるものでない限りは、まだあの船は生きているということになる。

 さらに表面上の傷みや、私が龍に変じた際に吹き飛ばした箇所を除けば内部はまださほど劣化しておらず、今からでもしっかりと手入れをすればそれなりに立派な風貌を取り戻すだろうと、そう思える程度には保存状態がよかった。

 少しばかり、嵐の日に我が家が吹っ飛びかけた時にその床板を拝借したりしたのでところどころ虫食いのように穴が開いてはいるが、それはそれとして。

 早速私は海岸で眠る船に資材を集め、船体の修理を始めた。

 木材を切り出しては腐った床板を取り換え、苔むした箇所は鱗で削り、今にも折れそうだったマストは飛竜の骨と皮で補強する。

 そしてその巨体を動かす為の動力はやはり、三階層に分かれた船内の一番下、位置としてはウィリアムの船と似通った場所に備え付けられていた。しかしその台座はあれほど簡素なものではなく、その威容は我が目を疑うものだった。

 龍である。

 八角形の柱の上に、色あせた珠を咥えとぐろを巻く四つ足の龍の像が鎮座している。

 しかしその姿は私が見知ったあの二柱とは似ても似つかないものであり、全体的な造形はむしろ私が龍へと変じた際のそれに近い。

 

「はあ、こりゃあたまげた」

 

 間抜けな声を漏らしながら、私は己のうなじを揉み解した。

 ともあれ、さすがにこの場であの台座に飛竜の珠を嵌め込むような暴挙は犯さない。まずはあの珠に込められた力を制御することからだ。でなければ、間違いなく二の轍を踏む羽目になる。

 力の制御は、船の修繕を進めながら試行錯誤を進めていた。

 性質としてはやはり私の龍としてのそれに近いが、実際のところは細部が異なる。なんというか、飛竜の珠から取り出せる力は大雑把というか、粗い感じがする。

 洗練されていない。精製されていない。純粋ではない。そんな印象。

 故に、その扱い方も私が龍へと変じた際のそれとは少し異なる。少しの操作で、こちらが意図しているよりも大きな動きをする。こちらは一の力で動かしているつもりが、飛竜の力は三や四、六の動きをする。要するにめちゃくちゃ雑だ。はじめのうちはこのズレに感覚を合わせるところからだった。

 そうしてある程度自由に操れるようになり、ついには珠から水玉のような、あるいは赤い飴のような物質として取り出せるようになると、次第に私自身の力も精密に操れるようになった。しかしそれも当然の話で、癖だらけの暴れ馬を自由自在に操れるようになってしまえば、品行方正でお上品な馬など乗りやすいことこの上ないだろう。

 明らかに踏んでいく手順が逆な気がするが、むしろ私にとってはこちらの方がよかったのかもしれない。

 そうして珠の力を制御することに成功した私は、次に船の台座、その周りに彫り込まれた紋様の意味を、その流れを読み解くことを始めた。

 どうやって。それは文字通り、身体を張って。

 まず飛竜の珠からほんの少し、百分の一ほどの力を取り出す。そしてそれを爪先に浮かべて、船の台座へとそっと慎重にくべていく。

 そうすると力を取り込んだ一瞬、紋様が光を放つのだがそこにヒントがあった。

 私はてっきり台座を中心として船全体に行き渡るように光が広がっていくものだと思っていたのだが、どうやら紋様にもそれぞれ役割があり、それによって光り方に違いがあるようなのだ。

 まず船全体に広がったもの。これはわかりやすく船に動力を伝えるものだろう。

 それとは別に、台座の周りを囲むように掘られた紋様。よく見ればこれが他のものとは少しばかり意匠が違う。他は茨のような細長い何かが絡み合ったような形をしているが、これはいくつかに分かれた角がぶつかり合っているように見える。

 恐らくは、これが珠から伝わる力を制御するためのものなのだろう。

 試しに先程よりも少し大きな力を取り出して吸わせてみれば、この角の紋様は少し軋むような動きを見せた。

 

「なるほど、(パイプ)が細すぎるのか」

 

 試しに龍の力を操る要領で、紋様に手を加えてみた。イメージとしては蛇口を捻るような、ぶつかり合う角の感覚を広く取り、詰まって弾けないように、そこにより多くの力が流れるように調整する。

 そうしてもう一度試してみれば、今度は角同士が軋むような様子はなく、心なしか光り方も穏やかになったように見えた。

 なるほど、なるほど。どうやらこれが鍵になりそうだ。

自然と、私の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「いいぞ、いいぞ。ようやく要領を得てきた」

 

 ようやく見えた一筋の光。手を伸ばしても掴めなかったそれはしかし、その伸ばした指先に絡まり、私は今まさにその絡めた糸を辿り始めていた。

 数年後、私はついにこの島を脱し、遥か彼方まで広がるあの大海原へと漕ぎ出すことになる。

 しかしまさか、希望に満ち溢れた筈のその旅路にあのような事態が訪れようとは、今の私には知る由もなかった。

 

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