自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

76 / 91
大変お待たせしました。
想定より話があっち行ったりこっち行ったりして、最終話までもう少し続きそうです。


父と子と

 

 この島で暮らして二十八年。数々の苦難を乗り越えてきた私であるが、今ここに至りある意味で今生最大の試練に対面していた。

 それはあの時、船にいた私を襲ってきた三つ首の竜――ではない。あれは確かに強大な力を持っていたし、ただの生物にしては規格外なほど他者を食らい力を蓄え、そして長い時を生きてきたのだろうが、その程度で超えられるほど覚醒した龍は安い存在ではない。いや、力の強弱に関わらず自然の、世界の一部でもある龍の力に比肩するものなど、永い永い世界の歴史の中でもほんの一握りだろう。

 ともかくあの竜は、龍を喰らい龍に至れると思いあがったあの生物は、力を十全に扱える私の前では脅威足りえず、今では私の背後で静かに(むくろ)を晒している。

 そう、問題はこれではない。

 それは私の目の前に立つ、一人の女性だった。

 年は二十から三十。すっと通った鼻筋に白い肌。少しくすんだ金色の髪を肩のあたりまで伸ばしている。気の強そうなつり目は蒼く、背丈は百七十近い。

 負けん気が強そうな金髪の美女。

 初見としての印象は、概ねそのようなものであった。

 問題はそのような美女が鈍色に光る剣を握り、切っ先をこちらに向けて怯えた目でこちらを睨みつけている、というところなのだが、はてさてこれはどうするべきか。

 いつぞやか船とともに落ちてきたウィリアム以来の、この世界に暮らす人間との邂逅。無論、この胸に大挙する感情たるや、今すぐにでも目の前の娘に駆け寄り抱きしめたいぐらいではあるが、そうするとあの鋭い切っ先でぶすりとやられそうな雰囲気である。

 あ、いや、そういえば龍の姿になったままだったか。ならばここまで警戒されるのも当たり前だ。

 そう膝を叩きするりと少女の姿へ戻ってみれば、娘は僅かに目を見開いた後、しかし構えた剣はそのままに、僅かに震える唇でゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「何なんだ、お前は」

 

 月明かりに照らされ光る剣先が、かたかたと声を漏らしている。どうやら少女の姿をとったところで、彼女は幾分も警戒を緩めるつもりはないようだ。

 さてどうしたものかと顎を撫でていると、何やら娘の背後、浅瀬に横たわった船の方から幾つもの足音が聞こえてきた。現れたのは、剣やら槍やらを手にした筋骨隆々の男ども。彼らは誰もが手や足に切り傷青あざを拵えていたがその表情に陰りはなく、その瞳には力強い、太陽にも負けないような強い光が宿っている。

 

「お嬢、大丈夫か!」

 

「何だこの亜人は。こいつがあの龍をやったのか!」

 

 そうして口々にがなり立てられながら荒くれどもにあっという間に、まるっと取り囲まれた私であったが、胸中にあるのは恐れではなく三割の困惑と、七割ほどの歓喜であった。

 何せこの世界にきて、ここまで多くの人間に出会うなど初めてのこと。きっと今の私の顔には悲喜こもごもとしたような、何とも形容しがたい気持ちの悪い笑みが張り付いていることだろう。

 

「お止めなさい!」

 

 剣が並び、弓が引き絞られる剣呑な、いや私にとっては剣呑というほどのものではないのだが、番えられた矢が今にも私に向け殺到しそうな雰囲気の中で、まるで発破をかけたような鋭い声が響いた。

 男の声である。

 知性的で艶のあるバリトンの声色。その男性的にも、女性的にも聞こえる不思議な声の主は、見上げるような背丈の逞しい大男であった。丸く刈り上げられた頭に右目から頬にかけて走る大きな傷跡。首から右からにかけて鱗のような黒い入れ墨が彫られている。布一枚纏わず露わになった上半身は岩のような筋肉に覆われ、丸太のような脚は皮のズボンを引き裂きそうなほど。そしてその大きな背中にあるのは、私の身の丈よりも大きな両刃の斧。

 まるで歴戦の戦士。益荒男とはきっとこのような男のことを言うのだろう。

 

