自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述 作:野良野兎
主人公以外の視点で物語が進みますので、飛ばして頂いても
物語全体に影響はありません。
この世界には神に等しい、人類ではどう足掻いても抗いようのない絶対的な事象が存在する。
龍。
古来よりそう呼ばれ、時には信仰の対象にすらなるその存在は、これまで我々人類に数多くの試練を与え続けてきた。
形を持った災害、あるいは人類に恵みを与える神の使いだという者もいる。
確かに、とある記録では不毛の大地を一晩で緑豊かな肥沃な地に変えたと記されているが、俺からすればそれこそほんの些細な、一時の気紛れによるものではないかと、もしくは龍に
というのも、歴史上に時折現れるこの龍という存在はどれもが荒々しく、人に災いを振りまいたと伝えられているからだ。
――その恐ろしい
これは龍に滅ぼされた国の聖職者が書き残したといわれている書物の一節だ。
その書物では徹頭徹尾、龍とは神が遣わした破壊の化身として扱われている。他の書物に関しても多少の差異はあれどおおよそ恐ろしいものとして、人類を害するものとされている点はどれも同じ。
そういった背景から三百年ほど前から龍とは大昔の人々が嵐や干ばつ、疫病などの原因として作り出した、在りもしない空想上の存在だと思われていた。
しかし近年、つまりは飛空艇に関する技術が進歩し、人々がこの大空を開拓し始めた辺りからその考えは覆されることになる。
亜人。雲の向こうで出会った私たちとは似て非なる姿をした、私たちとは似て非なる文化、文明を紡いできた人々。
彼らとの出会いは良くも悪くも、私たちの常識を覆すことになった。
俺たちと違い千年の時を生きることが出来る彼らの中にはなんと、実際に龍の姿を見たという者が何人もいたのである。
龍は実在する。
そんな噂が実しやかに市井へ流れ始めた頃、とある冒険者の一団が持ち帰った一枚の鱗が国中を沸かせることになった。
記録によると新芽のような美しい緑色をしたその鱗は、大人数人でようやく持ち運べるというぐらいに大きく、どんな剣でも傷付かず、どんな槌でも罅一つ入らなかったそうな。
そして冒険者たちは口々に言った。
俺たちは見た。嵐の中、島より大きな化け物の姿を。
この鱗はその嵐の中、稲妻と共に降り注ぎ俺たちの船に大穴を開けたのだ。あれこそは伝説の龍に違いない、と。
冒険者たちが遭遇したというその龍は後に『嵐を引き連れる者』、『島喰らい』、そして『
あっという間にその逸話は国中に広がり、件の鱗は当時の王が国の宝として定め、今も王城の奥深く、王族しか立ち入れぬ秘密の蔵に収められているとかいないとか。
そして冒険者たちは王より金銀財宝様々な褒美を与えられ、その中にはそれをきっかけに国一番の大商人にまで上り詰めたものまでいたという。
鱗一枚にそこまでの価値があるのかと誰もが思うだろうが、それがまた数々の憶測を呼び、龍の鱗には金百枚を超える価値があるというところから始まり、やれその爪は金貨何枚だの、ならば牙ならば、目玉ならばと、今となっては龍といえば全身が宝の山であると、そんな出鱈目な話まで出てくる始末であった。
勿論、その殆どは酒場の席で酔っ払いが語るような、枕元で幼子に聞かせるような夢物語として扱われたが、しかしそんな夢を追いかけるどうしようもない連中もいた。
数多くの大馬鹿者たちがそういった与太話を信じ、一攫千金を夢見て大空の向こうへと旅立っていった。
龍が本来、人々では抗いようのない災害であることを忘れて。
俺の親父もそんな、救いようのない大馬鹿者の一人だった。
妻も子も放り出し、龍という夢幻を追い求めた稀代のろくでなし。
奴が連絡を絶ってから、はや二十年が経とうとしていた。
「おい、おい大変だ。大変なことが起こったぞ!」
その時、我が家の今にも音を立てて崩れそうな頼りない扉が勢いよく叩かれ、見知った顔の男が泡を吹きながら転がり込んできた。
ひょろりとした手足に赤毛のぼさぼさ頭。瓶底のような眼鏡をかけたこの男の名はフライデーという。
なんとも情けない、気の弱そうな外見の彼ではあるが、こう見えても立派な航海士であり、そして俺がガキの頃からの友人でもある。
「フライデー。転がり込むのは勝手だが、扉の
読みふけっていた書物を閉じ、これ見よがしに溜息を吐いてみせたものの、友人の顔色から尋常な要件ではないことだけはすぐに理解できた。
「ああこの唐変木め。そんな呑気なことを言っている場合じゃないんだ。ウィリアムさんの、君のお父さんが見つけられるかもしれない!」
慌てて起き上がり、一息に捲し立てられたそんな友の言葉に、俺は息を吞んだ。
がたりと音を立て、腰かけていた椅子が床に転がる。
「冗談、じゃあないみたいだな。しかし
あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。
二十年前、俺の父親であるウィリアムが率いる冒険者たちの一団が、とある空域で突如として消息を絶った。
冒険者とは、まだ誰も発見していない未開の島を見つけ出し、そこに眠る資源や隠された財宝などを持ち帰ることを生業とする者たちの総称だ。しかし親父の場合はそこに『龍の探索』などという馬鹿げた話が加わってくる。
――なあ、龍というのはそれはもう、この世のどんな宝石よりも美しい姿をしているそうだぞ。
――なあ、龍というのはそれはもう、この世のどんな生物よりも力強く、ありとあらゆる魔法を自由自在に操るそうだぞ。
――いつかお父さんが、本物の龍を見つけてやるからな。
ガキの頃、俺は親父がそうやって身振り手振りで語る龍の話が大好きだった。
いったいどんな姿をしているのだろうか、と。
いったいどんな不思議な力を操るのだろうか、と。
いつしか、夜が更けるまで龍のお話を聞かせてくれとねだる俺を、母さんが力ずくで寝かしつけるところまでがお約束となっていた。
そんな風に、幼かった俺が夢中になってしまうぐらい、親父の龍に対する熱意は凄まじかった。
そして、いつかその夢が現実になるのではと、あの男ならば本当に龍を見つけ出してしまうのではと、そう思わせるほどの実力と実績を、ウィリアムという冒険者は持っていた。
そんな一流の冒険者が、一切の消息を絶つ。
きっと奴は龍に食われちまったんだ。
誰かが言ったそんな言葉が、まだガキだった俺の心には強く、深く刺さった。
馬鹿な。あの、あの素晴らしい冒険者ウィリアム・セルカークがそう簡単にくたばるものかと、きっといつか平気な顔をして帰ってくる、そしてまたあの無邪気な笑顔で龍の物語を聞かせてくれると、俺はひたすら港で親父を待ち続けた。
しかし、何年経っても親父が帰ってくることはなかった。
俺が成人した時も、母が病で倒れた時にも、そして葬儀の時にさえ。
俺の中でウィリアムという男が『夢を追い求めるかっこいい父親』から、『夢を追って母と子を残し消えたろくでなし』に変わるまで、そう時間はかからなかった。
だから、いつの日かそんなろくでなしを見つけ出し、一発ぶん殴って母の墓前に引きずり出してやると暇を見ては親父の足跡を辿っていたのだが、まさか二十年経って突如としてその機会を得られるとは、思ってもみなかった。
「聞かせてくれ、いったい何があった」
「先日、未開の空域から巨大な魔力反応が感知されたんだ。はじめは嵐か何かを誤認したと思われてたんだが、詳しく解析してみたら驚くことに古い型の魔力炉の反応に極めて近いということがわかったんだ。これが組み込まれていたのは三十年前に製造された特定の小型船だけ。一人乗りで航行距離もそう長くはない代物だったけど、これを救命艇代わりに取り付けていた飛空艇がひとつだけある」
「親父が乗り続けていたセントクルーソー号か」
友は何度も何度も、高ぶりを抑えられない風に小刻みに頷いてみせた。
「残念ながらそっちの反応はなかったけど、今でも時折、別の飛空艇らしい魔力炉の反応が見つかってる。ウィリアムさんかどうかはわからないけれど、きっと何か新しい発見はあると思う」
聞けば、その反応は移動することなく一か所に留まり続けているらしい。ということは停泊している、浮島がある可能性が高い。ならば、少なくとも新しい資源は持ち帰ることが出来るか。
「距離はどのぐらいだ」
「島自体は流れてもいないし座標もしっかりしているけれど、そうだな、ざっと三十日は見ておいた方がいい」
三十日。決して楽な航海にはならないだろうが、賭けてみる価値はあるか。
「よし、手配してくれ。なるべく屈強で、場慣れした連中がいい」
「それなら、いつものところに声をかけてみるかい?」
思わず、声が詰まる。
たしかにあの冒険団なら、あの連中ならばその実力は確かなものだが。
悩む。
確かなのだが、しかしそれとは別に悩みの種が多すぎる。
「良い人たちだと思うよ。ちょっと変わってるけど」
「ちょっとではないだろう、
苦手なんだよなあ。特に親分が。
悩む。悩む。
そうして唸ること数分。
「ああもう、仕方がないか。頼んだ。報酬はいつものように」
「うん、頼まれた。それじゃあ皆を集めてくるから、それまでにしっかり準備しておいてね、
瓶底眼鏡を指先で押しあげながら、フライデーはそう言い残して我が家を後にする。
きいきい、きいきい、壊れた蝶番の音を聞きながら、俺は一つ溜息を吐いた。
「さて、それじゃあ行きますか。待ってな大馬鹿野郎、今にその尻を蹴り上げてやるからな」
壁に掛けてあった剣を腰に差し、俺は友の後を追う。
しかしまさか、クソ親父の背中を追って始めたその旅路にあのような事態が訪れようとは、今の俺には知る由もなかった。
以降、色々と詰め込んでいきます。