「おい、ちょっと団長!」

 

 ずいっと、まるで警戒もせず私と娘の間に割って入った男に対し、娘が声を荒げる。

 団長、ということは目の前の大男はこの集団の長なのか。なるほど、たしかに納得できる堂々とした佇まいだ。

 しかし近くで見ればこれまたデカい。その体格は二メートルを超え、三メートルにも迫るだろうか。よく見れば、その肩には鳶のような鳥が停まっていた。

 不思議な鳥だ。頭の後ろから靄、魔力の糸がどこかに向けてゆるりと伸びている。

 

「そんなにぴりぴりしても無駄よ、シエラちゃん。いくら身構えたところで、この子がその気になったらアタシたちなんか蝋燭の火より簡単に消せちゃうんだからン」

 

 そう言って星が飛ぶようなウインクを放つ大男に、娘が頬を引きつらせる。

 一見すればイロモノ極まる誰もが度肝を抜かれる立ち振る舞いであるが、しかしその立ち姿から放たれる存在感たるや、ついさっき私が屠り去ったあの竜程ではないにしろ、その巨岩を思わせるような立ち姿に私はかつて鎬を削った、かの大猪を思い出していた。

 自然と、頬が緩む。

 

「凄いな。凄まじい豪胆。貴方たちに危害を加える気は毛頭ないが、とはいえ貴方たちにとって私は理解の外にいる存在だろうに。いやはや、勇者とは貴方のような者のことを言うのだろうな」

 

 事実である。

 彼らにとって私は抗いようのない嵐のようなもの。あるいは、死という概念を押し込めたような存在。小鬼族のような信仰心があるわけでもなく、大猪や竜のような野心、驕りを孕んでいる訳でもない。そのような状態で私という死を前にこうも平常心でいられるというのはもはや異常。見たところ五十は生きていないだろうに、相当な数の修羅場を潜ってきたのだろう。

 しかし、後ろの娘はシエラというのか。

 私と同じ名、いや、その本来の持ち主であるあの男の娘と同じ名だ。

 そういえば髪と目の色もそっくりだし、よくよく見てみればその顔立ちにも少しばかりあの男、ウィリアムの面影を感じなくもない。

 

「すまんがお嬢さん、ウィリアムという名に聞き覚えはないかね」

 

 駄目で元々と投げかけた言葉、それを受けた娘の変化は劇的であった。

 剣を取り落とし、目は明らかに狼狽(ろうばい)した様子で左右に揺れ、あっという間にその顔から血の気が引いたかと思った次の瞬間、私は彼女に両肩を掴まれていた。

 美しい、まるで群青色を透かしたような、宝石のような瞳が目の前で揺れている。

 嗚呼、ウィリアム(あの男)と同じだと、その瞳を見た途端に私の胸はにわかに暖かくなって、ついつい笑みを零してしまった。

 だがどうやら娘にとってウィリアムの名は私とは少し違う意味を持っているらしく、それは肩を握りつぶさんばかりに力強く握られた両手と、瞳の奥に揺れる僅かな憤怒の色が明瞭に語っていた。

 

「お前、親父に会ったのか!」

 

 親父、親父かあ。

 もう随分と聞くことのなかった、どこか懐かしい響きである。

 しかし思ったより随分と粗野な話し方をする娘だ。きちんと身なりを整えさえすれば良家のお嬢様でも通りそうな美人だというのに勿体ない。

 しかし体付きは、うん、同じぐらい大きくなった私には及ばんな。ふふん。

 

「何だ、何故だか馬鹿にされた気分だ」

 

「いやいや、馬鹿になんてしていないとも。それより、嗚呼、やはりウィリアムの娘のシエラだったか。いや、話には聞いていたが随分と別嬪さんだ、おっと、こらこらこんなでも一張羅なんだ、雑に扱わないでくれ」

 

「会ったんだな、親父に。アイツは、あの糞野郎はどこに行った!」

 

 胸当ての紐を掴まれ、ぐいと引き上げられたそこにあったのは癇癪をおこした子どものような、怒っているようで今にも泣きそうな顔であった。

 流石に目に余ったのだろう、顔を(しか)めて間に割り込もうとする大男を、そっと手で制す。

 

「いやはや何とも、倅と大喧嘩した時のことを思い出すな。お前さんと親父さんの間に何があったかは知らんが、文句を言いたいのなら言いに行くかい?」

 

「行くって、まさかこの島にいるのか」

 

「いた、というのが正しいかね。とにかく、まあ、娘のお前さんが手でも合わせてやりゃあ、ウィリアムも少しは安らかに眠れるだろうさ」

 

 そうして私は、船が不時着した砂浜より少し離れた崖の上まで彼女たちを案内することになった。美しい海を一望できるそこにあるのは、少しばかり角が取れて丸くなった墓石が二つ。

 片方が掛け替えのない親友のものであり、そして大きい方がある日突然やってきた遭難者、つまりはウィリアムの墓であることを伝えた時の彼女の取り乱しようは、凄まじいものだった。

 

「てめえ、何こんなところでくたばってるんだよ!」

 

 それはもう、今にも墓石を蹴り飛ばしそうな剣幕だったので流石の私も少し身構えたが、その表情は怒っているというよりも小さな子どもが駄々を捏ねているような、怒りと悲しみをない交ぜにしたようなもので、私ができることは肩を震わせる彼女の背中をそっと撫でてやることぐらいであった。

 先程ウィリアムの名を出した時の反応もそうだが、看病していた時はこれほど娘から恨みを買うような人物には見えなかったのだが、相当込み入った事情があるのだろうか。

 いや、人様の家庭事情に口を出すほど出来た人間ではないのだけれど、どうにもこう老婆心が顔を出し、余計なことを口走ってしまう。

 

「実はな、私の名もシエラというのさ」

 

 不意に語りだした私に娘は怪訝そうな表情を浮かべたが、私は静かに、じっとウィリアムの墓を見つめながら続けた。

――とある日、偶然この島に流れ着いた男がいた。

 男はとても重い病に罹っており、ここに流れ着いた時点で既に半分死人のような状態であったが、病床に伏しながらもひたすらに呼び続けた名があった。

 故郷に残した、娘の名だ。

 どうやら看病していた私を娘だと勘違いしたようでな、シエラ、シエラ、とその名を呼んでは色々なことを聞かせてくれたよ。

 自分のこと、家族のこと、国のこと、そして龍のことも。

 特に龍のことはとても嬉しそうに話していたよ。龍は凄いんだぞと、子どものように語るんだ。あまりにも楽しそうに話すものだから、ついつい私も聞き入ってしまってね。私自身が龍だということもすっかり忘れて、日が暮れるまで耳を傾けたもんだ。

 しかし、やはり限界だったのだろうね。十日経つ頃にはもうかなり弱ってしまっていて、最後に私の炎で弔ってほしいと言い遺してね、眠るように逝ってしまったよ。

 

「そうして娘のふりを続けた名無しは、どうせならその名も借りてしまえと相成ったわけだ」

 

 そう言って、足元に擦り寄ってきた狸を抱き上げる頃にはすっかり夜も更け、辺りには波の音だけが響いていた。

 シエラは何も言わない。ただ俯き、何かに堪えるように唇を噛み締めていた。

 流石に一度に語りすぎたかと私は己の(うなじ)を撫で、震えるその背を一度撫でて後ろに控えた男衆の元へと戻っていった。

 対峙するのは勿論、先程の大男である。しかしその隣にはいつの間にか外瘻を纏った美女と、眼鏡をかけた線の細い若い男が立っていた。

 団長と呼ばれた大男と並び立っているのでそれなりの地位にいる人物たちなのだろうが、ミステリアスな雰囲気の美女はともかく、若い男の方は戦士という風貌でもないし、偉い学者さんか何かだろうか。

 まあそれはともかくとして。

 

「お前さんたちもお疲れだろう。寝床と焼いた肉ぐらいしか出せんが、まあゆっくりしていくといい」

 

 私はどこかしんみりとした雰囲気の集団をぐるりと見まわすと、なるべく上機嫌に見えるよう大きく尻尾を振りながらにかっと笑ってみせたのだった。

 




出したかったキャラ②
ハゲでオカ〇は最強。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。